福岡大学人文学部
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Novis 2014

Novis 2014 目次

Novis 2014 本文

人文学部新入生のみなさんへ
星乃治彦(人文学部長)
 最近コンシエルジュという言葉をよく耳にするようになりました。初めて聞く人もいるかも知れませんね。コンシエルジュ(concierge)はフランス語で、本来は「アパートの管理人」程度の意味だったのですが、今の日本では、ホテルに入ってどこに何があるのだろうといった質問に丁寧に教えてくれる総合世話係のような人のことを指すようになっています。この小冊子に収められているのは、福岡大学人文学部の教員たちが、諸君らを心から歓迎する意味で、いわばコンシエルジュとなって授ける最初の知的アドヴァイスです。
 諸君らはワクワクする知的好奇心を満たすために大学に入っているのでしょうし、人文学部を選んだということは、何かやりたいことを決めた人も多いかも知れませんね。そんな諸君らに、大学の入り口で読むべき本がここでは丁寧に紹介されています。
 ここに紹介されている本をちょっと読んでみようかなあと思ったら、日本有数の蔵書数を誇る福大図書館に足を運んで下さい。使い方が分からないのであれば、入口の職員さんに尋ねてみましょう。図書館ツアーに参加するのも良いでしょうねえ。そうやって自分の問題関心をすくすく育ててみましょう。それを積み重ねていけば、諸君らは卒業までには人生の確固たる羅針盤を手にすることになるのでしょう。

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映画の字幕
間ふさ子 (中国近現代文学)
 外国映画を見るときになくてはならないものが字幕です。映画では目からの情報だけでなく、言葉や音楽など耳からの情報も大きな役割を果たしていますが、言葉が外国語だと何を言っているのかわかりませんよね。それを解決する主な方法は吹き替えか字幕ですが、日本ではまだまだ字幕が主流のようです。字幕翻訳監修業という職業の草分けである清水俊二さんの『映画字幕(スーパー)五十年』『映画字幕(スーパー)の作り方教えます』を読むと、日本における字幕スーパーの歩みを知ることができます。

 字幕と聞いてすぐに思い浮かぶのが、この清水俊二さんや戸田奈津子さんなど字幕翻訳者の存在です。語学を志す人で字幕翻訳者にあこがれたことのない人は少ないのではないでしょうか。自分の作った字幕がなければ観客たちは作品を十分に鑑賞できないのです。しかも一行わずか一〇文字で台詞のエッセンスを表現しなければなりません。責任は重大ですが、やりがいもあるというものでしょう。

 戸田奈津子『字幕の中に人生』、太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』『字幕屋に「、」はない』など、字幕翻訳のエピソードを綴った本は何冊かあり、いずれも興味深いものです。また、前述の清水俊二さんの著書や高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』を読めば、字幕翻訳者の生涯を通して二〇世紀の日本と日本人の姿が、外国映画の受容という側面から浮かび上がってくるでしょう。

 しかし、翻訳者だけでは字幕は出来ません。字幕を作るには昔も今も技術者の熟練の技が不可欠です。かつて字幕がどのように作られていたのかを知るには、神島きみ『字幕仕掛人一代記 神島きみ自伝』がうってつけです。また、太田直子『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』を読めば、現在の字幕制作のプロセスがよくわかります。これらの本は、映画が工業技術に支えられた芸術であることを改めて教えてくれるでしょう。

 現在では、デジタル映像であれば、素人でも専用のソフトを使って字幕制作にトライすることができます。東アジア地域言語学科では、字幕制作ソフトを利用した語学の授業を行うほか、有志で一九五〇年代、六〇年代の中国映画・韓国映画の秀作に日本語字幕をつけ、市民のみなさんに鑑賞していただくという活動を行っています。これまでにみなさんの先輩たちが、中国映画『白毛女』('50)、『家』('56)、『五朶金花』('59)、『我們村裡的年軽人(村の若者たち)』('59)、『今天我休息(本日非番)』('59)、『李双双』('62)、『我們村裡的年軽人・続集(続村の若者たち)』('63)、韓国映画『青春双曲線』('50)、『運命の手』('54)、『三等課長』('61)、『ソナギ(通り雨)』('78) などに字幕をつけました。今年も九月の発表会に向けて準備を進めています。昨年はさらに、この字幕制作で力をつけた卒業生二人が、アジアフォーカス・福岡国際映画祭に依頼され、二〇一二年に作られた中国映画『目撃者』の字幕制作を行いました。

 読むだけではなく、みなさんもぜひ字幕制作にチャレンジして、プロの翻訳者たちが縷々語る字幕翻訳の神髄―限られた言葉で限りないイメージの世界へ観客を誘う醍醐味―の片鱗に触れてみませんか。

  清水俊二『映画字幕(スーパー)五十年』早川文庫、一九八七年
  清水俊二『映画字幕(スーパー)の作り方教えます』文春文庫、一九八八年
  神島きみ『字幕仕掛人一代記 神島きみ自伝』パンドラ、一九九五年
  戸田奈津子『字幕の中に人生』白水Uブックス、一九九七年
  太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』光文社新書、二〇〇七年
  高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』白水社、二〇一一年
  太田直子『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』岩波書店、二〇一三年
  太田直子『字幕屋に「、」はない』イカロス出版、二〇一三年

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ローザ・ルクセンブルクと『二〇世紀の神話』
青木文夫 (スペイン語)
 読書案内の名目でここ数年(昨年は本も紹介したが)与太話を掲載し続けていて、一部の方からは面白いとのお言葉も頂いていたが、最近は斬れがないとの厳しい指摘も受けており、今回は表題にある一見真面目そうな話題をネタに、ちょっと捻った内容で書いてみたい。

 高校時代の部活動「弁論部」での思い出。筆者の出身高校はスポーツで有名な中京高校(現中京大中京:今はかなりレベルが上がって、あの浅田真央選手の出身校でもある)であったが、文化部にもいくつか活躍していたクラブがあり、その中の一つ弁論部に所属して、北は北海道の滝川高校、南は大分県中津市(慶応大学主催)まで、高校二年から三年の前半までに二〇ヵ所くらいの大会に出て、五回優勝したのはちょっとした自慢であり、逆に多くの悔しい思いをしたことも忘れられない。当時の弁論はNHKの「青年の主張」などいうくそ真面目なものとは全く異なり、思想と論理のぶつかりあいで、いかに相手の論旨の欠陥を見つけて崩していくかという戦い(討論や質疑応答が必ずあった、もちろん野次もOK)のようなものであった。おかげで、愛読書には「法律時報」や「青年法律家協会の会報」なども入っていて、当然勉強そっちのけで七〇年安保の喧騒の中、反対勢力の集会に行ってはアジを飛ばして逃げ、最後は行きつけのホルモン焼きでビールを飲みながらの反省会という日々を送っていた。

 一番の得意分野は「一八歳選挙権の是非」で、僕の結論は「否」なのだが、その論理は少年法改悪から刑法の若年適用、徴兵制の復活というもので、普通の高校生相手なら簡単には負けなかったのだが、やはり弁論をやっている右や左の猛者たちにはかなりてこずった。

 そんな活動のある日、地元愛知の東海高校主催の大会で、ライバルのN君と「女性の社会進出」という一九七〇年当時では珍しい統一テーマで対決したのだが、そのときの彼の演題が『二〇世紀の神話』だったのである。

 ここからは高校生当時の「頭脳」での論なので、手緩いことや若気の至りということには目を瞑って読んで欲しい。

 N君の主張は「ドイツ革命前夜、ローザ・ルクセンブルクが予言したのは、いみじくも『二〇世紀の神話』に描かれている国家の出現であった。悪女マリー・キュリーが学問に一生を捧げたのとは対照的に、学問を捨て真の革命(自然発生的に生じる)による妥協のない共和制樹立を目指す途上で虐殺されたローザの予言は、その後妥協によって出現したワイマール(ヴァイマール)共和国において人民が頽廃的な文化に浸り、偽りの繁栄に酔いしれているときに、(ヒトラーという)独裁者が君臨するということで実証された。その状況は現在(七〇年)の日本にも当て嵌まり、今こそ女性が自立して、民衆を主導し、独裁者の出現を阻止するために、ローザのように真に自立した女性を育てるような社会にしなければならない」というものだった。

 レーニンが予言したように「二〇世紀は戦争と革命の世紀」であったことは事実であり、当然近く革命(少なくとも真の共和制樹立)が起きると信じていた若者の一人にとっても、この飛躍した論理(恐らく矛盾もある)にはついていけなかったのだが、ローザ・ルクセンブルク(反レーニン主義)の流れにある組織の連中と関わっていたので(「社青同解放派」のことだが、この思想的流れを説明すると一〇〇頁は必要なので割愛する)、恥ずかしながらその時まで『二〇世紀の神話』という書名は知っていながら、読んでなかったのを、慌てて読んだのである。

 学生諸君にローゼンベルクが書いた『二〇世紀の神話』(恐らく古書しかないと思う)をいきなり読むことを勧めようとは思わない。はっきりいって、いきなり読んで共感したら大変なことになるし、恐らく退屈であり難しくて、最後まで読む気にならないであろう。ただし、ハンナ・アーレントも言っているように「ナチ主義者も同じ人間である」という事実と、全体主義という、起きてはいけないことが起きたという事実を認識し、それを覆そうとする流れに、ハンナのように革命=暴力、その後のプロレタリアートによる階級独裁と捉え活動するものと、ローザのように革命後の民主的自由を保障する前衛否定の立場が種々入り乱れて、日本でも延々と対立を繰り返していったことは理解して欲しい。

 「二〇世紀の神話」のエピソードは高校二年、ちょうど短期のアメリカ留学から帰ってきてしばらく経った一九七〇年六月だったと思う。授業に出なくてもなんとかしてくれる高校(何かの分野に秀でていれば卒業させてくれる)のおかげで、学生運動、大阪万博の通訳ボランティア、音楽活動、クラブ活動などなど、好き放題をしていた僕にも高校二年の終わり頃に危機が訪れる。合格すると思っていたAFS(アメリカ留学)の試験に落ちたのである。当然、次に来るのは大学進学というそれまで考えてもいなかった恐ろしい現実。ところが周りを見渡すと、スポーツ優秀な連中はW大、M大、D大などとほぼ進路が決まっているし、唯物史観どっぷりの論客だった I君を含めクラスの勉強ができる連中は地元の国立狙いですでに準備を始めているし、おまけに学生運動仲間でさえ、論客のH君はどこでもよいから東京の私大に入って、国鉄の大宮で組織を作りオルグを続けると言うし、例のN君はM大に入ってある政治家の秘書見習いをするとのたまうではないか! 茫然自失、疎外感に苛まれるとは、まさにこの状況であった。どのくらい思い悩んだであろうか、意味もなくパチンコ店で時間を潰したりしながら、ふと周りを見ると、昭和二八年生まれの僕にとって、日本の経済的発展には目を見張るものがあり、生活は豊かになり、(名古屋の)今池や女子大小路のネオン街の眩さには心踊らされながらも、「二〇世紀の神話」と同じ道を辿る日本が思い浮かんだのである。AFSに落ちるまでは、朧気に英語で飯を食うかなと思っていたが、ここで一年間の留学経験の差がついてはやる気がなくなるのは当然で、ドイツ法制史とローザやハンナを中心とした女性論をやろうと決めたその日から、英語は一切勉強せず(何とかなると思ったので)某国立大目指しての受験勉強の日々が始まったが、無残にも結果はご覧の通りである。

 その後。

 H君は学習院大に入学。でも、学習院ではなく、日大や法政大や国鉄大宮本部で活動を続け、専修大での反帝学評の内ゲバで粛清(といっても追放)されて行方不明だが、ずっと地下に潜って「第四インター」の流れを汲む活動を続けているという噂を聞く。

 N君は「自民党」超大物K氏の秘書から政治家に。一度だけ、若い秘書仲間の研究会(自民党なのに何故か「新共産主義運動」と自称していた)に参加したとき、「日本の一部をアメリカに売って、中国のある地方を買おう」などという狂気の発言をする奴がいて、呆れたのを思い出す。

 I君は、地元の国立は不合格になり、埼玉のある私大に入って、一八〇度方向転換。空手の師範の資格をとって、ジョージア州アトランタに空手講師として渡米。現地で下積みから始め、今ではアトランタで「火鉢レストラン(ネットで検索すると出るよ)」を経営し、アメリカ人の嫁さん・子供たちと成功した日々を送っている。まったくできなかった英語で毎朝社員に訓示を垂れているとは信じ難い。

 そして僕は、意に反してスペイン語を専攻しての大学四年の三八年前、スーツを買ったので、友人との乗りで就職活動をして、四社から来ないかと言われた。そのうちの二社が(社名は変わったのもあるが)先日の東京商工リサーチによる上場企業給与ランク上位五〇社に入っている(大手銀行と損保)。あとは旅行大手と洋酒大手だった。洋酒大手に惹かれ内定までもらっていたが、土下座して辞退して(就職課の課長に二時間くらいお説教くらった)、モラトリアムで大学院に入って(おかげで彼女にも逃げられたが)、今に至っている。もし当時思い切って就職していたら、どうなっていただろうか。多分、仕事ができなくて今頃は窓際で定年を迎えるか、子会社に出向させられて雑用しているか(メキシコあたりで便利屋として定年まで暮らしている可能性もあった)。そんな姿が当時でさえ思い浮かばれたので、就職しなかった。そんな人間が大学教授をやっている。適材適所とはまさにこのことか。

 H君、N君、I君、他にも大勢、そして僕。「二〇世紀のお伽話」はまだ終わらない。

参考資料
 ハンナ・アーレント:『全体主義の起原(全訳)』みすず書房、他多数。
 ローザ・ルクセンブルク:映画に「ローザ・ルクセンブルク」があるが、レンタルはなく(一九八七年公開)、著書は今となっては売れないのか、古書でしかない。

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美術・イタリア・歴史
浦上雅司 (西洋美術史)
E・H・ゴンブリッチ『美術の物語』(ファイドン社)
辻 惟雄『日本美術の歴史』(東京大学出版会)
J・ホール『西洋美術解読事典』(河出書房新社)

ファビオ・ランベッリ『イタリア的-南の魅力』(講談社新書メチエ)
F・グラッセッリ『イタリア人と日本人、どっちがバカか』(文春新書)
池上俊一『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)

E・H・ゴンブリッチ『若い読者のための世界史』(上下)(中公文庫)


 皆さん、ご入学おめでとうございます。  私の専門は、西洋美術史ですから、学生の皆さんに、できるだけ直接、美術作品に触れてもらいたいと、いつも思っています。美術作品を扱ったテレビ番組(『新日曜美術館』『美の巨人たち』など)を見たり、スライドで作品を見ながら講義を受けたりするのもよいことですが、美術館や博物館で作品そのものに触れるのがとても大事だと確信しているのです。

 スライドやテレビ画面による美術鑑賞には、居心地の良い室内にいて、寛いだ気分で、細部をジックリ眺めることができるというメリットはありますが、やはり本物の持つ「迫力」(これを哲学者のヴァルター・ベンヤミンは「アウラ」〔日本語では「オーラ」と言われる〕 と呼んでいます)は伝わってきません。皆さんにも分かりやすい例をあげれば、車やバイクの本物と、カタログ写真の違いと言えばよいでしょうか。カタログやテレビの自動車番組を見ても面白いでしょうが、本物に触れて、できれば運転してみなくては本当の特徴はわからないでしょう。美術の授業やテレビ番組も興味深いでしょうが、やはり作品の実物と対峙していろいろ考えるのとでは、受け取るインパクトが違います。

 そんなわけで、皆さんにはできるだけ、美術館などで実物、しかも可能であれば多くの人たちが優れた作品と認めている美術作品に触れてもらいたいと思うのですが、共通教育科目の「芸術」を受講する学生諸君に尋ねても、美術館に行ったことがない、と答える人が多いのは、とても残念なことです。

 幸い、福岡には多くの美術館があります。福岡市美術館、福岡市博物館、福岡県立美術館、そして福岡アジア美術館など身近にあって、常設展なら数百円で入場できますし、ちょっと足を伸ばせば、久留米の石橋美術館や、太宰府の九州国立博物館があります(ちなみに、福岡大学は九州国立博物館のキャンパス・メンバーズとなっており、皆さんは、学生証を提示すれば、この博物館の常設展はタダで観覧できます。特別展も割引になりますから、ぜひ、利用して下さい)。

 大学時代にできるだけ多くの美術館・博物館を訪れ、美術について知見を深めてもらいたいと思うわけですが、先ほどの例に戻って、車の性能を知るには、あらかじめカタログを読んでいろいろ比較してから試乗に出かけるに越したことはありません。同様に、美術館や展覧会に行くにしても事前にある程度の知識を持っていれば、よりよく楽しめます。

 ピカソ展とかゴッホ展のように、個別の作家を扱った展覧会であれば、大学図書館にある『小学館世界美術全集』の該当巻などで予習するのが良いでしょう。しかしながら、美術の全体的な流れを大きく把握しておくのも、美術館訪問をより有意義にする役に立つと思います。ゴンブリッチ著『美術の物語』は西洋美術の全史として定評のある著作で、読み物としても優れており、「美術とは何か」考えるきっかけを与えてくれます(最近出たバイブルサイズの普及版は二千円ちょっとで買えます)。日本美術史であれば辻惟雄さんの『日本美術の歴史』が、最近の定番です。

 日本の美術館に行くと仏像や絵巻物、浮世絵などがたくさんあります。これらは仏教や日本の神話、歴史に取材した作品です。仏像をよりよく味わおうとすれば、釈迦如来と薬師如来はどう違うか、などある程度の知識はどうしても必要です。こうした知識は、もちろん、作品を一生懸命見ても自然に獲得されるものではなく、自分で調べて見なくてはなりません。西洋美術についても同様で、キリスト教やギリシア・ローマ神話、各国の歴史をテーマにした作品をよりよく味わうには、その内容について多少は知っておく必要がありますが、その手助けをしてくれるのがホールの事典です。「天使」とか「聖母マリア」「クレオパトラ」など、誰もが聞いたことのある事項について、基本的な知識だけでなく、主要な作品も紹介してあって拾い読みしても面白い本です。

    *****

 ところで、わたしはイタリア美術を専門に勉強しているので、イタリアという国の社会や文化一般についてもできるだけ幅広い知識を持ちたいものだと思っています。しばらく前まで日本でイタリアと言えば「美術」や「食事」「音楽(オペラ)」あるいは「犯罪組織(マフィア)」などが想起されるだけの国でした(日本=「フジヤマ、芸者、キモノ、ヤクザ」式の発想では、イタリア=「アモーレ、マンジャーレ、カンターレ」などと言われたりしました)。

