福岡大学人文学部
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Novis 2005

Novis 2005 目次

Novis 2005 本文

はじめに
山中博心 (人文学部長)
 情報の洪水の中で自分を見失っていませんか。それだけで見ると何ともないが、全体で見るとなにかおかしい。そんなとき、本当に必要な情報を得るための確かな判断力をどのようにすれば獲得できるでしょうか。身の回りの限られた体験や経験だけでは十分ではありません。違った時代、違った世界の人々の書いたものを読むことで視野を広げましょう。自分から少し距離をとってみることで世界がよく見えるようになります。数学の時間に経験したことがありませんか。目の前の図形にとらわれ過ぎると補助線が引けなくなって、図全体を解く鍵を見失うことがあります。補助線はとらわれない想像力によって引くことができます。想像力を培うものこそ読書なのです。

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Ⅰ. 教養ということ
現代の大学生に望まれるもの ―サッカーアジア・カップ報道を通して―
則松彰文 (東洋史)
 2004年の夏に開催されたサッカーのアジア・カップ中国大会で、日本チームは連覇を達成し、アジア・ナンバーワンの称号を再び手中に収めた。アテネオリンピックでの日本勢の活躍と合わせ、我々の眼に、サッカー日本代表チームの勇姿は実に頼もしく映った。
 さて、このアジア・カップ、日本チームの勝利の行方と並んで、或いはそれ以上に、中国人観衆の動向に注目が集まったことは記憶に新しい。日本のマスコミはこぞってこの問題を大々的に報じたが、とくに「荒れた」重慶でのあり様を報じたテレビ・新聞等では一様に、中国を専門とする識者たちによる「強く、激しく、根深い反日感情の存在」とのコメントが紹介された。中国人観衆が日本人サポーターに対してモノを投げつけ、激しい罵声を浴びせるシーンが繰り返しテレビで流されたこともあって、根深い「反日感情」の存在は、不動の事実として多くの日本人に受け止められた。小泉首相の靖国神社公式参拝に対する中国政府の強い批判は承知していたが、中国の民衆レベルで、よもやここまで強烈な「反日感情」が存在していたとは思いもよらなかった、というのが、マスコミの報道を承けた日本人の一般的な感想であったろう。果たして、マスコミが伝えた「広汎な中国民衆がもつ根深い反日感情」は、本当に存在するのであろうか??
 実は、私たち中国史を専門とする者の見解は「ノー」である。私個人の見解では、それも声を大にした「ノー」なのである。重慶での一件が報じられた時、私はちょうど山形で開かれた中国史の学会に出席していたのだが、当然、会場や宿舎でもこの話題でもちきりであった。百余名の参加者の大半は研究や留学で中国に長期滞在した経験をもつ者たちであったが、彼らのほとんどが、報道された事柄と実態とが「根本的に違う」と言うのである。それは私も含め、中国滞在中に言われるような「反日感情」を体験したことが、ついぞ無かったことによるものであった。このことは、現在福岡大学に在籍する中国人留学生たちにも該当する。彼ら、彼女らは、日本での報道に戸惑いを隠せないでいた。「私自身、反日感情など無いし、それは中国に居た時の周りの中国人たちも同様である」と。旅行などで中国を訪れたことのある人なら、誰でも実感した筈である。日本人であるという事だけで、モノを投げつけたり、ブーイングを浴びせる中国人など居ないし(日本人であると見て、ボッタくることはあっても)、報道されたような性質の「反日感情」など実在しないということを。
 さて、些か長い前置きとなったが、ここで問われている事は一体何であろうか?様々な問題が指摘できる今回の一件であるが、そのうち最も重要な事柄の一つは、マスコミ報道に対する我々の受け止め方という点であると思われる。小泉首相が関わる「靖国問題」とは、一体何が問題とされ、何が批判の対象になっているのかということを、新入生諸君は正確に把握しているだろうか?「靖国問題」に関する正確な知識も無いまま、この問題とも密接なつながりを持つと報じられる「反日感情」の問題を理解することは到底出来ない。まして、この報道自体、実態とかけ離れているとしたら、何をか言わんやである。
 新聞を読まない、テレビのニュースを見ない、などというのは大学生として失格である。さらに、新聞やテレビの報道をう呑みにすることもまた、大学生としては及第点をあげる訳にはいかない。自らの眼力を鍛え、自らの知識を広げて、はじめて教養は深まるが、その教養をベースとして、もろもろの事柄を自らの頭で冷静に判断していくことが大学生には求められているのである。今回の「反日感情問題」は、マスコミ報道のもつ危うさを象徴的に表す一件であるとともに、受け手である我々の真の力量・教養が問われる好個の素材であったと私には思えるのである。

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携帯電話の電源オフ
小林信行 (哲学)
コリン・ウィルソン「超読書体験」(学研Μ文庫)
 二十五歳のとき(1956年)に出版した『アウトサイダー』という著書で注目を浴び、それから今日に至るまでの多様な時代にふさわしく、まさにボーダーレスな著述を続けているウィルソンの表題通りの読書体験記。有名無名、硬派軟派にわたる作者や作品についての明快な語り口は、少しでも読書の楽しみを知る者ならばつい引き込まれてしまうし、またすぐれた案内書がそうであるように、実際には自分でまだ読んだことがない作品でもなんとなく読んだ気にさせてくれる説得力がある。
 イギリス労働者階級出身で、ほとんど独学者だというかれの読書遍歴を支えるものはただただ好奇心であろう。まだ世界中が情報過多の中に埋没していなかった頃、地球のあちこちから発信されていた書物という情報は光のように輝いていた。その時代の受信者にとって、ケーブルやアンテナに代わって情報を提供してくれものは好奇心以外にはなかった。ウィルソンの好奇心は、かれの著作からも明らかなように、お上品とは言い難いものがある。また、高名だが難解で面白くもない小説に何度も挑戦して読み解くかれの態度を、単に好奇心呼ぶことはできないかも知れない。しかし、そのような精神がかれの個性の中核をなしていることは確かである。卓抜な個性をもつものがすぐれた受信者たりえたわけであるが、この点は今日も変わらないのではないだろうか。情報は溢れるほどありながら、伝わってくるのは携帯電話からの声やメールだけというのでは、あまりに寂しく孤独な時代ではないか。図書館には読まれずに朽ちてゆく魅力的な書物が山積し、われわれに生きられる時間はあまりにも限られている。他愛もないお喋りだけのケータイの電源を切る勇気をもとう。自分一人でもけっして孤独感に苛まれることのない豊かな世界があることを知ったとき、はじめて他者との出会いやコミュニケーションの真の喜びを知ることもできるだろう。

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Ⅱ. 読むこと、見ること、聴くことの勧め
おすすめの本
大嶋仁 (比較文学)
 新入生の皆さん、人文部にようこそ。新入生の皆さんに、おすすめしたい本と言えば、まず皆さんが一冊の本に何を求めるかによります。読み終えて生きる元気が湧いてきた、と感じられるものとしては、何より福沢諭吉の『福翁自伝』でしょう。落ち込んでいる人、孤独を悩んでいる人には、フランツ・カフカの『短編集』か『変身』をおすすめします。暗い内容のようでいて、なぜか根源から力が湧くでしょう。また、人に対して優しい気持になりたい、細かい文章の味をかみしめたいと思ったら、井伏鱒二の短編ですね。『山椒魚』などのタイトルの付いた一冊を選べばよいのです。
 こんなところでしょうか。ここに挙げたどの本も文庫本で手に入ります。

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ブラームス「バイオリン協奏曲」を聴く
片多順 (文化人類学)
 皆さんは悲しいとき、苦しいとき、人が信じられなくなった時などどうしていますか?その状態から逃避したり、忘れようとしたり、ほかの事で気を紛らわしたり、人それぞれに様々な対処の仕方があるでしょう。
 そんな時、私はしばしばこの曲を聴きます。そうです。ドイツの作曲家ブラームスのバイオリン協奏曲です。バイオリンが激しく軋(きし)む音色を奏でます。オーケストラが強烈にそれに応えて怒涛のように押し寄せてきます。一度聴いてみて下さい。あなたが抱いていた苦しみや悲しみが少しは軽くなるかもしれません。繊細な弦の音色が心の奥底にしみ込むこともあるでしょう。人それぞれでしょうが、ヨシッとまたやる気が出るかもしれません。
 ブラームスはそういう作曲家なのでしょう。生涯結婚せず人妻を密かに想い続けた彼の愛と苦悩がこの曲全体に秘められているからかもしれません。

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「よい子」ってどんな子?
勝山吉章 (教育史)
灰谷健次郎著『兎の目』(理論社)
 「よい子」ってどんな子?親や教師の言うことを素直に何でも聞く子どもは、確かによい子に違いない。では、親や教師の言うことを聞かない、親や教師の権威を認めない子どもは「悪い子」なのだろうか。いつも親や教師のご機嫌を伺い、「よい子」であり続けることに疲れた子どもは、もうよい子ではなくなるのだろうか。
 『兎の目』の主人公「鉄三」は、そのような問いを投げかける。
 偏差値教育、管理主義的教育に慣らされてきた者にとって、「鉄三」は落ちこぼれに映るだろう。しかし、人間本性に照らし合わせて考えた時、管理化された現代社会に馴染んでいる私たちこそが、大切な人間性を失っているとは言えないだろうか。
 本書を既に読んだ学生も多いと思うが、大学時代に再度読んでもらいたい書物である。

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学問の領域に捉われない読書の勧め
鴨川武文 (地理学)
木内信蔵(1968)『地域概論 その理論と応用』(東京大学出版会)
日高敏隆(1998)『チョウはなぜ飛ぶか』高校生に贈る生物学3(岩波書店)
武野要子(2000)『博多 町人が育てた国際都市』(岩波新書)

