福岡大学人文学部
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Novis 2012

Novis 2012 目次

Novis 2012 本文

新入生の皆さんへ
梶原良則 (人文学部長)
 永く大学の教員を続けていると、在学生や卒業生の皆さんから、様々な声が聞こえてきます。そうした声のなかに、「学生時代に先生から勧められた『○○』という本を、あらためて読んでみました。学生時代にはわからなかったけれども、社会に出てからこの本を勧めていただいた意味がわかるようになりました。」という趣旨の声を、卒業後五年から十年程度の時が経過した卒業生から聞くことがあります。

 新入生の皆さんは、これから始まる大学生活への期待と不安が先に立ち、卒業後の進路や、どのような人生を送りたいのかといった、将来の問題について考える余裕はないかもしれません。しかし、大学生活は瞬く間に過ぎてしまいます。皆さんは、これから始まる大学での学修、生活、進路、さらには卒業後の人生について、思い悩み、挑戦し、努力を怠らず、様々な経験をつむことで、自立した「大人」へと成長し、社会へ巣立っていくことでしょう。

 この小冊子は、そのような新入生の皆さんに対する、人文学部の先生方からのメッセージです。これから始まる大学生活の羅針盤として活用してください。

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映画の字幕
間ふさ子 (中国近現代文学)
 外国語映画を見るときになくてはならないものが字幕です。映画では目からの情報だけでなく、言葉や音楽など耳からの情報も大きな役割を果たしていますが、言葉が外国語だと何を言っているのかわかりませんよね。それを解決する主な方法は吹き替えか字幕ですが、日本では字幕が主流のようです。字幕翻訳監修業という職業の草分けである清水俊二さんの『映画字幕(スーパー)五十年』『映画字幕(スーパー)の作り方教えます』を読むと、日本における字幕スーパーの歩みを知ることができます。

 字幕と聞いてすぐに思い浮かぶのが、この清水俊二さんや戸田奈津子さんなど字幕翻訳者の存在です。語学を志す人で字幕翻訳者にあこがれたことのない人は少ないのではないでしょうか。自分の作った字幕がなければ観客たちは作品を十分に鑑賞できないのです。しかも一行わずか一〇文字で台詞のエッセンスを表現しなければなりません。責任は重大ですが、やりがいもあるというものでしょう。

 戸田奈津子『字幕の中に人生』、太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』など、字幕翻訳のエピソードを綴った本は何冊かあり、いずれも興味深いものです。また、前述の清水俊二さんの著書や高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』を読めば、字幕翻訳者の生涯を通して二十世紀の日本と日本人の姿が、外国映画の受容という側面から浮かび上がってくるでしょう。

 しかし、翻訳者だけでは字幕は出来ません。字幕を作るにはタイトルカードに字を書く、フィルムに字を打ちこむなど、技術者の熟練の技が不可欠です。字幕がどのように作られるのかを教えてくれるのが、神島きみ『字幕仕掛人一代記 神島きみ自伝』です。この本を読むと映画が工業技術に支えられた芸術であることがよくわかります。

 現在では、デジタル映像であれば、素人でも専用のソフトを使って字幕制作にトライすることができます。東アジア地域言語学科では、字幕制作ソフトを利用した語学の授業を行うほか、有志で一九五〇年代、六〇年代の中国映画・韓国映画の秀作に日本語字幕をつけ、市民のみなさんに鑑賞していただくという活動を行っています。これまでにみなさんの先輩たちが、中国映画『白毛女』('50)、『家』('56)、『五朶金花』('59)、『今天我休息(本日非番)』('59)、『李双双』('62)、韓国映画『青春双曲線』('50)、『運命の手』('54)、『三等課長』('61)などに字幕をつけました。今年も九月の発表会に向けて準備を進めています。

 読むだけではなく、みなさんもぜひ字幕制作にチャレンジして、プロの翻訳者たちが縷々語る字幕翻訳の神髄限られた言葉で限りないイメージの世界へ観客を誘う醍醐味の片鱗に触れてみませんか。

  清水俊二『映画字幕スーパー五十年』早川文庫、一九八七年
  清水俊二『映画字幕スーパーの作り方教えます』文春文庫、一九八八年
  神島きみ『字幕仕掛人一代記神島きみ自伝』パンドラ、一九九五年
  戸田奈津子『字幕の中に人生』白水Uブックス、一九九七年
  太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』光文社新書、二〇〇七年
  高三啓輔『字幕の名工秘田余四郎とフランス映画』白水社、二〇一一年

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若者よ、一体何が悪かったのかについて
青木文夫 (スペイン語)
 数年前から、NOVISへ掲載している内容が、読書案内的なことから完全に逸脱して、雑感のような内容になっているが、今回もお許しいただいて、この老兵の思いを綴ってみたいと思う。

 二年前のNOVISに座右の銘というほどではないが、信条的な言葉として、「よく遊び、よく学び」、「宵越しの金は持たない」そして「少年よ大志を抱け」を題材に少し話しをした。しかし、実はもう二つ重要な信条を忘れていた(というか恥ずかしいので書かなかった)。一つは、「博打の借金を払わない奴は人間の屑」というものである。

 刑法第一八五条には、「賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」とあるが、「一時の娯楽に供する」レートがいくらかには議論があり、常習性も加味されるとのことで、過日の所業にちょっと心配なところもあるが、まあ、昔やっていた賭け麻雀の類はすでに時効になっているはずなので、そのあたりもちょっと書くことにする。

 もう一つの信条は、若気の至りでちょっと恥ずかしいが、高校生のころ読んだ本にあった、ウラジミール・レーニンの兄アレクサンドル・ウリヤノフの(正確ではないが)「決闘のときに先に銃を撃っておいて、相手に撃たないでくれと頼めますか」という言葉。ロシア皇帝アレクサンドル三世の暗殺計画に加担していないと言いなさいと、母親が牢獄にいる息子を説得したときの返事として言ったとされる言葉で、そのあとウリヤノフは潔く処刑されるのである。当時は、ある左向きの考えに染まっていたので、この言葉に感銘を受け、同じ左向きでも別のセクトの連中相手に論争を挑んでいたのであるが、今でもその言葉に敬意を表する気持ちは変わらない。

 小学校五年生のときに、父から手ほどきを受けた麻雀。それ以外にも、花札や囲碁で目数の差を賭ける「目碁」やバックギャモン、大人になってからは競馬に競艇(下宿のすぐ近くに江戸川競艇があったのが禍した)、攻略法が出回ったときのパチンコ(一九八〇年代初め頃)など、博打大好き人間であった。博士課程修了後のいわゆるオーバードクター時代は、非常勤講師(十一コマやっていた)と研究会での発表や論文の執筆に追われ、ストレス全開になると友人数名と済州島にギャンブルツアーに行っては、ビーチにも街にも行かず、三日三晩カジノに入り浸り、すっきりして帰ってきて、また次の研究や仕事に打ち込んだものだった。

 さて、新入生諸君に何を言いたいのか。ここからである。

 高校時代、麻雀の負けを期限までに払わない上級生の教室に怒鳴りこんだら、その上級生が放課後パチンコ屋で必死になって打って、タバコ(換金はレートが不利だった)で返しに来たのは、今でもよく覚えている。こんなことを書くと、守銭奴かクリスマスキャロルのスクルージみたいな奴だと思われるかもしれないが(実際に大学生のとき寮に入り浸って麻雀をしていた相手数名からそう呼ばれていたらしい)、今となってはしたくてもできない理想の生活である「宵越しの金は持ちたくない」タイプの人間なので、それは当て嵌まらない。ただ単に博打の負けを払わない奴が許せないだけである。何故か。簡単である。博打の借金も返せないようでは、他の何をやっても成功しないという持論を持っているからだ。これは実名はまずいので、伏字にするが、僕から博打の借金を踏み倒した奴の一人にMという作詞家がいるが、HTという大物の詞も書いている彼が今一つブレイクしないのは、大学時代の音楽仲間によると、その呪いがかかっているとのことである(才能がないという説もある)。そして、学生時代バンドをやっていたり、競馬に行っていた友達で、今でも毎年仲良く酒を酌み交わしたり、セッションに興じたり、旅行に行ったりするのは、真面目に僕に負けを払っていた連中や、博打をしない奴でも、僕の考えに共感した連中である。そして、そいつらとの友情は簡単には壊れないのである。

 何故か。ミーハー(死語か?)かもしれないが、高校生のときのもう一つの信条が僕の中から永久に消えないからだ。博打をする以上、勝ちか負けかのどちらかに決まっている。なのに、負けたときは「ごめんなさい、しばらく待って」では、済むはずがない。相手はすでに拳銃を構えているのと同じなのだ。大学のころ、原宿のフリー雀荘でそのほうの人とやって負けて払えないので、ダッシュで逃げた同級生もいたが、それはそれで撃たれずに済み、ある意味根性が据わっていたが、その後は別のほうで身を滅ぼしたと聞いている。

 さて、「大人が日本をめちゃめちゃにした責任を僕らに押し付けるから、僕らの未来は暗澹たるものだ」という考えを持つ若者が多いことに驚かされる。年金制度への不信、貿易収支の赤字化、非正規雇用の増大と雇用不安、一部の大企業への利益の集中。若者にとって暗いニュースばかりだ。それに、束の間でもバブルを味わった我々(歌舞伎町で飲んで、新宿から江戸川区のアパートまでのタクシー代が何ともなかったなあ)と違い、就職難でもがき苦しんでいる若者たちの言葉とすれば、反論のしようもないし、大人の一人として「申し訳ない」という気持ちになってしまう。

 こんな日本になったのは何故か。本当にいろんな要因が考えられるので、何が(誰が)悪かったのかなんて一概に言えないし、この話しを始めたら、それこそ某局のくだらない討論番組と同じになってしまうのだが、僕個人は、非常に抽象的であるが、誰かが「博打の借金を払わず」、誰かが「先に銃を撃っておいて、猛ダッシュで逃げた」と思えるのだ。僕もその犯人の一人だろうけど、まあ、自分の責任は棚に上げて、政治家の体たらくも当然計りしれないくらい大きな理由であり、それを選んだ有権者の意識の低さも糾弾されなければならないし、その他いろいろある中で、僕が大きな原因の一つと思っているのが、大学入試センター試験(創設当時一九七九年は共通一次テストと呼ばれた)を作って、知らん顔をしたり、褒め称えた奴らだ。(首謀者は一九七六年から一九七七年の福田内閣で文部大臣だった某氏だが、共同正犯は受験戦争の正常化に誤った道筋をつけようとした、それまでの官僚や審議機関のメンバーであろう)。

 僕はある私立大学でスペイン語を専攻することになったのだが、はっきり言って数学はからっきしだめで、英語が好きだったから合格したようなものだった。だが、某国立大学に入学するという野望も持っていた。と言うのは、一年先輩でその大学の法学部に入学したA君は、数学を完全に捨てて(実話である)合格したからだ。僕もそれならと挑戦したが、残念ながら惜敗(と言っておく)したのである。また、ある私立大学の世界史で「ミトリダデス三世(註:今となってはどんな問題かは不明)が答えになる問題があったのだが、さっぱり分からず名古屋に帰ってきて、世界史得意のI君(今はなぜかある大学の英語の先生)に電話で尋ねたところ、「それは~~王国の……」とすかっと答え、「~~の参考書の~~頁の註にある」(~~は今は不明だが、参考書は山川だったかな?)とさらっとのたまうではないか。

 その時は、そんなことまで知っていてどうなるの、という感じだったのであるが、その後チョムスキーの生成文法を専攻し始めて、院生たちが、詳しい書名は省くが、聖典ともいうべき「アスペクツ」や「SS」の「~~頁の~~行目」とか「注の~~番」とか言っているのを聞いて、I君をちょっと蔑んだ自分が間違っていたことがはっきりとわかったのだ。

 時は経ち、大学で教鞭をとるようになったあとも、母校の修士課程の学生たちと接することがあるが、感じるのは、確かに外国語はできるが、学問的な深さや想像(創造)力は僕らの頃のほうが絶対に上だということだ。共通一次試験が始まった一九七九年に僕は修士を修了している。

 ある科目ばっかりやっていて、そこそこの大学にしか入れなくてもいいじゃないか!そのあと結果はついてくるのである。ところが、今のセンター試験はその芽さえも摘み取ってしまうように思えてならない。受験地獄という賭場に共通一次テストというサイコロを振ったら裏目に出たけど、ゆとり教育と言う大きな借金までして、サイコロを振り続けた結果、今更「脱ゆとり教育」などといういかさま技を使って「ちゃら」にできるほど甘くはないと思う。まさか、刑法一八五条の「一時の娯楽に供する」などという気持で、罰金は払うつもりがなかったわけではないよね。

 若者よ、答えにはなっていないかもしれないが、自分がやりたいことを見つけ、とことんやって欲しい。

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美術館に行く前に
浦上雅司 (西洋美術史)
E・H・ゴンブリッチ『美術の物語』(ファイドン社)
辻 惟雄『日本美術の歴史』(東京大学出版会)
D・アラス『モナリザの秘密―絵画を巡る25章』(白水社)

 「無人島に一人で住むことになったとき、一冊本を持って行くとすれば、どんな本を持っていきますか」という有名な質問があります。皆さんもそれぞれ考えてみれば、いろいろな答えがあるでしょう。『聖書』『教行信証』のような宗教書を挙げる人もあれば、『ソクラテスの弁明』『ニコマス倫理学』のような哲学書を選ぶ人もあるでしょう。もちろん何度繰り返し読んでも飽きない小説やマンガを選んでも構わないと思います。『ブリタニカ百科事典』なども興味深い選択かもしれませんね。

 さて、私の専門は、西洋美術史ですから、学生の皆さんに、できるだけ直接、美術作品に触れてもらいたいと、いつも思っています。美術作品を扱ったテレビ番組(『新日曜美術館』『美の巨人たち』など)を見たり、スライドで作品を見ながら講義を受けたりするのもよいことですが、美術館に行って作品そのものに触れるのがとても大事だと確信しているのです。

 スライドやテレビ画面による美術鑑賞では、居心地の良い室内にいて、寛いだ気分で、細部をジックリ眺めることができるというメリットはありますが、やはり本物の持つ迫力(これを哲学者のヴァルター・ベンヤミンは「アウラ」と呼びました)は、なかなか伝わってきません。皆さんにも分かりやすい例をあげれば、車やバイクの本物と、カタログ写真の違いと言えばよいでしょうか。カタログやテレビの自動車番組を見ても、本物を見て、できれば運転してみなくては本当の特徴はわからないでしょう。美術の授業も興味深いでしょうが、やはり実物と対峙していろいろ考えるのとではインパクトが違います。

 そんなわけで、皆さんにはできるだけ、美術館などで実物、しかも可能であれば多くの人たちが優れた作品と認めている美術作品に触れてもらいたいと思うのですが、共通教育科目「芸術」を受講する学生諸君に尋ねても、美術館に行ったことがない、と答える人が多いのは、私としてはとても残念なことです。

 幸い、福岡には多くの美術館があります。福岡市美術館、福岡市博物館、福岡県立美術館、そして福岡アジア美術館など、身近にあって、常設展なら数百円で入場できますし、ちょっと足を伸ばせば、久留米の石橋美術館や、太宰府の九州国立博物館があります(ちなみに、福岡大学は九州国立博物館のキャンパス・メンバーズとなっており、皆さんは、学生証を提示すれば、この博物館の常設展はタダで観覧できます。特別展も割引になりますから、ぜひ、利用して下さい)

 大学時代にできるだけ多くの美術館・博物館を訪れ、美術について知見を深めてもらいたいと思うわけですが、先ほどの例をまたあげれば、車の性能を知るには、あらかじめカタログを読んでいろいろ比較してから試乗に出かけるに越したことはありません。同様に、美術館や展覧会に行くにしても事前にある程度の知識を持っていれば、よりよく楽しめます。ピカソ展とかゴッホ展のように、個別の作家を扱った展覧会であれば、大学図書館の二階にある「小学館世界美術全集」の該当巻などで予習するのが良いでしょう。

 しかしながら、美術の全体的な流れを大きく把握しておくのも、美術館訪問をより有意義にする役に立つと思います。そのような観点から、三冊の本を挙げてみました。

 ゴンブリッチの著作は西洋美術の全史として定評のある著作で、読み物としても優れています(ついでながら、ゴンブリッチの『若い読者のための世界史』(中央公論美術出版社)も読みやすい世界通史です、日本語版は高価なのが残念ですが)。日本美術史であれば辻惟雄さんの著作が、最近の定番となっています。