 しかし、情報化社会が進み、ヨーロッパも身近になった(今ではローマの観光地に行くと、日本の高校生の修学旅行生を見かけるようになりました。大学の卒業旅行でフランスやイタリア、イギリスに行くのはごく普通の事です)こともあり、イタリアについても、より実態に即した社会の状況や文化の様々な様子が知られるようになってきました(NHKにはイタリア語講座もあります)。そんなわけで、この冊子でも時々、イタリア関係の書籍や映画も紹介しています。今回ご紹介するランベッリの『イタリア的』は宗教から政治、現代文化の諸相におよぶイタリアの多様性を概説した著作です。これを理論編とすれば、グラッセッリの『イタリア人と日本人、どちらがバカか』はイタリアで具体的にありそうな実例を紹介しながら現代イタリア社会の複雑さを教えてくれるイタリア文化論の実践編と言えるでしょう。どちらも日本のことをよく知るイタリア人の著作です。三冊目、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』は中世史、ルネサンス史の専門家がイタリア各地のパスタ(スパゲッティだけではありません!)を紹介しながら、それに関連づけてイタリアの歴史を教えてくれます。この本を読んだ皆さんには、スパゲッティだけでなく、ペンネやトルテッリーニ、さらにはニョッキやポレンタも味わってもらいたいですね。

    *****  最後にあげたゴンブリッチ『若い読者のための世界史』(上下)は、ウィーンでユダヤ系の家庭に生まれたこの美術史学者が二五歳の時(一九三五年)に書いた本が五〇年後に改訂され、新しい後書きを付け加えて出版されたものです。

 この間、ゴンブリッチの故国オーストリアはナチス・ドイツに併合され、ゴンブリッチ自身は英国に移住、戦時中はドイツ語放送モニターとして対独戦に協力し、戦後はロンドン大学のウォーバーグ研究所で長く美術史の研究に携わりました(二〇〇一年没)。

 この「概説書」は訳文もこなれ通読しても面白いのですが、本当の価値は、訳者の中山典夫さんも言うように、「五〇年後の後書き」にあります。第二次大戦から戦後の冷戦、そしてソヴィエト連邦の崩壊と、半世紀の間に世界の歴史は大きく変わりました。その歴史を肌身に体験し、生きてきた歴史家の証言は貴重です。最初に出た邦訳は非常に高価で残念でしたが、文庫本で簡単に手に入るようになりました。これは大変にありがたいことです。

 皆さんは大学に入ったばかりで五〇年後の自分など想像も出来ないかも知れません。でもあなた方にもやがて訪れる未来ですし、「温故知新」は人文学の基本です。皆さんも大学にいる間に、ゼヒ、過去の人々の証言から多くを学んでください。

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新・東京街めぐりガイド(道に迷うための道案内)
遠藤文彦 (フランス文学)
『新・都市論TOKYO』(隈健吾・清野由美著、集英社新書、二〇〇八年)
『新・ムラ論TOKYO』(隈健吾・清野由美著、集英社新書、二〇一一年)

 東京観光ガイドのたぐいは山ほどあるが、体裁は違っても、中身は似たり寄ったりだ。類書と異なり、本書の目的は、東京に不案内な読者に、ためになる知識を伝授したり、役に立つ情報を提供したりすることではない。二人の著者=対話者は、東京通を自認するコメンテーターよろしく、まるで自分の縄張りであるかのように東京のここかしこの街についてウンチクを傾けるようなまねはしない。彼らが目論むのは、反対に、誰もが見て知っているはずの町東京を見知らぬ町とすること、テレビや雑誌でおなじみの東京の街を疑問に付し、「?」とすることだ。汐留、丸の内、六本木、代官山、町田とは何か? 下北沢、高円寺、秋葉原とは何か? 本書は、そうした問いに巡り会い、その答えを探し求めてさ迷い歩くこと、いわば、思索としての散策への誘いである。それゆえ、東京という問いへの答えをさんざん探し回った挙句、行き着いた先が東京ならざる小布施であり、北京であるというのも、単なる気取りや逆説ではない。彷徨の果てに、未知の都市トーキョーを発見し、知られざるムラTOKYOを出現させることこそ、二人の散策者=思索者の究極の目的なのだから。思うに、こんな、道に迷うためにするような街歩きには、知性と教養もさることながら、文明の極みであるはずの都市を、何が出てくるかわからない不気味な原始林のごとくに受け止める、感性というか、ワイルドな心性が求められる。地元住民には見慣れた街でも、そこに初めてお使いに出された子供や、言葉も習慣も知らずに迷い込んだ外国人なら抱くだろう、不安と好奇心の入り混じる初心な感覚、怯えと勇気の間で揺れ動く野生のメンタリティーが必要なのだ。

 東京が面白そうな町だというのは分かっても(そんなこと言われなくたって分かるだろうが)、わざわざ東京に行くにはお金も時間もかかる。ならば、地方大都市であるわれらが福岡に目を向けてみよう。ご存知の通り、建築物に限っても、「日本一元気な町」福岡には内外の有名建築家の作品が数多くある。とりあえずどのビルが誰の設計なのか知っておくだけでも、なんにも知らないで漫然と街を歩くのとは大違いだ。極々近いところでは、あの槇文彦が設計した福大六〇周年記念館(ヘリオスプラザ)がある。毎日目にしているはずだが、ぜひ一度、矯めつ眇めつ眺めてもらいたい。それにしても、この秀逸な気品ある建物が場末感漂う一角に佇んでいるのはちょっともったいない。視界が開けてぐっと広くなった今のキャンパスのどこに持っていったら映える、というか生きるだろうか、想像してみたら面白い。動かせないなら、せめて視線を誘い、足を向けさせる、どのような導線を引くべきか、考えてみるのもいい。

 さて、「街並みに対する感受性は、教養の中でも一番上位にくるものです」と述べるのは、著者の一人隈健吾である。彼の名は、ティファニー銀座本店、浅草文化観光センターなど話題の建造物で日本はおろか世界に知れ渡り、銀座の五代目歌舞伎座(とその背後の高層オフィスビル)に至って今や一個のブランドと化しているが、その隈の建築物も意外とわれわれの身近にある。福大から目と鼻の先、七隈線次郎丸駅で降りて徒歩十数分、室見川沿いの土手に立ち、ひときわ目立つモダンな建物、もつ鍋の「万十屋」がそれだ。太宰府天満宮参道の中ほどに、目立たないように建てられたのだろうが、どうしても振り返って見てしまう、ご存知「スターバックスコーヒー」太宰府天満宮表参道店もそうだ。先頃、冷泉町にオープンした料理屋「竹彩」は、内装デザインを隈が手がけている(ここに来て彼のブランド化も極まった感がある…)。少し足を伸ばせば、戸畑区役所、長崎県美術館、九州新幹線筑後船小屋駅近くの「九州芸文館」などもある。

 というわけで新入生の皆さんには、ここに挙げた二冊の小著を手引きに、四年間、福岡の町をさすらって、天神や博多ばかりじゃなく、雑餉隈から野方まで、香椎浜から姪浜まで、ついでに能古島から志賀島まで、縦横に、東西南北、いろんな街、いろんな地区を歩いて歩き尽くしてもらいたい。そうやって、福岡についての通り一遍の知識や情報を手に入れるだけでなく、その上さらに、未知の都市フクオカにめぐり逢い、知られざるムラFUKUOKAを探り当ててもらいたい。

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おすすめの本
大嶋仁 (比較文学)
  新入生の皆さん、人文学部にようこそ。新入生の皆さんに、おすすめしたい本と言えば、まず皆さんが一冊の本に何を求めるかによります。読み終えて生きる元気が湧いてきた、と感じられるものとしては、何より福沢諭吉の『福翁自伝』でしょう。落ち込んでいる人、孤独を悩んでいる人には、フランツ・カフカの『短編集』『変身』をおすすめします。暗い内容のようでいて、なぜか根源から力が湧くでしょう。また、人に対して優しい気持になりたい、細かい文章の味をかみしめたいと思ったら、井伏鱒二の短編ですね。『山椒魚』などのタイトルの付いた一冊を選べばよいのです。  こんなところでしょうか。ここに挙げたどの本も文庫本で手に入ります。

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英語教師を志す皆さんへ
大津敦史 (英語教育学)
  大津由紀雄 編著『危機に立つ日本の英語教育』(慶應義塾大学出版会 二〇〇九年)

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!これから四年後、社会人としての人生をほぼ決定すると思われる大切なこの四年間、どうか無駄にせず、完全燃焼させてください。もちろん燃え尽きてしまってはいけませんので、自律と自己管理にもしっかり心がけて下さい。

 さて、皆さんの中には、卒業後、英語教師になりたいと思っていらっしゃる方も少なくないでしょう。毎年、英語学科のみならずドイツ語学科やフランス語学科からも教職希望者がたくさんいますので、今回はそのような方たちのために、右記の本を選んでみました。

 まず、編著者である大津由紀雄氏ですが、慶應義塾大学言語文化研究所の教授で、専門は言語の認知科学です。「認知科学って何?」と思われる方は、ぜひインターネットを利用して調べてみてください。最近では、大津氏は日本の英語教育、特に小学校での英語教育の是非について様々な提言をされています。私と同じ姓ですが、残念ながら親類関係ではございません。

 この本の著者には、大津氏以外に、日本を代表する12名の研究者が名前を連ねています。元々この本は、二〇〇八年九月一五日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催された公開シンポジウム「「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を超えて」および同年十二月二一日に同大学日吉キャンパスで開催された言語・英語教育講演会「言語リテラシー教育のポリティクス」がもとになっています。二〇〇八年は、二〇〇二年と二〇〇三年にそれぞれ文部科学省によって策定された「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」と「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」の目標達成年度に当たります。この「構想」や「行動計画」がこれまで学校英語教育に与えてきた影響は測り知れません。しかしながら、「英語が使える人材」を希求する経済界(財界)主導のこのような語学行政は、教育現場に無理難題を押し付けた結果、その教育現場は疲労困憊(ひろうこんぱい)し、英語教育の質の低下を引き起こしています。

 このような時期に、今一度日本の英語教育、学校英語教育の現状と課題とその解決策を整理・模索してみることは非常に有効だと思います。そのような反省を通して、これから英語教師を目指す皆さんの時代(次代)には、もっと豊かで心地よい教育環境が整備されることを祈って止みません。

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先人を知ろう
甲斐勝二 (中国学)
勝海舟《海舟語録》 江藤淳・松浦玲編 講談社学術文庫

 勝海舟、世界でも希有な江戸という大都市を無血に明け渡した立役者。西郷隆盛を友とし、坂本龍馬を門下に置く。篤姫とも仲が良く、姉と偽って江戸を歩き回った事もある。江戸開城の折には混乱を防ぐため、渡世人の世界にまで自ら赴き頼み回る気配りを語る。良く世界を見ている。明治31年まで生きて、伊藤博文の政策への批判も多くある。

岩波文庫に《海舟座談》があるが、講談社学術文庫の方が注もちゃんとしていて、勝の発言録としては信用できそうだ。

 この本をおもしろいと思うのは、勝の人情の機微に渡る観察や、人物批評の痛快さ鋭さ、また社会や人への気配りから、曾(かつて)あった日本の政治家の姿やその手法を知ることができると共に(善し悪し置くとしてこれはつい最近の政治家まで続いている)、「機」を見るといった個人ではどうにもならない社会の動きへの視点もまた示されているところだ。

 内容は読んでいただくとして、中国学を専攻する紹介者にとって、「ふむふむ」と思う文を二つ紹介する。まずは日清戦争後の李鴻章の態度についての発言。
李鴻章の今度の処置などは、巧みなのか、馬鹿なのか少しもその結果がわからないのには、大いに驚いていますよ。大馬鹿でなければ、大変、上手なのでせう。これまでの長い経験では、大抵、日本人の目に大馬鹿と見えるのがエライようです(十五頁)
  次に「支那(ママ)人」についての発言。
ナニ、支那が外国人に取られるというのカエ。誰が取るエ。支那人は、他に取られる人民ではないよ。香港でも御覧なナ、実権は、みな支那人が持っているジャアないか。鶏卵でも豆腐の豆でも、南京米でも、みな支那人から貰っているジャアないか。それで支那人は野蛮だと言うやつがあるカエ。ナニが、文明ダエ(一五八頁)
 勝は西洋列強の植民地化に対してアジアの諸国が連合し、日本は海軍で海を守る役割も考えたこともあるようだ。征韓論も馬鹿な話だと片付ける。勝の考えた方向で日本が動けば、あるいは今とは違っていたかも知れない。どうしてあんな方向に進んでしまったのだろう。

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江戸時代を見なおそう
梶原良則 (日本史)
 新入生の皆さんは、江戸時代についてどのようなイメージを持っておられるでしょうか。近年の歴史学研究は、江戸時代の通説的イメージに修正を迫りつつあります。ここでは、新入生にも読みやすい代表的な本を紹介しましょう。

 ① 磯田道史『武士の家計簿』 (新潮新書、二〇〇三年)は、江戸時代の中下級武士の生活を家計簿から復元し、従来の武士のイメージを一新させました。

 ② 高木侃『三くだり半―江戸の離婚と女性たち』(平凡社ライブラリー、一九九九年)・『三くだり半と縁切寺―江戸の離婚を読みなおす』(講談社現代新書、一九九二年) は、夫が妻を一方的に離縁できるという夫優位の夫婦関係の通念をくつがえしました。

 ③ 宇田川武久『真説 鉄砲伝来』(平凡社新書、二〇〇六年) は、一五四三年種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲が伝えられたという通説に疑問を呈しています。

 このほかにも、知的好奇心を刺激してくれる多くの本が皆さんを待っています。図書館を有効に活用しましょう。

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「よい子」ってどんな子?
勝山吉章 (教育史)
灰谷健次郎著 『兎の目』 (理論社)

 「よい子」ってどんな子? 親や教師の言うことを素直に何でも聞く子どもは、確かによい子に違いない。では、親や教師の言うことを聞かない、親や教師の権威を認めない子どもは「悪い子」なのだろうか。いつも親や教師のご機嫌を伺い、「よい子」であり続けることに疲れた子どもは、もうよい子ではなくなるのだろうか。

 『兎の目』の主人公「鉄三」は、そのような問いを投げかける。

 偏差値教育、管理主義的教育に慣らされてきた者にとって、「鉄三」は落ちこぼれに映るだろう。しかし、人間本性に照らし合わせて考えた時、管理化された現代社会に馴染んでいる私たちこそが、大切な人間性を失っているとは言えないだろうか。

 本書を既に読んだ学生も多いと思うが、大学時代に再度読んでもらいたい書物である。

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中国の歴史(全十二巻)
紙屋正和 (東洋史)
講談社版『中国の歴史』(全十二巻)(講談社)

 一九七〇年代に、『中国の歴史』(全十巻)、『図説中国の歴史』(全十二巻)、『新書東洋史』(全十一巻、うち中国史は五巻)と、中国史の概説書のシリーズをあいついで刊行した講談社が、『新書東洋史』以外は入手困難になった二〇〇四年から二〇〇五年にかけて、ほぼ三十年ぶりに刊行した中国史の概説書がこのシリーズである。この間に中国史・中国自体、あるいはそれらをとりまく環境は大きくかわった。

 古い時代については、考古学の大きな発見があいついでいる。稲作の起源は、遺跡が発掘されるたびに千年単位で古くさかのぼり、今や一万二千年前の栽培稲が発見されたというニュースが流れているほどである。また以前は、中国の古代文明といえば黄河文明と相場がきまっていたが、現在は長江流域において黄河文明に勝るとも劣らない高度な長江文明があったことが明らかになっている。戦国・秦・漢・魏晋南北朝時代については、当時の法令・行政文書や思想・文学などの著作を書きしるした簡牘(かんとく)(竹のふだと木のふだ)類や人の目をうばう遺跡が多く発見され、これまで文献史料で知ることのできなかった事実が明らかにされつつある。新しい時代については、放っておいても新事実が積みかさなってくるのであるが、以前に未発表であった公文書が公表され、さらに中国・中国経済自体が大きくかわりつつある。政治は社会主義のままであるが、経済はもう完全な資本主義に、少し大げさにいえば日本よりも極端な資本主義になり、すでに世界第二の経済大国として世界経済を引っぱっている。経済成長がすすみつつあるさなかに、この『中国の歴史』(全十二巻)が企画されたのである。ただし、このように大きくかわりつつある「古い時代」と「新しい時代」とに挟まれた中間の時代の場合、大発見があったわけでもなく、新しい文献が見つかったわけでもないため、執筆者はこまったらしいが、旧来通りの中央からの視線でえがくのではなく、地方の現場から世界を見なおすといった機軸によって新鮮味をだそうとしたという。

 全体的にかなり高度な内容になっているが、全部を紹介するわけにいかないので、私の専門に近い古代史関係についてのみ内容を簡単に紹介し、のこりは執筆者と書名だけを列記するにとどめる。

 宮本一夫著『神話から歴史へ―神話時代・夏王朝』(01)は、中国の地に人類が居住しはじめてから、殷周社会が成立する前まで、いわば中国の先史時代をとりあつかう。現在の中国の経済発展は巨大な開発をともない、発掘もさかんに行なわれている。その結果、先史時代の文明は黄河流域だけではなく、現在は中国の各地で発見されている。宮本氏はこうした発掘成果をもとに、物質文化における地域間比較だけでなく、社会構造上の地域間比較をも試みることによって、先史時代における段階的な社会構造の変化に注目し、殷周社会にいたる道のりを多元的に説明する。これまで「中国の歴史」というとき、先史時代についても文献史学の研究者が執筆することが多かったが、これは考古学の専門家の手になる概説書である。

 平勢(ひらせ)隆郎著『都市国家から中華へ―殷周・春秋戦国』(02)は、新石器時代から戦国時代までを対象とする。本巻は、著者自身がみとめるように「一般に提供されている中国史とは、若干異なった視点」で書かれている。すなわち中国史を、蘇秉琦著・張名声訳『新探 中国文明の起源』(言叢社)が提唱した「新石器時代以来の文化地域」を基礎において分析し、まぼろしの夏王朝、殷王朝・周王朝、そして戦国時代の領域国家のいずれもが新石器時代以来の文化地域を母体として成立したという。こうした歴史を背負う戦国時代の諸国家は、自国の立場から、先行する夏・殷・周の王朝を論じ、そのうちの一部が史書として現在にのこされている。しかしそれらの史書は、それができあがった時代に規制され、ときには無かった内容を付けくわえている。そこで、本巻は、何が後世に付加された虚構の産物なのか、またどの記述が事実を伝えているのかを検討する形で書かれている。安易な気持ちで、急いで読もうとすると、絶対に理解できない。