 木内信蔵の『地域概論』は37年前に刊行されました。37年前の本というと、「なんて古い本なんだろう」と思うかもしれませんが、地理学や地理学が研究対象とする地域について体系的に論じられています。私は共通教育科目の地理学を担当していますが、この本は、地理学の講義を学生の皆さんに行うにあたっての、私にとっての参考書ともいうべき座右の書です。 日高敏隆の『チョウはなぜ飛ぶか』は生物学の本ですが、この本は次の2点において興味深い本です。
 第1点は、「チョウはなぜ飛ぶか」というタイトルですが、内容は、一言でいうと、チョウは自分自身が飛ぶ道筋をしっかりと認識して飛んでいるということです。つまり勝手気ままに飛んでいるのではないのです。全く土地鑑のない場所に出かけた時に頼りになるのは地図です。地図を見てわれわれ人間は行きたいところに行くことができます。チョウは地図を持ってはいませんが、自分が行きたいと思うところへ行くことができ、またそのような本能を持っているのです。「へぇー」、まさにトリビアの泉です。
 第2点は、研究というものはどのように行われているのか? 研究者は試行錯誤・紆余曲折を繰り返しながら研究成果を出している、研究者とはどのようなタイプの人たちなのか、科学的なものの考え方とは何か、などについていきいきと書かれているという点です。学生の皆さんが志している学問の枠に捉われることなく、多くの本を手にして教養を高め、知識を習得してほしいと思います。

 武野要子福岡大学名誉教授の『博多』には、博多の町の成り立ちや、政治的に、また経済的に博多に関わりのあった武士や豪商のエピソード、今に伝わる博多の伝統や住民の生活史など興味深い話題が数多くあります。また、聖福寺や承天寺、櫛田神社、鴻臚館、防塁など博多にゆかりのあるものの記述もあり、この本を携えて福博の町を散策してみたらいかがでしょう。

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西日の部屋と愛する声
桑原隆行 (フランス文学)
松任谷由実『VIVA!6×7』(CD)
ペドロ・アルモドバル監督『バチ当たり修道院の最後』(DVD・日活株式会社)
斎藤なずな『千年の夢』上・下巻(小学館文庫)
渡辺淳一『シャトウ・ルージュ』(文春文庫)

松任谷由実『VIVA!6×7』
 魅力的な曲名が並んでいます。「ひまわりがある風景」(花の匂いがするような、あなたの肉体でぼくは、雄弁な快楽の言葉と戯れるように戯れるのが好きなのに)、「永遠が見える日」(テオ・アンゲロプロス監督の映画『永遠と一日』を連想させます)、「恋の苦さとため息と」(甘い果実の中に苦さと悲しみが隠されていることを知る、これも恋)。
 中でも「Choco-language」という曲がぼくのお気に入り。「チョコレートよりも甘くて、少しほろ苦い/もう止められないあなたが消えたらどうしよう?」甘く懐かしくポップな感じが、1999年の彼女のアルバム『SURF&SNOW』を思い出させます。(ぼくのパソコンの音楽貯蔵庫に、あなたから借りた徳永英明さんの二枚組のアルバム『BalladeofBallade』が加わりました。徳永さんの曲を聴いて解説しながら、熱くノスタルジーに浸るあなたが車の助手席にいる時間が好きです。)

ペドロ・アルモドバル監督『バチ当たり修道院の最後』
 アルモドバル監督の他の映画作品を引用してみます。『欲望の法則』、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』、『アタメ 私をしばって!』、『ハイヒール』、『私の秘密の花』、『オール・アバウト・マイ・マザー』等々。これらのタイトルがすべてを物語っています。(タイトルは誘惑的でなければいけません。西日のあたる部屋であなたが開示してくれた肉体の秘密の花と、聞かせてくれた快楽の声を、ぼくは忘れられないのです。それは、作家ピエール・ロチにとってのアジヤデさんのように、永遠に刻印された記憶なのです。)彼の映画の中では、性のタブーが平然と爽快なほどに何のこだわりもなく描かれています。観客は、「特異」や「異常」や「変態」という言葉で形容される性の形がどれも、結局は「愛」の一つであることを知るのです。(ぼくは、アルモドバル映画によく出演している女優のビクトリア・アブリルさんが割と好きです。)

斎藤なずな『千年の夢』
 サブタイトル「文人たちの愛と死」が雄弁にこの漫画の内容を示しています。
「東方のイカルス 芥川龍之介と秀しげ子」、「百合の闇夏目漱石と鏡子夫人」、「赤いスリッパ林芙美子をめぐる男たち」、「幻の寝台 萩原朔太郎とその妻」、「堕天女岡本一平と岡本かの子」、「葛の花武者小路実篤と房子」、「子象と雀北原白秋と江口章子」等々。このように恋愛がリアルな形で(愛憎、利己主義と嫉妬、犠牲と抑圧、性的渇望と卑小)、上下巻合わせて二十話描かれています。美しい恋愛幻想、華麗で心躍る恋の夢にだけ浸っていたい人、恋愛の暗部(さもしく卑屈で、悲しく苦しく、寒々してエゴが渦巻く、泥沼のような舞台裏)を目撃したくない人には、お勧めしません。読まない方がいいでしょう。
 (漫画は想像以上に多くのことを教えてくれます。ぼくは、プルーストの『失われた時を求めて』を漫画で読んで楽しんでいるのだけれど、色々知ることができました。漫画から小説へ戻り、また小説から漫画に戻る読書の往復体験が、自然に記憶の問題に誘ってくれます。そして、漫画に描かれたアルベルチーヌを特徴づける口の左上にあるほのかなホクロを見るたびに、あなたの美しい肉体の各所を飾る極小の黒点を思い出すのです。)

渡辺淳一『シャトウ・ルージュ』
 公園の近くに建つ瀟洒なコンクリート作りのその記念館を、男女が訪れたのは黄葉した銀杏並木が美しい秋のことだった。館内には、フランス取材旅行の際に食事をしたレストランの前に立つ作者の写真も展示されてある。映画化された作品に出演した女優さんたちとのツーショットがたくさん壁面を飾っていた。どの写真でも、作者の嬉しそうな顔が目を引く。
 男女はそれらの写真の前に立ち、それぞれ写真を撮った。「渡辺さんって、本当に女性が好きなのね。心から嬉しそうなんだもの。」「自らを男女小説の作者と言うだけあるね。今のぼくも、そんな嬉しい表情をしているかもしれないな。なにしろ、好きな女性と一緒だから。」「本当にそう思っている?」「もちろん。今夜、いっぱい愛して証明してあげる。」
 (二つの夜景を楽しんだその旅の後、男は女に『浮島』や『エ・アロール』を貸した。逆に、女に新聞連載中の『幻覚』を教えられて、読み出したこともあった。男は思うのだ、『シャトウ・ルージュ』は性的調教の物語だけれど、自分は調教したつもりで調教されていたのではないかと。)

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養老「ヒト学」と文化人類学
白川琢磨 (文化人類学)
養老孟司『カミとヒトの解剖学』(ちくま学芸文庫、二〇〇二年)
 おなじみの解剖学者、養老先生の宗教論集である。いつもながら論旨はすこぶる明快である。明快である理由は先生の考察の原点が常にヒトという身体にあるからである。もちろん脳も身体の一部である。人類学ではこの脳が作り出す世界を文化と呼ぶ。宗教は重要な文化の一部分である。ところがこの宗教、鰯の頭からアッラーの神まであらゆるものが含まれてきて極めて厄介である。中でも頭を悩ませるのが「霊魂」である。常に死体を扱う養老「ヒト学」は明快で、生きている身体-死体=「霊魂」である。霊魂が身体を離れた時に人が「死ぬ」ことには文化人類学者も宗教学者も同意せざるを得ない。逆に言えば身体は死んでも、霊魂は死なない「らしい」。どころか、きちんと「あの世」に行かないでその辺をウロウロしていて写真に撮られたり(心霊写真)、他人の身体に入ってみたり(シャマニズム)する霊魂もある「らしい」。
 大体この辺りで「科学的」な学生は逆ギレする。私の授業でもそうである。そんな実体のない非科学的な霊魂などというものを扱うのはやめろ、もし在るというのならちゃんと目の前に出してみろというわけである。養老先生は直ちにこう返す。「それなら君の言う『科学』というものを目の前に出してみなさい。目の前に出してくれなきゃ『科学』の存在を私は信じない」。
 しかし付け加えておきたい。逆ギレする学生は見込みがある。私は大いに歓迎したい。授業でそうした学生を集めて英国の人類学者、ロドニー・ニーダムの"Belief, Language, and Experience"を、残念だが翻訳がないので原文で読んでいきたいのである。最後に「養老『ヒト学』も文化人類学もヒトの脳が作り出す世界である」という宿題を出して置きたい。この問に答えることがどんな分野にしろ、人文科学の営みなのである。

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『坊ちゃん』を読み直す
高木雅史 (教育史)
夏目漱石『坊ちゃん』(夏目漱石全集、ちくま文庫[筑摩書房]ほか)
 大学生になったみなさんに対して、いまさら『坊ちゃん』を紹介するなんてとあきれる人が多いことだろう。正義感に富んだ直情的で無鉄砲な青年教師である主人公が魅力的な、広く読み継がれている作品であるから。それにもかかわらずここで取り上げるのは、登場人物への共感的理解を中心としたいわゆる「読書感想文」的な読み方ではなく、教育問題の歴史に位置づけて読み直してみると、どんな風に見えるかを考えてみたいからである。
 今日、学校内外でおこる暴力事件などを例に若者のモラルの低下が指摘され、それは現代日本に特有な病理現象であると批評されることが多い。「昔はよかったのに、今の若いヤツは……」と決めつけられて不愉快な思いをした人もいることだろう。
 しかし〈昔はよかった〉とすると、およそ百年前(1906年刊行)の『坊ちゃん』に描かれた生徒たちの行動はどのように理解したらいいのだろうか。〈旧制中学校と師範学校の生徒たちの紛争事件〉〈坊ちゃんの日常生活をスパイし板書してひやかした天麩羅事件〉〈寄宿舎で坊ちゃんの寝床に大量のバッタを混入したバッタ事件〉。脚色や誇張があるにせよ、〈紛争事件〉の場面では数十人規模で投石や棒での殴り合いが行われるという大乱闘の様子が描かれている(ちなみに当時似たような紛争は全国あちこちで起こっていた)。制止に入った坊ちゃんに対して生徒たちは教師であると承知の上で石をぶつけている。〈天麩羅事件〉〈バッタ事件〉を見ても、詰問されても生徒たちはふてぶてしい態度をとり続け、反省するどころか悪質で陰湿な行為をエスカレートさせている。
 この作品がフィクションであることを割り引いて考えても、はたして百年前の若者は現在よりモラルが高く、悪さをしても節度があり、素直であったといえるだろうか。仮に今日、同じような事件を身近であるいはマスコミ等を通じて目にしたら、私たちはどのように感じ反応するだろうか。〈昔はよかった〉という見方を問題にするあまり、短絡的に〈今の方がいいのだ〉あるいは〈昔も今もたいして変わっていないのだ〉ということを言いたいのではない。昔と今を比べてみて、何が変わって、何が変わっていないのだろう。変わったのは、若者のモラルや行動なのだろうか。それとも彼らを見る大人社会のまなざしなのだろうか。