 最後に挙げたのは、フランスの美術史界をリードしていたものの、残念ながら二〇〇三年に亡くなったダニエル・アラスが自分の体験を含めて、絵画の歴史について様々な観点から語ったラジオ番組(!)に基づく本です。原題は「絵画の話(Histoiresdepeintures)」という素直なものですが、ルネサンスから現代にいたる絵画史のさまざまな話題が分かりやすく説かれているとおもいます。美術に興味のある人はフランス語版にもチャレンジしてみてはどうでしょうか(ちなみに、フランス語版は一〇ユーロもしません。フランス語も平易です)。

 どの本も大学の図書館にありますし、福岡市の図書館から借りることもできま す。

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身体の魅惑
遠藤文彦 (フランス文学)
『バレエ・リュスその魅力のすべて』(芳賀直子著、国書刊行会)

 本書は一九一〇年代から二〇年代にかけての二十年間おもにパリを中心に活動した伝説のロシア人バレエ団「コンパニー・デ・バレエ・リュス」についての概説書である。概説書といってもとっつきにくい研究書というのではなくバレエ・リュスの結成から事実上の解散に至るまでのドラマチックな経緯をその創設に関わった人物や文字通りきら星のごときスターたちの生き様を軸にしてつづった興味深い物語として割にすいすいと読み進めることができる。バレエに馴染みのない人や興味のない人もバレエ・リュスの物語とそこに登場する人々には魅了されるにちがいない。そしてバレエ・リュスのレパートリーを実際に見てみたいときっと思うようになるはずだ。いまや世界の主だったバレエ団が取り入れているバレエ・リュスの演目のいくつかはDVDで観ることができる。ちなみにバレエ・リュスの実話を下敷きに撮られた『赤い靴』(一九四八年製作M・パウエル&E・プレスバーガー監督の総天然色(テクニカラー)映画)もまたDVDで容易に観ることができる。

 しかしできることならこれを機に本場のバレエを生で観てもらいたいものだ。そこでパリに行くことがあったらオペラ座(パリ国立オペラ・バレエ団本拠地)には是非立ち寄って欲しい。当日ふらりと出かけても大抵キャンセルで空きがでるし開演前に売り出される格安の席もある。脇からでやや見にくい場合もあるがたったの7ユーロ(八百円前後)でバルコニーから舞台を間近に見下ろすことができる。見上げればバレエ・リュスとも縁のあるシャガールの天井画が壮麗なシャンデリアに映える。でもオペラ座は七ユーロで見られてもフランスに行くのにお金がかかるじゃないかともっともな意見を返してよこしそうな諸君には日本の身体芸術歌舞伎の殿堂博多座に行くことを薦めたい。これは春(2月)と夏(6月)定期的に歌舞伎公演が行われる町福岡で学んでいる皆さんの特権である。しかしこちらもまともに観ようと思ったら金銭的に学生にはちょっと敷居が高いかもしれない。ならば歌舞伎には一幕見(ひとまくみ)という観方があるので紹介しておこう。昼の部夜の部それぞれいくつか演じられる演目の一つ(あるいはそのうちの一幕)だけを見る方式で三階席からだが開場前にちょっと並べば千円前後で入場できる。映画よりずっと安くて生の海老蔵や本物の獅童が見られるのだ。テレビやDVDの映像ばかりでリアリティ喪失気味の人にはとくにお奨め。大学四年間のうちに一度は足を運んでもらいたい。

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おすすめの本
大嶋仁 (比較文学)
  新入生の皆さん、人文学部にようこそ。新入生の皆さんに、おすすめしたい本と言えば、まず皆さんが一冊の本に何を求めるかによります。読み終えて生きる元気が湧いてきた、と感じられるものとしては、何より福沢諭吉の『福翁自伝』でしょう。落ち込んでいる人、孤独を悩んでいる人には、フランツ・カフカの『短編集』『変身』をおすすめします。暗い内容のようでいて、なぜか根源から力が湧くでしょう。また、人に対して優しい気持になりたい、細かい文章の味をかみしめたいと思ったら、井伏鱒二の短編ですね。『山椒魚』などのタイトルの付いた一冊を選べばよいのです。

  こんなところでしょうか。ここに挙げたどの本も文庫本で手に入ります。

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英語教師を志す皆さんへ
大津敦史 (英語教育学)
  大津由紀雄 編著『危機に立つ日本の英語教育』(慶應義塾大学出版会二〇〇九年)

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!これから4年後、社会人としての人生をほぼ決定すると思われる大切なこの4年間、どうか無駄にせず、完全燃焼させてください。もちろん燃え尽きてしまってはいけませんので、自律と自己管理にもしっかり心がけて下さい。

 さて、皆さんの中には、卒業後、英語教師になりたいと思っていらっしゃる方も少なくないでしょう。毎年、英語学科のみならずドイツ語学科やフランス語学科からも教職希望者がたくさんいますので、今回はそのような方たちのために、右記の本を選んでみました。

 まず、編著者である大津由紀雄氏ですが、慶應義塾大学言語文化研究所の教授で、専門は言語の認知科学です。「認知科学って何?」と思われる方は、ぜひインターネットを利用して調べてみてください。最近では、大津氏は日本の英語教育、特に小学校での英語教育の是非について様々な提言をされています。私と同じ姓ですが、残念ながら親類関係ではございません。

 この本の著者には、大津氏以外に、日本を代表する12名の研究者が名前を連ねています。元々この本は、二〇〇八年九月一五日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催された公開シンポジウム「「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を超えて」および同年十二月二一日に同大学日吉キャンパスで開催された言語・英語教育講演会「言語リテラシー教育のポリティクス」がもとになっています。二〇〇八年は、二〇〇二年と二〇〇三年にそれぞれ文部科学省によって策定された「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」と「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」の目標達成年度に当たります。この「構想」や「行動計画」がこれまで学校英語教育に与えてきた影響は測り知れません。しかしながら、「英語が使える人材」を希求する経済界(財界)主導のこのような語学行政は、教育現場に無理難題を押し付けた結果、その教育現場は疲労困憊(ひろうこんぱい)し、英語教育の質の低下を引き起こしています。

 このような時期に、今一度日本の英語教育、学校英語教育の現状と課題とその解決策を整理・模索してみることは非常に有効だと思います。そのような反省を通して、これから英語教師を目指す皆さんの時代(次代)には、もっと豊かで心地よい教育環境が整備されることを祈って止みません。

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先人を知ろう
甲斐勝二 (中国学)
勝海舟《海舟語録》 江藤淳・松浦玲編 講談社学術文庫

 勝海舟、世界でも希有な江戸という大都市を無血に明け渡した立役者。西郷隆盛を友とし、坂本龍馬を門下に置く。篤姫とも仲が良く、姉と偽って江戸を歩き回った事もある。江戸開城の折には混乱を防ぐため、渡世人の世界にまで自ら赴き頼み回る気配りを語る。良く世界を見ている。明治31年まで生きて、伊藤博文の政策への批判も多くある。

岩波文庫に 《海舟座談》 があるが、講談社学術文庫の方が注もちゃんとしていて、勝の発言録としては信用できそうだ。

  この本をおもしろいと思うのは、勝の人情の機微に渡る観察や、人物批評の痛快さ鋭さ、また社会や人への気配りから、曾(かつて)あった日本の政治家の姿やその手法を知ることができると共に(善し悪し置くとしてこれはつい最近の政治家まで続いている)、「機」を見るといった個人ではどうにもならない社会の動きへの視点もまた示されているところだ。

  内容は読んでいただくとして、中国学を専攻する紹介者にとって、「ふむふむ」と思う文を二つ紹介する。まずは日清戦争後の李鴻章の態度についての発言。

李鴻章の今度の処置などは、巧みなのか、馬鹿なのか少しもその結果がわからないのには、大いに驚いていますよ。大馬鹿でなければ、大変、上手なのでせう。これまでの長い経験では、大抵、日本人の目に大馬鹿と見えるのがエライようです(十五頁)
  次に 「支那 (ママ) 人」 についての発言。  

ナニ、支那が外国人に取られるというのカエ。誰が取るエ。支那人は、他に取られる人民ではないよ。香港でも御覧なナ、実権は、みな支那人が持っているジャアないか。鶏卵でも豆腐の豆でも、南京米でも、みな支那人から貰っているジャアないか。それで支那人は野蛮だと言うやつがあるカエ。ナニが、文明ダエ(一五八頁)
  勝は西洋列強の植民地化に対してアジアの諸国が連合し、日本は海軍で海を守る役割も考えたこともあるようだ。征韓論も馬鹿な話だと片付ける。勝の考えた方向で日本が動けば、あるいは今とは違っていたかも知れない。どうしてあんな方向に進んでしまったのだろう。

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江戸時代を見なおそう
梶原良則 (日本史)
 新入生の皆さんは、江戸時代についてどのようなイメージを持っておられるでしょうか。近年の歴史学研究は、江戸時代の通説的イメージに修正を迫りつつあります。ここでは、新入生にも読みやすい代表的な本を紹介しましょう。

磯田道史『武士の家計簿』(新潮新書、二〇〇三年)は、江戸時代の中下級武士の生活を家計簿から復元し、従来の武士のイメージを一新させました。

高木侃『三くだり半―江戸の離婚と女性たち』(平凡社ライブラリー、一九九九年)・『三くだり半と縁切寺―江戸の離婚を読みなおす』(講談社現代新書、一九九二年)は、夫が妻を一方的に離縁できるという夫優位の夫婦関係の通念をくつがえしました。

宇田川武久『真説鉄砲伝来』(平凡社新書、二〇〇六年)は、一五四三年種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲が伝えられたという通説に疑問を呈しています。

このほかにも、知的好奇心を刺激してくれる多くの本が皆さんを待っています。図書館を有効に活用しましょう。

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「よい子」ってどんな子?
勝山吉章 (教育史)
灰谷健次郎著 『兎の目』 (理論社)

 「よい子」ってどんな子?親や教師の言うことを素直に何でも聞く子どもは、確かによい子に違いない。では、親や教師の言うことを聞かない、親や教師の権威を認めない子どもは「悪い子」なのだろうか。いつも親や教師のご機嫌を伺い、「よい子」であり続けることに疲れた子どもは、もうよい子ではなくなるのだろうか

 『兎の目』の主人公「鉄三」は、そのような問いを投げかける。

 偏差値教育、管理主義的教育に慣らされてきた者にとって、「鉄三」は落ちこぼれに映るだろう。しかし、人間本性に照らし合わせて考えた時、管理化された現代社会に馴染んでいる私たちこそが、大切な人間性を失っているとは言えないだろうか。

 本書を既に読んだ学生も多いと思うが、大学時代に再度読んでもらいたい書物である。

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中国の歴史(全十二巻)
紙屋正和 (東洋史)
講談社版『中国の歴史』(全十二巻)(講談社)

 一九七〇年代に、『中国の歴史』(全十巻)、『図説中国の歴史』(全十二巻)、『新書東洋史』(全十一巻、うち中国史は五巻)と、中国史の概説書のシリーズをあいついで刊行した講談社が、『新書東洋史』以外は入手困難になった二〇〇四年から二〇〇五年にかけて、ほぼ三十年ぶりに刊行した中国史の概説書がこのシリーズである。この間に中国史・中国自体、あるいはそれらをとりまく環境は大きくかわった。

 古い時代については、考古学の大きな発見があいついでいる。稲作の起源は、遺跡が発掘されるたびに千年単位で古くさかのぼり、今や一万二千年前の栽培稲が発見されたというニュースが流れているほどである。また以前は、中国の古代文明といえば黄河文明と相場がきまっていたが、現在は長江流域において黄河文明に勝るとも劣らない高度な長江文明があったことが明らかになっている。戦国・秦・漢・魏晋南北朝時代については、当時の法令・行政文書や思想・文学などの著作を書きしるした簡牘(かんとく)(竹のふだと木のふだ)類や人の目をうばう遺跡が多く発見され、これまで文献史料で知ることのできなかった事実が明らかにされつつある。新しい時代については、放っておいても新事実が積みかさなってくるのであるが、以前に未発表であった公文書が公表され、さらに中国・中国経済自体が大きくかわりつつある。政治は社会主義のままであるが、経済はもう完全な資本主義に、少し大げさにいえば日本よりも極端な資本主義になり、すでに世界第二の経済大国として世界経済を引っぱっている。経済成長がすすみつつあるさなかに、この『中国の歴史』(全十二巻)が企画されたのである。ただし、このように大きくかわりつつある「古い時代」と「新しい時代」とに挟まれた中間の時代の場合、大発見があったわけでもなく、新しい文献が見つかったわけでもないため、執筆者はこまったらしいが、旧来通りの中央からの視線でえがくのではなく、地方の現場から世界を見なおすといった機軸によって新鮮味をだそうとしたという。

 全体的にかなり高度な内容になっているが、全部を紹介するわけにいかないので、私の専門に近い古代史関係についてのみ内容を簡単に紹介し、のこりは執筆者と書名だけを列記するにとどめる。

 宮本一夫著『神話から歴史へ神話時代・夏王朝』(01)は、中国の地に人類が居住しはじめてから、殷周社会が成立する前まで、いわば中国の先史時代をとりあつかう。現在の中国の経済発展は巨大な開発をともない、発掘もさかんに行なわれている。その結果、先史時代の文明は黄河流域だけではなく、現在は中国の各地で発見されている。宮本氏はこうした発掘成果をもとに、物質文化における地域間比較だけでなく、社会構造上の地域間比較をも試みることによって、先史時代における段階的な社会構造の変化に注目し、殷周社会にいたる道のりを多元的に説明する。これまで「中国の歴史」というとき、先史時代についても文献史学の研究者が執筆することが多かったが、これは考古学の専門家の手になる概説書である。

 平?(ひらせ)隆郎著『都市国家から中華へ―殷周・春秋戦国』(02)は、新石器時代から戦国時代までを対象とする。本巻は、著者自身がみとめるように「一般に提供されている中国史とは、若干異なった視点」で書かれている。すなわち中国史を、蘇秉琦著・張名声訳『新探中国文明の起源』(言叢社)が提唱した「新石器時代以来の文化地域」を基礎において分析し、まぼろしの夏王朝、殷王朝・周王朝、そして戦国時代の領域国家のいずれもが新石器時代以来の文化地域を母体として成立したという。こうした歴史を背負う戦国時代の諸国家は、自国の立場から、先行する夏・殷・周の王朝を論じ、そのうちの一部が史書として現在にのこされている。しかしそれらの史書は、それができあがった時代に規制され、ときには無かった内容を付けくわえている。そこで、本巻は、何が後世に付加された虚構の産物なのか、またどの記述が事実を伝えているのかを検討する形で書かれている。安易な気持ちで、急いで読もうとすると、絶対に理解できない。

 鶴間和幸著『ファーストエンペラーの遺産―秦漢帝国』(03)は、秦・始皇帝による天下統一から前漢・新をへて後漢が滅亡するまでの四百四十年間をとりあつかう。この時代は、簡牘類や多くの目を見はる遺跡・遺物の発見があいつぎ、歴史像が大きくかわりつつある時代である。鶴間氏は秦の歴史、始皇帝像の再評価を試み、また秦・漢時代を地域の視点から見なおそうと試みてきた研究者である。そうした自分自身の研究を反映させ、あわせて新発見の出土資料を既存の文献史料とつきあわせて本巻を書いている。とくに新出土資料についてはよく調べて多くの情報を提供しており、専門家としても参考にすべきところが多かった。

 金文京著『三国志の世界―後漢・三国時代』(04)は、後漢後半期に外戚・宦官が政治を乱しはじめた時期から西晋の統一によって三国時代がおわる時までの約百三十年をとりあつかう。この書名にある「三国志」とは、『魏志』倭人伝などをふくむ歴史書の『三国志』ではなく、小説の『三国志演義』であり、執筆者は歴史家ではなく、中国文学者である。本巻は、ゲーム・アニメ・漫画によってつくられた『三国志』ブームを意識したもので、よくいえばこのシリーズに新鮮味をだすための、悪くいえば読者に迎合するための企画といえよう。内容は、この時代の歴史の動きを淡々とおいかけ、ところどころで『三国志演義』がどのように脚色されているかを明らかにしている。本巻は歴史の概説書として読みごたえがあるが、『三国志演義』ファンにも歓迎されるであろう。