 鶴間和幸著『ファーストエンペラーの遺産―秦漢帝国』(03)は、秦・始皇帝による天下統一から前漢・新をへて後漢が滅亡するまでの四百四十年間をとりあつかう。この時代は、簡牘類や多くの目を見はる遺跡・遺物の発見があいつぎ、歴史像が大きくかわりつつある時代である。鶴間氏は秦の歴史、始皇帝像の再評価を試み、また秦・漢時代を地域の視点から見なおそうと試みてきた研究者である。そうした自分自身の研究を反映させ、あわせて新発見の出土資料を既存の文献史料とつきあわせて本巻を書いている。とくに新出土資料についてはよく調べて多くの情報を提供しており、専門家としても参考にすべきところが多かった。

 金文京著『三国志の世界―後漢・三国時代』(04)は、後漢後半期に外戚・宦官が政治を乱しはじめた時期から西晋の統一によって三国時代がおわる時までの約百三十年をとりあつかう。この書名にある「三国志」とは、『魏志』倭人伝などをふくむ歴史書の『三国志』ではなく、小説の『三国志演義』であり、執筆者は歴史家ではなく、中国文学者である。本巻は、ゲーム・アニメ・漫画によってつくられた『三国志』ブームを意識したもので、よくいえばこのシリーズに新鮮味をだすための、悪くいえば読者に迎合するための企画といえよう。内容は、この時代の歴史の動きを淡々とおいかけ、ところどころで『三国志演義』がどのように脚色されているかを明らかにしている。本巻は歴史の概説書として読みごたえがあるが、『三国志演義』ファンにも歓迎されるであろう。

 川本芳昭著『中華の崩壊と拡大―魏晋南北朝』(05)は、西晋が中国を再統一したものの、また分裂してから隋が久々に中国を統一するまでの約三百年をとりあつかっている。基本的には分裂の時代といえるこの時期の歴史を、胡漢、すなわち遊牧民族と漢民族の対立と融合をキーワードにして、隋・唐時代に新しい漢民族・中国文化が登場すること、また中原(黄河中流域)の混乱などによって、未開発地がまだ多くのこされていた長江流域に厖大な人口が移動・移住し、その地の開発が急速に進展することを明らかにし、あわせて中国の周辺において朝鮮半島の三国や倭のような国家がうまれてくることにも目をくばっている。

  氣賀澤保規著『絢爛たる世界帝国―隋唐時代』(06)
  小島 毅著『中国思想と宗教の本流―宋朝』(07)
  杉山正明著『疾駆する草原の征服者―遼・西夏・金・元』(08)
  上田 信著『海と帝国―明清時代』(09)
  菊池秀明著『ラストエンペラーと近代中国―清末・中華民国』(10)
  天児 慧著『巨龍の胎動―毛沢東vs 鄧小平』(11)
 尾形勇など著『日本にとって中国とは何か』(12)は、太古から現代までの中国の歴史をふりかえったあとで、日中関係がギクシャクしている現在、日本にとって中国とは何か、逆に、中国にとって日本とは何かについて、このシリーズの編集委員四人と中国人二人が総論的に論じたものである。日本と中国は同じ漢字文化圏、儒教文化圏であるから何もいわなくても分かりあえると認識することが、大きな誤解であることを知らなければならない今この時、一読すべき本であろう。以下、執筆者と論題だけを紹介する。

  尾形 勇「大自然に立ち向かって―環境・開発・人口の中国史」
  鶴間和幸「中国文明論―その多様性と多元性」
  上田 信「中国人の歴史意識」
  葛 剣雄「世界史の中の中国―中国と世界」
  王  勇「中国史の中の日本」
  礪波 護「日本にとって中国とは何か」

 概説書は新しければ新しい顔をして我々の前にあらわれてくる。新しければよいというものではないが、少なくとも情報は新しいものがふくまれている。読書には、自分の知らないことをまなぶという「学ぶ姿勢」と同時に、何かおかしい、納得できないことを書いていないかをさぐるという「批判の姿勢」も必要である。

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学問の領域に捉われない読書の勧め
鴨川武文 (地理学)
木内信蔵(一九六八)『地域概論―その理論と応用』(東京大学出版会)
日高敏隆(一九九八)『チョウはなぜ飛ぶか』高校生に贈る生物学3(岩波書店)
武野要子(二〇〇〇)『博多―町人が育てた国際都市』(岩波新書)

 木内信蔵の『地域概論』は39年前に刊行されました。39年前の本というと、「なんて古い本なんだろう」と思うかもしれませんが、地理学や地理学が研究対象とする地域について体系的に論じられています。私は共通教育科目の地理学を担当していますが、この本は、地理学の講義を学生の皆さんに行うにあたっての、私にとっての参考書ともいうべき座右の書です。

 日高敏隆の『チョウはなぜ飛ぶか』は生物学の本ですが、この本は次の2点において興味深い本です。

 第1点は、「チョウはなぜ飛ぶか」というタイトルですが、内容は、一言でいうと、チョウは自分自身が飛ぶ道筋をしっかりと認識して飛んでいるということです。つまり勝手気ままに飛んでいるのではないのです。全く土地鑑のない場所に出かけた時に頼りになるのは地図です。地図を見てわれわれ人間は行きたいところに行くことができます。チョウは地図を持ってはいませんが、自分が行きたいと思うところへ行くことができ、またそのような本能を持っているのです。

 第2点は、研究というものはどのように行われているのか? 研究者は試行錯誤・紆余曲折を繰り返しながら研究成果を出している、研究者とはどのようなタイプの人たちなのか、科学的なものの考え方とは何か、などについていきいきと書かれているという点です。学生の皆さんが志している学問の枠に捉われることなく、多くの本を手にして教養を高め、知識を習得してほしいと思います。

 武野要子福岡大学名誉教授の『博多』には、博多の町の成り立ちや、政治的に、また経済的に博多に関わりのあった武士や豪商のエピソード、今に伝わる博多の伝統や住民の生活史など興味深い話題が数多くあります。また、聖福寺や承天寺、櫛田神社、鴻臚館、防塁など博多にゆかりのあるものの記述もあり、この本を携えて福博の町を散策してみたらいかがでしょう。

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バー
桑原隆行 (フランス文学)
 カラオケ・バーにいると想像してほしい。「さよならはダンスの後に」を歌い始めた女性が蠱惑(こわく)的な目で、「一緒に踊ってくださらない?」と誘っている。さあ、どうする? 踊るか踊らないか、選択肢は二つだが、私の場合は選択という意識さえなかった。まるで磁力に引き寄せられるように接近して、気がついたらその女性の腰に手を回していた。結果としては美女の要請に応えてよかった。そうでなければ危うく、パトリス・ルコント『リヴァ・ベラ』(春風社)のトニ、踊りを断ってスュジーに愛想尽かしされるトニみたいになっていたところだ。野暮天(イカ天は好きだけど)、唐変木(とうへんぼく)(泰山木(たいざんぼく)という木がある、強い芳香を放つらしいのだけれど、一緒にその香りに酔ってみたいな)、間抜け、要するに差し出された幸運を掴み損ねる阿呆になっていたかもしれない。

 実際には、いつもこんなふうにスムーズに行動に移せるわけではない。歌ったり踊ったりすることには気恥ずかしさやためらいを覚えるものだ、人前では特に。そういう時は『スーサイド・ショップ』(DVD)を思い出す。パトリス・ルコント監督のこの初アニメーション映画では、精神科医が歌い踊る。自殺用品店の主人は歌う。その息子アランの姉はオリエンタルな音楽に合わせて一枚一枚衣服を脱ぎながら踊る。まるでボリウッド映画みたいに、誰もが歌い、踊っている。それなら踊れない私も踊ることに何の遠慮をする必要があるだろうか。

 結婚披露宴会場レストラン、トゥール・ダルジャンのテーブルに着席している。私の場合、不参加という選択は洗濯(せんたく)機の中にも、気分、文学、口にも、地球、メニューのどこにもない。新郎の父親だからだ。次々供されるフランス料理はどれも素晴らしい。弦楽四重奏の女性たちの奏でる音楽がまるで耳に注がれるワインのように心地よく、優雅に流れていく。そのうち、私の耳は中島みゆきの「糸」という曲を聞き取る。「いと」という音からの連想で、越谷オサム『いとみち』(新潮文庫)が思い浮かぶ。この小説の舞台は青森、主人公は弘前(ひろさき)市の高校に通う相馬いと。彼女は内緒でメイドカフェのアルバイトを始めるのだが…

 さて、女人とのダンスで始まった物語をどのように展開していこうが、それは各人の好みのままだ。私としては、小池真理子『蜜月』、小川洋子「バタフライ和文タイプ事務所」『海』所収)の妖しい感じ、爛熟、淫靡、秘事といった字が想像させる情景に倣いたい、今回は是が非でも。つい羞恥心が邪魔して「今回は」と書いてしまったが正確を期そう。機会があれば常に毎回、妖しい雰囲気を体験したい、爛れた妄想の頁をめくりたいというのが本心だ。そういうわけで、私の物語では、間奏のときに女性が男の耳に口を近づけて、「この後、もう少し飲み直しません? それとも、もっと踊ってくださる? わたしの家で」と囁いたことにする。

 …アルバイトを始めるのだが…おやっ、夢想から覚めてみると、いつの間にかグラスには新たに赤ワインが、メインの鴨料理に合わせてサーブされている。それにしても中島みゆきは弦楽器で演奏されると一層旋律の美しさが印象的に聞こえる。これに力を得て、二つの決心を固めた次第だ。一つ目は、その時が近づいている両家を代表しての私の挨拶で、予定通り中島みゆきの歌の話を枕に使うという確信に満ちた決心。二つ目は、翌二〇一四年の歌会始ならぬカラオケ始で歌う最初の歌は中島みゆきにするという若干状況次第のところがある願望に近い決心。パトリス・ルコント『ショートカットの女たち』(春風社)のトマの決心のようにたわい無い決心かもしれないが、決心は決心だ。

 以上の物語を書きながらよく聴いていたCDは Perfume の『GAME』『トライアングル』(踊りたくなる)、ジョン・コーツの『The Jazz Piano of John Coates, Jr.』(あなたとウィスキーを楽しむバーで流れていたら素敵)。そして途中、執筆を中断して気分転換の長い時間をとって観たDVDは、ウディ・アレン『恋のロンドン狂騒曲』とアラン・レネ『巴里(パリ)の恋愛協奏曲』。「恋」の字が入っている作品を選んだのは偶然だ。(偶然という言葉で済ませずに、いくつかの心理的説明をつけることも可能ではあるのだが、それは別の機会に。その別の妖しい物語はまたいつかバーのカウンター席で、隣に座るあなたにだけ話す。左手をあなたの右腿に置いたままか、右手をあなたの左腿に置いたままかの選択はその時次第。どちらにしても拒まないでほしい。)

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視野を広げて考えてみよう
高妻紳二郎 (教育行政学)
 最初から引いてしまう質問です。皆さんはなぜ大学に入学するのでしょうか?大学の目的とはいったいどのようなものでしょうか?少し難解ですが、教育基本法、学校教育法という法律にはこう書かれています。

 「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」(教育基本法第七条)

 「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」(学校教育法第八三条)

 つまり、大学に入った皆さんは、高い教養と深い専門的能力を身につけて、知的にも道徳的にも成長が期待されている、ということです。皆さんにはこれからどんな経験もできるという特権があります。そしてそれぞれの経験が皆さんを成長させてくれるでしょうが、グーッと引いて自己を客観視できる人、言い換えれば視野を広く持てる人になって欲しいと思います。ここに紹介するのは著者の二〇代の体験記ですが、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)は今なお色褪せない内容で一気に読むことができる本(エッセイ)です。この本が出版される前、私は藤原氏の講演を聞く機会がありました。私が通っていた中学校での講演会です。内容は覚えていませんが「べらべらよくしゃべる人」という印象を覚えています。後でこの本を読み、「ああ、そういう話だったのか。」と合点がいきました。海外に行った時の興奮や不安感は誰でも感じるものですが、表面上の体験ではない自己変容のプロセスに臨場感があり、自身に置き換えて今読み返しても共感できる記述に多くぶつかるので、海外へ行ってみようと思っている皆さんには手にとって欲しい本のひとつです。エッセイですので読み飛ばすにはもってこいです。

 また、岩波新書のなかでも多く読まれている本のひとつ、池田潔『自由と規律』(岩波新書)をここで改めて推薦しようと思います。一九四九年が初版ですから還暦を迎えた本となりますね。イギリスのパブリック・スクールに学んだ著者の体験をもとに書かれた、これも今なお色褪せない内容です。今の日本の教育は「ゆとり教育」とか「確かな学力」、「生きる力」といったスローガンが先行して内実が伴わないことが目立ち、理念と現実が寄り添っていない状況にあります。「もっとも規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある」という精神はイギリスの伝統です。いま、大学に入って多くの「自由」を手に入れた皆さんであるからこそ、じっくりと、いや、ちらっとでも「自由」の本質を考えてもらいたいと思います。

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温故知新の人文学
小林信行 (哲学)
 私たちはいまを生きている。当たり前のことだ。そしてとくに若い時代は、いまを生きることに執心して、新奇なものや新鮮なものを追い求めることに生き甲斐を感じてしまいがちだ。しかし、眼前の出来事にこころを奪われるあまり、感覚や思考や行為を通じて経験している現在に、本当は過去や未来も入り込んでいることを忘れるべきではない。現在とは、過去と未来の融合からなるものであることに注目すべきだ。その意味で自分たちが時間の広がりの中を生きていることに気づけば、毎日の刺激的な新奇さも(あるいは退屈さも)大きく変質することになるだろう。

 だが、私たちは未来を学ぶことはできない。それは欲求や希望の対象となるだけだ。そして現在は生きることで精一杯だ。私たちがほんとうに学ぶことができるのは過去だけではないか。その学習の蓄積が記憶となり、未来と結びついて現在を作り出しているのだ。過去についての認識を深めることは、うたかたの人生を実のあるものにしてくれる。そのためには是非とも歴史の勉強が必要だという言い方もできるが、日々の生活の中にほとんど些細で見逃されていた過去や記憶に目を向けるだけでも十分だ。手頃な小著としてキャサリン・サムソン『東京に暮らす』(岩波文庫)、背伸びをしたければ渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)など、類書の枚挙にいとまはないが、遠い遠い昔の話ではなく、今もまだどこかでそれを感じることができるような、比較的近い過去が記述されており、断片的な今をつなぎ合わせたデジタル時間ではなくて、流れというものをもった時間があることを身を以て感じることができるだろう。そしてその次に、東西の古典という山脈のような過去に出会うことができれば、大学時代最高の経験になる。
 

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外国語を学ぶ苦しみよ、そしてそこから生まれるよろこびよ
堺雅志 (ドイツ・オーストリア文学)
杉田玄白『蘭学事始』(緒方富雄校註、岩波文庫)、『解体新書』(酒井シヅ現代語訳、講談社学術文庫。)

 東京は南千住に尾花という鰻屋がある。江戸前の鰻だから、背開きで調理する。商人のまち大坂の鰻は腹開きだが、武士のお膝元、江戸では鰻ごときに切腹はまかりならんというわけである。尾花は我が師の師匠が、その師匠に、そしてその師匠がそのまた師匠に連れられて舌鼓を打った老舗である。つまり夏目漱石の『吾輩は猫である』(岩波文庫他)に出てくる店であるから、漱石が内田百閒を、『御馳走帖』(中公文庫)の著者にして国有鉄道東京駅名誉駅長を務めた百閒が高橋義孝を、フロイト『夢判断』(新潮文庫)の翻訳者にして文壇酒豪番付西の横綱の高橋がユング『心理学と錬金術』(人文書院)の翻訳者である我が師を、そして我が師が…… というわけで、尾花は英文学と独文学を始めとする西洋学とはきわめて縁が深い。

 国鉄も今や JR、南千住駅から尾花に向かう道すがら、右手に延命寺がある。ここは江戸時代、小塚原刑場があり、罪人たちが処刑され葬られたところであって、首切地蔵にその名残を残している。西洋学を目指し安政の大獄に散る吉田松陰らもここに眠っていた。

 安政の大獄から遡ること八十年あまり、三人の蘭学者が刑場にやってきた。二冊のオランダ本を携えて。のちに『解体新書』として翻訳出版される『ターヘル・アナトミア』、オランダ語原書である。これはもともとドイツ人医師ヨーハン・アーダム・クルムスによるドイツ語の著作で、一七三四年にオランダ語に翻訳された。オランダ語版が、オランダ商船に乗って長崎の出島に渡り、長崎に学んだ蘭方医の杉田玄白と蘭学者の前野良沢が手に入れていた。同書の人体の図解が本当に正しいのかをその目で確かめるために、屍の腑分け(解剖)に立会った蘭方医の玄白そして中川淳庵、語学の天才良沢はその正確さに驚愕し、同書の翻訳を志したのだった。

 三人は長崎にてオランダ語の手ほどきを受けてはいたけれども、むろん当時オランダ語の辞書などあるわけもなく、途方に暮れる三人であった。志はしかし、揺るぎない。彼らは『ターヘル・アナトミア』用の辞書作りからはじめる。さいわい図表には心臓や肺臓など名詞の手がかりがある。それに添えられた規則的な変化をする語は名詞の「性」を表すもの、つまり「冠詞」らしい(因みにオランダ語の姉妹語であるドイツ語は冠詞が性ばかりでなく、語形変化して「てにをは」を表す一方で、もう一つの姉妹語である英語はもはや性すらも示さない)。その近くには動作を表す語「動詞」がある。主語によって形が変わる(人称変化はドイツ語にもあるが、英語には三人称・単数・現在の-s と be 動詞にしか残っていない)…… こうしてことばの仲間わけからはじめ、共通点から意味を割出し、次第次第に文意を把握してゆく。

 とにかく苦しい作業である。けれども意味の通ったときのよろこびたるや、いかほどのことであったろう。外国語を学ぶこの苦しみとよろこびとが綴られたのが、玄白が晩年その弟子である大槻玄沢に宛てた『蘭学事始』であった。玄沢は後に初のオランダ文法書『蘭学階梯』をものし、先人の誤訳などを改めた『重訂解体新書』を出版する。明治維新のさなか、『学問のすゝめ』(岩波文庫他)を世に問い慶應義塾を興すことになる福沢諭吉は『蘭学事始』に涙し、広く世に出版を決意する。明治二年のことであった。

 日本の近代化の黎明には西洋の学問へのすすめが、国家政策として宣言される。学問への志はこうして受け継がれる。大学で学ぶことの意義は、この延長線上にある。今、大学で学ぶ君たちはそのまさに最前線にいて、過去の学問の所産を背負おうとして、そしてさらに前へ進もうとしているのだ。