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子どもと人類の起源
高田熱美 (教育論)

河原和枝『子ども観の近代』(中公新書)
K・ストリンガー他『出アフリカ記 人類の起源』(岩波書店)

『子ども観の近代』
いま、子どもが問題になっていますが、子どもは社会・文化的存在です。この本は「清純」というイメージの子ども観が大正期に成立したことを、童話や童謡を繙きながら明らかにしている楽しい読み物です。


『出アフリカ記 人類の起源』
この本は人類の誕生からその未来に至る展望を、化石人類学、遺伝学、生物学、人間学などの見地から明らかにしています。人間について深い知見を与えるだけではなく読んで楽しい本だと思います。

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『歴史とはなにか』
田村宏 (朝鮮語)
岡田英弘著『歴史とはなにか』(文春新書、平成13年)
 推薦者自身は歴史に関してはまったくの素人である。にもかかわらず、本書を推薦するにいたったのは、それだけ素人にもわかりやすく、おもしろかったからにほかならない。著者の岡田英弘氏は中国史の専門家であるが、推薦者にとっては清朝研究を通しての満州語の専門家としてのイメージが強い。ただし、本書ではそのような面はほとんどあらわれることがない。
 本書にはいたるところで、人の意表をつくような言説があらわれる。まず最初にわれわれを驚かせるのは、地球上の文明世界おいて歴史をもつのは中国文明と地中海文明(=ヨーロッパ文明)だけであるという主張であろう。たしかに考えてみれば、人類史上に大きな足跡をしるしたインド文明やイスラム文明には、これといった歴史に関する書物がみあたらない。さらに著者に言わせればアメリカも「歴史のない文明」ということになる。
 また当然のことながら、本書では日本史に関する言及も多い。「日本文明は、7世紀に中国文明から独立して生まれた」「『日本書紀』が主張する独自の正統」「鎖国が日本のアイデンティティを作った」「日本人の歴史認識の混乱は、明治維新からはじまった」主な項目だけをとりあげれば、以上のような具合である。いかにも魅力的な知的興味を誘う項目がならんでいるが、その内容を知りたければ本書にあたってほしい。
 そのほかにも、時代の区分は、むかしといま、古代と現代の二分法しかない、という意表をつくような記述、国民国家とはなにかという章などが本書には含まれており、十分に読み応えがある。歴史を専門にしようとしている新入生はもちろんのこと、それ以外の学生にも推薦するに足る本である。

今井一著『「憲法九条」国民投票』(集英社新書、2003年)
 憲法第九条の改訂論議が現実の日程に上り、それに対する国民投票が行われることも現実味をおびてきたいま、本書のような内容のものを取り上げるのも意味のあることであろう。
 本書では徹底して各種資料にもとづいて記述が展開される。著者の主観はほとんど表面にはあらわれてこない。各種資料とは重要人物の過去の発言、さまざまな憲法に関する会議の議事録など過去の資料、およびさまざまなアンケートに対する回答など現在の生の資料などが主なものである。それらの中には、1946 年6月の「憲法国会」において共産党の野坂参三議員の、侵略から自国を護るための戦争(自衛戦争)は放棄すべきではなく、新憲法の中で放棄を謳うのは侵略戦争に限るべきという主張に対して、当時の吉田茂首相は(1)戦争というのは「自国を防衛する」という名目で行われる。(2)正当防衛権を認めれば戦争を誘発するので有害。(3)国際平和団体の樹立によってあらゆる侵略戦争を防止すべし、と国会の場において「九条の本旨」を明快の説いた、というようなエピソードが紹介されている。もちろんその後吉田自身、またその後を引き継いだ歴代内閣の首相がどれほど「九条の本旨」から遠ざかっていったかは今さら言うまでもない。
 また本書では、改訂賛否両派のさまざまな主張、資料としての諸外国における憲法改正の実態など有用な資料も含まれている。おそらくは数年のうちに憲法改正国民投票を経験することになる諸君には今のうちから本書のようなものをひもとき、熟慮の上で投票に参与してほしいと願っている。
 ※ 田村宏先生は、3月20日に逝去されました。謹んでご冥福をお祈りします。(編集部)

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文化を捉え直す
中西裕二 (文化人類学)
ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行―』NTT出版、1997年
 いまや文化人類学における必読文献、かつ古典となった政治学者の書『想像の共同体』。現代における文化概念を考える際、アンダーソンの考察を外して論じることは既に不可能となっています。学生時代には、一冊ぐらい難しい本にチャレンジすべきと思いますが、私がお薦めしたい難しい本の一冊です。
 是非ご一読のほどを。

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グリム兄弟
野入逸彦 (ドイツ語)
高橋健二『グリム兄弟』(新潮文庫)  グリム兄弟の名前はすでに日本でも有名です。しかし、グリム兄弟のことについてあまり正確には知られていないということもまた実情でしょう。「赤頭巾ちゃん」や「星の銀貨」などの童話の作者だと信じている人もいるようです。  グリム兄弟、兄はヤーコプ・グリム(1785-1863)、弟はヴィルヘルム・グリム(1786-1859)、ドイツの(当時の)ヘッセン国のハーナウの生まれです。二人は仲のよい兄弟でした。共同の仕事を沢山しています。童話の収集や、その刊行だけでなく、『ドイツ伝説集』も二人の手になるものです。さらに兄は言語学者としても著名です。ゲルマン語の文法の本を書きました。音韻法則の一つに、のちに「グリムの法則」と呼ばれているものがあります。  二人はまたゲッティンゲン大学の教授でした。ハンノーファー国王の憲法破棄に抗議して、他の五人の教授とともに大学を免職になりました。これが、いわゆる「ゲッティンゲン七教授追放事件」です。  免職になった二人は「ドイツ語辞典」の編集に着手します。1838年のことです。その第一巻の刊行は1854年です。やがて、ヴィルヘルムが死去、ヤーコプもこの世を去ります。そののち、辞書の仕事は大勢の人々に引き継がれ、完結したのが1961年でした。  高橋健二氏の、標記の書物は昭和43年に「新潮選書」の一冊として刊行されたものが平成12年に「新潮文庫」の中に収められたものです。
追記I 文中で「童話」という語を用いました。正確に言えば、ドイツ語で「メールヒェンMa"rchen」です。ある独和辞典では、この語の訳語は「(民間に伝承された空想的な)物語、民話、童話、おとぎ話、メルヘン」となっています。 追記II 福岡大学図書館には、このグリム関連の書籍がきわめて多く収蔵されています。

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社会・人間の認識
平兮元章 (社会学)
大塚久雄著『社会科学の方法―ヴェーバーとマルクス―』(岩波新書青版B-62)
大塚久雄著『社会科学における人間』(岩波新書黄版11)
内田義彦著『社会認識の歩み』(岩波新書青版B-63)
内田義彦著『資本論の世界』(岩波新書青版B-69)

 今日の社会社会科学における学問的状況を瞥見するならば、一方に大学生の間に広く見られる学問的アパシーの進行があり、他方に研究者個々人の学問的テリトリーへの固執と埋没の進行がある。一種の学問的閉塞状況にあるといえよう。
 社会科学の重要な対象の一つに人間関係がある。現実の生活の中で人と人の関係が希薄になり、社会関係のもつ意味が低減すれば、学問自体も魅力のないものに映ってしまう。さらに社会問題について考えることを回避すればなお社会科学は不必要なものに思えてしまう。しかし、学生諸君がやがて競争と効率の世界で生きて行かなければならないのも現実である。私はここ数年来、人間の心の摩滅を防ぐためにも社会を把握する学問としての社会科学は復権しなければならないと思ってきた。
 われわれが今為し得ることは、近代社会科学の原点に立ち返って、マキャヴェリ、ホッブス、ルソー、スミス、マルクス、ヴェーバーら社会科学上の過去の遺産を現代に生かす途を模索することである。そして、社会を見る眼をどう養っていけばよいか、学問の総合化をどのように考えればよいか、社会秩序はいかにして可能か、等の事柄を深く再考しなければならない。そのためにも上記の4冊を読むことを推奨したい。そのうえで、これらの文献にでてくる原典に再びあたって熟考することを勧める。  (付録) 近代の幕開け前夜の啓蒙主義思想に触れておくことは、人文科学、社会科学を学ぶ者にとって必要なことである。J.J.ルソーの『告白』(岩波文庫、上・中・下、青622-8、9、0)を勧める。この文献は、文学のジャンルに分類されているが、その辺のベストセラー本よりはるかに面白く、考えさせられる。社会科学上の名著で同じルソーの『人間不平等起源論』(岩波文庫)、『エミール』(岩波文庫)との関連において書かれているのは明らかであり、かの「自然」あるいは「自然人」について考察するときに欠かせない文献でもある

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「生きる」ことの意味
馬本誠也 (イギリス文学)
内村鑑三『後世への最大遺物』(『世界教養全集9』平凡社刊行、1962)
 物質主義や自己中心主義が横行している今の時代に、このような書物を紹介すること自体、アナクロニズムの誹りを免れないかもしれない。だが、この本を読み、わたしは久しぶりに本当の日本人に触れた思いがした。「生きる」ことの意味やこの世に生きる使命感を、彼ほど純粋な力強い言葉で語れる人は、そう多くないはずだ。ここに示されている幾つかの生き方は、おそらく真摯に自分の人生を模索している青年の魂に深く訴えてくるのではなかろうか。
 わたしは、総ての学生にこの書物を推薦しようとは、思わない。実際、この本を読み、そのあら捜しをしようと思えば、簡単に出来るだろう。しかし、人文学部に籍をおく学生であれば、内村鑑三のような高い志を持った日本人の声に、ぜひ謙虚に耳を傾けて欲しい。「文化」の意味や外国語を学ぶ素晴らしさが、すべて、ここには語られている。