 川本芳昭著『中華の崩壊と拡大―魏晋南北朝』(05)は、西晋が中国を再統一したものの、また分裂してから隋が久々に中国を統一するまでの約三百年をとりあつかっている。基本的には分裂の時代といえるこの時期の歴史を、胡漢、すなわち遊牧民族と漢民族の対立と融合をキーワードにして、隋・唐時代に新しい漢民族・中国文化が登場すること、また中原(黄河中流域)の混乱などによって、未開発地がまだ多くのこされていた長江流域に厖大な人口が移動・移住し、その地の開発が急速に進展することを明らかにし、あわせて中国の周辺において朝鮮半島の三国や倭のような国家がうまれてくることにも目をくばっている。

  氣賀澤保規著『絢爛たる世界帝国―隋唐時代』(06)
  小島 毅著『中国思想と宗教の本流―宋朝』(07)
  杉山正明著『疾駆する草原の征服者―遼・西夏・金・元』(08)
  上田 信著『海と帝国―明清時代』(09)
  菊池秀明著『ラストエンペラーと近代中国―清末・中華民国』(10)
  天児 慧著『巨龍の胎動―毛沢東vs鄧小平』(11)

 尾形勇など著『日本にとって中国とは何か』(12)は、太古から現代までの中国の歴史をふりかえったあとで、日中関係がギクシャクしている現在、日本にとって中国とは何か、逆に、中国にとって日本とは何かについて、このシリーズの編集委員四人と中国人二人が総論的に論じたものである。日本と中国は同じ漢字文化圏、儒教文化圏であるから何もいわなくても分かりあえると認識することが、大きな誤解であることを知らなければならない今この時、一読すべき本であろう。以下、執筆者と論題だけを紹介する。

  尾形 勇「大自然に立ち向かって―環境・開発・人口の中国史」
  鶴間和幸「中国文明論―その多様性と多元性」
  上田 信「中国人の歴史意識」
  葛 剣雄「世界史の中の中国―中国と世界」
  王  勇「中国史の中の日本」
  礪波 護「日本にとって中国とは何か」

 概説書は新しければ新しい顔をして我々の前にあらわれてくる。新しければよいというものではないが、少なくとも情報は新しいものがふくまれている。読書には、自分の知らないことをまなぶという「学ぶ姿勢」と同時に、何かおかしい、納得できないことを書いていないかをさぐるという「批判の姿勢」も必要である。

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学問の領域に捉われない読書の勧め
鴨川武文 (地理学)
木内信蔵(一九六八)『地域概論―その理論と応用』(東京大学出版会)
日高敏隆(一九九八)『チョウはなぜ飛ぶか』高校生に贈る生物学3(岩波書店)
武野要子(二〇〇〇)『博多―町人が育てた国際都市』(岩波新書)

 木内信蔵の『地域概論』は39年前に刊行されました。39年前の本というと、「なんて古い本なんだろう」と思うかもしれませんが、地理学や地理学が研究対象とする地域について体系的に論じられています。私は共通教育科目の地理学を担当していますが、この本は、地理学の講義を学生の皆さんに行うにあたっての、私にとっての参考書ともいうべき座右の書です。

 日高敏隆の『チョウはなぜ飛ぶか』は生物学の本ですが、この本は次の2点において興味深い本です。

 第1点は、「チョウはなぜ飛ぶか」というタイトルですが、内容は、一言でいうと、チョウは自分自身が飛ぶ道筋をしっかりと認識して飛んでいるということです。つまり勝手気ままに飛んでいるのではないのです。全く土地鑑のない場所に出かけた時に頼りになるのは地図です。地図を見てわれわれ人間は行きたいところに行くことができます。チョウは地図を持ってはいませんが、自分が行きたいと思うところへ行くことができ、またそのような本能を持っているのです。

 第2点は、研究というものはどのように行われているのか?研究者は試行錯誤・紆余曲折を繰り返しながら研究成果を出している、研究者とはどのようなタイプの人たちなのか、科学的なものの考え方とは何か、などについていきいきと書かれているという点です。学生の皆さんが志している学問の枠に捉われることなく、多くの本を手にして教養を高め、知識を習得してほしいと思います。

 武野要子福岡大学名誉教授の『博多』には、博多の町の成り立ちや、政治的に、また経済的に博多に関わりのあった武士や豪商のエピソード、今に伝わる博多の伝統や住民の生活史など興味深い話題が数多くあります。また、聖福寺や承天寺、櫛田神社、鴻臚館、防塁など博多にゆかりのあるものの記述もあり、この本を携えて福博の町を散策してみたらいかがでしょう。

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優雅な散歩
桑原隆行 (フランス文学)
(テレビ番組)『世界ふれあい街歩き』

家を見るのが好きだ。散歩の途中立ち止まり、眺めてしまう。つい、散歩の足が、日本一になったとある野球監督の家のほうに向かうこともある。建築中の家なら、工事の人に断わって中を見学させてもらうこともある。さて、大体金曜日の夜一〇時にNHKで放送されるこの『世界ふれあい街歩き』は、規則的に録画してゆったり気分でちゃんと見る番組の一つだ。カメラマンの目線の高さと動き、歩行リズムに同調するように開発された特殊カメラで映し出される街の姿、路地の風情は実に心地良い。人々の日常の生活振り、人生の過ごし方が静かにゆっくり沈んで行く夕日の美しい光のように感じられる。

オランダ、アルクマールの街では風車の家に住む人が言っていた、「回したくなる気分の時があるんだよ。」私の場合は、あなたを誘いたい気分の時があるんだ。イタリア、トスカーナ、サン・ジャミニャーノは塔の街。歴史的な塔の一つを住居にしている人がいる。満足そうだ。それを見ながら私は想像する。ホテルとして使われている塔に、あなたをイタリア旅行に誘ってやってきた私たちが泊まっている。ただの想像だ、誰も困りはしない、中島みゆきの歌にあるように「だって夢だもの」。狭い石の階段を上った五階が寝室兼読書室。夕食まで、まだたっぷり時間はある。パトリス・ルコント『ショートカットの女たち』を読んですぐ髪をショートにして一層魅力的なあなたは、今はシーラッハ『犯罪』に取りかかっている。影響されやすい女性なので、「ゾクッとするような言葉を囁きながら愛して」などと言い出しかねない。私は映画『トスカーナの休日』のDVD鑑賞だ。せっかくトスカーナにいるのだし、明日行く場所を選ぶ参考にしようという魂胆もないではない。

ポルトガル、ナザレの漁師さんは仲良しの猫について、「女房より扱いやすいのは確かだ」と威勢よく言ってしまったあとで、大きな声では言えないけれどと付け加える。チュニジア、スースの街の一画では鳥の市が立つ。小鳥を飼うのを道楽にする男たちが集まる。「女房子供より小鳥のほうにうまいものを食わせてるよ。小鳥のためなら洋服だって売り払う男なんだ、俺は」とのたまう男がいる。内緒だぜ、と念をおされても遅い気がするけど。『世界ふれあい街歩き』ではナレーション(何人かの俳優たちがそれぞれの街を一人で担当する形)もいい感じが出ている。私も一度担当してみたいのだけれど…。「わたしに対する愛の言葉にもう少し磨きをかけてからにしたら」とあなたは言う。「語彙数も発声法もまだまだよ。声に艶が出るようにお酒でも飲む?」分かった、要するにあなたが飲みたいんだね。実はいいバーを見つけてあるんだ。

家を見るのが好きだ。実際に見て歩いたり、テレビで「大改造!!住宅ビフォー・アフター」、「渡辺篤史の建てもの探訪」のような番組を見たりするだけではない。写真集や関連本を見る(読む)のも好きだ。今、割と気に入っているのは建築家中村好文の本(『普通の住宅、普通の別荘』『住宅巡礼』『住宅巡礼ふたたび』『住宅読本』『普段着の住宅術』等々)だ。たとえば、『住宅巡礼』で紹介されているフランスの建築家ル・コルビュジエが母親のためにレマン湖畔に建てた「小さな家」は本当に素晴らしい。庭の壁の一部を開口部にしたピクチュア・ウィンドーから湖を眺めながらワインを飲むというのはどう?「異議なし!」というあなたの返事。さらに、「ジェラール・ルノルマンのCDでもかけようか?買ってきたの」と言う。要領を得ない顔をみせると、「駄目ねえ、翻訳した当人が忘れてるようじゃ。パトリス・ルコント『リヴァ・ベラ』に名前が出てくるじゃない。バラードの王と呼ばれている歌手。」

 『作家の家創作の現場を訪ねて』(西村書店)、『作家の家』(平凡社)などを眺めて文学散歩気分に浸るのも乙なものだ。「鎌倉に行こうよ。渋沢龍彦さんの家、素敵じゃない?」というあなたの提案。ベルンハルトM・シュミッド『世界の家』の写真を眺めていると時間を忘れる。夢想に誘われる。隣で一緒に眺めているあなたは時々、唇、あなたの表現によれば「夕日に染まった砂漠の砂の色」の口紅を塗った唇の間から言葉をもらす。「何だか、これって古書店にしたいような家ね。八木沢里志さんの『森崎書店の日々』を思い出しちゃった。映画も見たいな。今ね、『続・森崎書店の日々』を読んでる途中なの。終ったら貸してほしい?」「うん。」

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視野を広げて考えてみよう
高妻紳二郎 (教育行政学)
 最初から引いてしまう質問です。皆さんはなぜ大学に入学するのでしょうか?大学の目的とはいったいどのようなものでしょうか?少し難解ですが、教育基本法、学校教育法という法律にはこう書かれています。

 「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」(教育基本法第七条)

 「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」(学校教育法第八三条)

 つまり、大学に入った皆さんは、高い教養と深い専門的能力を身につけて、知的にも道徳的にも成長が期待されている、ということです。皆さんにはこれからどんな経験もできるという特権があります。そしてそれぞれの経験が皆さんを成長させてくれるでしょうが、グーッと引いて自己を客観視できる人、言い換えれば視野を広く持てる人になって欲しいと思います。ここに紹介するのは著者の二〇代の体験記ですが、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)は今なお色褪せない内容で一気に読むことができる本(エッセイ)です。この本が出版される前、私は藤原氏の講演を聞く機会がありました。私が通っていた中学校での講演会です。内容は覚えていませんが「べらべらよくしゃべる人」という印象を覚えています。後でこの本を読み、「ああ、そういう話だったのか。」と合点がいきました。海外に行った時の興奮や不安感は誰でも感じるものですが、表面上の体験ではない自己変容のプロセスに臨場感があり、自身に置き換えて今読み返しても共感できる記述に多くぶつかるので、海外へ行ってみようと思っている皆さんには手にとって欲しい本のひとつです。エッセイですので読み飛ばすにはもってこいです。

 また、岩波新書のなかでも多く読まれている本のひとつ、池田潔『自由と規律』(岩波新書)をここで改めて推薦しようと思います。一九四九年が初版ですから還暦を迎えた本となりますね。イギリスのパブリック・スクールに学んだ著者の体験をもとに書かれた、これも今なお色褪せない内容です。今の日本の教育は「ゆとり教育」とか「確かな学力」、「生きる力」といったスローガンが先行して内実が伴わないことが目立ち、理念と現実が寄り添っていない状況にあります。「もっとも規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある」という精神はイギリスの伝統です。いま、大学に入って多くの「自由」を手に入れた皆さんであるからこそ、じっくりと、いや、ちらっとでも「自由」の本質を考えてもらいたいと思います。

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「好き」と言えたら
小林信行 (哲学)
 伊坂幸太郎という作家に『死神の精度』という連作短編集がある。ここでその作品を推薦したいわけではない。むしろその中で描かれる死神を紹介したい。登場する死神たちは「この仕事をやる上で、何が楽しみかと言えば、ミュージックを聴くことをおいて他にない」というほど無類の音楽好きとして性格づけられている。しかし、とくにロック好きの死神とか演歌好きの死神がいるわけではなくて、ただ「ミュージックが好き」な死神がいるだけだ。言わば普遍的な音楽好きなのである。哲学者プラトンは、このようなあり方こそ「…好き」なのだと考えている。特定の音楽だけしか聴かないような中途半端に好きな連中ではなく、対象の全体を愛する者こそ愛好家の名に値するというわけだ。このことは恋愛状態を想起すれば容易に理解できるだろう。自分が愛するひとの顔が好きだとか雰囲気が好きだとか言うこともあるだろうが、何よりも相手のすべてが好きだ、あるいはそのすべてを愛そうとしており、そうであってこそ本当の愛だと言いたくなるのではなかろうか。

 さて、ここでそのような死神たち(あるいは死神度アップを目指すものたち)に紹介したい電子網上のサイトがある。それは版権が切れた録音を一般的な音楽ファィルとして無料ダウン・ロードさせてくれるサイトで、国内外に簡単に見つけることができる。ただし、これは今のところクラシック音楽中心である。たとえばポップ好きが五〇年前の演奏を聞きたいかと問われれば賛否両論が出てこようが、クラシックの場合はもともとが古い音楽のせいか、録音の古さはさして気にならないようで、旧録音にもかかわらず新鮮な音楽経験をすることができると喜ばれるくらいだ。かつては入手困難だった音盤が、これからは年を追うごとに版権切れをむかえ、続々とファイル化されることだろう。死神たちにとってはまさにお宝ざくざくといったところだ。

 注意しておきたいが、これはクラシック音楽の推薦文ではない。愛好家推薦文のつもりである。「もの狂い」という古いことばがあるが、人文学の醍醐味はそこにある。もちろん、それとは対極的に見える合理主義的な思考は何事においても重要であるが、実のところ、もの狂いしたかのように一事に通じることもまた理の世界に生きることになるのではないか。人文学とは、そのようにいかにも人間くさい微妙な分野であるように思われる。

 

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お祭り見学の勧め
白川琢磨 (文化人類学)
 主に福大に入学する皆さんは、九州か中国・四国出身の人が多いだろうから、「もう一度」お祭り見学の勧めと言うべきだろう。幼い頃から少なくとも何回かは近所の神社や寺のお祭り、あるいは民俗行事に参加した経験があるかもしれない。だが年を経て自然と足が遠ざかり、大学受験を控えてお祭りなどに行っている場合じゃないと思っていたかもしれない。しかし今、改めて行って欲しいのである。そこに集う人々が何を語り、何を楽しみにしているのか、またどのような神仏に何を祈り、何故に来るのか、じっくり耳を傾け、しっかりと経験して欲しい。そのようにして君らにはまず立派な「ネイティヴ」に成って欲しい。

 大学に入って「文化」を研究するのであれば、そうした君らの経験を再度「他者」の視線から捉え直すことになる。しかしそれはそれ程難しいことではない。近代人類学は、「異文化」に「他者」として参入することを業としてきた。だが人類学者という「他者の語り」におとなしく耳を傾ける「未開社会」などもう世界の何処にもありはしない。世界各地でネイティヴたちは、しっかりと自らの文化を語り始めたのだ。その力強い語りを前に、近代人類学という巨人はしばしその歩みを留めているのである。西欧の人類学者の殿(しんがり)に連なってきた日本の人類学にとって、その影響は深刻である。我々は一体何者なのか?日本は西欧と同じく研究する側なのか、それとも異文化として研究される側なのか?答えはその両方であろう。研究し、そして研究されるのである。ただし、前提がある。「ネイティブとして」である。日本のアフリカ研究の草分け、和崎洋一氏は、亡くなる前に「先生がもう一度生まれ変わって研究するとしたら何処でしょうか?」との問いに躊躇なく「日本」と答えたそうである。ポストモダンの時代に生きる我々は、大和崎が二つの人生に分けた課題を一時に果たさねばならない。そのためにはまず我々はネイティブに成り、ネイティヴを磨かなくてはならない。

 昨年は一年かけて「鬼」というネイティブの産物を追いかけてきた。写真家の清水健さんと共同で文藝春秋の平成一九年一月号にグラビア特集が掲載されているので関心のある人は見て欲しい。天念寺の修正鬼会を撮り終えた後、国東半島の宿で夜遅くまで語り合ったが、「いやーそれにしても九州は奥深い凄い所ですね」と感に堪えたように呟いた。ナショナルジオグラフィックの撮影で世界中を飛び廻り、今回の特集では全国を撮影して歩いた清水さんの言葉である。それに励まされて私は思わず書いてしまった。「九州は鬼の宝庫である。」実は鬼だけではない。ネイティブを育成し醸成する豊かな土壌に恵まれているのである。祭や民俗芸能はそうした豊かな土着の集合表象に触れる絶好の機会である。