 大学で外国語をなぜ学ぶのか。そもそも外国語をなぜ学ぶ必要があるのか。『蘭学事始』は君たちをその答えに導いてくれるはずである。

 前掲書のほかにも、長尾剛訳『話し言葉で読める「蘭学事始」』(PHP文庫)や片桐一男全訳注『蘭学事始』(講談社学術文庫)といった読みやすい本もある。翻訳にあたった玄白と良沢との心理的機微を扱った菊池寛の小説『蘭学事始』『恩讐の彼方に』、岩波文庫所収)も一読に値する。
 

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お祭り見学の勧め
白川琢磨 (文化人類学)
 主に福大に入学する皆さんは、九州か中国・四国出身の人が多いだろうから、「もう一度」お祭り見学の勧めと言うべきだろう。幼い頃から少なくとも何回かは近所の神社や寺のお祭り、あるいは民俗行事に参加した経験があるかもしれない。だが年を経て自然と足が遠ざかり、大学受験を控えてお祭りなどに行っている場合じゃないと思っていたかもしれない。しかし今、改めて行って欲しいのである。そこに集う人々が何を語り、何を楽しみにしているのか、またどのような神仏に何を祈り、何故に来るのか、じっくり耳を傾け、しっかりと経験して欲しい。そのようにして君らにはまず立派な「ネイティヴ」に成って欲しい。

 大学に入って「文化」を研究するのであれば、そうした君らの経験を再度「他者」の視線から捉え直すことになる。しかしそれはそれ程難しいことではない。近代人類学は、「異文化」に「他者」として参入することを業としてきた。だが人類学者という「他者の語り」におとなしく耳を傾ける「未開社会」などもう世界の何処にもありはしない。世界各地でネイティヴたちは、しっかりと自らの文化を語り始めたのだ。その力強い語りを前に、近代人類学という巨人はしばしその歩みを留めているのである。西欧の人類学者の殿(しんがり)に連なってきた日本の人類学にとって、その影響は深刻である。我々は一体何者なのか? 日本は西欧と同じく研究する側なのか、それとも異文化として研究される側なのか? 答えはその両方であろう。研究し、そして研究されるのである。ただし、前提がある。「ネイティブとして」である。日本のアフリカ研究の草分け、和崎洋一氏は、亡くなる前に「先生がもう一度生まれ変わって研究するとしたら何処でしょうか?」との問いに躊躇なく「日本」と答えたそうである。ポストモダンの時代に生きる我々は、大和崎が二つの人生に分けた課題を一時に果たさねばならない。そのためにはまず我々はネイティブに成り、ネイティヴを磨かなくてはならない。

 昨年は一年かけて「鬼」というネイティブの産物を追いかけてきた。写真家の清水健さんと共同で文藝春秋の平成一九年一月号にグラビア特集が掲載されているので関心のある人は見て欲しい。天念寺の修正鬼会を撮り終えた後、国東半島の宿で夜遅くまで語り合ったが、「いやーそれにしても九州は奥深い凄い所ですね」と感に堪えたように呟いた。ナショナルジオグラフィックの撮影で世界中を飛び廻り、今回の特集では全国を撮影して歩いた清水さんの言葉である。それに励まされて私は思わず書いてしまった。「九州は鬼の宝庫である。」実は鬼だけではない。ネイティブを育成し醸成する豊かな土壌に恵まれているのである。祭や民俗芸能はそうした豊かな土着の集合表象に触れる絶好の機会である。

 今年の暦も既に動き始めている。正月七日夜、久留米大善寺の大松明の灯と煙に咽びながら闇夜に紛れる鬼を追うことから始まり、十四日には志賀海神社で大宮司四良、別当五良ら若者八人が渾身の力を込めた歩射の力強い矢鳴りを聞いた。やがて節分、さらに「松会」、桜の開花の頃から駈仙(ミサキ)が活躍する勇壮な神楽が始まる。そして汗ばむ季節になると各地で「山笠」の声が聞こえ始める。出身地は元より、福岡に来たら近郊の祭に足を運んで欲しい(福岡民俗芸能ライブラリー http : //www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/index.asp)。必ず、何か得るものがあるはずである。文字に書いてあるものだけが価値があるという偏見を捨て、祭や芸能という生きた教材を是非経験して欲しいものである。

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博物館へのいざない
武末純一 (考古学)
 博物館へ行ったことがあるだろうか。人文学部の新入生ならば、すでに一つか二つはあるだろう。しかし大学生には大学生なりの見方がある。行ったことのない人はまず特別展を見に行くのが良い。

 私の専門は考古学、モノから歴史を考えていく学問である。以下は、博物館などでひらかれている考古学関係の特別展へのささやかな招待状である。

 特別展は、秋の文化シーズンにあちこちの博物館や資料館で開かれる。このごろは夏休みや春休みに開くところも増えてきた。内幕をいえば、特別展を開く → お金がかかる → その分だけ多くの入館者が欲しい(でないと来年の予算にもひびく)→ 学生が休みで大人も活発に動く夏や春に開こう、という発想がほとんどだが。でも特別展は楽しい。

 楽しさの一つは、それまで写真や図でしかみたことのなかった実物に会えること。せっかくの機会だから、上から、下から、横から、斜めから、じっくりと眺めて、どのように作られ、どんなふうに使われたかを想像しよう。もちろん、図録や横にそえられた解説文に答えがのっている場合もあるし、それを理解するのも大事だが、それよりも大切なのは、答をうのみにしないで自分で考えること、自分の疑問をもつこと。

 二つ目は、あちこちの発掘品が一か所に集められていることである。それぞれの保管場所に行って見せてもらうととんでもない金額になるから、一見高そうに見える特別展の料金も実は安いものである。

 それと、いつもは全く別のところにあるモノ同士がすぐ横に並ぶから、比較ができる。これはけっこう大事である。何回もいったりきたりして見比べ、「似た形だけどここが違うな。これは出たところが違うからかな、それとも作った時代が違うからかな」「へー、こんなに遠く離れて出ているのにそっくりじゃないの」など、自分だけの発見ができればしめたものだ。

 三つ目は、発掘の記録は報告書という形で本になるが、手に入りにくいし、入ったとしても一般の人が読み通して理解するのはけっこうシンドイ。でも博物館では、そうした成果をできるだけ噛みくだいて、どんな発見があったのか、何がわかったのか、どういう問題が出てきたのかを、実際にモノを示しながら説明してくれる。

 ちょっと変わった楽しみ方もある。学芸員になった気分で。この照明は展示品のどこを強調 しているのか。自分だったらこういう角度でここをみせたい。このパネルはなぜこの大きさでここにかけられているのだろう。展示品をきわだたせるためにどんな形や色の台を使っているのか。なぜこの展示品とあの展示品の間がこの位空いているのか、などなどなど。

 そう、ここまでくれば、もう特別展だけじゃなくて常設展でも十分に楽しめることがわかってくる。まずは福岡県内あるいは故郷の博物館だ。

 昔の博物館は、展示品がケースの中に重々しく鎮座し、いかにも「見せてやる」といった感じが強かったが、いまでは〈さわる〉〈作る〉〈使う〉などの体験コーナーも整いつつある。充実したミュージアムショップや市民ライブラリー、しゃれたレストランもけっこう多い。講堂や入り口のホールで演奏会を開くところも出てきた。〈博物館は古くさい〉というイメージは消え始めている。

 自分の知の世界を広げるために博物館をのぞき、どれでもいいから、自分の心にとまった展示品をスケッチする。そんなすてきな時間を作ってみたらどうだろう。

 なお老婆心から蛇足を一つ。ゆめゆめ月曜日のデートの場所に博物館や美術館は指定しないように。日本では月曜日は休館日なのだから。

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中国社会に関するものをすこし
田村和彦 (文化人類学)
魯迅の作品と『リン家の人々―台湾農村の家庭生活』(マージャレイ・ウルフ著、中生勝美訳、一九九八年、風響社)など

 最近、中国について様々な情報が流れ、週刊誌の記事や書籍となって書店に積まれています。日本と中国の長い関係を考えれば古典や歴史の本が多いのは不思議ではありませんが、同時代のものに限れば、政治や経済に関するものが多いように思われます。他方で、日常生活を送る場としての社会を真面目に紹介した本は多くはないのではないでしょうか。

 そこで、ここでは、こうした領域について手がかりを与えてくれそうな、いくつかの作品を推薦します。

 一つ目は魯迅のもの。皆さんももしかしたら『故郷』を教科書などで触れたことがあるかもしれないし、なにをいまさらという声が聞こえないでもないのですが、読んだことのある人も、そうでない人もしばらくお付き合いを。

 突然ですが、皆さんは一年に数冊の日本語の本しか読めないという状況に出会ったことがありますか。私事で恐縮ですが、中国の農村に住み込んだときのわたしがそんな状況でした。かなり悩んだ末に持ち込んだものが、今昔物語と魯迅の文庫、淡水魚類図鑑でした。今でもなかなか良い選択だったと思います。特に魯迅には随分助けられたのを憶えています。

 私は文学の研究者ではありません。にもかかわらず、魯迅の作品を挙げる理由は、激しい論調や手厳しい諷刺のなかに垣間見える鋭い社会観察は、今日の中国社会を考える上でも有用ではないかと思うからです。もちろん魯迅を読めば今の社会がわかるといっているわけではありません。社会背景もずいぶんと異なるはずですし、作品はあくまで作品でしょう。けれども、様々なヒントが含まれているという点で、今日でも繰り返し読む価値のある作品が多いと思います。

 いろいろな人が訳しているので、誰のものを選ぶかは好みで結構。まず手始めに『吶喊』を手にとって見てください。

 二冊目は『リン家の人々』という本。これは、一九五〇年代末に台湾北部の村で生活した人類学者の妻(後に著者本人も人類学者になってしまいました。「異文化体験」というのはなかなか強烈で侮れません)が記したある大家族の記録です。推薦理由は、訳者の解説にあるように漢民族の家庭生活の肌触りを知るうえでは良書であるから、です。人や情報の往来は急増し、中国について語る機会が増え、私たちはなにか中国社会について理解を深めたような自覚を持ちやすい今日の状況がありますが、果たしてどの程度理解している、理解しようとしたことがあるでしょうか。たとえば、本書の扱う家庭や人間関係などは如何でしょう。この本は、反省と驚き、知ることへの欲求をかきたててくれる事でしょう。また、最近、中国大陸中心の議論が極端に増加していますが、台湾、香港といった地域から考える、あるいはこれらを含めて考えることが不可欠なのではないかと私は思っています。なので、台湾を舞台とした、面白いけれどもあまり話題にならない本を選びました。

 さきに断っておきますが、ここに挙げた本は、ある事象についての知識を簡潔に記したものではありません。もしそうした知識だけが必要であれば、百科事典でも暗記したほうがましでしょう。大学に来た以上、自分で問いを立てて、常識を疑い、明確な論証を挙げて検討することが必要です。こうした営みが楽しいかどうかは人によると思いますが、大学とはそういうところだと私は思っていますので、上の本を推薦してみました。後は自分で面白そうなものを探してください。

 最後に、本ばかりでは味気ないという意見もあるかもしれないので、映画をいくつか推薦しておきます。ここでは、わたし好みの監督から『青い凧』(田壮壮監督、一九九三年)、『女人、四十。』(アン・ホイ監督、一九九五年)、『麻花売りの女』(周暁文監督、一九九四年)、『延安の娘』(池谷薫監督、二〇〇二年)の四本を選びました。図書館や教室だけが学ぶ場というわけではありません。前の三作品は本学の言語教育研究センターにもありますので、在学中に是非足を運んでみてください。

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就職活動を考える前に、お金について考えよう
辻部大介 (フランス文学)
安部芳裕『おかねの幸福論 ベーシック・インカム編』(キラジェンヌ)

 入学したばかりのみなさんに「就職活動」なんて、あまりに気が早いと思われることでしょうが、ほんらい閑暇の中で、読書に、思索に、談論に捧げられるべき大学四年間の少なからぬ時間を、在学中の生活の維持と卒業後の生活手段の確保のために奪われることを強いられている人が年々増える一方であるという現実を、なんとかしなくては、との思いから、この一文を書いています。これからの学生生活を、そしてその後の人生を、真にゆたかなものにするために、世の中のしくみ、経済のしくみを知ることからはじめてほしい。今のお金のしくみのどこがどうおかしいのか、そのためにどんな理不尽なことが生じているか、そして、その解決のためには、どんな手だてがありうるのか。ここに紹介する本は、そうした問題について知り、考えるための最初の手引きとして、最良の一冊と思います。高校生にもすみずみまでわかるであろうやさしい言葉で書かれた、一時間もあれば読み終えられる小冊子の中に、私たちのお金に対する考え方を百八十度転換させるに足る、重要な指摘とアイデアがつまっています。

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学ぶことを支える仕事
徳永豊 (支援教育学)
 教師は学校で子どもたちと授業をして、国語や数学の内容を教えることが仕事である。別の言い方をすれば、学校で子どもたちがよりよく学ぶことを支える役割が教師にある。

 子どもたちは、学校で同じように学ぶのであろうか。学びについて、みんなが同じであることはけしてない。それぞれの理解の程度、これまでの経験、学び方など実に多様である。

 よくわかる子ども、理解が早い子どもがいる。また、よくわからない子ども、理解がゆっくりの子どもがいる。教師として「学びを支えること」を考えた場合に、どちらがおもしろいのであろうか。

 「よくわからない子どもに教えることがおもしろい」という障害のある子どものための学校の教師がいる。わかる子どもとの授業では、教師の苦労は少ない。よくわからない子どもとの授業は、教師が工夫し苦労しながら授業に取り組む。数多くの失敗を繰り返し、授業に工夫を加えることで、徐々に子どもの「学びを支えられる」ようになる。そしてはじめて、子どもと「わかった喜び」を共有できるように教師が成長する。

「よくわからない」世界で、「わかる」を拾い上げた瞬間である。この瞬間があるからこそ、やめられない仕事が学校にはある。

村田 茂 著
 『障害児と教育その心―肢体不自由教育を考える』慶應義塾大学出版会(一九九四)
 肢体不自由教育の道を三〇年、歩んできた著者が、子ども一人一人を大切にする温かい視点で特別支援教育全体と肢体不自由教育のあり方を見渡し、わかりやすくまとめたものである。

徳永 豊 著
 『重度・重複障害児の対人相互交渉における共同注意―コミュニケーション行動の基盤について』慶應義塾大学出版会(二〇〇九)
 意図・感情の共有や人間関係の形成に必要な「共同注意」、乳幼児が獲得する「共同注意」の形成までを「三項関係形成モデル」として示し、障害のある子どもの事例研究によって、「自分の理解」や「他者への働きかけ」「対象物の操作」の発達の筋道を示す。

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わからないけれどわかる、気持ち
冨重純子 (ドイツ文学)
 現在の本は、一つのテーマで書かれたものがほとんどであるという指摘。たしかにそうだ。怖い絵、ゲーテの言葉、働きがいの嘘、仏像の顔、日本人はなぜ英語ができないか。テーマや書いていることを明示した本が並ぶ。

 評論や教養書だけではない。小説も、映画も。書き手や作り手の意識はともかく、「売り場」では「純愛」、「ホームドラマ」、「怪奇」、「泣ける」か「笑える」か、「はらはらドキドキ」か「ほのぼの」か、レッテルがよく付けられている。どんな内容で、どんな人に読んだり見たりして欲しいか(どんな人が読んだり見たりすればよいか)、指示してあるわけである。かつては、本の効能 、、がはっきりしている(少なくとも、明示されている)のは、「これを読めば、あなたもやせられる!」というような本と相場が決まっていたと思うのだが、今は何でも、その効能がはっきり見えないと、人が手に取らない時代らしい。

 しかし、「心洗われる話」を読んで心洗われ、「悲しい話」を読んで悲しんで、あるいは「恋の話」を読んで恋の話だったと思い、「老いの話」を読んで老いの話だったと思うのでは、つまらないというより、窮屈だ。「わかるわかる」(読む前からわかっていた?)と言って読むのではなく、わからないけれどわかる、くらいの気持ちで、読んでみたい。世界は一つのテーマで括られるようなものではなく、「何とも言えない」もの。だからおもしろいのだけれど、いろいろな表現があるのだ。

 山之口獏(一九〇三-六三)という詩人の「友引の日」という詩の冒頭。(『山之口貘詩文集』講談社文芸文庫)

 なにしろぼくの結婚なので
 さうか結婚したのかさうか
 結婚したのかさうか
 さうかさうかとうなづきながら
 向日葵みたいに咲いた眼がある

この詩は何を言いたいのか。何が言いたいのかとたずねられれば、答えはわからないが、何もわからないかと言えば、わからなくもない。

 ある日
 悶々としてゐる鼻の姿を見た
 鼻はその両翼をおしひろげてはおしたゝんだりして 往復してゐる呼吸を苦しんでゐた
 呼吸は熱をおび
 はなかべを傷めて往復した
 鼻はつひにいきり立ち

このように始まる「鼻のある結論」は、思想を抽出しうるかもしれない展開をもつが、それがわかったかもしれないところで、この詩にはいつも驚かされる。驚く、びっくりするということは、なじみのもの、わかったものとして流れ去って行かないということだ。

 真壁仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)は、主に戦後の、さまざまな日本人の書いた詩を集めたアンソロジーである。一九六六年刊。戦後詩の歴史を切り開いた詩人たちの詩を集めたものではない。石垣りんや森崎和江、吉野弘、黒田喜夫など、当時すでに著名だった詩人も含まれているが、書き手の大半はそうではない、一般の人々だ。小学生もいる。中学生もいる。戦死した学生がいる。農民、炭鉱労働者、主婦、母親、父親、国鉄職員、教師がいる。最初の詩は、七十五歳で詩作を始めたという、八十六歳の人の現代詩だ。各詩に、作者や作品についての編者による解説が付く。

 ここには現在の私たちがほとんど知らない現実や人生の表現があって、私たちを驚かせる。同時に、これほどにさまざまな人々の書いた詩のアンソロジーがあることが、私たちを驚かせる。この詩集はまさにひとつの時代を映し出していると言えるが、このような詩集を編もうと考えた人がいて、それが実現されたということ、そこにもひとつの時代が感じられる。今は絶版だ。(図書館に入っているし、古本で安く手に入る。)詩人でもあった編者の真壁仁(一九〇七-一九八四)は「序にかえて」のなかで、「人民大衆」、「民衆」が詩を書くことについて熱をこめて語っていて、そこに呼び出される「民衆」というイメージもまた、私たちを驚かせる。これらの詩は、読む人を社会批判へと向かわせるというようなこともあるだろうし、歴史研究の素材となるということもあるだろう。しかし、まず驚き、見ることだ。登場人物や書き手に共感するというだけが、読むことではない。