北川八郎『繁栄の法則』(致知出版社刊行、2003)
 この書は、著者が各地で行った講演を基に出来たものらしい。書物のタイトルは、商売繁盛のハウツーものを連想させるが、読んでみると、人間が生きていく上で必要と思われる基本的な姿勢や態度が、実にわかりやすい言葉で述べられている。拝金主義や合理主義中心の社会情勢の中で、私たちがともすれば見失いがちな視点が、著者自身のさまざまな経験から解き明かされている。
 例えば、「使命に従って生きる」ことをこう述べている。「お金持ちになるためだけに神がこの人生をあなたにくれたのではないのです。人のために尽くすか、人を救うためか、または神聖なものにふれ、喜びの深さを知るためか、または人を感動させるなにか、絵をかくためか、または音楽をするためか、または多くの人に良きものを提供するためか、そしてお百姓をするためか。その人その人にいろんな使命があるわけです」
 また、「感謝して生きる」ことを、次のように言っています。「周りの人から生かされていると、自分の中に生きる力が出てくるんです。個人的な生きようとする力だけに頼っていると、自身の私利私欲の方向に走ってしまう。ところが〈生かされている〉と、自分のどこかで神とつながっているような部分があると思えます」
 この言葉は、至言だ思う。私たちの人生で、社会とどう関わって生きていくのか、この書は、共に考えてくれるだろう。

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『きみが読む物語』
毛利潔 (フランス文学)
 最近(2005年2月)の週刊誌に「おじさんだって泣きたい映画!『きみに読む物語』(2004米)」という記事がありました。それに倣って、今回のタイトルを『きみが読む物語』としました。
 では、どんな物語なのか?
 世界には無数の物語があって、そのどれかを、明確に、ひとつの《物語》として、意識して読むことができれば、それが誰にとっても、それが自分の物語になることははっきりしています。
 しかし、どんな物語なのか・・・?
 たしかに、この世界は様々な出来事に満ち溢れ、ほとんどすべてが謎に埋め尽くされた世界のようです。しかし、本当のところ、この世界はただ、古今の哲学が語るように、静かに風だけが吹いているだけの世界かも知れない、と考えることができるかも知れません。このような風景を描写できる小説が、もし、あるとすれば、たぶんそれが、「究極の小説」だと言うことができます。これまで、そのような小説を書くことのできた小説家は一人もいないからです。ただ、それに近い世界に接近できた作家は何人かはいることは確かです。
 その一人がトルーマン・カポーティ。
1『ティファニーで朝食を』 2『草の竪琴』 3『遠い声 遠い部屋』
(1、2は映画化されています)
カポーティとは、では、どんな作家なのか? それは、いずれ分かります。ただ、私としては、カポーティに関しては、一つしか言うべきことはありません。それは、彼がこの世界に一番近い作家だ、ということです。
 たとえば、『ティファニーで朝食を』の中で、ヒロインが作家志望の青年の小説の習作をコメントして、「あんたの物語には(中略)ただ、木の葉のそよぎがあるだけ」というようなことを言う部分があります。つまり、この作品には、木の葉のそよぐ風の描写しかない、という訳です。
 こんな風に、何にも事件が起こらない、ただ、風が吹くだけ・・・こんな世界が本当に面白いのだろうか、ただ、うざったいだけかも知れない、と考える新入生の方には、とりあえず、村上春樹さんの小説をお勧めします。(ただし、『羊の歌』までの初期群の作品に限ります)。とりわけ、デビュー作の、その名もズバリ、『風の歌を聴け』です。
 おそらく、はじめは、何も分からないかも知れません。しかし、私たちが理解しなければならないことは、ひょっとしたら、そのような世界があるのかも知れない、という、普段は見えない世界を意識することではないか、と思っています。
 村上春樹を通して、カポーティが何となく分かった、となれば、後は皆さんの自由です。
 いきなり、オカルトとかポルノの世界に入っても構いません。キーワードはちゃんと掴んでいるからです。

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歴史と文学との垣根をとり払おう
森茂暁 (日本史)
福田秀一・岩佐美代子・川添昭二他校注 新日本古典文学大系『中世日記紀行集』(岩波書店)
 創造的な人生を送るには、柔軟な頭脳と大胆な発想とがまず必要でしょう。身近なことでは、たとえば卒業論文のテーマ探しや執筆のさい、このことは決定的に重要です。常日頃から固定的な物の考え方をしないで、自分の頭で物事をのびのびと考えてみましょう。ここでは、文学の史料は歴史の史料として充分に活用できるということを述べます。
 例えば、鎌倉初期成立の『平家物語』、鎌倉末期成立の『徒然草』、南北朝末期成立の『太平記』などは、高等学校の段階まではいずれも文学作品として扱われ、古典の時間に読まれます。しかし、このような作品は同時代の歴史を知るための史料として極めて有用で、価値の高いものです。今度は歴史の史料として再読しましょう。むろん原文で。この場合肝心なのは、一部分ではなく全部を読み通おすことです。きっと感動が湧きおこります。古典のもつ不思議な力です。
 さて、冒頭にあげた書物はそれに類するものです。日本中世の紀行文(旅行記)が多く収められています。中世日本人の旅行意欲をかきたてたのは(すべてが単なる旅行ではありませんが)、十四世紀の南北朝の動乱を通した人々の地理的視野の広がりだと筆者は考えていますが、この動乱を契機に国内を旅する人が増えてきます。そのようななかで、紀行文が書かれるわけです。それらは主として国文学のジャンルで研究の素材となってきましたが、歴史の方ではほとんど無関心です。
 このような紀行文が、どのような意味で歴史研究に有用かというと、たとえば、阿仏尼(あぶつに)の「十六夜日記」は、十三世紀後半(鎌倉時代)の所領訴訟関係史料としてはもとより、東海道(京都と鎌倉をつなぐ基幹道路)の交通史の史料としても使えますし、また、連歌師宗祗(そうぎ)の「筑紫道記(つくしのみちき)」は、十五世紀後半(室町時代)の筑前・豊前国(福岡県)、特に博多の人々の生活や周辺の景観をくっきりと描き出しています。一例をあげますと、筥崎宮(はこざきぐう)を訪れた宗祗は博多湾をへだてて、夕日のなかの可也(かや)山(福岡県糸島郡志摩町)をながめ、「富士に似たる山」と感慨深げに書き留めています。同記は、大内氏研究のための史料としても貴重です。
  同書では丁寧な脚注や解説が施されていますので、容易に読み進むことができます。さあ、実際この本を手にとって、読んでみましょう。

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日本人の自己主張のための英語(外国語)学習
山内正一 (イギリス文学)
泉三郎『堂々たる日本人』(祥伝社黄金文庫、2004年)
渡部昇一『日本語のこころ』(ワック出版、2003年)
斎藤兆史『英語達人列伝』(中公新書、2000年)

 膨大な時間とお金をかけながら、日本人の英語学習ほど成果の上がらないものはない、とは巷間で良く言われることです。なぜ満足な成果が上がらないのでしょうか。そもそも、それほどまでして、なぜ日本人は、何を目的に、英語学習に血道を上げるのでしょうか。
 英語(外国語)学習の最終目的は―功利的、物理的、精神的を問わず―自己表現にあります。自己を表現する主たる相手は、当然のことながら外国人です。商売や経済活動のための英語学習は目的が明白ですから議論の外に置くことにします。ここでの問題は、皆さんがなぜ大学で外国語を学習しなければならないのか ―皆さんにとって外国人への自己主張とは何か―という一点に絞られます。日本語で言えないこと(日頃頭に無いこと)は外国語でも言えません。主張する中身が無ければ、たとえ何語を使おうとも、自己主張できるはずがありません。
 ここに挙げた三冊の本は、日本語や日本文化を拠り所に、世界に通用する国際人として活躍した日本人の事績を紹介するものです。『堂々たる日本人』は、明治初期に一年九ヶ月余りをかけて欧米十四カ国を視察した岩倉(具視)使節団の行動記録です。著者はこの旅を称して「比較文明の大研修パノラマ旅行」と呼びます。この旅の主役である日本人たちは、欧米各地で人々の賞賛の的となります。一体何が彼らを「颯爽」たる日本人たらしめたのか、それを明らかにするのがこの本の狙いです。著者がこの問に与えた答は、当時の日本人使節団の「使命感」と「教養」です。彼らの「教養」に関連して、語学学習にも触れる一節を引けば―「(漢書の)素読の繰り返しによるその学習方法は勢い熟読玩味して血肉にいたることになり、大事なところは暗記してしまうまで習うところに、身に着いた真の教養というべきものになっていくプロセスが読みとれる」ということです。
 『日本語のこころ』は、わが国を代表する英語学者による、肩の凝らない日本語・日本人論です。見方によっては多少「右傾」化の傾向を持つエッセイではありますが、傾聴すべき洞察に富む好著です。たとえば、「日本人は日本語の中に生まれるのであって、単に意思伝達の道具として日本語を学ぶのではないのである。われわれは自然界にある桜花の美がわかる前に、日本語の中にまず桜花の美を見るのだ」とか「外国語をやるとき、初歩の会話を家庭や塾や課外活動でやるのはいいとしても、学校の正規の授業ではなんとしても、しっかりした内容のあるものを読まなければならない。そして上手、下手は別としても、文法構造のしっかりした外国語作文を目ざさなければならない。ゲーテというあのドイツ語を魔術のごとく使いこなした大天才が、『一カ国語しか解さないものは一カ国語をも解さない者である』と言った意味は、ここにあるのである」という発言には、さすがに人を頷かせる力が籠もっています。
 『英語達人列伝』は、東大で英語・英文学を教えておられる、斎藤氏による評判の一冊です。紙面の都合で多言を控えますが、斎藤氏の執筆意図は次の一節に如実に窺えます―「教育上の関心から日本英学の歴史などを調べているとき、かつての日本には僕など足元にも及ばぬ英語の使い手がいたことを知った。彼らは基本的に日本にいながらにして英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけ、けっして西洋かぶれになることなく、日本と外国との橋渡し的な役割を演じた。彼らの活躍ぶりを見るかぎり、日本人は本質的に英語が苦手だという通念などまったく信じるに足らぬものだと思う。ただし、残念なことに、日本の英語教育において彼らの英語学習法が研究されたことはほとんどない。」このように強く深い、止むに止まれぬ想いから生まれた本書の一読を皆さんに勧めます。
 最後に、三人の著者が共通して推奨する外国語学習法に触れておきます。それは一言で言えば「素読」を重視する方法です。内容(中身)の有る文章を、完全に暗記してしまうまで何度も繰り返し音読すること。日本人が、基本的に日本にいながら、日本人として自己主張できる水準の外国語を修得するにはこれが最良の方法である、との結論が導き出されます。この結論に賛成する人も反対する人も、手にとってみるに値する三冊です。