 今年の暦も既に動き始めている。正月七日夜、久留米大善寺の大松明の灯と煙に咽びながら闇夜に紛れる鬼を追うことから始まり、十四日には志賀海神社で大宮司四良、別当五良ら若者八人が渾身の力を込めた歩射の力強い矢鳴りを聞いた。やがて節分、さらに「松会」、桜の開花の頃から駈仙(ミサキ)が活躍する勇壮な神楽が始まる。そして汗ばむ季節になると各地で「山笠」の声が聞こえ始める。出身地は元より、福岡に来たら近郊の祭に足を運んで欲しい(福岡民俗芸能ライブラリーhttp://www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/index.asp)。必ず、何か得るものがあるはずである。文字に書いてあるものだけが価値があるという偏見を捨て、祭や芸能という生きた教材を是非経験して欲しいものである。

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博物館へのいざない
武末純一 (考古学)
 博物館へ行ったことがあるだろうか。人文学部の新入生ならば、すでに一つか二つはあるだろう。しかし大学生には大学生なりの見方がある。行ったことのない人はまず特別展を見に行くのが良い。

 私の専門は考古学、モノから歴史を考えていく学問である。以下は、博物館などでひらかれている考古学関係の特別展へのささやかな招待状である。

 特別展は、秋の文化シーズンにあちこちの博物館や資料館で開かれる。このごろは夏休みや春休みに開くところも増えてきた。内幕をいえば、特別展を開く→お金がかかる→その分だけ多くの入館者が欲しい(でないと来年の予算にもひびく)→学生が休みで大人も活発に動く夏や春に開こう、という発想がほとんどだが。でも特別展は楽しい。

 楽しさの一つは、それまで写真や図でしかみたことのなかった実物に会えること。せっかくの機会だから、上から、下から、横から、斜めから、じっくりと眺めて、どのように作られ、どんなふうに使われたかを想像しよう。もちろん、図録や横にそえられた解説文に答えがのっている場合もあるし、それを理解するのも大事だが、それよりも大切なのは、答をうのみにしないで自分で考えること、自分の疑問をもつこと。

 二つ目は、あちこちの発掘品が一か所に集められていることである。それぞれの保管場所に行って見せてもらうととんでもない金額になるから、一見高そうに見える特別展の料金も実は安いものである。

 それと、いつもは全く別のところにあるモノ同士がすぐ横に並ぶから、比較ができる。これはけっこう大事である。何回もいったりきたりして見比べ、「似た形だけどここが違うな。これは出たところが違うからかな、それとも作った時代が違うからかな」「へー、こんなに遠く離れて出ているのにそっくりじゃないの」など、自分だけの発見ができればしめたものだ。

 三つ目は、発掘の記録は報告書という形で本になるが、手に入りにくいし、入ったとしても一般の人が読み通して理解するのはけっこうシンドイ。でも博物館では、そうした成果をできるだけ噛みくだいて、どんな発見があったのか、何がわかったのか、どういう問題が出てきたのかを、実際にモノを示しながら説明してくれる。

 ちょっと変わった楽しみ方もある。学芸員になった気分で。この照明は展示品のどこを強調 しているのか。自分だったらこういう角度でここをみせたい。このパネルはなぜこの大きさでここにかけられているのだろう。展示品をきわだたせるためにどんな形や色の台を使っているのか。なぜこの展示品とあの展示品の間がこの位空いているのか、などなどなど。

 そう、ここまでくれば、もう特別展だけじゃなくて常設展でも十分に楽しめることがわかってくる。まずは福岡県内あるいは故郷の博物館だ。

 昔の博物館は、展示品がケースの中に重々しく鎮座し、いかにも「見せてやる」といった感じが強かったが、いまでは〈さわる〉〈作る〉〈使う〉などの体験コーナーも整いつつある。充実したミュージアムショップや市民ライブラリー、しゃれたレストランもけっこう多い。講堂や入り口のホールで演奏会を開くところも出てきた。〈博物館は古くさい〉というイメージは消え始めている。

 自分の知の世界を広げるために博物館をのぞき、どれでもいいから、自分の心にとまった展示品をスケッチする。そんなすてきな時間を作ってみたらどうだろう。

 なお老婆心から蛇足を一つ。ゆめゆめ月曜日のデートの場所に博物館や美術館は指定しないように。日本では月曜日は休館日なのだから。

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中国社会に関するものをすこし
田村和彦 (文化人類学)
魯迅の作品と『リン家の人々―台湾農村の家庭生活』(マージャレイ・ウルフ著、中生勝美訳、一九九八年、風響社)など

  最近、中国について様々な情報が流れ、週刊誌の記事や書籍となって書店に積 まれています。日本と中国の長い関係を考えれば古典や歴史の本が多いのは不 思議ではありませんが、同時代のものに限れば、政治や経済に関するものが多 いように思われます。他方で、日常生活を送る場としての社会を真面目に紹介 した本は多くはないのではないでしょうか。

 そこで、ここでは、こうした領域について手がかりを与えてくれそうな、いく つかの作品を推薦します。

 一つ目は魯迅のもの。皆さんももしかしたら『故郷』を教科書などで触れたこ とがあるかもしれないし、なにをいまさらという声が聞こえないでもないので すが、読んだことのある人も、そうでない人もしばらくお付き合いを。

  突然ですが、皆さんは一年に数冊の日本語の本しか読めないという状況に出会 ったことがありますか。私事で恐縮ですが、中国の農村に住み込んだときのわ たしがそんな状況でした。かなり悩んだ末に持ち込んだものが、今昔物語と魯 迅の文庫、淡水魚類図鑑でした。今でもなかなか良い選択だったと思います。 特に魯迅には随分助けられたのを憶えています。

  私は文学の研究者ではありません。にもかかわらず、魯迅の作品を挙げる理由 は、激しい論調や手厳しい諷刺のなかに垣間見える鋭い社会観察は、今日の中 国社会を考える上でも有用ではないかと思うからです。もちろん魯迅を読めば 今の社会がわかるといっているわけではありません。社会背景もずいぶんと異 なるはずですし、作品はあくまで作品でしょう。けれども、様々なヒントが含 まれているという点で、今日でも繰り返し読む価値のある作品が多いと思いま す。

  いろいろな人が訳しているので、誰のものを選ぶかは好みで結構。まず手始め に『吶喊』を手にとって見てください。

  二冊目は『リン家の人々』という本。これは、一九五〇年代末に台湾北部の村 で生活した人類学者の妻(後に著者本人も人類学者になってしまいました。 「異文化体験」というのはなかなか強烈で侮れません)が記したある大家族の 記録です。推薦理由は、訳者の解説にあるように漢民族の家庭生活の肌触りを 知るうえでは良書であるから、です。人や情報の往来は急増し、中国について 語る機会が増え、私たちはなにか中国社会について理解を深めたような自覚を 持ちやすい今日の状況がありますが、果たしてどの程度理解している、理解し ようとしたことがあるでしょうか。たとえば、本書の扱う家庭や人間関係など は如何でしょう。この本は、反省と驚き、知ることへの欲求をかきたててくれ る事でしょう。また、最近、中国大陸中心の議論が極端に増加していますが、 台湾、香港といった地域から考える、あるいはこれらを含めて考えることが不 可欠なのではないかと私は思っています。なので、台湾を舞台とした、面白い けれどもあまり話題にならない本を選びました。

  さきに断っておきますが、ここに挙げた本は、ある事象についての知識を簡潔 に記したものではありません。もしそうした知識だけが必要であれば、百科事 典でも暗記したほうがましでしょう。大学に来た以上、自分で問いを立てて、 常識を疑い、明確な論証を挙げて検討することが必要です。こうした営みが楽 しいかどうかは人によると思いますが、大学とはそういうところだと私は思っ ていますので、上の本を推薦してみました。後は自分で面白そうなものを探し てください。

  最後に、本ばかりでは味気ないという意見もあるかもしれないので、映画をい くつか推薦しておきます。ここでは、わたし好みの監督から『青い凧』(田壮 壮監督、一九九三年)、『女人、四十。』(アン・ホイ監督、一九九五年)、 『麻花売りの女』(周暁文監督、一九九四年)、『延安の娘』(池谷薫監督、二 〇〇二年)の四本を選びました。図書館や教室だけが学ぶ場というわけではあ りません。前の三作品は本学の言語教育研究センターにもありますので、在学 中に是非足を運んでみてください。

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読んで楽しく、 作っておいしい料理の本
辻部大介 (フランス文学)
宮脇孝雄 『煮たり焼いたり炒めたり―真夜中のキッチンで』 (ハヤカワ文庫)

 この春から一人暮しになり、自炊をはじめたという人も多いことでしょう。そ ういう人に、またそうでない人にもおすすめの、ちょっと変わった料理の本を 紹介します。これは、英米小説の翻訳家である著者が、所有する英語の料理本 のコレクションから、全部で五〇ほどのレシピを、日本でも手に入りやすい食 材を使ったものにアレンジしたうえで紹介したものです。和・洋・中の分類で いえばとうぜん洋のメニューが中心ですが、カレーなどのいわゆるエスニック 料理もあるし、洋の中味にしても、「ロシア風」ロールキャベツ、「イタリア 風」ポークチョップ、「ハンガリー風」蒸し魚、「デンマーク風」アップルケ ーキ、というふうにバラエティーに富んでいて、読み手を未知の味覚の世界へ といざないます(作ってみると、どれもふつうにおいしいのですが)。

 オーブンがないとか、近所のスーパーに材料が見あたらないとか、あるいはた んに手間がかかるからといった理由で、じっさいに作るにはいたらないものも 多いかもしれません。それでも、どんな味がするのか想像するだけで楽しいで すし(「赤キャベツのジャム」なんていうのもあります)、なによりも、レシ ピに添えられた料理談義やあれこれのエピソードが、その語り口とあいまっ て、上質の読書体験をもたらしてくれます。

 それというのも、著者が料理人である以前に日本語の文章のプロフェッショナ ルであるからで(ミステリの巨匠パトリシア・ハイスミスの短編をこの人の訳 で読めるのは幸せなことです)、じつはこの本じたい、成り立ちが物語るとお り、一個の翻訳作品といえるのかもしれません。そもそも著者の料理への関心 は、小説に知らない食べ物が出てきたら、それがどんなものなのかつきとめな くてはならないという職業上の必要とも結びついており、言葉が指しているも のを具体的に知ろうとするこのような姿勢は、翻訳家ならずとも、およそ外国 語を学ぶ者にとってたいへん重要なものであると、フランス語を教えながらつ ねづね思っています。

 語学というものが、料理にかぎらず、いかに雑多なことがらに対する興味を求 めるものであるかは、同じ著者の、本業である翻訳にかかわるエッセイ(『翻 訳家の書斎―想像力が働く仕事場』『翻訳の基本―原文どおりに日本語に』研究社 出版、『ペーパーバック探訪―英米文化のエッセンス』アルク)でも知ることが できます。こちらもぜひのぞいてみてください。

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短い味、長い味
冨重純子 (ドイツ文学)
 一説によると、短編作家は短命で長編作家は長命の傾向があるという。それは さておき、短編と長編にそれぞれの呼吸というようなものがあるのは、たしか だろう。

 短編小説は「短い話」である。何の話というように、核になる着想をもってい るものも少なくない。ゴーゴリの「鼻」は、鼻を失くした男の話であるし、カ フカの「変身」は朝になって目を覚ますと虫になっていた男の話である。(ニ コライ・ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』(浦雅春訳)光文社古典新訳文庫他、 フランツ・カフカ『カフカ・セレクション3』(平野嘉彦編)ちくま文庫他)

 ある朝、理髪師のイワン・ヤーコウレヴィッチが朝食をとろうとすると、焼き たてのパンの中から鼻が出て来る。しかも、知っている人の鼻だ。かと思え ば、持ち主の八等官コワリョーフが必死になって鼻を探していると、昨日まで は彼の顔にちゃんとついていて、ひとりで馬車に乗ったり歩いたりすることの できなかった鼻が、礼服を着て教会に行ったりしている。「鼻」は相当めちゃ くちゃである。「変身」の方は、虫はあくまで虫らしい。コワリョーフが鼻を 失くした話は、ペテルブルグ中の話の種になるが、虫になったザムザの物語は 家族の中で閉じていて、もう少しメランコリーを感じさせる。

 この、おそらく世界でもっともよく知られている短編のうちに数えられる二編 は、鼻を失くすとか虫に変身するとかの最初のできごとを除けば、細部に至る まで日常的な世界を描いた、きわめてリアリスティックな短編小説として読む ことができる。たとえば、「鼻」は自分の体面を保つことに必死の小役人の話 でもあるだろうし、「変身」は家計を支えてきた者の失職にともなう家族内の 変化の話でもあるだろう。しかし、やはり「鼻」は鼻を失くす話であるし、 「変身」は虫への変身の話なのだ。なぜ鼻なのか。なぜ変身するのか。何かの 比喩、アレゴリーなのか。読みながら、それぞれの場面でニヤッと笑ったり、 コワリョーフやザムザの気持ちになったりしながらも、われわれはやはり作品 の奇妙さについて考えることをやめることはない。

上述の短編とは異なり、作品世界に読者を引き込み、すっかり浸らせてくれる 長編小説の変わり種を二つ紹介しよう。レオ・ペルッツの『第三の魔弾』(前 川道介訳、国書刊行会)とシャーンドル・マーライの『灼熱』(平野卿子訳、 集英社)である。ペルッツは一八八二年、プラハに生まれ、ドイツ語で書いた ユダヤ系の作家で、一九三八年テル・アヴィヴに移住し、一九五七年に亡くな るまで、オーストリアとテル・アヴィヴを行ったり来たりして暮らした。マー ライはハンガリーの作家で、一九〇〇年に生まれ一九八九年死去。見ようによ っては象徴的な生没年である。第二次世界大戦後、共産主義に反対したマーラ イは国を離れ、亡命先での、ベルリンの壁崩壊直前の死は自殺だった。

ペルッツは、史実に取材しながら、そこに強烈な作者のヴィジョンを加えて亀 裂を穿つ、幻想的歴史小説と呼ばれる作品を多く残したが、『第三の魔弾』も そのひとつ。舞台は、旧大陸ヨーロッパで宗教改革の嵐が荒れ狂う時代の、新 大陸である。スペインの征服者たち(旧教派)の前に、ドイツ人(新教派)が 立ちふさがる。ラインの暴れ伯グルムバッハが、宗教戦争を逃れたドイツの農 民たちを率いて、アステカ王国に一足早く到着していたのである。この驚くべ き着想から出発して、ペルッツは三発の魔弾にまつわる呪いの物語を軸に、強 欲、冷酷、勇猛、剛直な男たちの血で血を洗う地獄絵を描き出す。しかし、何 と言っても、この魔弾の物語の前と後に置かれた序曲と終曲の、すべてが忘却 のうちに沈んで行く絶望のような、霧のようなものが流れて行く風景は、ただ ならぬものがある。

『灼熱』は長編と言っても短めで、むしろ室内劇の趣をもち(日本でも舞台で 上演された)、『第三の魔弾』とは何の共通点もないが、その世界はある意味 で、『第三の魔弾』の世界よりわれわれから遠い。

一九四〇年、ハンガリーの森奥深くにある、大貴族の館。当主のヘンリクのも とへ、若き日の友コンラードが訪ねて来る。友が突然姿を消したあの日から、 四十一年ぶりの再会であった。今や老人となったふたりは、秘密について、情 熱について、真実について、語り合う。ふたりはただこの時を待っていたのだ った。「生涯を通じてたったひとつの課題に向けて準備してきたかのよう」だ った。人生と存在に意義と緊張を与えてきたすべてが、この一夜で終わるとヘ ンリクは思い、夜明けとともにロウソクは燃え尽きる。深い持続と凝縮と完成 の感覚に満たされて本を置くとき、われわれ自身も古いヨーロッパにいるよう だ。

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お気に入りの本
永井太郎 (日本文学)
  新入生向けの読書案内ということで、何かの勉強になるとか、大学生として読 んでおくべきといった本を紹介しようかとも思ったのですが、やめました。こ れからあげるのは、僕が読んで、個人的に面白かったという、お気に入りの作 品です。完全な趣味です。傾向が少し偏っているので、万人向けとはいきませ んが、良かったら本屋や図書館で手にとってみてください。

H・G・ウエルズ『タイムマシン』(創元推理文庫)
  最近少し古いエンタテイメントにこっているのですが、 中でもウエルズの作品は今読んでも十分に面白いと思います。 「タイムマシン」 という言葉はもう常識ですが、 このアイデアをはじめて作品化したウエルズの小説を、 実際に読むことはなかなかありません。 読んでみると、 持っていたイメージとは違いがあって、 逆に新鮮に感じられます。 集中の 「塀についたドア」「水晶の卵」 なども名作です。