 「いまにもうるおっていく陣地」、「食うものは食われる夜」、「隠す葉」は、一九七四年生まれの蜂飼耳の詩集の題だ。(『蜂飼耳 詩集』現代詩文庫、思潮社)わからないけれど、わかるような気もしなくもない。わからないけれど、ひかれる。

 詩でも、小説でも、評論でも変わりはない。わかるわけではないけれど、目をとめる。その気持ちで読んでみたい。

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おすすめの本
永井太郎 (日本文学)
ジェイン・オースティン「高慢と偏見」

 大学院のころ、とにかく本格ミステリが大好きでたまらなかった時がありました。真剣に、島崎藤村よりもエラリー・クイーンの方が何倍もえらいと考えていたくらいです(今でも少し思っています)。そんな感じですから、その時はあまり「普通」の小説は読まなかったのですが、たまたま友人に勧められて、この本を読みました。文庫本の後ろに書かれたあらすじを見ても面白くなさそうだったのですが、読んでみてすっかり気に入ってしまいました。ストーリーは大したことはありません。しかし、にもかかわらず、大変面白かったのです。これに刺激されて、読まず嫌いだったイギリス文学の名作「ジェイン・エア」や「嵐が丘」などを読みましたが、どれも実に面白いものでした。それ以来、近代小説とは基本的にイギリスのものだというのが僕の勝手な決めつけになっています。難しいことは何も考えず、ただ素直に面白い本です。お勧めします。この本は岩波文庫や新潮文庫や角川文庫など、あちこちで出ています。

ゴーゴリ「鼻」(『外套・鼻』岩波文庫)

 不思議な物語は数多く書かれていますが、これは近代小説の中でもその古典的な作品です。僕ははじめ、芥川龍之介の「鼻」のような話だろうと思っていて、あまり興味がわかなかったのですが、実際は全く違います。なかなか変な話です。読んでみてください。芥川の「鼻」より僕はずっと面白いと思います。

ナボコフ「ロリータ」(新潮文庫)

 ロリコンという言葉を知っていても、そのもととなった小説家ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」を読んだことのある人はあまりいないでしょう。ナボコフは難解をもって知られる作家ですが、これは難しくありません。ここに出てくる、ハンバート・ハンバートという、知的でエレガントな人間のクズの印象は強烈です。僕はイギリス文学の専門家ではないのでよく知っているわけではないのですが、この小説の一筋縄ではいかない意味の深さについては若島正『ロリータ、ロリータ、ロリータ』(作品社)を読んでみてください。デイヴィッド・ロッジという人の『小説の技巧』(白水社)の「凝った文章」の章では、この小説の冒頭部分だけをわかりやすく分析しています。

エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」(『フェッセンデンの宇宙』河出文庫)

 この小説はSFの古典的な作品です。おそらく話の中核になるアイデアだけなら、SFに詳しくない人でも、ああ、あれか、という感じで知っていると思います。実際に、子供がみているドラえもんでも同じような話がありました。僕もSFに詳しくないのですが、小学校の頃、おそらく子供向けに書かれた本でこの話を読んで、面白いなあ、と感心したのを覚えています。それを思い出して、今度はじめてちゃんと読んだのですが、やはり今読んでも魅力的な作品です。同じ短編集の他の作品も、今の小説のようにこってはいませんが、シンプルで楽しいものばかりです。

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新書の魅力、中公新書の面白さ
則松彰文 (東洋史)
 「活字離れ」が叫ばれて久しいが、それでも本屋を覗くと、まるで溢れんばかりの本が並んでいる。新たに出版される本は相変わらず多いが、それらの多くが店頭から姿を消すスピードは、以前に比して各段に早くなった。

 本屋には大抵「新書」のコーナーが設けられている。福岡大学の中央図書館にも、二階の開架閲覧室の書架に充実したコーナーがある。岩波新書、講談社現代新書、ちくま新書、文春新書等々、多くの出版社のものがあるが、やはり何と言っても、一押しは、中央公論社の中公新書であろう。少なくとも、私の専門に関わる歴史分野で言えば、この新書の知的レベルと充実度は、他の追随を許さない。

 中公新書には、ロングセラーやベストセラーが多いが、加えて、新書ながら学術的評価のきわめて高い名著もまた多い。中国史関係に限っても、三田村泰助『宦官』、外山軍治『則天武后』、宮崎市定『科挙』などは、今なお色褪せることのない不朽の名著である。

 しかし、私がここで最もお薦めするのは、一九八〇年に初版が刊行された、角山栄(つのやま さかえ)氏の『茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会―』である。既に三〇版を超えた中公新書屈指のベストセラーであるが、同時にまた、その学術的評価は頗る高い。一六世紀以降、中国原産の茶がイギリス人をとりこにして歴史が大きく動き出す。東インド会社、貿易赤字、インド産アヘンの中国への流入、アヘン戦争等々、まさに「たかがお茶、されどお茶」、茶という一つの物産から、これほど見事に世界史の醍醐味を味わせてくれる書物も稀有であろう。私の愛読書の一つであると同時に、共通教育科目の「東洋史A・B」や森丈夫先生の「西洋史A・B」でもしばしば紹介される本である。福大の図書館や本屋さんで、先ずは一読されることをお勧めしたい。

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Tips for Learning English
Stephen Howe (英語学)
Compared to someone who knows no English, you already know a lot. You can read this page, for example. Remember, you have a good head start: Japanese has more English words than any other language (apart from English, of course). That means you already know hundreds and hundreds of English words in katakana. Build on what you know and try to improve a little each day.

 Practice makes perfect
 Learning a language is like learning to play a musical instrument - to improve, you need to practise a little each day. And music is for playing and enjoying. So, have fun speaking and communicating in English, too:
  ・Think of learning English like learning the piano: you must practise every day to improve.
  ・If you never practise the piano, you can't learn to play. The same is true of language - if you want to get better, practise a little every day

 Use it or lose it
 To speak a language well, you must use it - as often as possible:
  ・Practise speaking English to yourself
     ・Try to think to yourself in English, for example on the train or in the bath
  ・Practise speaking English with your friends
     ・Meet your friends for tea or coffee and practise speaking English for fun

 Train your brain
 Set yourself a target to improve your English each year you are at Fukuoka University. Improve a little each day, and you will improve a lot by the time you graduate:
  ・Set aside some time to study English each day - 40 minutes in the morning or evening
  ・If you commute to university by bus, train or subway, use your time to learn English

 Don't worry about making mistakes
 Just like in life, making mistakes is an important part of learning a language-so don't worry, just keep talking!

 Be cool at school
 Impress your friends with your fluency in English, whatever your major:
  ・Learn in class
     ・Use your time with your teacher to improve your English
  ・Learn outside class
     ・Don't think of your class as the only time you learn - try to improve your English outside class, too

 Make friends with the international students on campus
 Practise your English on the international students at Fukuoka University - they want to talk to you!
  ・Ask them about their country and tell them about Japan

 Watch TV and movies in English
 Movies are a great way to listen to spoken English - and they are available everywhere - watch as many as you can:
  ・Switch to English sound when you watch English programmes or movies on TV. This might be difficult at first, but gradually you will understand more
  ・Watch a movie several times - you will understand more each time
  ・Try to repeat what the actors say
  ・As well as movies, watch the news in English at cnn.com
  ・NHK shows English news early each morning. Watch the news each day, and you will make great progress in your understanding for TOEIC

 Read a book, magazine or newspaper in English
 Whether Harry Potter or William Shakespeare, read a book in English - there are thousands to choose from!
  ・Read an English magazine
     ・If you love fashion, read an English fashion magazine; if you love sport, read a sports magazine in English. You will learn a lot of vocabulary about your interest
  ・Read a newspaper
     ・The Japan Times is available everywhere and is easy to read
     ・Fukuoka University Library has many English newspapers
  ・Read the news in English online
     ・Try bbc.co.uk for English news

 Write a diary in English
 Like Samuel Pepys and Bridget Jones, write a diary in English - about what you do each day, your thoughts and feelings. This will help you improve your writing.

 Listen to English music and radio
 Listen to your favourite British or American bands - they can help you learn English!
  ・You can listen to English music on the web at www. bbc.co.uk/radio1/
  ・Download a podcast for mobile English or listen on your computer at home

 Plan a trip or study abroad
 English is the international language that makes it possible for you to communicate with people in other countries. Get your English ready for a trip or study abroad:
  ・Practise for your trip
  ・It will be easy to meet people if you can speak a little English
  ・Fukuoka University has several study abroad programmes. If you can, study in another country - you will learn many things and have the time of your life

 Finally, what about after university? What can English give you?
 English is a key to the world and knowing English can help you get the job you want. English gives you:
  ・Communication skills
  ・An international dimension
  ・Awareness of other cultures
  ・Opportunities to work and travel abroad
  ・And the ability to communicate with the world

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犬がどのように考えているか、 をどのように考えるか
平田暢 (社会学)
 スタンレー・コレン著 (2007年) 『犬も平気でうそをつく?』文春文庫

 この本をお薦めするのは、私自身が犬好きで、犬好きの人にとって面白く役に立つ、ということもあるのですが、それ以上に、大学で勉強するときに重要な「考え方」について自然に馴染むことができる、という理由からです。

 日本語のタイトルはややひねりすぎです。原タイトルは“How Dogs Think”なので、こちらのタイトルで内容をイメージして下さい。

著者のスタンレー・コレンの専門は心理学で、カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学で教授を務めています。犬好きが嵩じて訓練士の資格をとり、犬の訓練クラブのインストラクターもしているそうです。

 私たち人間は、他の人たちを観察したり、対人関係の中でさまざまなことを学びます。これを「社会的学習」といい、私たちは言葉や規範、あるいは歯の磨き方などもそうやって身につけていきます。

 では、そのような学習能力を犬も持っているのでしょうか。

 おそらく持っていると想像はできますが、本当に知りたいのであれば確かめねばなりません。そのための手続きは、「犬には社会的学習能力がある」という考え―この考えのことを仮説といいます―が正しいとすると、特定の状況でどのようなことが発生するか推測をし、実際にそのような状況で観察を行って推測が正しいか否か確かめる―確かめることを検証といいます―ということになります。「犬には自意識がある」や「犬には超能力がある」という仮説を立てた場合も同様です。

 コレンの専門である心理学や私の専門である社会学では、仮説を検証するというアプローチをよくとります。実験はその典型ですが、社会調査なども同じような手続きに沿って行われます。大学の勉強では、知識だけではなく、このような手続き、あるいは考え方を身につけることが強く求められます。『犬も平気でうそをつく?』という本は、犬の能力や感情、意識についてさまざまなことを教えてくれますが、数多くの事例や実験、調査がうまくはさまれていて、仮説を検証するプロセスの面白さ、その有効性がごく自然にわかってきます。

 犬には社会的学習能力があるか否か、それをどうやって確かめたかは、本書を読んでのお楽しみ。

 以下に、スタンレー・コレンの犬に関する他の著作も挙げておきます。いずれも文春文庫です。飼い主の性格に合う犬種は何か、どうすれば犬に意思をうまく伝えられるか、どのようにして犬は狼からつくられてきたのか、などなど、盛りだくさんで楽しめます(最後は結局犬が好きな人のための紹介になってしまった…)。

  『デキのいい犬、わるい犬』(The Intelligence of Dogs)
  『相性のいい犬、わるい犬』(Why We Love the Dogs We Do)
  『犬語の話し方』(How To Speak Dog)
  『理想の犬(スーパードッグ)の育て方』(Why Does My Dog Act That Way? )
  『犬があなたをこう変える』(The Modern Dog)

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社会秩序は如何にして可能か
平兮元章 (社会学)

 西洋法制史が専門の山内進(一橋大学)氏の『文明は暴力を超えられるか』(筑摩書房、二〇一二年、三二〇〇円)を紹介します。

 以下、山内氏の文章を抜粋するかたちで内容の一部を紹介します。

 文明とは、高度の政治・経済体制、高い技術・生活水準、魅力的な文化などの総体を指すが、ここでいう「文明」とは、西洋文明のことを指している。西洋文明の中核をなすキリスト教は西洋において平和な社会をつくるのに多大な貢献をしたが、キリスト教は暴力とも深い関係にあった。十字軍を想定すればよくわかる。近代以前のヨーロッパは本質的には「暴力」的社会であった。人は自らの実力を頼りとし、生計を維持し紛争の解決をはかるにも、しばしば暴力に訴えた。それは一つの習俗であり、それ自体は必ずしも不当でも不法でもない。不当でも不法でもない暴力行使は一般に復讐とかフェーデ(私戦)と呼ばれる。

 私的復讐(フェーデ)は近代以前の社会では権利であるだけでなく、最も神聖な義務であった。西洋が非西洋世界に大きな影響を与えたもう一つの要素として指摘できるのが、自己と他者の間に差別的な境界を設定し、境界のこちら側(キリスト教)とあちら側(ここではイスラム教)とを明確に分離する考え方である(山内はこれを「境界の思想」と呼んでいる)。この考え方からすると、こちら側は正しい文明の世界で、あちら側は異質で野蛮もしくは未開の社会である。文明の西洋はあちら側の野蛮または未開の世界を抹殺するか支配しようとした。この考え方は理論化され教義化され思想にまで高められた。この思想の原型を作り上げたのはアリストテレスであった。境界の彼方にある人びとは野蛮人で劣悪、奴隷にふさわしい存在であった。したがって彼らに対する暴力行使は家畜や狩猟と同じであった。しかし、西洋が境界のあちら側への暴力を常に許容してきたのではない。キリスト教世界とイスラム世界の二つの文明は衝突すると同時に共存もした。西洋は「境界の思想」とともに「共存の思想」も持っていた。西洋では「共存の思想」との関連で、「正しい戦争」とは何かについての議論が繰り広げられてきた。

 山内は「正しい戦争」の三つの類型として次のものをあげている。(一)聖戦、(二)正戦、(三)合法戦争の三つである。聖戦は、神との関係で正当化される戦争(例、十字軍による戦争)で、信仰の立場から異教徒との戦いや殺害と略奪を肯定した議論が「聖戦論」である。しかし、信仰の違いを一義とはせずに、他の要因に暴力行使の基準を求める思想も育っていた。祖国の防衛など正当な理由を根拠とする戦争で、これが「正戦論」と呼ばれるものである。これは、宗教の相違を勘案せずに、一定の要件を満たす暴力行使のみを正当とみなしたものである。合法戦争は、二〇世紀に入ってから主として議論されるようになったもので、国際的協力のもとに平和を維持するための戦争のことである。新しい国際法思想は公共的国際社会の認める戦争と認めない戦争を区分し、認める戦争のみを正当化したにすぎない。現代における「正しい戦争」とは、国際社会が実定国際法または国際機関または国際世論によって合法とみなす戦争のことでしかない。

 市民政府を樹立し、自由と民主主義を制度化したアメリカ合衆国は、それを表看板にしつつ、同時に「神の国」とでもいうべき旧約的「帝国」思想を懐深く抱いていた。西洋がいまなお世界の政治経済において大きな比重を占めるのはアメリカが存在するからである。

 「共存の思想」は、異質なものの存在とその固有の価値を認め、そのような他者と共存することを求める思想のことである。カントは、人間の帰属する公的秩序(法的な体制)をして「人びと及び諸国家が、外的な相互に影響し得る関係の中に立ち、一つの普遍的な人類国家の公民とみなされ得る限りにおいて世界公民法による体制」をあげている。この「普遍的な人類国家」が「世界国家」構想の流れのなかにあることはあきらかである。西洋を一面的に批判するか一面的に賞賛するかということではなく、光と影の双方に目を向け、できる限りその全体像に迫ることが望ましい。今後の研究方向としては、法・政治思想の根本問題に立ち向かう必要性が指摘できる。いいかえると、地域主義、ナショナリズム、帝国主義、国際主義の何をとるべきか、また、リベラリズム、リバタリアリズム、コミュニタリアニズム、コスモポリタニズムなどの思想のどれをとるべきか、あるいはそれらをどう組み合わせるかを考えなければならない。これは結局、宗教、伝統、歴史、人権、理想の何を大切にするかの問題である。これはまた情念や感情の問題であると同時に理性の問題であるともいえる。国民は人種・民族(エトノス)であり、一方では市民(デモス)でもある。この枠組みを文明やコスモポリタンな世界との関係にまで広げ、単に政治的イシューとしてではなく、われわれの生き方の問題として考察を進めていくことが今後はいっそう必要になっていくものと思われる。

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ドイツ語映画観賞会へのお誘い―暗闇を共有する楽しみ―
平松智久 (ドイツ文学)

 新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。いま皆さんは四年間の大学生活を満喫しようと、明るい希望に満ち溢れているのではないでしょうか。本稿では皆さんを、暗幕のなかの暗闇へ、ドイツ語映画鑑賞会へお誘いしましょう。

 人文学部ドイツ語学科は二〇一三年度前期より授業期間中の毎月第一木曜日に中央図書館 多目的ホールでドイツ語映画鑑賞会を主宰しています。同年度後期からは福岡大学エクステンションセンターとの共催で市民カレッジ「映像に見るヨーロッパ文化―ドイツ語圏―」として開講しましたので、地域の皆様も無料で参加できるようになりました。毎回の企画・運営は、主にドイツ語学科の学生たちのドイツ語クラブ「シュタムティッシュ」(福岡大学公認愛好会)。上映作品は基本的に図書館所蔵品ですので、鑑賞会当日に都合が悪くて来場できない方は、後日、図書館二階AVコーナー (Audio-Visual Room) で視聴することもできます。ただし可能な限り皆さんには鑑賞会の会場へ足を運んでもらいたいものです。あえて「決められた時間」に、「決められた場所」で、他の方々とドイツ語の映画を鑑賞してみませんか?