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義 挙
山縣浩 (日本語史)
 人文科学において大切な姿勢の一つが人に対して限りない興味・関心を抱くことではないでしょうか。このとき、その人が歴史上の人物である場合、教科書に記されているような人だけでなく、今日殆ど知られていない人にも目を向けてください。ただならぬ時代・地域に生まれ合わせたため、しかるべき身分・地位でないにもかかわらず、歴史の表舞台に登場した普通の人が少なくないことが分かってきます。

神山征二郎監督・映画「草の乱」(出演 緒形直人・藤谷美紀・杉本哲太・田中好子・林隆三他)
浅見好夫(1990)『秩父事件史』(言叢社)
井上幸治(1994)『完本 秩父事件』(藤原書店)
井出孫六(1995)『平凡社ライブラリー峠の廃道秩父困民党紀行』(平凡社)
中嶋幸三(2000)『井上伝蔵 秩父事件と俳句』(邑書林)
秩父事件研究顕彰協議会(2004)『秩父事件 圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ』(新日本出版社)

 映画「草の乱」は、秩父事件120周年記念作品として制作され、2004年秋から全国で公開されました。
 1884年10月31日埼玉県秩父地方で起きた「秩父事件」は、自由民権運動の一つとして語られています。しかし、出発点は、高岸善吉・坂本宗作・落合寅市という養蚕を生業とする農民たちが負債に苦しむ仲間たちを助けたい一心で行った高利貸しへの借金据え置きなどの交渉や郡役所・警察署への高利貸し説諭の誓願運動にあります。当時秩父地方の農民たちは、財政安定化のためのデフレ政策に伴う生糸価格の暴落と軍備拡張のための増税によって違法な高利を承知で借金をせざるを得ませんでした。その結果、「身代限(破産)」に追い込まれ、自殺・夜逃げが続出していたのです。その後、運動は、秩父困民党の幹部となる、民権運動に接した地域の知識層・中農層へと広がっていきます。しかし、平和的な交渉・誓願は無視されつづけ、散発的な衝突を経て、下吉田村の椋神社に約3000人もの農民が集結して、本格的な蜂起に至ります。その後、11月4日に本陣が解体するまで、秩父地方を明治政府の力の及ばない状態にし、当時警察権力の中枢にあった山県有朋を震撼させました。
 鎮圧された後、事件は無頼の輩に煽動された「暴動」と見なされ、参加者は「暴徒」と呼ばれました。しかし、困民党は借金の返済延期や諸税の軽減など、生活に基づいた要求を掲げ、蜂起後も厳しい軍律を定めるなど、「暴動・暴徒」にはほど遠い秩序と統制の取れたものだったのです。勿論、結果だけを見れば、警察関係者に死傷者を出し、高利貸しに焼き討ちをかけ、打ち壊しをした訳で、参加者が処罰されるのは当然のことでしょう。ただ、解消不可能な不公平が存在し、弱者が理不尽に虐げられる社会で話し合いを求める声が悉く拒否され、今後の生活に全く見通しのない状態に追い込まれた農民たちを考えれば、蜂起を押し止めることは出来なかったのです。結果の違法性を取り立て、それに至らざるを得なかった背景を考えずに糾弾するのは、持てる側・勝者の側の論理です。事実明治政府は事件の背景が明らかになることを恐れ、異例の早さで裁判を進めて主要な幹部は逮捕後六ヶ月内外で処刑されました。
 勿論、幹部たちは相応の覚悟をして蜂起に踏み切ったのです。例えば、最初から運動に関わり、本陣解体後も一隊と上州・山中谷から十石峠を越え、信州・野辺山で散開するまで従った坂本宗作は、白鉢巻きに「悟山道宗居士」という戒名を記していたと言われます。事件に関わらなければ、鍛冶屋も営む養蚕農民として今日名を伝えられることもなく静かな生涯を送っていたことでしょう。
 映画「草の乱」は、困民党で会計長を務めた井上伝蔵(緒形直人)の視点から事件を描いたものです。伝蔵は商家の当主でありながら、農民たちの窮状を救おうと運動に参加します。事件後は身を隠し、死刑判決を受けながらも北海道に渡って伊藤房次郎と名を替え、六十五歳で生涯を終えます。今日「柳蛙」という俳号で作った俳句によって北海道での足跡を辿ることが出来ます。
 映画は伝蔵が晩年に事件を振り返るという形で進行します。約120分の限られた時間内に事件の背景から蜂起、解体までが史実に即して描いてあります。勿論、史料にない映画故の見せ場も少なくありません。
 請われて総理に就く田代栄助(林隆三)が妻にさりげなく蜂起への参加を語ったり、副総理を務めた加藤織平(杉本哲太)が出発前に息子を見詰めて後を託したりする場面は胸に迫るものがあります。また落合寅市(安藤一夫)は粥仁田峠で警察隊に木砲を打ち込み、不敵な笑いを浮かべて撤退します。仲間の離脱や敗退に無念を滲ませる高岸善吉(田中実)や坂本宗作(神山兼三)と対照的な姿は、刑に服して帰郷した後、参加者の復権のため建碑運動を進めるその後の生涯を暗示しているようで、何かホッとします。
 そして、主人公・井上伝蔵の妻(藤谷美紀)や幼い子との分かれの場面も感動的ですが、一番の見せ場は最後の場面でしょう。
 北海道・野付牛(現北見市)で写真屋が伝蔵の家に駆け込むところから始まります。臨終数時間前死の床にある伝蔵が妻子に囲まれて写真を撮るシーンです。数日前死期を悟った伝蔵は北海道で迎えた妻(田中好子)らに自らの正体を明かし、事件の本当の姿を後世に正しく伝えることを託しています。そして、映画の中での撮影シーンは、現存する伝蔵最後の写真に重なります。
 この写真は、中嶋(2000)など、近年出版された文献で見ることが出来ます。しかし、それまで伝蔵の姿は蜂起前の20代の写真 面長の美男で、商家の若旦那風の羽織姿 くらいでしか見ることが出来ませんでした。私がこの写真に出会ったのは1994年9月30日秩父郡吉田町の古びた歴史民俗資料館の一室です。覚え知った若い頃の面影はありません。死の間近さは明らかです。しかし、真っ直ぐこちらを見据える視線は鋭く、暫く声が出ませんでした。その眼差しは、蜂起は「義挙(多くの人を救う目的で個人的な利害・打算を抜きにしてする計画・行動『新明解国語辞典』)」であり、参加者は「暴徒」ではなく、「国事犯(政治犯)」として裁かれるべきだったと訴えています。

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不滅の城の物語
山田英二 (英語学)
推薦図書 松下竜一著『砦に拠る』(『松下竜一 その仕事』第15巻(全30巻)、河出書房新社 2000年、所収)
 その「城」はかつて、筑後川の上流にあたる熊本県小国の地にあった。阿蘇外輪山北端の峡谷に威容を誇りつつ、しかしわずか数年で倒壊した、「蜂の巣城」と呼ばれる伝説の砦。主の名を、室原和幸(むろはらともゆき)という。
 先祖伝来の当地に、下筌(しもうけ)ダム建設が通告されたのは1957年のことであった。水没予定地となった村の住民約180名の頑強な反対運動の先頭に立ち、六法全書を武器に、山林地主としての財を惜し気もなく投じて権力と戦い抜いたのがこの人である。「法に、理に、情に叶う、この事が、民主主義だと我思う」(室原)。
 広大な私有地に、村人の力と技を合わせて建設された砦であった。そこに籠って展開されたダム建設反対運動は、遂に砦がショベルカーで強制撤去され、村人達が補償金を手に次々と立ち退き、最後に室原一家のみとなっても、なお屈することなく続けられたのである。しかし足掛け13年の攻防の末、1970年春にダムが完成、同年6月に室原氏は急逝した。
 蜂の巣城は滅びても、民権剥奪、自然破壊に異を唱え続けた氏が、その戦いを通して人々の心に築いた砦は滅びることはないであろう。氏の人生を改めて歴史に刻み、昨年惜しくも鬼籍に入った社会派作家松下竜一氏の仕事も、また。

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大嶋先生の著書
山田洋嗣 (日本文学)
大嶋 仁『精神分析の都 ブエノス・アイレス幻視』
『表層意識の都 パリ一九九一―一九九五』
 大嶋さんは散歩をする。大嶋さんは喫茶店が好きだ。旅をしても自分の街でもまず喫茶店に行き、本を開いたり話をしたりする。喫茶店は「括弧」か「句読点」のようなもので、全体から切取られた一画でありながら、一つの喫茶店はその街を集約しており、その外には街が広がって、そこから街を感じることができる。大嶋さんは人と人の作り出したものの中に身を置くのが好きなのだ。しかも外に侵されずきちんと自分自身を保持して、感じ、考える。これらはそうしてできた本である。こういう人は本質的に見る人である。そして、見ることは愛することだ。ここにはこの二つの都に住んで得た見聞と体験、そこから感じ、考えたことが書かれている。パリの方の初めに「サルタンバンク」という前書きがある。旅芸人のことだそうである。 この言葉はこの二冊の本質を表す言葉だ。大嶋さんは外国に出て日本文化を講じていたこの期間を旅芸人のようなものと思ったという。本当の芸人の芸はすでに彼の肉体そのものになっていて、改めて特別な意志を必要としない彼の自然である。芸人は自然の中にいて旅をしつつ芸を見せる。では、芸人は見られるのであるか。そうではない、彼は旅をしつつ芸を通して旅と観客を見るのである。読んでいくと、随所にきちんと見える目を持った一個の精神の動きというものを感じるであろう。それとも散歩する精神か。読者はこの目が教える、パリとは、ブエノス・アイレスとは何か、あるいは精神、文化、人間とは何か、といったものを「ひとつの記録」として読み取ることができる。だが、実は、このきちんと見える目を持った精神の見事なふくよかさを味わうのがこの二冊を読む妙味である。そして我々を幸福にするのは、文章の底に漂う甘すぎない透明な叙情だ。名文である。それは、ブエノス・アイレスの口絵にある、チュウスカというマラーノの画家の絵「ブエノス・アイレス・ブルース」ともよく見合っている。 幸福といえば、大嶋さんは今、唐津の街と福岡の街を歩いている。このキャンパスも歩いている。このことも嬉しいこととして書き添えておかなければならない。大嶋さんと一緒に喫茶店に入ることもできるのだから。