ロバート・マキャモン『少年時代』上・下(ヴィレッジブックス)
 時代は飛んで、いきなり現代作家です。マキャモンは、もとはスティーヴン・ キングなどと同じホラー作家でしたが、この本はホラーではありません。一人 の少年の一年の経験を描いた成長小説です。しかし、ただ成長小説というだけ でなく、ホラーやファンタジーやミステリーなどの要素が詰まった、実に魅力 的な小説です。久しぶりにページをめくる手がもどかしいという経験をしまし た。

日影丈吉 「猫の泉」『日本怪奇小説傑作集2』 (創元推理文庫)、『怪奇探偵小説名作選8日影丈吉集』(ちくま文庫) などに所収)
 日影丈吉という名はまず知らないと思います。ミステリー作家であり、幻想文 学でも優れた作品を数多く残しました。あげたのは彼の代表作の一つで、南仏 の谷間の町を舞台にした、静かな怪異譚です。他にも、同傾向の幻想的な短編 としては、「かむなぎうた」「吉備津の釜」「吸血鬼」などが有名です。

澁澤龍彦 『夢の宇宙誌』 (河出文庫)
 澁澤龍彦『夢の宇宙誌』(河出文庫) 西洋の怪しい知識を紹介したエッセイ集です。本を開くと、アンドロギュヌス やホムンクルスや自動人形といった楽しげな言葉が飛び交っています。かつて 澁澤龍彦の本は、こうした話題についての定番だったのですが、今でも読まれ ているのでしょうか。そう思って、あげてみました。この本以外にも、『黒魔 術の手帖』など、澁澤龍彦の本はいくつも文庫で出ているので、探してみて下 さい。

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「スロー・アカデミック」と人文学部
則松彰文 (東洋史)
 渋谷ならハチ公銅像前、天神では三越ライオン前やソラリア大画面前……今も 昔も「待ち合わせ場所のメッカ」なる所がある。しかし、ひと昔前、少なくと も、ケータイ電話が遍く普及する以前の待ち合わせは、なかなかスリリングな それであった。時間に遅刻しそうになっても、それを伝える手段は無いし、場 所を勘違いしていても、その誤りを修正する手立ては無い。謂わば、真剣勝負 の待ち合わせ。随時、進行状況を確認しつつ、道順を教えてもらいながらの待 ち合わせなど、ほんの少し前までは、有り得ない事柄だった。技術の革新と は、かくも「偉大」であり、かつ急である。

 技術の「進歩」は、大学の授業や研究方法をも確実に変えつつある。先ず、コ ピー機。われわれの世代(50代半ば)は、大学生時代に初めてコピー機が登場 した世代である。図書館から借りだした学術書や学術雑誌、今なら疑うことも なくコピーするが、そのコピー機が無い時代の研究が今と大きく状況を異にし たのは、容易に想像がつくだろう。複写の手立ては、ただひたすら自ら書き写 す以外に無いのである。時代は、コピー機からパソコン、ケータイ、スマート ・フォンへ。今後の展開は、今の我々の期待と予想をすら遥かに超えるものと なるかもしれない。

 しかし、である。ファースト・フードに対するスロー・フードの如く、授業や 学問・研究にも恐らくスロー・アカデミックなるものが存在すると思われる。 換言すれば、どれだけ機械が発達しようとも、授業を受け、発表するのは「人 間」である皆さんたち学生諸君で、かつ生身の皆さんの頭や脳みそを使わなけ れば、それらは為し得ないということである。分厚い百科事典を引くか、電子 辞書やインターネットで簡便に検索するかの差はあっても、調べるのは我々自 身であり、理解するのも考察するのも、今も昔も変わらぬ生身の我々なのであ る。

 時として、解答を導き出す出す事の出来ない問いが生じる人文学部の学問にお いては、電子辞書やインターネットによる検索も無意味となるケースも多々あ るであろう。「文明の利器」の及ばざる対象と向き合い、じっくりアレコレ考 える。正解のないものに純粋に向き合うこと、これもまた、大学で学ぶことの 意味、人文学部で学問することの醍醐味の一つと言えるだろう。

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Tips for Learning English
Stephen Howe (英語学)
 Compared to someone who knows no English, you already know a lot. You can read this page, for example. Remember, you have a good head start: Japanese has more English words than any other language (apart from English, of course), which means that you already know hundreds and hundreds of English words in katakana. Build on what you know and try to improve a little each day.

Use it or lose it
To speak a language well, you must use it - as often as possible
  ・Practise speaking English to yourself
     ・Try to think to yourself in English, for example on the train or in the bath
  ・Practise speaking English with your friends
     ・Meet your friends for coffee and practise speaking English for fun

Practice makes perfect
Learning a language is like playing a musical instrument - you need to practise a little each day. And music is not for reading, it is for playing and enjoying. So, have fun speaking and using English.
  ・If you never practise the piano, you cannot learn to play
  ・The same is true of language - if you want to get better, practise a little every day

Train your brain
Set yourself a target to improve your English each year. Improve a little each day, and you will improve a lot by the time you graduate.
  ・Set aside some time to study English each day - for example 45 minutes or an hour in the morning or evening
  ・If you commute to university by bus, train or subway, use your time to learn English
   
Dont worry about making mistakes
Just like in life, making mistakes is an important part of learning a language - so don't worry

Be cool at school
Impress your friends with your fluency, whatever your major
  ・Learn in class
     ・Use your time with your teacher to improve your English
  ・Learn outside class
     ・Don't think of your class as the only time you learn - try to improve your English outside class, too

Make friends with international students on campus
Practise your English on the international students at Fukuoka University - they want to talk to you!
 ・Ask them about their country and tell them about Japan

Watch TV and movies in English
Movies are a great way to listen to spoken English - and they are available everywhere - watch as many as you can
    ・Switch to English sound when you watch an English programme or movie on TV. This might be difficult at first, but gradually you will understand more
    ・Watch a movie several times - you will understand more each time
    ・As well as movies, try watching the news in English at cnn.com
    ・NHK shows English news very early each morning. Record and watch the news each day, and you will make great progress in your understanding for TOEIC

Read a book, magazine or newspaper in English
Whether Harry Potter or William Shakespeare, read a book in English - there are thousands to choose from!
  ・Read an English magazine
     ・If you like fashion, read an English fashion magazine; if you like sport, read a sports magazine in English. You will learn a lot of vocabulary about your interest
  ・Read a newspaper
     ・The Japan Times is available everywhere and is easy to read
  ・Read the news in English online
     ・Try bbc.co.uk for English news

Write a diary in English
Like Samuel Pepys and Bridget Jones, write a diary about what you do each day, your thoughts and feelings, in English. This will help you express yourself better and improve your writing.

Listen to English music and radio
Listen to your favourite British or American bands - they can help you learn English!
 ・You can listen to English music on the web at bbc.co.uk/radio1/
 ・Download a podcast for mobile English or listen on your computer at home

Plan a trip or study abroad
English is the international language that makes it possible for you to communicate with people around the world. Brush up your English ready for a trip or study abroad:
 ・It will be easy to meet people if you can speak a little English
 ・Practise the words and phrases you will need
 ・Use the opportunities offered by Fukuoka University to study in another country - you will learn many things and have the time of your life

Finally, what about after university? What can English give you?
Knowing English can help you get the job you want. It gives you:
 ・Language skills
 ・An international dimension
 ・Awareness of other cultures
 ・Opportunities to work and travel abroad
 ・And the ability to communicate with the world

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犬がどのように考えているか、 をどのように考えるか
平田暢 (社会学)
 スタンレー・コレン著 (2007年) 『犬も平気でうそをつく?』文春文庫

 この本をお薦めするのは、私自身が犬好きで、犬好きの人にとって面白く役に立つ、ということもあるのですが、それ以上に、大学で勉強するときに重要な「考え方」について自然に馴染むことができる、という理由からです。日本語のタイトルはややひねりすぎです。原タイトルは“HowDogsThink”なので、こちらのタイトルで内容をイメージして下さい。

 著者のスタンレー・コレンの専門は心理学で、カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学で教授を務めています。犬好きが嵩じて訓練士の資格をとり、犬の訓練クラブのインストラクターもしているそうです。

 私たち人間は、他の人たちを観察したり、対人関係の中でさまざまなことを学びます。これを「社会的学習」といい、私たちは言葉や規範、あるいは歯の磨き方などもそうやって身につけていきます。

 では、そのような学習能力を犬も持っているのでしょうか。

おそらく持っていると想像はできますが、本当に知りたいのであれば確かめねばなりません。そのための手続きは、「犬には社会的学習能力がある」という考え―この考えのことを仮説といいます―が正しいとすると、特定の状況でどのようなことが発生するか推測をし、実際にそのような状況で観察を行って推測が正しいか否か確かめる―確かめることを検証といいます―ということになります。「犬には自意識がある」や「犬には超能力がある」という仮説を立てた場合も同様です。

 コレンの専門である心理学や私の専門である社会学では、仮説を検証するというアプローチをよくとります。実験はその典型ですが、社会調査なども同じような手続きに沿って行われます。大学の勉強では、知識だけではなく、このような手続き、あるいは考え方を身につけることが強く求められます。『犬も平気でうそをつく?』という本は、犬の能力や感情、意識についてさまざまなことを教えてくれますが、数多くの事例や実験、調査がうまくはさまれていて、仮説を検証するプロセスの面白さ、その有効性がごく自然にわかってきます。

 犬には社会的学習能力があるか否か、それをどうやって確かめたかは、本書を読んでのお楽しみ。

  以下に、スタンレー・コレンの犬に関する他の著作も挙げておきます。いずれも文春文庫です。飼い主の性格に合う犬種は何か、どうすれば犬に意思をうまく伝えられるか、どのようにして犬は狼からつくられてきたのか、などなど、盛りだくさんで楽しめます(最後は結局犬が好きな人のための紹介になってしまった…)。

  『デキのいい犬、わるい犬』(TheIntelligenceofDogs)
  『相性のいい犬、わるい犬』(WhyWeLovetheDogsWeDo)
  『犬語の話し方』(HowToSpeakDog)
  『理想の犬(スーパードッグ)の育て方』(WhyDoesMyDogActThatWay?)
  『犬があなたをこう変える』(TheModernDog)

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危機の時代における思想と自己内対話
平兮元章 (社会学)

最近読んで、私自身興味をもって読んだ本、皆さんにとって役に立つのではと思った本を二冊紹介します。

(一)仲正昌樹(なかまさまさき)著『いまを生きるための思想キーワード』(講談社現代新書2134、二〇一一年、七四〇円)

(二)姜尚中(カンサンジュン)著『あなたはだれ?わたしはここにいる』(集英社新書、0609F、二〇一一年、七四〇円)

 まず(一)の文献から。二〇一〇年にテレビ放映されて大変反響をよんだハーバード大学、マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」のなかで、アメリカの政治哲学のキーワードとして注目を集めた用語の解説に始まる。「正義」(justice)から徐々に視野を拡大していき、合計で二一のキーワードにターゲットを絞って解説している。正義、善、承認、労働、所有、共感、責任、自由意志、自己決定/自己責任…等々である。

  一例として、最初に出てくる「正義」についての解説の概略を示してみよう。英語の(justice)と日本語の「正義」の間には大きなズレがあるという。日本語の「正義」という言葉を聞いてすぐに思い浮かぶのは、「正義の味方」、つまり「善」の化身のような存在だろう。「正義の味方」は弱者を虐げる「悪」と闘い「正義」を実現することがその証明になる。神々、天、宇宙の意志のように個々の人間の思惑や利害を超えたものに由来する「絶対的な善」あるいはそれを実現することとほぼ同義に使われることが多い。しかし、英語の(justice)は、日本語のような人情的な意味は含まず、むしろ対立する意味さえあるという。辞書でjusticeを引いてみると、正義、公平、といった意味と並んで、司法、裁判、裁判官といった法律関係の意味が出てくる。法と深く結びついているのである。各人の権利が適切に保護され、もめごとがおきても法によって解決されることが「正義」であった。この意味での「正義」は、個人的な感情や義務などはできるだけ排除し、予め決まった法的ルールに従って問題を公正に処理することが「正義」なのである。

この例にみられるように、各項目を人間生活との関わりにおいてわかりやすく説明している。この本には、「政治哲学・倫理学系21のことば」というサブタイトルがついているが、ここでとりあげられている項目は、人間生活上の問題と深く関わっているし、社会科学、人文科学のみならず、科学技術の分野にも関わっており、日常の勉学において利用価値の高い文献である。読み易い文章であるので一読を勧めたい。
 小林康夫・山本泰 (編) 『教養のためのブックガイド』 東京大学出版会、 2005年。
次に(二)の文献について。

二〇一〇年に出版されて反響をよんだ『悩む力』(集英社新書)に続く同社から出版された新書版である。NHKで放映された『日曜美術館』の司会を行った経験から著されたものである。デューラー、ベラスケス、マネ、クリムト、ゴーギャン、ブリューゲル、ミレー、等伯、若沖、沈寿官…らの絵画や陶芸作品をとおして作者(画家、陶芸家)達の作品に込められた意志や意図を読みとり、姜氏自身の「自己内対話」を行った内面記録である。その思索の深さには驚かされざるをえない。氏自身の潜在力として持っていた内面の止揚力をいかんなく発揮している。姜氏はこの司会経験をとおして「わたしはもう一人の自分に会えた気がしてならなかった」と告白している。われわれは社会生活を送っていくうえで、自分を見つめ、「自己内対話」を行うことが重要であるということがよくわかる文献である。

私自身の経験を振り返ってみても、学生時代、絵画や陶芸作品を鑑賞して思索に耽り、自分自身を見つめ直すという経験が少なかったと思う。閉塞状況にある今の日本を変えるには、思索し、悩んだ末に生まれてくる新しい力が必要かもしれない。是非一読を勧めます。

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日本の土木小説
広瀬貞三 (朝鮮史)
(1)杉本苑子『玉川兄弟』全二巻(講談社文庫、一九七九年)
 江戸の住民は急増し、新たな上水の確保が課題となった。徳川幕府は一六五三年に多摩川から江戸に上水を引く工事を計画し、町人の兄弟(庄右衛門、清右衛門)がこれを請負う。断層のため水路計画は変更され、貸与された工事費も使い果たす。事態打開のために、兄弟が師と仰ぐ水道奉行は切腹する。翌年羽村から取水し、虎ノ門に至る約四五㎞の水路が完成する。兄弟は「玉川」の名字を許され、これが現在の玉川上水である。

(2)田村喜子『京都インクライン物語』(中公文庫、一九九四年)
 明治維新後、京都府は琵琶湖の水を京都に入れる琵琶湖疏水工事を計画する。設計、積算、測量、工事を担当したのは、工部大学校を卒業したばかりの土木技師田辺朔郎である。日本人技師による最初の大型土木工事であり、約八㎞の導水路と水力発電所(日本初)を築造した。工事は、大倉組、藤田組、京都建築組が担当した。一八八五年に着工し、九〇年に竣工した。田辺は、後に帝国大学、京都帝国大学教授、土木学会会長となる。

(3)青山光二『闘いの構図』全二巻(新潮文庫、一九八四年)
 一九二五年、川崎市内の東京電力・鶴見火力発電所工事の受注をめぐって、建設会社の清水組と間組が激しく対立した。これは清水組の下請・杉山組と、間組の下請・三谷秀組の全面対立に拡大した。両陣営には各地の稼業人が支援につき、同年一二月潮田一帯で双方の約二千人が戦った。使われた武器は大砲、機関銃、小銃で、多くの死傷者を出し、「鶴見騒擾事件」と呼ばれる。建設業、稼業人、右翼、企業、警察の関係がよく描かれている。

(4)石川達三『金環蝕』(新潮文庫、一九七四年)
 F―川ダム建設工事の受注をめぐる竹田建設と青山組の裏工作、両社を利用して巨額の政治資金を獲得しようとする民政党の寺田首相と政敵の酒井。暗闘に翻弄されながらも、人事抗争中である発注先の電力建設会社。小説だが、ほぼ事実に基づいている。F―川ダムは九頭竜ダム、竹田建設は鹿島建設、青山組は間組、民政党は自民党、寺田は池田勇人、酒井は佐藤栄作、電力建設会社は電源開発。最後の章は、「庶民は何も知らない」である。