 たしかに近年は、映画館ではなくテレビやパソコン等で個人的に映画を見ることも容易になりました。(図書館二階での視聴も含め)個人視聴の際は、再生も一時停止も(途中放棄でさえも)自由にできます。そのほうが気楽だと思う人もいらっしゃることでしょう。

 しかし、暗幕のひかれた暗闇のなかで「観る」映画体験は、電灯の明りのもとで個人的に「見る」経験とは決定的に異なります。暗闇のなかで作品を観るとき、鑑賞者の心は映像を通じて他者と繋がるのです。それを可能にしているのは暗闇にほかなりません。暗闇を他者と共有するとき、スクリーンの映像が鑑賞者の心に色鮮やかな人生を投影します。そこには楽しみがあり、喜びがあります。そこには哀しみがあり、苦しみがあります。暗幕の暗闇のなかには、ひとりひとりの人生の深みが映し出されるのです。恋をすることもできれば、失恋に打ちひしがれることもできます。憧れの世界へ向かう冒険活劇に胸を躍らせることも、荒唐無稽な夢物語に振り回されることも、また……。それは愉快な体験かもしれません。ふいに涙がこぼれるかもしれません。言葉を失うほど恐ろしい体験かもしれません。あるいは理解ができず、混乱に陥ってしまうかもしれません。

 皆さんの人生が各人各様であるように、映画もまた作品によって千差万別。映画との付き合い方も人それぞれ。しかし、若いうちにできるだけ多くの良い体験をすることが、その後の人生を豊かに感じられるようにすることはたしかでしょう。できるだけ多くの良い映画を皆さんがしっかりと体験できますように、ドイツ語映画鑑賞会では、ドイツ語学科の教員・学生一同がそのお手伝いを行っています。必要に応じて担当教員が映像作品の時代背景、言葉遣い、作品の意義等について簡単に解説しますので、ドイツ語映画に慣れていない方にも安心していただけます。ドイツ語学習者はドイツ文化を目と耳で捉える良いチャンスですし、ドイツ語が分からなくても日本語字幕付きなので大丈夫です。一緒に暗闇を共有しましょう。そして、感動を分かち合いましょう。友人知人や御家族、御近所の方をお誘い合わせのうえ会場にお越しください。

二〇一三年度の鑑賞作品
 第一回『グッバイ、レーニン』(解説担当:平松智久)
 第二回『みえない雲』(解説担当:冨重純子)
 第三回『ビヨンド・サイレンス』(解説担当:山中博心)
 第四回『善き人のためのソナタ』(解説担当:マーレン・ゴツィック)
 第五回特別編 モーツァルト『魔笛』(解説担当:永田善久)
 第六回『パイレーツ・オブ・バルト エピソード1』(解説担当:金山正道)
 第七回『パイレーツ・オブ・バルト エピソード2』(解説担当:金山正道)
 第八回ディズニー映画『アラジン(ドイツ語吹替え、日本語・ドイツ語字幕)』(ドイツ語クラブ)
 第九回『飛ぶ教室』(ドイツ語クラブ)

 なお、二〇一四年度の上映作品につきましてはドイツ語学科のホームページ内「ドイツ語映画鑑賞会」の項目(http: //www.hum.fukuoka-u.ac.jp/index.php?ger/film.html)をご覧ください。

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歌舞伎の魅力
広瀬貞三 (朝鮮史)
(1) 吉田千秋『歌舞伎のみかた』(保育社、一九七七年)
 歌舞伎は、芝居、踊り、音楽、浄瑠璃の総合芸術である。一度その魅力に取りつかれると、次々と新しい舞台を見たくなる。どの俳優が出ているのか、俳優はだれとだれの組み合わせか、先代の演技とどんな違いがあるのか、襲名後に芸風は変わったのか、と興味はつきない。この本は春夏秋冬の狂言を紹介し、写真と文章で歌舞伎の魅力を語っている。すでに故人となった、歌右衛門、松緑、梅幸、羽左衛門、勘弥、芝翫の姿がなつかしい。

(2) 中村歌右衛門・山川静夫『歌右衛門の六十―ひとつの昭和歌舞伎史』(岩波新書、一九八六年)
 六代目中村歌右衛門(一九一七~二〇〇一)は、昭和を代表する女形である。児太郎、福助、芝翫を経て、一九五一年、三四歳の時に歌右衛門を襲名する。成駒屋の大名跡である。襲名後は短期間のうちに、若女形から立女形へと成長する。相手役は、吉衛門、幸四郎、勘三郎である。当たり役に、「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子、「本朝廿四孝」の八重垣姫、「摂州合邦辻」の玉手御前がある。七代目尾上梅幸とは、女形の名ライバルだった。

(3) 戸板康二『歌舞伎十八番』(中公文庫、一九七八年)
 演劇評論家戸板のこの本は、歌舞伎界の大名跡である市川団十郎の人と芸をたどったものである。市川家は江戸の俳優の中で最も権威があり、名優を数多く輩出し、さらに荒事を伝承してきた。初代団十郎(一六六〇~一七〇一)から二〇一三年に急逝した一二代目にいたる市川家(成田家)の歴史は、実に日本の歌舞伎の歴史でもある。市川家に伝えられた家の芸の、勧進帳、助六、暫、矢の根などをまとめたのが「歌舞伎十八番」である。

(4) 関容子『役者は勘九郎―中村屋三代』(文春文庫、一九九七年)
 一八代目中村勘三郎(一九五五~二〇一二)の急逝は衝撃的だった。まだ五七歳で、これから歌舞伎役者としての大輪をさらに咲かせることができたのに。痛恨の思いである。父は名優の一七代勘三郎、姉は新派の波乃久里子、長男は六代目勘九郎、次男は二代目七之助である。この本は作家の関容子が一八代目勘三郎(五代目勘九郎)から、芸談聞書を行ったもの。江戸時代から続く、中村屋一門の歴史、芸、人、美が見事に描かれている。

(5) 渡辺保『忠臣蔵―もう一つの歴史感覚』(中公文庫、一九八五年)
 日本人が最も好む物語は、赤穂浪士の打ち入り、忠臣蔵である。日本人にこのように定着したのは、人形浄瑠璃、歌舞伎で 「仮名手本忠臣蔵」 が繰り返し上演されてきたからである。沢村宗十郎の名演が火をつけ、実在の大石蔵之助は理想的な武士の姿として大星由良助に生まれ変わった。新たに、おかると勘平の恋物語も創作された。渡辺は屈指の演劇評論家であり、江戸の庶民がどのように忠臣蔵に親しんできたのかを克明にたどる。

(6) 坂東玉三郎・大倉舜二『歌舞伎―女形』(新潮文庫、一九八六年)
 五代目坂東玉三郎(一九五〇~)の舞台を、カメラマン大倉舜二が撮影した写真集。どのページを見ても、玉三郎の容姿と表情にぐっと引き込まれる。その姿には、繊細、純情、清純、可憐、妖艶、芳醇、老獪、円熟、といくつもの名詞が出てくる。歌右衛門亡き後、昭和、平成を通じ、現代を代表する女方である。とりわけ、仁左衛門との舞台は、えもいいわれぬ至福の時を、観客に与える。彼の活動の場は歌舞伎に留まらず、実に多彩である。

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〈人間学〉のススメ
馬本誠也 (英文学)
1.内村鑑三『後世への最大遺物』(『世界教養全集9』平凡社刊行、一九六二)
 物質主義や自己中心主義が横行している今の時代に、このような書物を紹介すること自体、アナクロニズムの誹りを免れないかもしれない。

 だが、この本を読み、私は久しぶりに本当の日本人に触れた思いがした。「生きる」ことの意味やこの世に生きる使命感を彼ほど純粋な力強いことばで語れる人は、そう多くないはずだ。ここに示されているいくつかの生き方は、おそらく真摯に自分の行き方を模索している青年の魂に深く訴えてくるのではないだろうか。

 わたしは、すべての学生にこの書物を推薦しようとは思わない。こころの奥底から聞こえてくる〈内なる声〉に耳を澄ますことのできる人であれば誰でもいい。「わたし」とは、いったい何者であるのか。自然界における人間の位置づけをどう考えるのか。「社会」と「個人」はどのように関わり合っていけばいいのか。およそ人文学部に身を置く学生であれば、内村鑑三のような高い志しをもった日本人の声に謙虚に耳を傾けて欲しい。〈文化〉の意味や、外国語を学ぶ楽しさとすばらしさが、すべてこのなかで語られている。

 この書物は、すでに過去数年にわたって紹介してきているが、今日の日本の時勢、日本を取り巻く世界情勢を考えると、どうしても今の若い人たちに贈りたい書物の一冊である。内村は、その中で、こう言っている。「われわれは、何をこの世に遺して逝こうか。金か。事業か。思想か。これいずれも遺すに価値のあるものである。しかし、これは何人にも遺すことのできるものではない。……何人にも遺すことのできる本当の最大遺物は何であるか。それは勇ましい高尚なる生涯である」

※ここに紹介した内村鑑三『後世への最大の遺物』は、図書館で検索すれば必ずあると思いますが、書店での入手は難しいでしょう。自分で所有したい場合には、インターネットの「日本の古本屋」を検索すれば、必ずどこかの古本屋が出しています。

2.吉田健一『英国の文学』(岩波文庫) ずいぶん昔のことであるが、大学の文学部に入学して、さてこれから何を勉強していこうかと、漫然と思案していたとき、たまたま書店の本棚で見つけたのがこの書物であった。英国、および英国人の風土や文学をこれほど見事に語った書物は、そう多くないと思う。わたしがイギリス文学を専攻したのも、この書物に触れ、その感動を少しでも追体験したいという気持ちに駆られたからであった。爾来、この書物はわたしの本棚から消えたことが無い。折に触れ、その一部の詩や名文を味読している。たとえば、シェイクスピアの十四行詩をつぎのような名文に訳出している。

  君を夏の一日に譬えようか。
  君は更に美しくて、更に優しい。
  心ない風は五月の蕾を散らし、
  又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。
  太陽の熱気は時には堪え難くて、
  その黄金の面を遮る雲もある。
  そしてどんなに美しいものでもいつも美しくはなくて、
  偶然の出来事や自然の変化に傷つけられる。
  併し君の夏が過ぎることはなくて、
  君の美しさが褪せることもない。
  この数行によって君は永遠に生きて、
  死はその暗い世界を君がさ迷っていると得意げに言うことは出来ない。
   人間が地上にあって盲にならない間、
   この数行は読まれて、君に命を与える。

 このソネットの解説を始めとするシェイクスピアや幾多の文人を語る重厚な文体については、多言を弄する必要はないと思う。まず、手にとって読んでみることだ。

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『きみが読む物語』
毛利潔 (フランス文学)
 最近(2005年2月)の週刊誌に「おじさんだって泣きたい映画!『きみに読む物語』(2004米)」という記事がありました。それに倣って、今回のタイトルを『きみが読む物語』としました。

 では、どんな物語なのか?

世界には無数の物語があって、そのどれかを、明確に、ひとつの《物語》として、意識して読むことができれば、それが誰にとっても、それが自分の物語になることははっきりしています。

 しかし、どんな物語なのか・・・?

たしかに、この世界は様々な出来事に満ち溢れ、ほとんどすべてが謎に埋め尽くされた世界のようです。しかし、本当のところ、この世界はただ、古今の哲学が語るように、静かに風だけが吹いているだけの世界かも知れない、と考えることができるかも知れません。このような風景を描写できる小説が、もし、あるとすれば、たぶんそれが、「究極の小説」だと言うことができます。これまで、そのような小説を書くことのできた小説家は一人もいないからです。ただ、それに近い世界に接近できた作家は何人かはいることは確かです。

 その一人がトルーマン・カポーティ。

『ティファニーで朝食を』 2『草の竪琴』 3『遠い声 遠い部屋』
(1、2は映画化されています)

 カポーティとは、では、どんな作家なのか? それは、いずれ分かります。ただ、私としては、カポーティに関しては、一つしか言うべきことはありません。それは、彼がこの世界に一番近い作家だ、ということです。

 たとえば、『ティファニーで朝食を』の中で、ヒロインが作家志望の青年の小説の習作をコメントして、「あんたの物語には(中略)ただ、木の葉のそよぎがあるだけ」というようなことを言う部分があります。つまり、この作品には、木の葉のそよぐ風の描写しかない、という訳です。

 こんな風に、何にも事件が起こらない、ただ、風が吹くだけ・・・こんな世界が本当に面白いのだろうか、ただ、うざったいだけかも知れない、と考える新入生の方には、とりあえず、村上春樹さんの小説をお勧めします。(ただし、『羊の歌』までの初期群の作品に限ります)。とりわけ、デビュー作の、その名もズバリ、『風の歌を聴け』です。

 おそらく、はじめは、何も分からないかも知れません。しかし、私たちが理解しなければならないことは、ひょっとしたら、そのような世界があるのかも知れない、という、普段は見えない世界を意識することではないか、と思っています。

 村上春樹を通して、カポーティが何となく分かった、となれば、後は皆さんの自由です。

いきなり、オカルトとかポルノの世界に入っても構いません。キーワードはちゃんと掴んでいるからです。

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歴史と文学との垣根をとり払おう
森茂暁 (日本史)
福田秀一・岩佐美代子・川添昭二他校注 新日本古典文学大系『中世日記紀行集』(岩波書店)

 創造的な人生を送るには、柔軟な頭脳と大胆な発想とがまず必要でしょう。身近なことでは、たとえば卒業論文のテーマ探しや執筆のさい、このことは決定的に重要です。常日頃から固定的な物の考え方をしないで、自分の頭で物事をのびのびと考えてみましょう。ここでは、文学の史料は歴史の史料として充分に活用できるということを述べます。

 例えば、鎌倉初期成立の『平家物語』、鎌倉末期成立の『徒然草(つれづれぐさ)、南北朝末期成立の『太平記』などは、高等学校の段階まではいずれも文学作品として扱われ、古典の時間に読まれます。しかし、このような作品は同時代の歴史を知るための史料として極めて有用で、価値の高いものです。今度は歴史の史料として再読しましょう。むろん原文で。この場合肝心なのは、一部分ではなく全部を読み通おすことです。きっと感動が湧きおこります。古典のもつ不思議な力です。

 さて、冒頭にあげた書物はそれに類するものです。日本中世の紀行文(旅行記)が多く収められています。中世日本人の旅行意欲をかきたてたのは(すべてが単なる旅行ではありませんが)、十四世紀の南北朝の動乱を通した人々の地理的視野の広がりだと筆者は考えていますが、この動乱を契機に国内を旅する人が増えてきます。そのようななかで、紀行文が書かれるわけです。それらは主として国文学のジャンルで研究の素材となってきましたが、歴史の方ではほとんど無関心です。

 このような紀行文が、どのような意味で歴史研究に有用かというと、たとえば、阿仏尼(あぶつに)「十六夜日記(いざよいにっき)は、十三世紀後半(鎌倉時代)の所領訴訟関係史料としてはもとより、東海道(京都と鎌倉をつなぐ基幹道路)の交通史の史料としても使えますし、また、連歌師宗祗(そうぎ)「筑紫道記(つくしみちのき)は、十五世紀後半(室町時代)の筑前・豊前国(福岡県)、特に博多の人々の生活や周辺の景観をくっきりと描き出しています。一例をあげますと、筥崎宮(はこざきぐう)を訪れた宗祗(そうぎ)は博多湾をへだてて、夕日のなかの可也(かや)山(福岡県糸島郡志摩町)をながめ、「富士に似たる山」と感慨深げに書き留めています。同記は、大内氏研究のための史料としても貴重です。

 同書では丁寧な脚注や解説が施されていますので、容易に読み進むことができます。さあ、実際この本を手にとって、読んでみましょう。

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情報リテラシーを身につけよう
山内正一 (イギリス文学)
  ジョージ・オーウェル(高橋和久訳)『一九八四年 [新訳版]』(ハヤカワ epi 文庫) 二〇〇九年
  馬渕睦夫『国難の正体』(総和社) 二〇一二年

 村上春樹の小説『1Q84』の名付け親となった格好の、イギリス小説をまず紹介します。村上は自作執筆の動機として「特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなもの」に対抗するものを書きたかった(毎日新聞インタビュー、二〇〇八年五月一二日)、という趣旨の発言をしています。一九四九年に公刊されたオーウェルの近未来小説は、全体主義的独裁体制を非難する書として一般には読まれてきました。そのことに異を唱えるつもりはありませんが、この全体主義をスターリン体制下のソヴィエトと結びつけすぎれば、作品の真の主張が見誤られる恐れがあります。〈人間を人間たらしめるものは何か〉、この根本問題との格闘こそがオーウェルの小説の本当の主題なのです。

 神格化されたリーダー「ビッグ・ブラザー」に率いられた「党」の独裁に反旗を翻した男女ふたりの主人公(ウィンストンとジュリア)は、束の間の愛の密会の後に、「思考警察」に捕縛され、過酷な拷問に耐えきれずにたがいに相手を裏切る(自己保身のために相手への愛を放棄する)ことになります。「党」の思想統制から逃れて、愛を貫くことで人間の自由な生き方を取り戻そうとした男女の悲劇的な敗北の物語、これが『一九八四年』の粗筋です。「イングソック」(English Socialism の略称)を信奉する革命勢力(支配体制側)は「二重思考」という精神的詭弁・詐術を用いて、「プロール」と呼ばれる人民・大衆の意識操作を行います。人間は言語で思考する生き物ですから、「プロール」の意識や思考のコントロールを狙う「党」は、全力をあげて言語の改変や統制に乗り出すことになります。そうして考案された、民衆支配のための人工言語が「ニュースピーク」です。この新公用語は徹底的な情報操作の道具として利用されます。

 オーウェルが小説の「附録」として「ニュースピークの諸原理」を小説末尾にわざわざ書き加えたのは、洗脳の手段としての言語操作・情報操作の重要性を彼が熟知していた証拠です。「附録」の一部を引用します―「ニュースピークの目的は(中略)イングソック以外の思考様式を不可能にすることでもあった。ひとたびニュースピークが採用され、オールドスピーク(標準英語)が忘れ去られてしまえば、そのときこそ、異端の思考(中略)を、少なくとも思考がことばに依存している限り、文字通り思考不能にできるはずだ、という思惑が働いていたのである。」(四八〇-四八一頁)大衆を思考停止状態に陥らせて、支配階級に対して抵抗や反抗を企てることなど思いもよらない精神状態に置くこと、そのために用いられる強力な武器が「ニュースピーク」と呼ばれる言語(情報体系)です。このあたりで、もう皆さんは気づかなければなりません。小説『一九八四年』が過去の話ではないことに。

 『一九八四年』が扱うテーマの現代性を知る手がかりとして、次の本『国難の正体』を推薦します。著者の馬渕氏は、一九六八年外務省入省の、キューバ大使やウクライナ兼モルドバ大使を歴任した元外交官です。文字通り「目から鱗」の斬新で洞察に富むこの書は、「金」と「情報」によって世界が巧妙に支配されている構造を解き明かしてくれます。世界(特にアメリカ)には味噌も糞も一緒にしたような(汚い表現をお許しください)安手の陰謀論が氾濫しています。十分な根拠や証拠もなく、空想をたくましくして捏造されたに等しいような陰謀論は、百害あって一利なしです。しかしだからといって「風呂の水と一緒に赤ん坊を流す」ような姿勢は慎むべきではないでしょうか。凡百の陰謀説の「石」の中に、たとえ数は少なくとも、貴重な「玉」が混じっている可能性は否定できません。きわめて良質の陰謀史観(conspiracy theory)の実物を、私たちは馬渕氏の本に見いだすことができます。私がかりに陰謀団の頭領(ビッグ・ブラザー)であったならば、自分の陰謀の存在を極力隠すことでしょう。もしも陰謀を暴かれそうな本(真の情報)が世に出た場合には、荒唐無稽な虚偽情報を混入した類似の本を大量に出回らせることでしょう。世間の読者は愚劣な偽情報を盛り込んだこの種の類似本(風呂の汚れ水)と一緒に、真相を暴露する貴重な情報源(赤ん坊)を捨てて顧みないのではないでしょうか。かくして、多量の「石」の中に「玉」を埋没させること(情報隠蔽工作)に、私は首尾良く成功したことになります。