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吉野 弘『詩のすすめ』
山中博心 (ドイツ文学)
吉野 弘『詩のすすめ』(思潮社、980円税別)
 「I was born」や「夕焼け」という詩を読んだ人もいると思いますが、詩人吉野弘(1926年~)は親子の関係や生と死、私とあなたという、人間にとって避けることのできない問題をテーマにすえています。即物的な世界と荒唐無稽な夢の世界に二極分化した感のある昨今ですが、彼は人間が世界に「在る」ことの意味を常に問い直しています。吉野弘の詩の世界に触れることは単に文学に限定されるだけではなく、今の社会が抱える問題に大きな示唆を与えてくれると思います。そのことを象徴的に表しているのが彼が別のところで書いている『山本周五郎小論』です。その中に次のような一節があります。

 「山本氏はおそらく『私は』という発想に一種の羞恥を抱いている。『私は』と言おうとして『我々は』と言ってしまう。つまり、『私』を他者の運命に重ねあわせなければ生き生きと発想できない作家なのである。」

 『詩のすすめ』の中では詩一般や他の詩人に言及するだけでなく、自作についても分かりやすく解説されています。
もしよければ吉野弘の詩集を探して「奈々子」、「音楽」、「かたつむり」という詩も読んで下さい。

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Ⅲ. 探索の勧め
現代藝術探検の勧め
浦上雅司 (西洋美術史)
 近代美術史の基礎を築いた先達の一人ハインリッヒ・ヴェルフリーン(1864-1945)は、「美術作品の説明」と題された興味深い論文〔中央公論世界の名著15『近代の藝術論』所収〕で「世界を歴史家として眺めることに慣れた人は、いろいろな物事が、たとえ一区切りごとであっても、源泉とそこから出た流れとしてはっきり目に映じてくるときのあの深い幸福感を知っている。このとき、現にそこにあるものは偶然そこにあるという概観を脱して、いわば成ったものとして、必然的にそう成ったものとして解されることができるようになる。」と述べている。
 この発言は全く正しいと思われる。わたしたちが美術館に行ってそこに展示してあるモノを見るとき、ただ視覚を通じて対象を「生理的に見る」だけではなく、それが何を表しているのか、そしてどうして今見るような形態をとっているのか、それを理解してはじめて、わたしたちは対象を「認識した」あるいは「見た」と納得するのだ。
 これはもちろん、制作者の立場や作品が制作された状況を重視する「歴史主義」的な理解である。これに対して、一つの作品がどの様に受け止められるかは時代によっても地域によっても異なるのだから、それぞれの鑑賞者が対象をどのように捉えるかが重要であるとする「鑑賞優先主義」を主張することもできるだろう。だがそうした「主観的な」鑑賞の妥当性を保証するものがあるだろうか。
 確かに《アヴィニヨンの娘たち》(ピカソ)におけるアフリカ彫刻の受容に見られるように、異なった文化圏の造形作品の受容から新しい表現が生み出されることはあった。ルネサンス期における古代理解とこの時期に制作された擬古的な作品についても同様のことが言えよう。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて「表現主義」という藝術運動が起こった時期に、表現主義的な「見方」をマニエリスムや古代末期から中世初期の造形が再評価されたことも間違いない。
 しかしながら、これらの例は何れも、それまで等閑視されていた対象を「正しく見る」「契機」を作るものではあっても、対象の正当な「評価」そのものではなかった。やがてアフリカ彫刻やマニエリスム、中世美術、それぞれの造形について歴史的考察が進むにつれて、対象の評価は変化していったのである。このように考えると、ヴェルフリーンが言うように、「美術作品の〔歴史的〕説明」こそが「美術作品の鑑賞」に他ならないことが納得されよう。
 問題はむしろ「美術作品とは何か」である。「美術館」に収められ展示されているモノは何であれ、美術作品と呼んでよいだろうが、今日の美術館には、絵画、彫刻などだけでなく、実に様々なものが蒐集・展示されている。ヴィデオや映画はもちろん、ファッションや生活用品も美術館に展示されるし、建築、屋外のインスタレーション、パフォーマンスなど、美術館に入りきれない「美術作品」も少なくない。わたしたちはいわば、「美術のビックバン」とそれに続いて起こった「美術のインフレーション」以後の時代を生きているのであり、わたしたちの美術体験の契機は、これまでになく豊かになっている(もともとArtとは人間の技一般を意味することを考えれば、今日の状況の方が自然だとも言える)。
 ともあれ、わたしたちは、これまでガクモンの世界ではほとんど等閑視されていた視覚文化の広大な領域がわたしたちの身の回りに広がっていることに気づいたのであり、視覚文化を巡る現代の状況はきわめて刺激的で知的興味に満ちている。新しく発見された「視覚文化大陸」には広大な未開の領域が残されているのだが、これまであまり踏査されていなかった「視覚文化のジャングル」(特に日本のそれ)の一部にわたしたちを案内してくれるガイドブックを、以下、ランダムにごく少数だけ紹介しておきたい。
 こうした現代の視覚文化に興味を持った諸君に求めたいのは、ここに紹介した本を読んだだけで満足するのではなく、是非、美術館に足を運び、あるいは身近な視覚文化現象に関心を持って、自分の目で「鑑賞」し「理解」を図ることである。どのように優れていようともガイドブックは道案内でしかなく、道そのものは実際に歩いて初めて実感されるのだから。

佐々木建一『美学への招待』中公新書 2004年
木下直之『世の途中から隠されていること』晶文社 2002年
橋爪紳也『日本の遊園地』講談社現代新書 2000年
増田彰久『近代化遺産を歩く』中公新書 2001年
飯沢耕太郎『写真美術館へようこそ』講談社現代新書 1996年
柏木博『日用品の文化誌』岩波新書 1999年
福岡市博物館編『平賀源内展』(展覧会カタログ) 2004年

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油山に登ってみよう
高名康文 (フランス文学)
 城南区の小中学校出身の人たちならば、一度は学校の行事で油山に登っていることだろうが、そうでない人たちの方が多いだろう。せっかく学校のそばにある山なのだから、一度は是非登ってみよう。とはいえ、あまり春夏秋はよろしくない。蝮(まむし)が出るらしいし、日射病も心配である。冬も寒さの少し柔らんだ梅の花の咲く頃がよろしかろう。
 名前の安易さや、アクセスの容易さに騙されてはいけない。標高は597メートルある。福岡大学の標高が何メートルあるかはよく分からないが、海岸とさほどの変わりはないだろう。標高が示しているメートル分だけ、しっかりとあなたの足であなたの体を運んでいかなくてはならない。だから、水筒とチョコレートなど甘いものは忘れないようにしてもらいたい。
 赴任した当時、そんなことも知らずに徒歩で片江展望台まで登り、どうせ大したことはなかろう、と革靴で山に入っていったところ、靴は二度とは履けない代物になってしまった。下から見て「あそこが頂上か」と思っていたところの奥に延々と山並みが続いていて、木立がどんどん深くなる。地図を見れば分かることであるが、油山は「山塊」という言葉のふさわしい深い山である。幸い、登山中ではなくドライブ中であったが、私はあそこで猪にも日本猿にも遭遇したことがある。こいつらに襲われることが心配ならば、鈴などを携帯して常に音をたてておくことだ。そこに人間がいると分からせておきさえすれば、近づいてくることは滅多にない筈だ。
 あなたもいくつかの偽のピークに騙されることになるだろう。「あそこまで登れば」という期待を何回も裏切られた挙句、風景が開けて道は一旦下りに入る。ここであなたは山の深さを実感することであろう。最後の一頑張りを強いる斜面が構えている。うんざりとするかもしれないが、今度は疑わなくてもよい。それが山頂である。
 あなたが山頂から見る福岡市の風景や玄海灘の大海原を期待しているのだとすれば、多分その期待は裏切られるだろう。油山の山頂は木に覆われている。「多分」というのは、私が最後に登った時には、どこかの登山会がご丁寧にも電気のこぎりで山頂の木々の枝を切り倒していたからで、私の希望的観測どおりにことが運んでいるとすれば、木々たちは蘇生しているだろうからだ。
 さて、山に登ってしまったら、今度は下りに入るわけであるが、同じ道を通るのはつまらないから、油山市民の森に下ることにしよう。ここには、梅の木がたくさんある。梅の花の咲く時期を勧めるのはこのためである。
 元気のありあまったあなたであるから、是非油山牧場にも足を延ばしてもらいたい。搾りたての牛乳を一杯飲んでから車に気をつけてアスファルトの道を帰ることにしよう。町まで下りたらお腹が空いていることだろうから、ラーメン屋に入るのもよいと思われる。
 山頂からの展望は望めないから、その後もう一度登ろうという気になることはないのかもしれないが、学校からいつも見える山なのだから一度ぐらい登ってみてもいいだろう。ただし、浮浪者もいるらしいから、女性が一人で山に入っていくことは厳に慎むこと。