(5)高杉良『小説ザ・ゼネコン』(講談社文庫、二〇〇九年)
 山本泰世(三八歳)は大洋銀行から大手ゼネコンの東和建設に出向する。自民党の竹山正登首相との密接な関係を背景に、元大蔵官僚の和田征一郎社長は積極的な経営を行う。東和建設のメーン・バンクを狙い、大洋銀行、日本産業銀行、協立銀行は攻防をくり広げる。和田社長から信頼を得ていた山本は、ある件で社長の逆鱗にふれる。竹山正登は竹下登、東和建設は青木建設がモデル。高杉の緻密な取材力により、ゼネコンの実態が見える。

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〈人間学〉のススメ
馬本誠也 (英文学)
1.内村鑑三『後世への最大遺物』『世界教養全集9』平凡社刊行、一九六二)
 物質主義や自己中心主義が横行している今の時代に、このような書物を紹介すること自体、アナクロニズムの誹りを免れないかもしれない。

  だが、この本を読み、私は久しぶりに本当の日本人に触れた思いがした。「生きる」ことの意味やこの世に生きる使命感を彼ほど純粋な力強いことばで語れる人は、そう多くないはずだ。ここに示されているいくつかの生き方は、おそらく真摯に自分の行き方を模索している青年の魂に深く訴えてくるのではないだろうか。

  わたしは、すべての学生にこの書物を推薦しようとは思わない。こころの奥底から聞こえてくる〈内なる声〉に耳を澄ますことのできる人であれば誰でもいい。「わたし」とは、いったい何者であるのか。自然界における人間の位置づけをどう考えるのか。「社会」と「個人」はどのように関わり合っていけばいいのか。およそ人文学部に身を置く学生であれば、内村鑑三のような高い志しをもった日本人の声に謙虚に耳を傾けて欲しい。〈文化〉の意味や、外国語を学ぶ楽しさとすばらしさが、すべてこのなかで語られている。

  この書物は、すでに過去数年にわたって紹介してきているが、今日の日本の時勢、日本を取り巻く世界情勢を考えると、どうしても今の若い人たちに贈りたい書物の一冊である。内村は、その中で、こう言っている。「われわれは、何をこの世に遺して逝こうか。金か。事業か。思想か。これいずれも遺すに価値のあるものである。しかし、これは何人にも遺すことのできるものではない。……何人にも遺すことのできる本当の最大遺物は何であるか。それは勇ましい高尚なる生涯である」

※ここに紹介した内村鑑三『後世への最大の遺物』は、図書館で検索すれば必ずあると思いますが、書店での入手は難しいでしょう。自分で所有したい場合には、インターネットの「日本の古本屋」を検索すれば、必ずどこかの古本屋が出しています。

2.吉田健一『英国の文学』(岩波文庫)
  ずいぶん昔のことであるが、大学の文学部に入学して、さてこれから何を勉強していこうかと、漫然と思案していたとき、たまたま書店の本棚で見つけたのがこの書物であった。英国、および英国人の風土や文学をこれほど見事に語った書物は、そう多くないと思う。わたしがイギリス文学を専攻したのも、この書物に触れ、その感動を少しでも追体験したいという気持ちに駆られたからであった。爾来、この書物はわたしの本棚から消えたことが無い。折に触れ、その一部の詩や名文を味読している。たとえば、シェイクスピアの十四行詩をつぎのような名文に訳出している。

  君を夏の一日に譬えようか。
  君は更に美しくて、更に優しい。
  心ない風は五月の蕾を散らし、
  又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。
  太陽の熱気は時には堪え難くて、
  その黄金の面を遮る雲もある。
  そしてどんなに美しいものでもいつも美しくはなくて、
  偶然の出来事や自然の変化に傷つけられる。
  併し君の夏が過ぎることはなくて、
  君の美しさが褪せることもない。
  この数行によって君は永遠に生きて、
  死はその暗い世界を君がさ迷っていると得意げに言うことは出来ない。
   人間が地上にあって盲にならない間、
   この数行は読まれて、君に命を与える。

  このソネットの解説を始めとするシェイクスピアや幾多の文人を語る重厚な文体については、多言を弄する必要はないと思う。まず、手にとって読んでみることだ。

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『きみが読む物語』
毛利潔 (フランス文学)
 最近(2005年2月)の週刊誌に「おじさんだって泣きたい映画!『きみに読む物語』(2004米)」という記事がありました。それに倣って、今回のタイトルを『きみが読む物語』としました。  
 では、どんな物語なのか?

世界には無数の物語があって、そのどれかを、明確に、ひとつの《物語》として、意識して読むことができれば、それが誰にとっても、それが自分の物語になることははっきりしています。

  しかし、どんな物語なのか・・・?

たしかに、この世界は様々な出来事に満ち溢れ、ほとんどすべてが謎に埋め尽くされた世界のようです。しかし、本当のところ、この世界はただ、古今の哲学が語るように、静かに風だけが吹いているだけの世界かも知れない、と考えることができるかも知れません。このような風景を描写できる小説が、もし、あるとすれば、たぶんそれが、「究極の小説」だと言うことができます。これまで、そのような小説を書くことのできた小説家は一人もいないからです。ただ、それに近い世界に接近できた作家は何人かはいることは確かです。

  その一人がトルーマン・カポーティ。

『ティファニーで朝食を』『草の竪琴』『遠い声遠い部屋』

(1、2は映画化されています)

  カポーティとは、では、どんな作家なのか?それは、いずれ分かります。ただ、私としては、カポーティに関しては、一つしか言うべきことはありません。それは、彼がこの世界に一番近い作家だ、ということです。

 たとえば、『ティファニーで朝食を』の中で、ヒロインが作家志望の青年の小説の習作をコメントして、「あんたの物語には(中略)ただ、木の葉のそよぎがあるだけ」というようなことを言う部分があります。つまり、この作品には、木の葉のそよぐ風の描写しかない、という訳です。

  こんな風に、何にも事件が起こらない、ただ、風が吹くだけ・・・こんな世界が本当に面白いのだろうか、ただ、うざったいだけかも知れない、と考える新入生の方には、とりあえず、村上春樹さんの小説をお勧めします。(ただし、『羊の歌』までの初期群の作品に限ります)。とりわけ、デビュー作の、その名もズバリ、『風の歌を聴け』です。

  おそらく、はじめは、何も分からないかも知れません。しかし、私たちが理解しなければならないことは、ひょっとしたら、そのような世界があるのかも知れない、という、普段は見えない世界を意識することではないか、と思っています。

  村上春樹を通して、カポーティが何となく分かった、となれば、後は皆さんの自由です。

いきなり、オカルトとかポルノの世界に入っても構いません。キーワードはちゃんと掴んでいるからです。

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歴史と文学との垣根をとり払おう
森茂暁 (日本史)
福田秀一・岩佐美代子・川添昭二他校注 新日本古典文学大系『中世日記紀行集』(岩波書店)

  創造的な人生を送るには、柔軟な頭脳と大胆な発想とがまず必要でしょう。身近なことでは、たとえば卒業論文のテーマ探しや執筆のさい、このことは決定的に重要です。常日頃から固定的な物の考え方をしないで、自分の頭で物事をのびのびと考えてみましょう。ここでは、文学の史料は歴史の史料として充分に活用できるということを述べます。

  例えば、鎌倉初期成立の『平家物語』、鎌倉末期成立の『徒然草(つれづれぐさ)、南北朝末期成立の『太平記』などは、高等学校の段階まではいずれも文学作品として扱われ、古典の時間に読まれます。しかし、このような作品は同時代の歴史を知るための史料として極めて有用で、価値の高いものです。今度は歴史の史料として再読しましょう。むろん原文で。この場合肝心なのは、一部分ではなく全部を読み通おすことです。きっと感動が湧きおこります。古典のもつ不思議な力です。

  さて、冒頭にあげた書物はそれに類するものです。日本中世の紀行文(旅行記)が多く収められています。中世日本人の旅行意欲をかきたてたのは(すべてが単なる旅行ではありませんが)、十四世紀の南北朝の動乱を通した人々の地理的視野の広がりだと筆者は考えていますが、この動乱を契機に国内を旅する人が増えてきます。そのようななかで、紀行文が書かれるわけです。それらは主として国文学のジャンルで研究の素材となってきましたが、歴史の方ではほとんど無関心です。

  このような紀行文が、どのような意味で歴史研究に有用かというと、たとえば、阿仏尼あぶつにの「十六夜日記(いざよいにっき)は、十三世紀後半(鎌倉時代)の所領訴訟関係史料としてはもとより、東海道(京都と鎌倉をつなぐ基幹道路)の交通史の史料としても使えますし、また、連歌師宗祗そうぎの「筑紫道記(つくしみちのき)は、十五世紀後半(室町時代)の筑前・豊前国(福岡県)、特に博多の人々の生活や周辺の景観をくっきりと描き出しています。一例をあげますと、筥崎宮はこざきぐうを訪れた宗祗そうぎは博多湾をへだてて、夕日のなかの可也かや山(福岡県糸島郡志摩町)をながめ、「富士に似たる山」と感慨深げに書き留めています。同記は、大内氏研究のための史料としても貴重です。

  同書では丁寧な脚注や解説が施されていますので、容易に読み進むことができます。さあ、実際この本を手にとって、読んでみましょう。

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心を鍛える
山内正一 (イギリス文学)
  宇野千代『天風先生座談』(廣済堂文庫)二〇〇八年
  近藤信行編『山の旅』明治・大正編、大正・昭和編(岩波文庫)二〇〇三年
  田中澄江『山はいのちをのばす』(青春文庫)二〇〇〇年

 明治生まれの女流作家おふたりの、心と身体の健康をめぐるエッセイを紹介したいと思います。宇野さん(一八九七―一九九六年)も田中さん(一九〇八―二〇〇〇年)も九十歳を超す長寿を全うし、晩年まで健筆をふるわれた、人生の達人と呼べる方々です。宇野さんの本は、知る人ぞ知るあの中村天風の講話を彼女が編集したもので、初版は一九八七年に上梓されました。両書とも、心身を賢く管理して人生をいかに豊かに生きるか、というテーマについて貴重なヒントを与えてくれます。これから本格的な自己形成を目指す大学生にとって、貴重な指針を与えてくれるものと信じ、ここに紹介することにしました。

 田中さんの本には「老いを迎え討つかしこい山の歩き方」という副題が付いていますが、老いない人間はいないわけですから、若い学生の皆さんにとっても心身を鍛錬するうえで有意義な本であることに変わりはありません。執筆開始時、田中さんは八十九歳。「体力と精神力の強化が、私が山歩きをすすめる理由」(一四七頁)と断言する彼女は、「苦しい登りの道で出会って、息もたえだえの身をどんなに花に励まされたことでしょう」(七八頁)と言える心根の持ち主でもあります。四十九歳で北アルプスを縦走したあとで大腿骨骨折の手術を二度し、リハビリの甲斐あって五十八歳で再び北アルプスを歩けるようになったという、田中さんの山への深い思いは次の文章に良くあらわれています「私はキリスト教徒ですけれど、神道にも関心があります。(中略)私は自分が山を歩くのは、山を通して神が大自然の気を吸わせてくださるのだと感謝している」(四五頁)。「山は病院」「山は保養所」という彼女の言葉(九二頁)の奥行きは深いのです。

 『山の旅』は、明治・大正・昭和と三代にわたるわが国の「山の文学」の精髄を集めたものです。「自然と対峙するのではなく、自然のなかに溶けこんで一つになる」(大正・昭和編、四五一頁)という、山と日本人の触れ合いのありようを確認できる良質の文章の宝庫です。田中さんのエッセイと併読することを勧めます。

 宇野さんの本は、独特の心身統一法を創出した巨人、中村天風の健康哲学の解説・案内書になっています。「優柔不断に、ただ、あるがままに生きているんじゃァ、長生きは出来ないんだよ。生活の条件の中の肉体の、一番大事なことは、終始一貫、いかなる場合があっても、訓練的に積極化して行く。これで、心身統一の根本条件が具体化したんです」(八一頁)という天風の言葉は、「心を鍛えたければ、まず肉体を鍛えなさい」と語っているように聞こえます。しかし、別所で天風はこうも述べているのです「健全な肉体は健全な精神によって作られるのであって、健全な肉体によって精神が作られるのではない。(中略)心は心の方から直さないかぎりは強くなれない」(一〇七―一〇八頁)。要は、肉体の鍛錬が先か心のそれが先かではなく、心身一如の境地を目指す両者の鍛錬こそ真の健康の源なのではないでしょうか。そこにこそ人生を生きることの妙味が生まれる。このことを、田中さんと宇野さんは(そして天風さんも)教えてくれているようです。皆さん自身の目で読んで、この点を確かめていただきたいのです。

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汽車旅の勧め・その二
山縣浩 (日本語史)
 交通手段が多様化し、全輸送量に占める鉄道の割合は、一昔前・二昔前と比べると、旅客・貨物とも著しく低下した。これに対し、JR・私鉄各社は、旅客確保のため、独自に、或いは旅行会社と共同で様々な知恵を絞っている。その一つが、移動のための手段としてでなく、乗ること自体を目的とした様々な企画である。それに乗せられ、踊らされるだけで終わるのは口惜しい。主体的に利用すれば、次の宮脇氏の言葉ではないが、新たな「文化」の創出となる。

 交通機関は目的地へ行くための手段である。そのかぎりでは「文明」にすぎない。しかし、車窓を楽しみ、街道をたどった昔の人に思いをはせれば「文化」の趣を呈してくる。鉄道旅行には、その余地が残されている。宮脇俊三『終着駅』(河出書房新社・二〇〇九年刊)一七五頁

 また「「手段としての鉄道」を「目的としての鉄道」に転換させたのが鉄道紀行文学」(原武史『新潮文庫・「鉄学」概論車窓から眺める日本近現代史』(新潮社・二〇一一年刊)一六頁)の如く「「乗ること」を第一義」(同書一六頁)にした「文学」も生まれている。注(1)

 二〇歳前後の感受性の豊かな時期に、いろいろな世界に飛び込んで、実体験をすることは大切である。しかし、大学四年という限られた時間で、多様な世界を実際に体験することは難しい。そこで、日常の世界を飛び出す手立てとして、汽車旅に出る。そして、車窓からさまざまな地域の自然風土を眺め、車中でいろいろな乗客を観察する。途中下車をして、地域の文化や歴史に触れたり、異なる世代の人たちと言葉を交わしたりする。いつまでも旅人ではあるが、新たな世界が開けてくる。

 そして、このような違ったもの・こと・ひととの出逢いは、人文科学を志す学生としての素養を育む。同世代の、気心の知れた仲間内の世界から踏み出す第一歩として、汽車旅に出かけてみようではないか。

 この旅を有意義にするための必須条件は一人であること携帯電話は持参しないことである。

 車中、友達とおしゃべりをしていては、何に乗車しても、単なる移動の手段に堕してしまう。人と言葉を交わすのは、途中下車をしたときだけである。従って、携帯電話も車中での集中を妨げる物として厳禁である。勿論、非常事態への備えとして持参するのはよかろう。ただ、この場合も、電源を切って、鞄やリュックサックの底に仕舞い込んでおくべきである。

* * *

1.入門編―福岡市営地下鉄一日乗車券で乗ってみよう

 福岡市内及び周辺の高校に通っていても、地下鉄で通学していた人は意外に少ないようである。多くの人は、かなりの距離でも自転車で通学していた、バスを利用していたのではないだろうか。従って、殆どの人が大学に入ってから地下鉄を日常的に利用するようになったと予想される。このような時、例えば、天神南駅や薬院駅などから乗車して、いつも福大前駅で下車しているだけでは世界は広がらない。

 例えば、梅林駅、更に橋本駅まで行って下車する。そして、地上に出る。すると、どこかで見たことがあるようで、どこか違う、別の福岡市の一面に出逢える。

 それを体系的に実行するため、一日乗車券を利用する。即ち、究極の途中下車を繰り返すのである。空港線・貝塚線・七隈線全三五駅。それぞれに複数の出入口がある。すべてに足を運んで、それぞれの出入口から見える街並み・家並み、更に山並みを観察する。地下鉄には車窓が存在しないため、出口から出た瞬間、想像しなかった世界が突然開ける。三・四駅を経験するうち、その驚きへの期待のため、地上へ登る足は軽くなるはずである。

 勿論、車窓を楽しむことはできない。七隈線で最後尾の運転席に座ると、非日常の世界が広がりはするが、変化は乏しい。また乗客観察が汽車旅の楽しみの一つであるが、地下鉄の車中は没個性的である。更に地下鉄のようなロングシートの場合、こちらの行動も観られている訳で、キョロキョロの度が過ぎると不審者に間違えられる。