 『国難の正体』を陰謀論と呼ぶのは間違いです。作者自身が「本書は、誰でも入手可能な公開情報をもとにして、それを繋ぎ合わせ、行間を読むことによって現代の世界史を解釈し直したものです」(二頁)と釘を刺しておられます。証明可能な客観的証拠に基づいて「世界の実態」に光を当てようとする馬渕氏の言葉「マスメディアなどが情報操作によって国民を洗脳している」(二二六頁)には謙虚に耳を傾ける価値があるように思われます。馬渕氏によれば「本書は、一パーセントを信じる本です。人間をあきらめない本です。すべての人間に感謝する本です。そして何よりも、人間賛歌の本なのです。」(二八九頁)『一九八四年』の作者オーウェルの思いも、まったく同じだったのではないでしょうか。大きくひねりが効かせてはありますが、『一九八四年』は紛れもない「人間賛歌」の本なのです。間断なく心身に加えられる拷問によって人間性を破壊されていく主人公の姿を冷徹に描きだすことで、オーウェルは人間性の本来あるべき姿(人間の尊厳)への信仰を告白しているのです。

 携帯電話でインターネットに簡単に接続できる、情報過多の時代に皆さんは生きています。玉石混淆の情報の海で溺れないだけの、情報への耐性や免疫力を身につける必要があります。意図的に攪乱情報が流布されることも珍しくない現代社会にあって、時流に流されずに、自己の主体性を失わずに人間性を高めていく(深めていく)ことは至難の業に思われます。ウィンストンとジュリアの悲劇がそのことを暗示しています。彼らの悲劇を悲劇のままに終わらせないためにも、大学生になった皆さんのこれからに期待したいと思います。

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山田美妙の勧め
山縣浩 (日本語史)
 高等学校の学習は、生徒の理解や負担などに配慮して、事柄を単純化する向きが少なくない。盛り沢山の学習内容を覚えるためには必要な方法であろう。しかし、それで事足れりでは本当の姿は見えてこない。大学の学修は、高校で覚えさせられた「レッテル」を剥ぎ取ることから始まる。
 例えば、娘たちが高等学校で使っている文学史のテキストを開く。明治時代の最初の方に言文一致に関する記述が見られる。そして、文体の問題として「二葉亭四迷は「~だ」調、山田美妙は「~です」調、尾崎紅葉は「~である」調を用いた」などと記してある。
 大学入試において、言文一致につき、それが何であるかは当然として、《二葉亭=だ調、美妙=です調、紅葉=である調》を覚え、それぞれの文体で書かれた作品名「浮雲」「蝴蝶」「多情多恨」が漢字で正確に書ければ、完璧である。注(1)
 しかし、《二葉亭=だ調、美妙=です調、紅葉=である調》という「レッテル」は、どのくらい各作家の文体の実態を正確に示しているか考えたことがあるだろうか。
 例えば、二葉亭は生涯にわたって「だ」で終わる作品を書き続けたのであろうか。或いは、代表作「浮雲」の文章の末尾はすべて「だ」、そこまで徹底せずとも、圧倒的に「だ」が多いのであろうか。注(2)
 勿論、そのような文体の実態は高校で習わないであろうし、知らなくても入試では困らない。しかし、大学の学修は、高校で学習した《二葉亭=だ調》の実態はどのようなものであるのか、それは妥当な物言いであるのかなどの問い掛けから始まる。
 これは、所属する日本語日本文学科に関係する事例に過ぎない。
 高等学校では、国語以外の教科・科目でも、教育上の配慮から「レッテル」を覚えただけでよしとすることが多いのではなかろうか。勿論、「レッテル」であっても、知らないより知っている方がよい。人文学部の各学科で学ぶ内容は、高校で学習する教科・科目と関連性が高く、それを基礎とすることが多い。即ち、人文学部での学修とは、定期試験のための知識、受験のための知識として、高等学校で差し当たり覚えた様々な「レッテル」を剥ぎ取り、そこを入り口にして、その背後にある、人間それ自体、また人間による営み、人間を人間たらしめる言葉それ自体、または言葉で紡がれた世界に分け入っていくことである。
 ここでは、先の言文一致家三名のうち、高校のテキストで最も簡略な扱いがなされる、即ち、日本近代文学史において忘れ去られた存在であるとも言える、山田美妙(一八六八~一九一〇)を勧める。
 二〇一〇年は、美妙の没後一〇〇年に当たった。このため、雑誌の特集、研究機関での企画展など、美妙に関する催しが種々執り行われた。全集も刊行されるようになった(青木・須田・谷川・十川・中川・宗像・山田編 『山田美妙集 全12巻』 臨川書店・二〇一二年~)。更に文庫本で作品に接することができるようになった。
  山田美妙・十川信介校訂『岩波文庫 いちご姫・蝴蝶 他二篇』 岩波書店・二〇一一年刊
 入手しにくかった嵐山氏の評伝 『美妙、消えた。』(朝日新聞社・二〇〇一年刊)も大幅に書き直されて復刊された。
  嵐山光三郎『美妙 書斎は戦場なり』中央公論新社・二〇一二年刊
 ただ、美妙の作品は、読むのに骨が折れる。すでに古典であり、内容が単純に楽しめないためでもある。
 文庫本に収められている「武蔵野」「蝴蝶」「いちご姫」は、初期の歴史小説の代表作である。美妙固有の文章上の悪癖は少なく、内容的に工夫され、「いつもの甘酒」(「蝴蝶」序)ではない。注(3) しかし、主要な登場人物が殆どすべて死んでしまう悲惨な結末であり、後味が悪い。発表された当時、どのような評価を受けたか、「裸蝴蝶」論争(「蝴蝶」の挿絵=主人公の裸体画を巡る議論)を含め、どのように話題になったかなど、時代的な位置付けを知り、それを踏まえて読む必要がある。そのためには、嵐山氏や後掲の諸氏の著作によって、明治時代前半の文壇や青年知識層のあり様も知っておかなければならない。
 これら三作品は、島内氏が、各々の梗概も含め、歴史的位置をうまくまとめられている。
  島内景二『歴史小説 真剣勝負』新人物往来社・二〇〇二年刊
 本書は、「源氏物語」「御伽草子」から書き起こし、現代までの歴史小説を作家ごとに論じている。美妙は、「第八番 「ちッ、ぺッ、ぷッ」の山田美妙」で扱われ、三作品を通して「マイナーな文学性」が語られる。
 島内氏も触れられているが、作品の内容もさることながら、明治時代前半の文章家として、美妙に限らず、二葉亭・紅葉でも、彼らが腐心した新しい文体、特に言文一致体としての「話し言葉らしさ」にも注目してもらいたい。
 即ち、彼らが実践した言文一致とは、小説の場合、地文を当時の話し言葉に近い形で書くことである。話し言葉そのまま、話し言葉の通りに書くことではない。ただ、この近さの程合いが難しく、簡単に定められなかった。このため、美妙・二葉亭は苦労し、紅葉はなかなか踏み出さなかった。
 このように言文一致は地文を書くときの問題である(会話文は前代・江戸時代でも話し言葉のまま書かれた)。このため、過去の時代を舞台とする歴史小説では、殊に美妙は初期の作品で会話文に工夫を凝らしたため、江戸時代とは逆の形で、妙なことが起こっている。
 この例として、「いちご姫」を紹介する。本作は、文庫本で約三〇〇頁の長編で、舞台は足利義政の時代、「多婬という悪癖」と「尊王の心」の篤さという「美徳」、この二面の間で揺れる絶世の美女・いちご姫の短い生涯を描いたものである。恋情を寄せる窟子(うろこ)太郎を初めとして、姫に関わる男たちがお互いに殺し、殺され、最後はいちご姫自身も発狂して死ぬ。めまぐるしい場面展開の続く、波瀾万丈の物語で、「武蔵野」「蝴蝶」に比べると、読み応えがある。そして、十五世紀を舞台とすることを考慮して、美妙は、会話文に「おじゃる」「おりゃる」「お~やる」「うず」など、室町時代に特徴的な言葉を散りばめる。
  「渡りやるは誰(たれ)どの。国方(くにかた)か、東山か…」
  「東山でおじゃる」。
  「いわれありてでおりゃるか、このわたりに?」
  「いわれありてでおじゃる。禁裡の仰せでこゝら繕(つくろ)いのためまいッておじゃる」。 
  応答の間、姫はおりおり目を外(そ)らせて若武者を見(みる)と、扨(さて)もたぐい稀まれな美丈夫(びじょうぶ)
「いちご姫」第一・『岩波文庫』 七〇頁 
 一方、地文のうち、登場人物の動作・状態の描写、情景の描写などは、言文一致の敬体、いちご姫などの心理は、言文一致の常体で記される。
  もうもう今度という今度は思い切ッた。それにしても憎(につ)くい窟子、思わせぶりな昨日に引きかえた今日の始末、あれ程(ほど)義政を贔屓(ひいき) する(と思い込みました)からには打ち明かした今までの事を知らせるに違いない
  あゝ思い凝(こ)ッてもたしかな分別もなくなりました
  むらむらと萌(きざ)した出来ごころ、根が活気の婦人、おのれ、やれ、その寝(ね)寝首(ねくび)を…
  殺してやれ
  心が心すべて雷同(らいどう)しました。          「いちご姫」第二十五・『岩波文庫』 二六三頁
 南北朝時代を舞台とする「武蔵野」及び平安時代末期を舞台とする「蝴蝶」でも、会話文にはその時代に特徴的な言葉が使われ、時代性を高める。一方、これら二作品の地文も言文一致体で、更に「いちご姫」では先の如く言文一致の敬体と常体が混在する。このため、作品全体として、多彩な文体、別の言い方をすると、読んでいて落ち着かない文体である。注(4)
 このような文体の詳細は、大学の学修で接することがあるため、これ以上立ち入らない。ただ、《美妙=です調》の「レッテル」に関して一言。
 言文一致で問題となる地文は、「蝴蝶」も敬体で、その使用状況からいわゆる「です」調であると言える。しかし、その前に発表された「武蔵野」は、常体で、文末には「だ」が散見される。「いちご姫」で敬体と常体の混在が見られるように、美妙は地文の文末を終始一貫「です」で通した訳ではない。注(5)
 美妙への入り方は、その個性的な文体からでもよい。しかし、嵐山氏の評伝が存するように、数奇な生涯からの方がよいのではなかろうか。美妙という人間が結果的に持つ魅力である。ただ、人間に魅力を覚えてしまうのは、文学研究を生業(なりわい)としない者の気楽さのためであるのかもしれない。
 美妙は、その斬新な文体と時代を見通した話題性などから、若くして文壇の寵児となり、注目を集める。しかし、生い立ちや性格などに原因する「脇の甘さ」のため、紅葉ら、硯友社から離れ、孤立する。それに加え、頂点を極めたことへの妬みなどが原因となり、二度も「スキャンダル」をでっち上げられ、社会から抹殺される。更にそれを恥じた父親から廃嫡される。
 二〇歳代の後半、このような公私にわたる苦難の中にあっても、硯友社の古い仲間であった川上眉山のように自殺することなく、その後は、辞書編纂で糊口を凌ぎ、少ない友人や支援者に支えられて、作品を発表し続ける。容易に読むことはできないが、晩年の「史外史伝」と称する一連の歴史小説は、乗り越えてきたものが大きいだけに今日的な評価は高い。
 嵐山氏の評伝は、氏の想像も交えて美妙の生涯の一面を生き生きと描き出す。一方、後半生の「美妙の強さ」を解き明かそうとしたのが、美妙の曾孫に当たる山田氏の著作である。作品は、確かな文学研究の立場で捉えられ、生涯は、淡々とした語り口で描かれる。作品案内・年譜も付され、入門的な研究書である。
  山田篤朗『日本の作家一〇〇人 山田美妙 ― 人と文学』勉誠出版・二〇〇五年刊
 そして、嵐山氏も、山田氏も、美妙の日本語学者としての側面、『日本大辞書』(一八九二年七月~九三年十二月刊)・『大辞典』(一九一二年五月刊)などの辞書編纂について紙面を割く。
 最後に紹介する坪内氏の著作は、美妙を描くことを目的としたものでない。硯友社で仲間であった紅葉との関係で触れられるに止まる。紅葉の目に映る美妙は必ずしもよいものでないが、氏は美妙を公平に扱う。
  坪内祐三『新潮文庫 慶応三年生まれ 七人の旋毛曲(つむじまが)り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代新潮社・二〇一一年刊
 なお、本書は、副題が示すように、明治時代前半の青年知識層の姿が様々な資料に基づいて描かれている。美妙から離れて読んでも面白い。
 以上、嵐山氏・山田氏・坪内氏を重ね合わせて読むことによって、山田美妙という人間が多角的に捉えられる。また美妙の生きた明治という時代が日本史で学ぶのと違った形で身近に感じられる。
 高等学校の学習では、教科書に載せられた作品・文章で終わることが殆どであろう。しかし、大学の学修では、その作家や生きた時代にも立ち入る。研究的態度では、それを踏まえて、作品を読み解くことが必要になる。しかし、ある人間がどのような時代にどのように生きたかを知るだけでも、元気付けられ、自身を豊かにすることができる。

    