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博物館へのいざない
武末純一 (考古学)
 博物館へ行ったことがあるだろうか。人文学部の新入生ならば、すでに一つか二つはあるだろう。しかし大学生には大学生なりの見方がある。行ったことのない人はまず特別展を見に行くのが良い。
 私の専門は考古学、モノから歴史を考えていく学問である。以下は、博物館などでひらかれている考古学関係の特別展へのささやかな招待状である。
 特別展は、秋の文化シーズンにあちこちの博物館や資料館で開かれる。このごろは夏休みや春休みに開くところも増えてきた。内幕をいえば、特別展を開く→ お金がかかる→その分だけ多くの入館者が欲しい(でないと来年の予算にもひびく)→学生が休みで大人も活発に動く夏や春に開こう、という発想がほとんどだが。でも特別展は楽しい。
 楽しさの一つは、それまで写真や図でしかみたことのなかった実物に会えること。せっかくの機会だから、上から、下から、横から、斜めから、じっくりと眺めて、どのように作られ、どんなふうに使われたかを想像しよう。もちろん、図録や横にそえられた解説文に答えがのっている場合もあるし、それを理解するのも大事だが、それよりも大切なのは、答をうのみにしないで自分で考えること、自分の疑問をもつこと。
 二つ目は、あちこちに発掘品が一か所に集められていることである。それぞれの保管場所に行って見せてもらうととんでもない金額になるから、一見高そうに見える特別展の料金も実は安いものである。
 それと、いつもは全く別のところにあるモノ同士がすぐ横に並ぶから、比較ができる。これはけっこう大事である。何回もいったりきたりして見比べ、「似た形だけどここが違うな。これは出たところが違うからかな、それとも作った時代が違うからかな」「へー、こんなに遠く離れて出ているのにそっくりじゃないの」など、自分だけの発見ができればしめたものだ。
 三つ目は、発掘の記録は報告書という形で本になるが、手に入りにくいし、入ったとしても一般の人が読み通して理解するのはけっこうシンドイ。でも博物館では、そうした成果をできるだけ噛みくだいて、どんな発見があったのか、何がわかったのか、どういう問題が出てきたのかを、実際にモノを示しながら説明してくれる。
 ちょっと変わった楽しみ方もある。学芸員になった気分で。この照明は展示品のどこを強調しているのか。自分だったらこういう角度でここをみせたい。このパネルはなぜこの大きさでここにかけられているのだろう。展示品をきわだたせるためにどんな形や色の台を使っているのか。なぜこの展示品とあの展示品の間がこの位空いているのか、などなどなど。
 そう、ここまでくれば、もう特別展だけじゃなくて常設展でも十分に楽しめることがわかってくる。まずは福岡県内あるいは故郷の博物館だ。
 昔の博物館は、展示品がケースの中に重々しく鎮座し、いかにも「見せてやる」といった感じが強かったが、いまでは〈さわる〉〈作る〉〈使う〉などの体験コーナーも整いつつある。充実したミュージアムショップや市民ライブラリー、しゃれたレストランもけっこう多い。講堂や入り口のホールで演奏会を開くところも出てきた。〈博物館は古くさい〉というイメージは消え始めている。
 自分の知の世界を広げるために博物館をのぞき、どれでもいいから、自分の心にとまった展示品をスケッチする。そんなすてきな時間を作ってみたらどうだろう。
 なお老婆心から蛇足を一つ。ゆめゆめ月曜日のデートの場所に博物館や美術館は指定しないように。日本では月曜日は休館日なのだから。

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古本屋に行こう
関口浩喜 (哲学)
 福岡市内にはかなり良い古本屋が、かなりの数、揃っている(注1)。思いつくままに挙げても、六本松には葦書房、三和書房、天導書店、鳥飼には出島書店、薬院には幻邑堂、唐人町には田中書店、赤坂にはバンド・ワゴン、大名には入江書店と痛快洞、荒江には太陽書房と、どれも何度でも訪れ、その棚に並ぶ書物を見るに値する古本屋である。
 ただし、このうちの三和書房はある意味で上級者向けの店なので注意を要する。というのもこの古本屋には、整理整頓などという、俗世間のいじましい徳目はかけらほどにも存在しないからである。狭い店内には、かなり汚れ傷んだ古本が無秩序かつ無軌道に積み上げられており、進入不可能な場所さえある。長い年月を経て形成されたと思しき古本の堆積層のなかには、時折、他店では決して見かけることのないめずらしい本が埋もれていて、それを発掘することに古本上級者は無上の喜びを覚えるが、この喜びを上級者でない(ということはつまり、まともな)人々が同じように味わえるかといえば、それはまあ無理というものであろう。店の主人は、奥の、そのまま「昭和生活博物館」の展示物になるのではないかと思われる畳座敷でたいていテレビをつけっぱなしにしたまま昼寝をしていて、私などはこの光景のうちに人間の生き方のひとつの模範と規範を見出すが、しかしこれまた普遍的に共有されうる判断とはいいがたい(私自身は、かつて河原晉也が詩人鮎川信夫に捧げた「幽霊船長」という呼称(注2)に倣って、ひそかにこの店主のことを幽霊船長と呼んで敬意を表している)。―ちなみに私は乱雑な環境にかなり耐性がある方だが、それでもこの店ぐらいまでが限界である。数年前、九州某県のある古本屋に入ったときには、そのあまりの乱雑さに腰を抜かさんばかりに驚いた。潰れたスーパーマーケットをそのまま古本屋にしてしまったらしい広い店内には、棚のみならず床の上に大量の古本が、これは並べられているというより、打ち捨てられているという表現の方が明らかに適切なしかたで放置されていた。天井から「MEAT」と書いてある看板が斜めにぶら下がっている脇を通って、「FISH」という表示が往時を偲ばせる一角にまで恐る恐る歩みを進めてみると、あたりの床には下水溝が縦横に走っていて、そこから発生する瘴気に当てられた私は、ついに古本の山を前にしてほうほうの態で逃げ出した。帰路、思わず保健所に連絡しそうになったほどである。むろん、消毒の要請のためにである。
 しかし、こんな古本屋を紹介していたのでは、「古本屋に行こう」という勧めにまったくならないので、慌てて軌道修正する。右に述べたのはあくまでも例外中の例外である。例えば、ちょっと足を伸ばすことになるが、小倉には「古書城田」という、洒落た内装の古本屋があって(けやき通り沿いにある「キューブリック」という本屋に似た内装といえば、その雰囲気が多少はわかってもらえるかもしれない)、これは私がかなり気に入っている店である。店内の棚に整然かつ優雅に並べられた本それ自体の良さもさることながら、その配列のしかたからは、店主の見識の高さが見てとれる(注3)。長年探していた由良君美の還暦祝いに捧げられた論文集『文化のモザイック』や、一昨年忽然と世を去ってしまった種村季弘の第一期の著作集『種村季弘のラビリントス』が全巻揃いであっさりと(安価で)手に入ったのも、この店においてである。
 実のところをいえば、古本屋めぐりを本格的に行なおうとしたら、福岡だけでは足りず、東京に行かなければいけない。東京の神保町、及び早稲田の古本屋街に行かなければいけない。東京はこれといった名所に乏しい土地柄だが、こと古本屋に関しては侮れない土地である。近々東京を間違いなく見舞うであろう大地震によってこれらの古本屋街も、そこに蓄えられた大量の古本と共に灰燼に帰すことが運命づけられているから、そうなる前にこれらの古本屋街のもつ迫力と魅力を自らの目で確認しておくことが望ましい。かような運命を念頭に置きつつ神保町で古本を手に取るとき、この世の無常がひしひしと身に迫り味わいも一入である。交通費の算段を無理につけてでもいま行っておくだけの価値はある。
 と、ここまで書いて、なぜ古本屋に行くことを勧めるのか、その理由を詳らかにしていないことに気がついた。しかし私にとって、古本屋に行くという行為はあまりに自明なことなので、その理由を改めて他人様に筋道立てて説明し「勧める」ことはひどくむずかしい(どうやら私はこの文章の題名の選択を誤ったようだ)。かろうじていえるのは、必要な本、読みたい本はすべて新刊書店か図書館で手に入るものだと考えている人は、無邪気なまでに幸せであるという嫌味ぐらいのものである(人文学部に入学した学生である以上、必要な本、読みたい本があるのは当然の前提としよう。―これも嫌味だね)。本も幸福と同様、あちらから歩いてきてはくれない。だからこちらから歩いて行くしかない(注4)。そして、私の経験からすれば、古本は幸福よりもかなり手に入れやすいのである。というわけで、幸福が手に入らないのならせめて、古本屋に行こう。行きなさい。行くべし。行け。
注1 しかしながら、福岡の古本屋事情は必ずしも楽観を許さない状況に置かれている(これは福岡に限った話ではないが)。とりわけ、箱崎九大周辺の惨状には目を覆いたくなるものがある。ここ数年のうちにかなり良質の古本屋が次々と店を畳んでしまった。私は、大学近辺にある古本屋が閉店してしまうことに関して、その責任の大半は当該大学の学生及び教員にあると固く信じている。九大のことはいえない、福大もつい数年前、大学近くに開店した古賀游文堂という、なかなかの選択眼をもった店主の営む古本屋を短期間のうちに閉店に追い込むという文化的失態を演じている。
注2 河原晉也の遺稿集『幽霊船長』(文藝春秋社、1987年)を参照のこと。なお、師鮎川信夫のあとを義理堅く追うように44歳という若さで逝ってしまった「ペンキ屋」こと河原晉也がこの本で用いた魅惑的なフレーズを本稿で一箇所、こっそり借用している。
注3「古書城田」と比べると洒落た内装とはお世辞にもいえないが、そして扱う本の分野はかなり異なるが、赤坂某ビルの地下にあるバンド・ワゴンも、店主の見識の高さを感じさせる店である。スペースが許せば力を込めてこの本屋の美点を並べ立てたいところである。
注4 何もわざわざ古本屋まで足を運ばなくともインターネットで注文すればよいではないか、などというなかれ。たしかにインターネット上には複数の古本関係のサイトがあり私も重宝している。しかし当たり前のことだが、すべての古本屋がインターネット上で在庫目録を公開しているわけではないし、公開されている在庫目録が在庫のすべてを尽くしているわけでもない。したがって、やはり自らの足を使って一軒一軒古本屋を廻らなければならないのである。とりわけ、若いうちは(私もこんな言葉を使って若い人に説教できる年齢になったのだと感慨に耽りたくなる)自ら古本屋に足を運び、自らの目で本を眺め自らの手で本に触れなければならない。
(*本稿は、文化学科フォーラムが発行している機関誌『LCジャーナル』第三号に掲載した文章を一部書き改めたものです。)

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Ⅳ. 書くことの勧め
「レポート」が書ける人になろう
上枝美典 (西洋哲学史)
 ここだけの話、レポートが書ける日本人はとても少ないのです。ほとんどの人は、感想文しか書けません。しかし、感想文とレポートの違いは、とても大切です。これがわかっているかいないかで、人間の質が違うといっても言い過ぎではありません。ちょっと言い過ぎかも知れませんが。しかし、そのくらい大切な違いであると私は言いたい。
 はっきり言って、大学で勉強するということは、「感想文しか書けない人」から「レポートが書ける人」にレベルアップすることなのです。知らなかったでしょう? しかし、知らなかったからといって、恥じることはありません。なぜなら、この違いを教えるシステムが、日本ではまだちゃんとできていないからなのです。つまり、日本で通常の教育を受けて、高校を卒業しただけの人は、まだこの違いを習っていないのです。なんとなく、大学に進学してよかったな、という気分になってきたでしょう?
 では、感想文とレポートとの違いは何でしょうか。もったいぶらずに早く教えてくれ、というあなたの顔が目に浮かぶようです。ですが、それは秘密です。というのは冗談ですが、秘密にしたいほど、それは単純なことなのです。ひとことで言って、「感想文」は、自分が感じたことや考えたことを、そのまま書いたものです。あれっ? それって、いいんじゃないの? という声が聞こえてくるようですね。たしかに、そういう感想文を書かせることに、ある一定の教育効果があることはたしかでしょう。そういうのは、「作文」と呼ばれていて、日本の教育界ではいろいろとややこしいことがあるみたいです。しかし、断言しますが、大学で身につけるべきことは、「よい作文」を書く力ではなくて、「ふつうのレポート」を書く技術です。「技術」と言うと、なにか職業訓練所みたいですが、よい作文を書けるか書けないかは、ある程度、「文才」と呼ばれる文学的才能で決まりますが、「ふつうのレポート」は、書き方さえわかったら、だれでも書けるのです。なんといっても、「ふつう」でいいんですから。
 なにか話があっちこっちに飛んでいっこうに要点を得ない。おまえはレポートの書き方がわかっているのか、という叱責の声が聞こえてきそうですから、そろそろ本題に入ります。「作文」や「感想文」でない「レポート」とは、
  1. あたえられた問い、あるいは自分で立てた問いに対して、
  2. 一つの明確な答えを主張し、
  3. その主張を論理的に裏付けるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する
という三つの要素がそろっている文章のことです。おっと急いで付け加えますが、この定義は、私があたえたものではありません。次の本からの抜粋です。