 蛇足であるが、空港線は姪浜駅でJR筑肥線と繋がっている。このため、筑前前原行き・唐津行きに乗車したまま姪浜駅を過ぎると、一日乗車券の区間外となる。勿論、地上を走るため、車窓の楽しみが加わる。下山門駅を過ぎ、松原が途切れると、今津湾が眼前に迫り、旅情が漂う。間もなく佐賀県に入るような気がするが、まだ今宿・周船寺など、西区、更に糸島市が続く。西区の向こうは、決して佐賀県ではない。

 地下鉄の旅は、汽車旅の魅力の多くを欠く。しかし、鉄路に親しみ、非日常の世界を覗く方法として最も身近な存在である。

 なお、一日乗車券を提示すれば、割引の受けられる施設が福岡市交通局のホームページに記されている。存分に利用すれば、一日乗車券の五〇〇円・六〇〇円は安い。

2.一般編―観光列車に乗ってみよう

 近年、各地の路線に観光列車が運行されるようになった。九州・山口地域に限っても少なくない。その先駆は、蒸気機関車の運行で、小郡駅(現新山口駅)・津和野駅間の「SLやまぐち号」であろう(一九七九年より運行)。また九州では熊本駅・人吉駅間の「SL人吉号」が現役である。更に近年は既存の車両を改造した観光列車が多い。

 「いさぶろう・しんぺい号」は、霧島連峰を望む「日本三大車窓」の一つの区間、ループ線やスイッチバック、「好字」駅の真ま幸さき駅など、様々な観光資源を有する肥薩線の人吉駅・吉松駅間を走る(吉松駅から更に下れば、開業当時(一九〇三年)の面影を残す、貴重な駅舎の薩摩横川駅・嘉例川(かれいがわ)駅が続く)。注(2)

 このような観光列車は、乗車することを目的に運行されているため、サービスは満点である。絶景のビューポイントで停車し、イベントが車中で催され、スポット駅で長時間停車するなど、乗客を飽きさせない。福岡市を出て、旅情に浸り、汽車旅の楽しみを知るには、観光列車が一番である。

 福岡市を出て、旅情に浸り、汽車旅の楽しみを知るには、観光列車が一番である。

 またこの手の列車は多く4項で紹介するローカル線を走る。これらの収益によって通常の列車運行が某か支えられ、駅々で地元の産物が購入されれば、沿線住民にとっても貴重な存在である。これらの点から、私は、観光列車に自ら進んで乗車しないが、新幹線より評価する。

 とは言え、一度だけ観光列車に乗ったことがある。山陰本線の「みすゞ潮彩号」である。これは、松江市から下関市へ向かう際、長門市駅で他に列車がなく、また同じ山口県出身者として今日のように広く知られる前から心を寄せていた金子みすゞに因むため、乗車した。注(3)

 日曜日の午後の車中は、ラフな出で立ちの夫婦、家族連れ、グループやカップルばかりで、スーツ姿の一人客は浮いていた。それでも、福岡からやってきた観光客の振りをして、地元民として見慣れた北長門の海岸を眺め、車中のイベントである、高杉晋作の活躍、「回天義挙」などを描いた紙芝居を楽しんだ。

 しかし、一番は乗り合わせた乗客の観察であった。特に大学生くらいのカップルは目を惹いた。男の子は妙にはしゃいで、女の子にしきりに話しかけ、盛り上げようとしている。しかし、女の子は、口数が少なく、浮かぬ、つまらなさそうな風で、車窓を眺めていた。どのような経緯で、彼らは、私の乗り込む前の仙崎駅から乗車することになったのか、下車後はどこへ行くのか、想像世界は広がるのであった。

 汽車旅の重要な要素である、車窓からの楽しみは十分で、沿線地域を知るきっかけとして、観光列車はお勧めである。そして、非日常の場であるため、地下鉄で見られない乗客と乗り合わせる。彼らを観察することは、「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、人を見る目、自身を省みる目を鍛えるために重要である。

3.中級編―福岡近郊区間を乗ってみよう

 東京・大阪など、大都市ではJR路線が錯綜し、A駅からB駅まで行く場合、いろいろな経路が存在することは、容易に想像できよう。そこで、次のような特例が設けられている。

 東京・新潟・大阪・福岡の近郊区間内のみを普通乗車券または回数乗車券でご利用の場合、乗車経路を重複したり、2度同じ駅を通らない限り、乗車券の運賃は実際の乗車経路にかかわらず、最も安くなる経路を使って計算できます。…『JTB時刻表』「JR線営業案内・運賃計算の特例●東京・新潟・大阪・福岡近郊区間の乗車券」

 東京・大阪以外に福岡にもこの特例が存する。従って、例えば、博多駅から吉塚駅へ行く場合、次のような最短・最長二通りの経路が可能になる。

 即ち、鹿児島本線で小倉方面行きに乗車して次の駅で下車する場合、久留米方面行きに乗車して、原田駅で筑豊本線に乗り換え、その後、途中下車をしないで、桂川・新飯塚・田川後藤寺・西小倉・香椎・長者原の各駅で乗り換え、吉塚駅で下車する場合である。

 いずれの場合も、先の特例により、運賃は一六〇円である。しかし、所用時間は、前者なら約三分、後者なら約四時間半である。同じ金額で約九〇倍もの時間列車に乗っていられるのを利用しない手はない。一分当たり、前者は五三・三三三円、後者は〇・五九三円となる。

 このような計算をすると、新幹線を利用するのがアホらしくなってくる。我々は、並行する在来線の特急が殆ど廃止されているため、急ぐ場合、高い値段で時間を買わされるのである。

 福岡県出身の人でも、この最長経路の沿線すべてに馴染みがある人は稀であろう。乗り通すことによって、知っているようで知らない、福岡県の一面を窺い知ることができる。

 私が初めて新飯塚駅から後藤寺線に乗車した折である。筑前と豊前の境の小さな峠を一両の気動車で越え、田川方面へ下ると、真っ白な世界が現れた。船尾駅はセメント工場のまっただ中にあり、白い駅である。筑豊と言えば、石炭、黒のイメージであった。また田川後藤寺駅からの日田彦山線沿線も石原町駅まで香春岳など白の世界が点在する。

 なお、三分で行けるところを四時間半も掛けることに何の意味があるのかと思う人も多かろう。しかし、それは鉄道を移動の手段としか考えない発想である。四時間半も車窓から異なる景色が見続けられるのである。映画館でもこれだけの時間違うものを見せてくれない。

 勿論、途中下車ができないのは、難点である。しかし、福岡県の北辺を周遊する手立てとして、福岡県出身の人にもお勧めできる。福岡市・北九州市の間を鹿児島本線や高速バスで行き来しているだけでは出逢えない、新たな世界が開ける。

4.上級編ローカル線に乗ってみよう

 「ローカル線」の定義は、意外と難しい。朝夕の通勤・通学時間帯を除くと、上り下りの列車が一時間に各一本以下しか運行されていない路線というのが私なりの漠然とした定義である。その他、特急などの優等列車が走っていない、非電化であるなども付帯条件として入れてよいかもしれない。

 しかし、全線がローカル線と言えない場合がある。例えば、前項の福岡近郊区間の中で原田駅・桂川駅間は、一日上下各九本で、すべて普通列車である。このため、この約二〇キロは筑豊本線の中でもローカル区間となる。一方、筑豊本線でも桂川駅・折尾駅間は、篠栗線と一括電化されて「福北ゆたか線」と称せられ、直方駅・博多駅間には特急「かいおう」が走る。

 細かなことを言い始めると、話がややこしく、長くなるのでこれ以上立ち入らない。一般的には、途中下車をすると、次の列車がやってくるまでかなり時間がある、ちょっとした買い物などで途中下車をするのが躊躇われる路線・区間をローカル線・区間と考えるのがよかろう。そして、これらを旅する場合、特急が殆ど走らないため、青春18キップで十分である。

 ローカル線の基準となる運行本数の少なさは、利用者の少なさを反映したものである。そして、鉄道利用者の少ない地域は、一般に人口密度の低い地域と言える。このような地域は、多くの場合、自然環境が過酷である。このことは、同時に、原野や河川、山や渓谷、海岸などの絶景を生み出す。またこのような地域に鉄路を敷くのは容易でないため、トンネル、橋梁、スイッチバックなど、様々な鉄道技術を要する施設が必要となる。このため、常には見られない貴重な鉄道施設を体験することができる。

 従って、昨今、ローカル線に観光列車が運行されることが多い。

 しかし、車内の喧噪を避け、一人静かに車窓を楽しむためには、通常運行の列車に乗らなければならない。そうすると、今度は、有名ローカル線の場合、リュックサックの軽装ながら、異様に立派なカメラを持参した、いわゆるマニアに出逢うことになる。確かに、彼らは、徒党を組んで車中で声高におしゃべりをしたり、日が少しでも射し込むとすぐにブラインドを下ろしたり、カーテンを閉めたりしない。従って、我々に害は与えない。むしろ、彼らが車中で、また停車中にどのような行動を取るかを観察することが楽しみになる。運転席横のフロント・ガラスからシャッターを切ったり、ロングシートに横座りをして車窓を眺めたり、駅構内を歩き回ったりする彼らの姿を資料としてコンパクトカメラに納めたことがない訳ではない。

 しかし、いい年をして同じ臭いを持つ者であると彼らから誤解されることは厭う。このため、駅で彼らを見掛けると、身構えてしまう。従って、私は、ローカル線に乗車する際、できるだけスーツを着て、仕事でたまたま乗ってます…という風を装う。

 ただ、近年、ローカル線で困ったことに遭遇した。

 豊橋駅と辰野駅を結ぶ飯田線でのことである(本線は、豊橋駅・飯田駅間を特急が二往復し、電化されているため、真性のローカル線と言えないところがある)。特に中部天竜駅から天竜峡駅までは、県境(静岡県と長野県)区間の常として、この約五四キロを通して運行される普通列車は一日に上り下り各九本と少ない。更に、天竜川沿いの絶景、小和田(こわだ)駅などの「秘境駅」が連続する。注(4)従って、その筋にはよく知られ、また西日本在住の者にはなかなか乗車のかなわない、憧れのローカル区間である。

 豊橋方面から向かうと、深い谷を渡り、木立に覆われた、天竜川直上の鉄路を進む。小さなトンネルがいくつも続く。この先に何があるのだろうかと不安が募る。ところが天竜峡駅を過ぎると、南アルプスと中央アルプスに挟まれた広大な伊那谷に飛び出す。

 しかし、絶景の有名路線であるが、観光列車は運行されていない。このためかもしれないが、ある秋の土曜日、この区間の半ば過ぎ、長野県下伊那郡天龍村の中心地にある平岡駅から胸にバッチを付けた団体客が大挙して乗り込んできた。それから天竜峡駅まで車中は周遊ツアーの一つとして列車に乗せられた有象無象のため、騒然となり、色づき始めた天竜沿いの紅葉を心静かに味わうことができなくなった。

 例に漏れず中高年の女性客が中心で、おしゃべりに興じ、隣のボックスシートの小学生数名は日本有数の絶景に見向きもせず、戯れ会い、その祖母のような人物は「車掌さんがいろいろ説明をしてくれるので、大井川鐵道の方が面白いね」などと、訳の分からないことを言っていた。注(5)そして、三〇分後、天竜峡駅でその一行は待ち構えていた観光バスに乗るべく、下車し、駅から出て行かされた。

 暫くして同じような経験を思い出した。長大な山陰本線のローカル区間の一つ、兵庫県北西端の香住駅・浜坂駅間のことである。二〇〇七年の冬、余部(あまるべ)鉄橋の掛け替え工事の始まる前、香住駅から顔を赤らめた団体客が立錐の余地もないほど乗車し、二つ先の餘部(あまるべ)駅で一斉に下車した。注(6)私は次の列車まで一時間少々餘部に滞在したが、その赤ら顔たちは、鉄橋下の国道に駐車していた、「カニ」「鉄橋」の文字がフロントガラスの掲示に見える、何台もの観光バスに素早く乗車し、どこかに移動した。

 これらの企画がどのくらいの線区でどの程度行われているのかは知らない。しかし、有名ローカル線には季節・曜日・時間帯を考えて乗車しなければ、折角の旅が台無しになってしまうと思い知らされた。注(7)

 観光列車は、外れが少ない。しかし、お仕着せの旅である。一方、ローカル線に自ら乗車しようとする場合、どこの路線で何を目的とするかを事前に調べ、限られた列車に効率よく乗車するため、入念な計画を立てる必要がある。従って、主体的な取り組みが求められる。ただ、繰り返すうちに大判の時刻表と首っ引きで計画を練ることが楽しみになってくる。

5.番外編―マイナー・ローカル線に乗ってみよう

 全国的に知られた観光地、絶景の山岳や渓谷、貴重な鉄道施設など、沿線に取り立てられるものを有さないローカル線をマイナー・ローカル線と個人的に呼んでいる。

 従って、いかにもその筋の者です!という人たちを車中でも沿線でも殆ど見掛けない。また汽車旅の何たるかが分かっていない輩が旅行会社に乗せられてくることもない(はずである)。多くの場合、地元のお年寄り、時間帯によっては高校生との旅となる。

 しかし、反面、起伏の少ない路線で、どこにでもありそうな田園風景がいつまでも続く。勿論、絶景がない代わりに、廃屋や廃校、荒れ果てた田畑、倒木の夥しい山林などを見掛けることは殆どない。従って、この車窓は暮らしやすさの一端を示すものとして、心を痛めることは少ない。とは言え、車窓の眺めとして変化に乏しいことは事実である。またそのような路線だけに車中で観察に値する人もいない。気動車に揺られるうちにうっかり寝てしまい、何のために乗車したのか分からなくなることがある。

 このため、楽しみは途中下車となる。

 どの地域にも歴史があり、某かの史跡がある。小さな町村でも歴史や民俗の資料館を備えている。また、途中下車をしても、次の列車まで時間がたっぷりある。このため、地域の文化や歴史の一端に接したり、土地の人と言葉を交わしたりすることができる。勿論、そのためには4項に記した以上に念入りな下調べが必要である。下調べに時間を掛けた分だけ、途中下車をする際、新たな出逢いに期待が膨らむ。

 例えば、姫路駅と新見駅を結ぶ姫新(きしん)線。全線非電化で、特急は走っていない。全線を乗り通そうとしても、佐用(さよ)駅または上月(こうづき)駅、津山駅で乗り換えねばならず、県境(兵庫県と岡山県)区間はやはり一日上下各九本である。このため、九州からであると、全線約一五八キロを一日で乗車するにはそれなりの覚悟が必要である。私も三回に分けて完乗した。最後まで残った姫路駅・東津山駅間は、当初、乗り通すことが目的であった。

 金曜日の朝、姫路を発つ列車から旅を始めることにした。しかし、接続の関係で、途中どこかで一時間半近く待つ必要がある。そこで、待ち時間に訪ねる施設・史跡を決めるため、沿線市町村の情報をインターネットで集めた。そして、兵庫県佐用(さよう)郡佐用(さよう)町を検索する中で、乗車する列車の終点・上月駅近くにある上月城跡を訪ねることにした。

 戦国時代、当地は織田勢と毛利勢の接する地として、小さな山城である上月城を巡って凄惨な争奪戦が行われた。最後は織田方を頼って尼子氏再興を目指す山中鹿介(しかのすけ)らが依った。注(8)

 当日は、麓の歴史資料館が休館であったため、登山口にある合同の慰霊碑や尼子勝久の墓などに手を合わせると、山頂を目指して山道を登り始めた。麓から見上げると、高さは四〇メートルもないかもしれない。このときはスーツ姿でなかったが、運動不足の身に二泊三日の旅程の荷物を両手にして登るのは、容易でない(マイナー・ローカル線の駅には、多くコインロッカーは備えられていない)。すぐに息が切れ、フラフラになる。何度も休み、鹿介の一念に負けじと喘ぎながら登った。

 山頂は、麓から想像したより広く、郭(くるわ)跡や上月合戦の案内板、最初の落城時の城主・赤松政範の碑などが建っていた。眺望は、木立のためよくないが、僅かな合間から北側に姫新線が見える。鹿介を初めとして、数度の争奪戦ごとに本城に依った織田方・毛利方の人たちは、どのような想いで、たぶん今も昔も変わらぬ、周囲の山々、麓の佐用川を眺めたのであろうか。