戸田山和久(2002)『論文の教室:レポートから卒論まで』
(NHKブックス)定価:本体 1120円+税
 私がここに書いていることは、ほとんどが、この本からの受け売りです。責任転嫁をするわけではないですが。ともかく、レポートや論文の書き方を教える本はたくさんありますが、まず一番はじめに読むべき本はこれです。どのようにすれば、この三つの要素がきっちりそろった文章を書くことができるのか、懇切丁寧に教えてくれています。 この本を読んで、「うひゃあ。みんなこんなことを考えて論文を書いていたんだ。まずい」と焦った人は、巻末にある「おすすめの図書など」を見て頑張って追いつきましょう。たとえば次の本などは、安いのにとてもいい本です。どういう経緯で、自分が「レポート」の書き方を学ぶことができなかったのか、よくわかります。

木下是雄(1981)『理科系の作文技術』(中公新書)定価:本体700円+税
 「理科系の」というタイトルは、気にする必要はありません。むしろ文系・理系を問わず読むべき本です。あなたが文章を書こうとするときに、「ひとの心を打つ」「自分の気持ちをすなおに表現」「起承転結をしっかり」「天声人語の文章のように」とかいう言葉が頭に浮かんでくるのであれば、大急ぎでこれらの本を読んで、「文章を書く」「頭を使う」ということについての認識を改めてください。でないと、あとで大変なことになりますよ。

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書くことへのいざない
遠藤文彦 (フランス文学)
雫石とみ『荒野に叫ぶ声 女収容所列島』社会評論社(1976・新版1997)
井上路望『十七歳』ポプラ社(1999)
 雫石とみは1911年生まれ、井上路望(ろみ)は1981 年生まれ。年齢こそ70歳も隔たっていますが、二人の作品に共通しているのは、施設内(福祉施設、学校)での社会的疎外(イジメなる人権侵害)という話のテーマもさることながら、運命的出来事として、書くことが実存的苦悶から生じた切実な欲求として語られていることです。ここでいう書くこととは、すなわち当の作品を執筆すること、そうしようと決意すること(いきさつはそれぞれの本で)なのですが、「作品」を制作するという意味での書くことは、職業人(なかんずく役人ないし教師)養成のための訓練としての書くこと、要するに「作文」のたぐいなどではなく、そのようなものとは隔絶した超越的で絶対的な次元を目指すこと、そこに至る路を望むこと(結果はどうあれ)です。雫石とみの言葉を借りて言えば、それは「荒野に立ちつくし、声をからして叫」ぶことなのです。二つの書物は、どう読もうと読者の自由ですが、ぼくとしてはこれを皆さんに宛てられた書くことへの誘いあるいは勇気づけとして読んでもらいたいと思います。(ちなみに『十七歳』は昨年映画化され公開されましたが、ぼくはこれを佐賀県富士町恒例の第十九回古湯映画祭で観たのでした。毎年九月、秋分の日前後の三日間、福岡からは目と鼻のさきの温泉町で行われるこの愛すべき映画祭に、四年のうち一度は出かけてみることをお勧めします。上映作品の監督や出演の俳優、女優さんたちを囲む懇親会に参加することもできますよ。詳しくは「古湯映画祭」のホームページを!)

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日本語で書くために
辻部大介 (フランス文学)
後藤明生『小説―いかに読み、いかに書くか』(講談社現代新書)
 新入生のみなさん、学科を問わず、人文学部生に求められるものの一つに、日本語で書く能力があげられると思います。人に読んでもらう文章を書く機会はこれから格段に増えるはずです。在学中に、何本ものレポート、試験答案、それに卒業論文を課せられることを今から心得ていてください。さて、そうやってみなさんが書くレポートその他を読む教師の側は、それを読んで何らかの評価を下すのですが、評価にさいして、書かれている内容に劣らず、文章の質を問題にしていることが、じつは多いのです。かといって、おのおのの講義において、提出すべきレポートの文章がどうあるべきかという点についてまで、何か具体的な指針が与えられると期待してはいけません。教師は、あるいは教師にかぎらず一般に人は、レポートその他を読んで、それがいい文章か悪い文章か判断することはできても、何がいい文章で何が悪い文章であるか、誰もが了解できるような形で説きあかすことなどできないのです。ただ、つぎのように言うことはできるでしょう。われわれの生活は、たいていの場合、こういう場面ではこういう言葉を使う、という約束事で成り立っていて、社会生活を営むにはそうした約束事を身につけることが不可欠なのですが、文章を読んだり書いたりするときにかぎっては、約束事を超える何かが求められているのではないか。まったく興味のないことがらについて、ただ命ぜられたからいやいや書く、というような場合は措きましょう。切実な関心を抱いていることがらについて、みずから考えたことを、みずから納得のいく言葉で、しかも、言いたいことが読み手にうまく伝わるようにという配慮を忘れずに書き表すことを試みるなら、出来合いの表現は役に立たず、少々大げさにいえば、無から有を生み出すような苦労を味わわずにはすみません。そのようにして書いた文章が、かならず読み手にいい文章と判断されるとは限らないのですが、そうした苦労なしに書いた文章が人を打つとはあまり期待できないのもまた事実ではないでしょうか。何やら恫喝のようになってしまいましたが、要は、文章を書くことは難しいという思いをすでに何度か味わっているにちがいないみなさんに、それでも目標はどこまでも高く、たとえレポート執筆というようなごく身近な機会にさいしてであっても、広い世の中にきっといる具眼の士をうならせるような文章を書きたいという意欲をもちつづけてほしいといいたいのです。上に掲げた本は、そのためにきっと役立つことと思います。

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LaTeX による美文書作成の勧め
永田善久 (ドイツ語)
奥村晴彦著『[改訂第四版] LaTeX2e 美文書作成入門(CD-ROM 付)』(技術評論社)
 この書籍は、レポート・論文・本などを印刷したり電子化したりするためのフリーソフト LaTeX (ラテフまたはラテックと読みます、ラテックスではありません)についてできるだけ易しく解説した、日本における定番の入門書です。LaTeX は、米国スタンフォード大学の数学者クヌース教授が開発した TeX(テフまたはテックと読みます)をベースに拡張されたもので、次のような特徴を持っています。
・「フリー(オープンソース)」ソフトだから、誰でも無償で入手でき、自由に中身を覗いたり改良したりできる
・多言語の自動ハイフネーション、自動ペアカーニング、リガチャ、孤立行処理など、高度な組版技術が組み込まれている
・超高精度で、約0.000005 ㎜ 単位で文字位置を決定できる
・文書のレイアウトは全面的にプログラムに委ねられるので、文書作成に際しては文書の「論理構造」のみに集中すればよく、従って、文書作成の能率を飛躍的に高めることができる
・Windows, Macintosh , UNIX をはじめ、どのような種類のコンピュータでも使える
・標準化が行き届いており、どのコンピュータで処理しても、出力に寸分の違いも生じない
・パソコン用プリンタ、PostScript プリンタ、イメージセッタ、電算写植機まで、あらゆる出力装置に対応している
・特に数式処理や多言語処理に定評があり、多くの学会や学術出版社が LaTeX による投稿を受け付けている
・索引自動作成ソフト MakeIndex や文献データベース管理ソフト BIBTeX など、LaTeX と組み合わせて使う多くの高機能なフリーソフトが標準で同梱されている
・出力を PostScript や PDF 形式に変換することのできる充実したフリーの関連ソフトも同時に配布されることから、従来の印刷物作成はもちろん、電子出版・プレゼンテーション用途にまでオールラウンドに使用できる
・さらに、無数の機能拡張パッケージを自由に利用できる
・LaTeX の文書は「テキストファイル」であり、通常のテキストエディタで読み書きできるため、文書の再利用・再加工・データベース化が容易である
・ライセンス料が不要なので、他のシステムに組み込むことも可能で、例えば、XML ベースの文書印刷や、Web 上での PDF 自動作成サービスなどにも幅広く応用できる
・ユニコード(UTF-8)対応版もある
本書は、従って、次のような人たちにお薦めします。
・大学に入ったからには「洗練され、垢抜けた文書作成システム」を持ちたいと考える人
・そのまま書籍の版下となるような、高品質の整形文書を作成したい人
・数式を沢山用いるようなテクニカルな文書を作成したい人
・多言語混在文書を、その正書法・組版慣習にいたるまで、正確かつ簡便に処理したい人
・カラー画像・アニメーション・動画ファイル・音声ファイル・ハイパーリンクなどを組み込んだ、表現力豊かなプレゼンテーション用 PDF ファイルを作成したい人
・高度な組版から PDF 作成まで、Adobe-Japan1-5 に含まれる「2万を超える文字」を使いこなしたい人
・情報ネットワーク時代における「文書の互換性・再利用・再加工」ということを真剣に考える人
・「フリー」という簡潔な言葉の中に含まれる「自由」という高尚な精神的態度から「無償」という現実的意義までを深く理解できる人
・コンピュータを能動的に使いこなしたいと思う人
・「ライオン」の好きな人

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Novis 2005
― 新入生のための人文学案内 ―

印 刷 平成17年3月25日
発 行 平成17年4月1日
発行者 福岡大学人文学部
印刷所 城島印刷有限会社