 上月は、姫新線完乗の目的や待ち合わせの時間がなければ、生涯足を踏み入れることのない地であった。上月城跡を訪れ、数年前に訪れた富田城跡と繋がり、尼子氏を入口にする中世地方史の世界が少し広がった。

 勿論、途中下車をして何をするかは、各自の興味・関心、待ち時間や時間帯などに応じて決めればよい。史跡ばかり訪ねる必要はない。

 例えば、時間帯によっては、食事のために途中下車をすることもあろう。その際は、ファーストフード店やファミリーレストランでなく(但し、マイナー・ローカル線の駅前に存する可能性は低い)、地元の食堂を利用すると、九州と異なる食文化に接することができる。また地元の人と会話を交わす機会ともなる。勿論、若い人、特に女性が地元の食事処に入るには大変な勇気がいろう。このような時は、観光案内所の職員や駅員などに紹介してもらい、店でその人の紹介でやってきたことを告げると、店での対応が違い、会話が生まれることがある。

 数年前、安来市の夜のことである。夕食を供さない宿で紹介された小料理屋に入った。最初は、一回り年上の常連さんばかりで緊張した。しかし、宿の紹介でやってきたことを言うと、打ち解けて話が弾み、最後は「てっぺいさん」に拉致される形でスナックに行くことになった。その間、当然、安来の食べ物・酒やことば、仕事のことなどを聴き、全く窺い知らない世界に接することができた。

* * *

 自然主義を代表する作家で、沢山の紀行文も残した田山花袋は、次のように記している。

   旅行をする人は、直覚が鋭敏であると共に、旅をする地方其(その)ものの知識に富んでゐなければならない。知識がなければ、豫(あらかじ)めその知識を豊富にして置かなければならない。其地方の沿革古蹟は勿論、現今に於ける其地方の生活状態、産業、地形、さうしたものをも詳(し)く研究して行けば行くだけの利益は必ずある。普通の人は只単に其處(ところ)を通つて行くばかりであるが、さういふ風に研究して行つた人には、其地方の印象が必ず分明と映つて来る。『定本花袋全集』(臨川書店・一九九四年復刻刊)第十五巻「新しき紀行文」一五五頁

 どのような形態の汽車旅であろうと、その旅を有意義で、実りあるものにするためには、某かの準備が必要である。「研究」はいささか大仰であるが、下準備が入念であればあるほど、旅は思い出深いものとなり、接する世界は奥深いところにまで至れる。例えば、乗車する路線周辺の詳細な地図を準備しておくだけでも、車窓は異なってくる。

 勿論、旅に予想しない出来事は付き物である。その場では苦く、辛いものであっても、後で考えると、よい思い出となる。また次の旅へ向けての反省点にもなる。

 新たなもの・こと・ひととの出逢いを求め、そして自身の世界を大きく広げるため、汽車旅に出かけようではないか。

    

(1)今回「その二」では「鉄道紀行文学」について述べない。しかし、これに親しむことによって自宅にいながらにして汽車旅を味わえ、汽車旅に誘(いざな)われる点は強調したい。
  原氏の本書、特に「第一章鉄道紀行文学の巨人たち」では、内田百閒(ひゃっけん)、阿川弘之、宮脇俊三の三巨人について、それぞれの文章の特徴と代表作の持つ魅力が余すところなく、コンパクトにまとめられている。「鉄道紀行文学」のガイドブックとして最適である。

(2)「いさぶろう・しんぺい号」とは、妙な列車名である。前者は山県伊三郎(一八五七~一九二七)、後者は後藤新平(一八五七~一九二九)に因む。それぞれ人吉駅・吉松駅間が建設・開業された当時の所管大臣と鉄道総裁である。
  観光列車や特急列車に人名が付けられることは多い。しかし、それらの多くは、後述の金子みすゞや魁皇の如く、運行される地域にゆかりがあり、全国的に知られた名前に因む。この点で当列車の命名はユニークである。

(3)金子みすゞ(一九〇三~一九三〇)は、山口県長門市仙崎生まれの童謡詩人で、その詩は小学校の国語教科書にも掲載されている。
  長門市駅から一駅、即ち、二キロ少々、三分程度で仙崎駅に至る(この短い長門市駅・仙崎駅間は、山陰本線の支線とされる)。この駅から北に延びる「みすゞ通り」には、「金子みすゞ記念館」の他、ゆかりの場所が多く、沢山の詩碑が点在する。
  みすゞに関連する図書は多いが、『別冊太陽・日本のこころ金子みすゞ』(平凡社・二〇〇三年刊)が入門書としてよかろう。
  なお、「みすゞ潮彩号」の乗車記として、野田隆『平凡社新書カラー版・一度は乗りたい絶景路線』(平凡社・二〇〇九年刊)「PART2―6山陰の潮騒と詩情、そして絶景」が詳しい。また本書には、コラムとして2項で紹介した肥薩線の真幸駅・矢岳駅間の記述もある。

(4)「秘境駅」は、牛山隆信氏の命名により、「そこにたどり着く道もなく、したがって乗降客がほとんど皆無にもかかわらず、それでもひっそりと、そして逞たくましく存在する駅」と規定される(牛山隆信『小学館文庫・秘境駅へ行こう!』(小学館・二〇〇一年刊)二頁)。同書では中部天竜駅・天竜峡駅の区間から小和田こわだ駅・田本駅・金野きんの駅、続編の『小学館文庫・もっと秘境駅へ行こう!』(小学館・二〇〇三年刊)では為栗してぐり駅・千代駅が紹介される。
  これらの駅のうち、小和田駅は、小和田おわだ雅子様のご成婚にあたり、注目を集めた。私は下車したことがないが、本文に記す飯田線乗車の際には、当駅で同じ車両の中年夫婦が降り立ち、またすでに二・三名の先客があった。どのようなところに建つ駅であるかは、牛山氏の著書を読んでいただきたいが、車中から見ると、駅周辺に車の入れる道路はなく、駅を出ても、自然に接する以外、訪ねるところは全くないようである。
  なお、『もっと…』では2項に記した嘉例川駅が紹介される。

(5)大井川鐵道は、静岡県の私鉄で、東海道本線の金谷駅から大井川沿いに南アルプスの麓に分け入って井川駅に至る。いち早く一九七六年から金谷駅・千頭駅間で蒸気機関車を走らせた。東京から程よい遠さであるため、テレビの旅番組でよく取り上げられる。それに依ると、車中は旅の素人に楽しいもののようである。この女性の発言も、通常の定期列車でなく、蒸気機関車の牽引する観光列車に乗車した際の経験に基づくものと判断される。

(6)余部鉄橋はかつて餘部駅のすぐ手前にあった。即ち、約一〇〇年間風雪に耐え、二〇一〇年七月一七日に役目を終えた。現在は、解体され、同年八月一二日から新しいコンクリート橋が利用されている。
  その時代性もあるが、一一基の橋脚を持つ、赤いトレッスル形式の橋梁は、谷の入口で、日本海に面して聳え、独特の美しさを誇っていた。一九八六年一二月二八日の列車転落事故以降、種々検討がなされ、架け替えられることとなった。ただし、旧橋が全面的に撤去された訳ではない。餘部駅側に三基分の旧橋が保存されている。駅南側の展望所からは新旧両橋の上を併走する鉄路を望むことができる。
  本鉄橋に関しては、田村喜子『余部鉄橋物語』(新潮社・二〇一〇年刊)に尽きる。

(7)例えば、原武史『講談社現代新書・鉄道ひとつばなし3』(講談社・二〇一一年刊)には小淵沢(こぶちざわ)駅と小諸駅を結ぶ小海(こうみ)線での出来事として「清里でかなりの客が降り、ようやく座れたと思ったら、旅行代理店の添乗員に率いられた中高年の団体が大挙して乗ってきた。とたんにつり革がふさがり、首都圏なみの混雑となる。ところが、この団体は次の野辺山で降りていった。どうやら、JR最高標高地点を通る清里野辺山間だけ小海線に乗るバスツアーらしい。野辺山では、上りホームにも同じような団体がいた。」(七三頁)と記される。
  「有名ローカル線」の認定は、今やこの手のツアーの存在が指標になろう。
  小海線について語り始めると長くなるが、山梨県側の路線は、JR最高標高地点一三七五メートルを含め、八ヶ岳の雄大な車窓、下車しても甲斐大泉・清里などの高原リゾート地を有する上、新宿から特急で約2時間足らずで小淵沢駅に着ける手頃さもあり、大井川鐵道以上に頻繁にテレビ番組などで紹介される。また最近は世界初のハイブリット車両が運行されていることでも注目を集める。「○○温泉と高原列車の旅」などという名のツアーが頭に浮かぶ。
  しかし、本線の味わいは、長野県側の路線、特に野辺山駅・中込(なかごみ)駅間にある。例えば…で記し始めると、際限がなくなるので、一つだけ。
  「五稜郭」とは、一般的に、北海道・函館にある五角の星形をした西洋式城郭を指す固有名詞である。しかし、本線の龍岡城駅の南東約一・五キロに位置する、龍岡城は、小規模ながら、同様の形式の城郭で、五稜郭である。十数年以上前に数度この城跡を訪れることがあった。最初の訪れの際には、どうしてこんなところに…という驚きだけであった。城内には小学校(佐久市立田口小学校)があり、違った時間が流れていた。

(8)山中鹿介(一五四一?~一五七八)は、戦国大名で、出雲を中心に中国地方に覇を唱えた尼子氏の重臣である。昭和一〇年代国語教科書で扱われたとのことで、「願わくは、われに七難八苦を与えたまへ」の文言とともに、お祖父さんやお祖母さんの世代の方は名前をご存じかもしれない。
  一五六六年、現安来市広瀬町の富田(とだ)城で毛利氏に攻められ、尼子氏が滅亡する。その後、鹿介は尼子氏傍系の勝久を擁立して再興を目指し、奮闘する。しかし、一五七八年、毛利の大軍に上月城を包囲され、援軍も得られず、落城、その後鹿介は殺される(残念ながら、鹿介に関する図書で、容易に入手できる新書・文庫の類は存しないようである)。

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深夜の固茹で卵
山田英二 (英語学)
『長いお別れ』レイモンド・チャンドラー(清水俊二訳、早川書房)
『ロング・グッドバイ』レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳、早川書房)
TheLongGood-bye(RaymondChandler,HamishHamilton,1953)

 コレステロールが気になる年齢(トシ)になって久しいが、好きな酒とそれに合うつまみがあり、気に障らぬ音が流れ(それが潮騒やせせらぎ、虫の音であれば最高なのだが)、あとは面白い本があれば満足な夜が過ごせる。(と、思う。傍らの美女までは望まない。論文の山のことはできるだけ頭の隅に追いやる。)

 辛口の酒を冷やで飲む時、つまみに割といけるのは茹で卵。これを細かく切ったものをさかなにちびちびとやろう。固茹で卵というと英語ではhardboiledだが、これを転じて、強靭な精神と肉体を持ついわゆるタフガイが出て来る探偵小説なんぞを指して言う。そしてこれを聞くとおおかたの読書人が、標記の小説の主人公、フィリップ・マーロウの名を挙げることだろう。体を張って友を守り、裸のブロンドに抱きつかれても理性を失わず、危機に際してユーモアを忘れず。しかし、何よりいいのはその強さがどこまでも抑圧されていることだ。

 私も本当のことを言うとこの読書案内でそんな、「いかにも」な選択をしたくはなかったのである。やっぱり少しは格好をつけたいし、安直さ、というのはハードボイルドの世界からは程遠い気がしないでもない。それなのに最近この本を再読したのは偶然のなりゆきだった。本屋でたまたま、村上春樹訳の新版文庫を目にしたからだ。村上春樹は今最もノーベル文学賞に近い男だと言われている。(本当だろうか?日本人だけがそう言っているのかもしれない。)金に困ってもおらず自分でも精力的に書いている作家が、わざわざ時間と労力を割いて新訳なんかに挑むはずはない。よほどほれ込んでいない限り、だ。なぜなら、字幕翻訳の世界で知らぬ者はない清水俊二訳が既に多くの読者を得ている作品だからである。(村上は、清水訳本が確かに昔からの愛読書であったことを本書で告白している。)

 清水はプロの翻訳家ではない。勝手に一部削ったり誤訳をしたりしているし、表現が若干古臭く、気取っている。後から出す翻訳の方が有利で世間受けするのは分かりきっている。(現に私もつい買ってしまった。)…しかし両方読み比べた上で敢えて言うと、この作品は清水訳で読みたい。これは純粋に語感というか好みの問題だ

 願わくば、諸君もこの作品を二人の翻訳で読み比べて見てくれたまえ。そして、出来ることならついでに原著に手を伸ばし、わたしに感想を聞かせてくれたまえ。

 …というと、清水調。こんな言い回し、イマドキ聞いたことない?じゃあ、君もぜひ読んで僕に感想を聞かせてくれないか。…村上調。それにしても、ハードボイルドという言葉自体が卵以外の行き場を喪いつつあるんじゃないかなぁ、あるいはむしろ凛とした女性に似合う時代になってきたよなぁ、などと気弱に呟くほろ酔いの夜。

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岡村敬二 『江戸の蔵書家たち』 (講談社選書メチエ71)
山田洋嗣 (日本文学)
 昨年、江戸後期の和学者、小山田与清のことを調べていて大変面白かった。本当はここで与清の「擁書楼日記」をすすめたいのだが、いささか特殊にすぎるかと思いなおしてこの本にする。

  江戸時代になると書物の流通が広くさかんになり、出版も多くなって、自然大勢の読書家や蔵書家、また著作や出版に志す者、分類や目録を作る者、あるいは索引を編もうとする者が出てくる。岡村敬二のこの本はその人々の群像とそのなさんとしたところをいきいきと描き出してみごとである。また、それがこの時代の文化のうねりを描くことにもなっている。

  ことに面白いのは、冒頭の小山田与清とその蔵書に群がる人々の様子である。与清は蔵書のために蔵三つを建て、五万巻を収めたというが、彼らを動かすのは、すべての書物を集めたい、すべての書物を読みたい、すべてを分類したい、という静かな狂気である。そのために彼らは集いまた離れつつ、本を求め、購い、貸借を、輪読を、抜書を倦まずにくり返すのである。

  私は、実は小山田与清という人間をあまり好きになれないし、その著作が面白いとも思わない。「行為」が面白くて、「結果」が面白くないのは彼の特徴である。しかし、この様子を書くのに岡村が主な資料として使った「擁書楼日記」は、その様子が日々記録されていて、実に面白いのである。

  なお、こちらを読みたいと思う人がいるかもしれないから書いておくと、「擁書楼日記」は明治四十五年に出された『近世文芸叢書』の第十二巻に入っている。ただし、活字化するにあたっての間違いが所々にあるから注意しなければならない。気になる人は、早稲田大学図書館のウェブ・ページに与清自身の自筆本の写真版が公開されているから、それを見るといいと思う。

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「中心」を獲得すること
山中博心 (ドイツ文学)
 推薦したい本は二〇世紀初頭にドイツ・オーストリアで活躍した詩人ライナー・マリア・リルケ(一八七五~一九二六)の『若き詩人への手紙』とヘルマン・ヘッセ(一八七七~一九六二)の『デミアン』です。余りにも多くの情報が溢れかえっている現在、往々にして中心が忘れられ、易きに流れる傾向にあります。特に経済的な閉塞感のなかで消費という観点が前面に出てくることで、質よりは量が大手を振って歩いています。しかし良質なものがなければ伝承されていくような文化も育つことはありません。特に大学で学ぶことは自分の足元の問題がより大きな連関、例えば政治や社会、自然や宇宙といったものの中でどのような意味を持っているかを考えることです。あくまで出発点は「自分固有」の問題です。それが核になって問題の輪が広がっていきます。広がらない「固有性」は学問の対象にならない単なる「利己(エゴ)」なのです。

 どちらの本も古典的名著として長く読み継がれています。リルケもヘッセも自分の抱える「個的」な苦しみから出発し、「普遍性」に至り着いた詩人・作家です。ですから両作品には「自分の」という言葉が散見され、両者に共通するキーワードは「必然」「運命」「孤独」「内省」です。その意味で自己形成にとって重要な時期にある一〇代後半の人に是非とも読んで頂きたい本です。

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Novis 2012
― 新入生のための人文学案内 ―

印 刷 平成24年3月25日
発 行 平成24年4月1日
発行者 福岡大学人文学部
印刷所 城島印刷株式会社