(1) 下の娘の持つ国語の総合ガイドは、《美妙=です調》の作品として 『夏木立』「蝴蝶」を示す。また別の一冊は同様の作品として「武蔵野」「蝴蝶」を示す。注(5)で述べる如く、『夏木立』 は、「武蔵野」など、常体で書かれた短編六編をまとめた作品集(単行本)の名である。小説の題名ではない。
  従って、いわゆる「です」調の作品として 『夏木立』 やその収録作品である「武蔵野」を示すことは誤りである。更に、何の説明もなく、短編集の名であって、作品名でない 『夏木立』 を作品名である「浮雲」「あひびき」「蝴蝶」「多情多恨」と同列に示すことも、結果的に誤った情報を提供している。
  ちなみに、「武蔵野」は、国木田独歩にもあり、こちらの方が有名なようである。しかし、美妙は、独歩に約十年先んじて発表した。「武蔵野」は、美妙が本家である。
  更に記すと、高校の文学史では《二葉亭=だ調、美妙=です調、紅葉=である調》で十分である。しかし、大学の共通教育レベルでは、更に《嵯峨の屋御室=であります調》も覚えて欲しい。
(2) 《二葉亭=だ調》の意味・内容について、「地の文の「だ」は第一篇、第二篇の四例にすぎない」ことから「一般に「だ」調といわれるが、これは非敬体の終止を含めた総称を指す」(「浮雲」『国語史辞典』 東京堂出版)・「文末についてみると、『浮雲』 は「だ」調といわれるが、これは敬語を使用しないという意味で、地の文にみえる「だ」は第一篇・第二篇の四例にすぎない。第三篇には「である」が三例みえる。そして、全編を通じて「で」止めが四八例もある。」(「新編浮雲」『日本語学研究事典』 明治書院)の傍線部の如く、「だ」の少なさに基づく、ある「解釈」が施される。
  しかし、このような「解釈」の示されていない高校のテキストにおいて、《二葉亭=だ調、美妙=です調、紅葉=である調》という「レッテル」の中で見たとき、生徒たちが《二葉亭=だ調》を普通どのように考えるかという観点で話を進める。
  なお、この「解釈」は、二葉亭の場合にだけ見られ、美妙・紅葉の場合は寡聞にして知らない。これらの点について考えるところがあるが、煩瑣になるため、これ以上述べない。
(3) 「甘酒」は、一夜酒(ひとよざけ)とも言う。一夜の間に熟成するためである。一八八八年八月、「武蔵野」などを収録した 『夏木立』 を刊行した後、美妙は文壇で注目を集めるようになり、小説の執筆以外に、雑誌 『以良都女(いらつめ)』 に加え、雑誌 『都の花』 の編集も中心となって手掛けた。多忙を極めたため、この頃は一晩で書いたような水準の低い小説が少なくない。それを自嘲して「いつもの甘酒」と言っている。このようなことを公にするところがまた美妙らしい。
(4) 「武蔵野」の会話文は、「いちご姫」と時代が近いため、先に示した室町時代語が概ね認められる。「蝴蝶」の会話文は、時代を遡るため、「な…そ(禁止)」「こそ…已然形」や「昨日の朝の程(ほど)なりき、崩(かく)させたまいてき」(その三・『岩波文庫』 五九頁)など、文語文法に見られる古風な表現(平安時代語)が満載である。注(5)に示した、その地文と読み比べ、文体印象の違いを捉えてほしい。
  しかし、このように舞台となる時代に特徴的な言葉を会話文に用いるのは、初期の歴史小説に限られ、明治二〇年代後半以降は、どの時代を舞台にする作品でも「ござる」「遊ばす」程度で、室町時代語や文語文法に固有な言い方は見られないようである(森田剛史(二〇一二)『山田美妙・時代小説の文法』 福岡大学人文学部卒業論文による)。
(5) 美妙の文体について記した一般向けの図書はない。しかし、《美妙=です調》という「レッテル」について、少し述べる。
  美妙は、最初、非言文一致体(雅俗折衷体)の「竪琴草紙」(一八八五年五・六月)を発表する。しかし、すぐに言文一致体に転じ、常体の「嘲戒小説天狗」(一八八六年十一月~八七年七月)を発表する。この作品は、高校のテキストで「言文一致運動の先駆者」=二葉亭四迷による、「近代文学の名に値する」「真の近代文学の起点」と絶賛される「浮雲」(一八八七年六月~八九年八月)に先んじる。即ち、我が国初の言文一致体の小説である。
  その後、常体で、文末に「だ」の散見される「武蔵野」(一八八七年十一・十二月)を発表する。これは、一八八七(明治二〇)年に美妙も二葉亭も、その意味・内容は異なるが、いわゆる「だ」調の言文一致体の小説を発表したことを意味する。
   体(てい)のいゝ小説(せうせつ)にハ大抵是(たひていこれ)が敵(かたき)を切脱(きりぬ)けるといふのが趣向(しゆかう)だ。けれど二人(ふたり)ハそれほど強(つよ)くハなかった。否(いや)さ。強(つよ)かッたらうけれども。それよりハ猶敵(なほてき)の方(はう)(つよ)かッたのだ。(畢)   「武蔵野」末尾・『読売新聞』 一八八七年十二月六日・付録
  しかし、小説では翌年の「空行く月」(一八八八年三月~八九年一月)から敬体、いわゆる「です」調に転じる。その後も同じ敬体で、「蝴蝶」(一八八九年一月)・「いちご姫」(一八八九年七月~九〇年五月)などを発表する。
   時は夜更(よふけ)です。それで何か容易ならぬ事があると見えてこの家の夫婦は臥(ふ)してもいません。男は胡座(あぐら)、女は片膝立(かたひざだて)、二人とも思入(おもいい)った(てい)です
   男も女も別人ではありません。二郎春風と蝴蝶です
「蝴蝶」その三・『岩波文庫』 五一頁 
  しかし、一八九二年になると常体に戻り、一九一〇年に没するまで続く。この時期、小説において多用された文末は《「た」・用言の現在形→「た」・用言の現在形・「である」→用言の現在形・「た」・「である」》の如く三転する(木谷喜美枝(一九六九)「山田美妙に於ける言文一致」『国文目白』 ―8による)。
  即ち、敬体の時期は、美妙の約二十五年の作家人生のうち、一八八八年から一八九一年までの四年間に過ぎない。またその四年間も、「いちご姫」の発表された一八八九年に入ると、「です」は控えられ、先の引用のように敬体の表現は「ました」が多く、体言止め・助詞止めも少なくない。つまり、「です」が地文の文末で多数を占めるのは、木谷(一九六九)でも述べられる如く、一八八八年三月から一八八九年初めにかけての約一年間に過ぎない。
  更に、「武蔵野」など、常体の短編六編をまとめた作品集 『夏木立』 は、その年の三月から敬体で小説を発表し始めた一八八八年八月に刊行されたが、常体のままで、敬体には改められていない。刊行時に付された「まへおき」だけが次の如く敬体で書かれている。
    文章ははじめ下流に対する語法(=山縣注・「だ」「である」など、敬意を持たない用語を使うこと)の方が以上のものより簡単ゆゑ、言文一致体の基礎となるだらうと思つたまゝ、此中の文のとほり残らずそれが地を占めて居ましたが、また此頃になつて考へて見れば、些((すこ))し違つた注意も出て来ましたゆゑ、今は大抵同等に対する語法(=山縣注・「です」「ます」など、軽い敬意を持つ用語を使うこと)をして地を占めさせて居ます。        『夏木立』「まへおき」 
  そして、敬体末期に書かれた「妖女身嗜みの内の一くさり」(一八九一年四月)・「雪折竹」(一八九一年七月)・「これが社会かみみずばれ」(一八九一年八月)などが 『短編小説明治文庫第五編』(一八九三年十二月)にまとめられる際には、文末の「~ました」「でした」は殆どすべて「~た」「~であった」に改められる(大島瑞穂(一九八三)「山田美妙研究   『いちご姫』 から常体文体へ   」『東京学芸大学附属高等学校研究紀要』   21及び 『山田美妙集 第三巻 小説(三)』 解題による)。
  即ち、異なる文体の時期を跨いで短編がまとめられ、作品集として刊行される際、一八八八年は敬体の時期であったにも関わらず、常体の作品を常体のままで刊行し、一八九三年は常体の時期であったため、敬体の作品を常体に改めて刊行するという違いが見られる。
  時期が異なるため、単純な比較はできないが、敬体、いわゆる「です」調に対する美妙の態度が窺えるのではなかろうか。
  それでは、一八八七年から一八八八年にかけての時期になぜ美妙が常体から敬体に移行したのか、「だ」「です」は当時どのような性格の言葉であると考えられていたのかなどの問題が生じる。しかし、煩雑になるため、紅葉の文章を引用するに止める。
  紅葉の死後に発表された言文一致に関する発言の中に「言文(げんぶん)一致体(ちたい)の文章(ぶんしやう)も随分(ずゐぶん)変遷(へんせん)して、初(はじ)め山田美妙斎(やまだびめうさい)やなんぞが書かいた時分 じ ぶんには、実じつは僕大嫌(ぼくだいきらひ)で、(まる)で女郎(ぢよらう)の文見(ふみみ)たやうだと罵倒(ばたう)した(こと)があつた。」(「故紅葉大人断片」『紅葉全集 第十巻』 岩波書店・三三八頁)とある。美妙の言文一致体を「女郎(ぢよらう)の文ふみ」と称するのは、「です」の多用に基づく。今日、誰も「です」に対して特別なニュアンスを抱くことはなかろう。しかし、「です」は江戸時代に「でござります」から変化して生まれた訛語形で、当時は遊里関係者や芸人が使う、使用階層に偏りの存する言葉であった。このため、明治時代になっても品のよい言葉でないと捉えられていた。
  美妙も、二葉亭が「浮雲」を中断せざるを得なかったことが示す如く、地文の文末に「だ」を用いる常体に様々な不都合を覚え、敬体に改めようとした際、その語感の悪さは承知した上で、「であります」「でございます」に比べるとより「「簡略」の徳のある物」であると判断して「です」を使い始めたようである。しかし、使っている内に予想を超える問題があることに気付いたため、敬体に改めた一年後には早々と「です」を減らし、体言止め・助詞止めを増やした。実際、先の「蝴蝶」の引用で「です」を取り去っても、その文は日本語として成立する上、文章は敬体として不自然でない。
  ♯ 時は夜更(よふけ)。それで何か容易ならぬ事があると見えてこの家の夫婦は臥(ふ)してもいません
   男は胡座(あぐら)、女は片膝立(かたひざだて)、二人とも思入(おもいい)った体(てい)
    男も女も別人ではありません。二郎春風と蝴蝶。
《美妙=です調》という「レッテル」は、美妙が文壇で最も輝いた時期に文末表現として多用したのが「です」であるという意味においては正しい。しかし、美妙の作家人生の中で考えると、たとえ「です」調が「(「~ます。」などの)敬体の終止を含めた総称」をさし、「敬語を使用するという意味」であるにしても、妥当であろうか。更に自身の文体を「下流に対する語法」「同等に対する語法」と称したことを考え合わせると、文末で使われる、特定の語だけでその文体を語ることは、一面的な捉え方であり、ある時期の美妙にとっては極めて不本意な物言いであると言わざるを得ない。

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銀蜻蜒
山田英二 (英語学)
推薦図書『春の数えかた』日高敏隆著(新潮文庫、二〇〇五)

 昆虫少年だった。

 夏の昼下がり。私は捕虫網を持って出かける。ギンヤンマを採るためである。岸から大きな樹々が水面にかぶさるように生い茂り、えぐれた池端の下は黒くて深い。陽に照らされキラキラと波立つ、外側の湖面に比べ、そこは少しひんやりとしている。微かな風の流れが感じられる、そのような場所に陣取るのである。持久戦の構えだ。

 ギンヤンマは反時計回りに同じルートを辿って、岸辺を一定時間で周回していた。一度は、やりすごし、飛行ルートと水面からの高さを覚え、茂った樹葉の蔭に捕虫網を隠して待つ。小半時ほど経って二度目に周回してきたとき、慌てずに軽やかに、網をすいっと出す。それがコツである。

 ギンヤンマは綺麗だった。英語で「小皇帝」という名にふさわしく、気品に溢れ、目はくりくりとして、体の一部が本当に銀色と青色(スカイブルー)に光っていた。

 日高敏隆著『春の数えかた』を読んで、つい、ふるさと糸島の伏龍池の思い出を書いてしまった。

   この本に登場する昆虫といえば、雪国のカマキリの話(「動物の予知能力」)は興味深い。

 カマキリはまだ雪がつもらないうちに卵嚢(らんのう)を木に産みつける。それが、決まってその年の積雪の深さと一致するのである。雪が深い年は、高い位置に、雪が少ない年は、それにきっちりと合わせた低い位置に、卵を産みつける。まだ、雪のかけらも見えない秋にである。このことは一般に俗説として語られていたことであったが、まさか本当だとは誰も思っていなかった。  

 それを、計量的に調べた人がいた。地元で「カマキリ博士」と言われていた酒井與喜夫(よきお)さんである。

 酒井さんは、十年以上にわたって新潟県の各地でカマキリの卵嚢の位置と地面からの高さ、及びその地点々々のそれぞれの年の降雪量・雪の深さを調べ、これを実証したという。  だが、カマキリはどのようにしてその年の雪の深さを知るのだろう、そのこと自体は未だ解明されていない。カマキリには予知能力があるのか。何か隠された秘密があるのか。もしかしたら、気温や湿度、植物の助けもかりているのかもしれない。

 植物といえば、その秘密のひとつ―サクラなどの開花の仕組み―はかなり解き明かされているようである。つまり、春の到来の計算法である。(「春の数えかた」)

 草花は春になると花を咲かせる。余りにも当然のことなので、誰も疑問には思わない。しかし、生きものは春が来たことをどのようにして知るのだろう。気温だろうか。体内時計だろうか。日照時間だろうか。

 実は、これらのいずれでもないらしい。

 もし気温とすると、冬から春になるまでは、寒い日も温い日もあるわけで、その中でいつ春を認識するのかという疑問が生じる。体内時計とすると、いつから時間を計算し始めるのか、しかも、年によって開花が早いときと遅いときがある理由を説明できない。日照時間とすると、日の長さからすればもう春だが、年によってはまだ寒い日がつづく、ということもあり、これも問題である。

 では、植物を含む生きものたちはどのようにして春を知るのであろうか。日高氏によるこの秘密の解明が実におもしろい。ああ、生きものたちはこんなことを行っていたのか。こんなことを隠していたのか。

 この本を読む者は、自然の中にそっと置かれた宝を探す気分を味わえる。鳥や昆虫たちの気持ちに添い、植物の目線に立つことができる。それで私の瞼には、遠い昔に、捕虫網をかかげた夏の蒼い空が甦ったのだ。

 それにしても、ギンヤンマには、なぜあのような銀とスカイブルーが必要なのだろうか。美しすぎるトンボ―これもまた魅せられてやまぬ、なぞの一つである。

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岡村敬二 『江戸の蔵書家たち』 (講談社選書メチエ71)
山田洋嗣 (日本文学)
 昨年、江戸後期の和学者、小山田与清のことを調べていて大変面白かった。本当はここで与清の「擁書楼日記」をすすめたいのだが、いささか特殊にすぎるかと思いなおしてこの本にする。

 江戸時代になると書物の流通が広くさかんになり、出版も多くなって、自然大勢の読書家や蔵書家、また著作や出版に志す者、分類や目録を作る者、あるいは索引を編もうとする者が出てくる。岡村敬二のこの本はその人々の群像とそのなさんとしたところをいきいきと描き出してみごとである。また、それがこの時代の文化のうねりを描くことにもなっている。

 ことに面白いのは、冒頭の小山田与清とその蔵書に群がる人々の様子である。与清は蔵書のために蔵三つを建て、五万巻を収めたというが、彼らを動かすのは、すべての書物を集めたい、すべての書物を読みたい、すべてを分類したい、という静かな狂気である。そのために彼らは集いまた離れつつ、本を求め、購い、貸借を、輪読を、抜書を倦まずにくり返すのである。

 私は、実は小山田与清という人間をあまり好きになれないし、その著作が面白いとも思わない。「行為」が面白くて、「結果」が面白くないのは彼の特徴である。しかし、この様子を書くのに岡村が主な資料として使った「擁書楼日記」は、その様子が日々記録されていて、実に面白いのである。

 なお、こちらを読みたいと思う人がいるかもしれないから書いておくと、「擁書楼日記」は明治四十五年に出された『近世文芸叢書』の第十二巻に入っている。ただし、活字化するにあたっての間違いが所々にあるから注意しなければならない。気になる人は、早稲田大学図書館のウェブ・ページに与清自身の自筆本の写真版が公開されているから、それを見るといいと思う。

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見えるものと見えないものを重ねる
山中博心 (ドイツ文学)
 言葉の使い方は難しいです。状況によって同じ言葉もその意味の幅と深みが違ってきます。特に散文ではなく韻文や詩形式のものは想像力を要します。そのためにはその世界で前提になっている事柄を心得ておくことが必要です。俳句は一七文字の世界で最も短い詩形式であり、約束事も多いです。「季語」はその典型であり、描かれている季節や情景を限定する手がかりです。そして読む者が集まる「場」も大きな役割を果たしています。また言葉と言葉の「間」、「切れ」も言葉を最大限に活かす術です。人間が置かれている「不易」としての自然、もしくは「造化」、言葉の届かない「宇宙」にまで心を走らせる俳句の世界を通して日本語の原点に立ち返ることも大学で学ぶ者にとって不可欠に思えます。学んだ様々なことを組み立て「自分の」意味世界を構築するためには、「部分」に拘泥することなく「全体」を思い描くことが重要です。「同質」の世界だけでなく、「異質」な世界を重ね、「取り合わす」力がつけば論文を書くのにおおいに役立つ筈です。こうした「生きた言葉」の感覚を特に芭蕉の「古池や蛙飛び込む水のおと」と「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を通して身につけられることを願います。そう祈って以下の二册を推薦します。

 長谷川櫂 著 『俳句の宇宙』(中公文庫)
       『古池に蛙は飛び込んだか』(中公文庫)

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人から本をすすめられること―パール・バック―『大地』―
山根直生 (中国史)
 パール・バック『大地』(初出一九三一~一九三五年。新居格氏訳の新潮文庫版は、一九五三年)

 「無人島に一冊だけ本を持ち込めるとしたら、何にする?」という問いかけがあります。孤独な生活を紛らせてくれそうな、くりかえし読んでも飽きない書物をあげていく話題であり、多くの作家や学者といった人々が自分のお気に入りを紹介しています。

 さて私ならどうするかと問われたら、たぶん何を持っていってもけっきょく読まないのではないか、と思います。本を読む理由というのはただその本自体が面白いとか為になるからとかばかりではなくて、読んだ感想を誰かと語りあいたい、ある人が読んだと言っていたから自分も読んで話をしたい、などの理由もあるはずです。私にとっては特にそうで、どんな難しげな本であれ尊敬する人から教えられれば、その人と討論したいがために努力して熟読するでしょう。誰とも話す機会のない離れ小島に流されたら、どれほど面白そうな本であっても目を通しはしないと思います。

 つまり私が一番熱心に読書するのは、自分の敬愛する誰かから本を教えてもらった時であり、今回紹介する『大地』も大学時代の恩師からすすめられた本の一冊です。読み進めて、自分が研究上学んできた中国に対するイメージにあまりにもぴったり合致していることに驚き、一九三〇年代に発表されたこの本のイメージに、むしろその後の中国史研究全体が規定されたのではないか、とさえ思いました。

 『大地』の舞台は、中国安徽省、十九世紀末から二十世紀の時期と思われます。思われる、というのは、ジャンルとしては歴史物に当たるこの物語ですが、歴史上の著名人や地名・事件名が登場せず、厳密にはいつ・どこの話かあえて分からぬよう書かれているからです。それどころか、主要人物の王一家以外には、ほとんど固有の名前さえ出てきません。物語は第一部の主人公、貧しいけれども勤勉な農民の王龍が、富豪の奴隷であった阿蘭を買い取り、妻にするところから始まります。

 平凡な農民の物語を興味深いものにしているのは、厳しく過酷な中国の環境と、それを乗りこえていく彼ら、特に阿蘭のバイタリティーです。旱魃の到来を予想して稲穂の軸を食料として保存したり、飢饉につけこんで彼らの土地を買いたたこうとする高利貸しとわたりあったり、いよいよ暮らしていけなくなって流民として都会に逃げ込んでからも、物乞いの仕方を子供達にたたきこんだりと、とにかく凄まじい女性です。旱魃が過ぎ去り、故郷にもどった王龍は前にもまして畑仕事に励み、一家はしだいに裕福になっていくのですが、阿蘭の働き有ってこその幸運であったのは間違いありません。

 私は今までにもこの本を知人や学生の何人かにすすめました。女性読者がそろって面白いと感じるのは、王龍をはじめとする男性主人公と、いずれも気丈な女性たちの間の、ベタベタしていない愛情をさらにドライに描ききった、筆者パール・バックの洞察力だそうです。死の床についた阿蘭と、王龍のやりとりの場面を以下に引用してみます。

  …彼は、毎日、幾時間も阿蘭の病床に座っていた。阿蘭は弱っていたし、達者なときでも、あまり話をしない仲だったから、今はなお黙々としていた。その静寂の中で、阿蘭は自分がどこにいるのか忘れることがあったらしい。時々、子供のときのことなどをつぶやいた。王龍は、初めて、阿蘭の心の底を見たような気がした。それも、こんな短い言葉を通してのことだったが。

  「はい、料理を持って行くのは、戸口までにします。わたしは、みにくいから、大旦那様の前へは出てはいけないのは、ぞんじています」

   (中略)

  「わたしは、みにくいから、かわいがられないことは、よく知っています―」

   王龍は聞くにしのびなかった。彼は阿蘭のもう死んでいるような、大きい、骨ばった手をとって、静かになでた。彼女が言っていることは事実なのだ。自分の優しい気持ちを阿蘭に知ってもらいたいと思い、彼女の手を取りながらも、蓮華(注 王龍の美しい妾)がすねて、ふくれっつらをしたときほど心暖まる情が湧いてこない。それが不思議で悲しかった。この死にかかっている骨ばった手を取っても、彼にはどうしても愛する気が起こらない。かわいそうだと思いながら、それに反撥する気持ちがまざりあってしまうのだ。

   それだけに、王龍は、いっそう阿蘭に親切を尽くし、特別な食べ物や、白魚とキャベツの芯を煮た汁を買ってきたりした。おまけに、手のつくしようのない難病人を看護する心の苦しみをまぎらすために、蓮華のところに行っても、少しも愉快ではなかった―阿蘭のことが頭を離れないからだ。蓮華を抱いている手も、阿蘭を思うと、自然に離れるのだった。…

 筆者バックはアメリカ人宣教師の娘で、中国現地で前半生を過ごしたという女性です。それだけに、というべきか、作中の男女の恋愛感情に関してバックは一切の幻想を許しません。もちろん、登場する男女の間に愛情が見られない訳ではなく、先の王龍も、王龍の三男で第二部主人公である王虎や、王虎の長男で第三部主人公の王淵も、それぞれ女性に対して時に優しい気遣いを見せるのですが、そこに働く男性のエゴもバックはバッサリと描ききっているのです―これは、けっきょくのところ男である私には感知できなかった部分であり、人にすすめて初めて気づかされた本書の特徴だと言えるかも知れません。

 田畑を愛した王龍に反して、彼の子供たちはあっさりと土地を切り売りし始めます。それを資金に軍人としての立身出世をねらう王虎が第二部の主人公、そして王虎から軍人教育を施されながらも、むしろ祖父に似て農業の近代化を志す王淵が第三部の主人公です。

 私にこの本をすすめた恩師はいつも第一部を引いて中国農村の姿を話してくれたのですが、中国の軍事史や軍閥を専門としている私には、軍記物のような第二部も非常に興味深く読めました。ある県の警備隊長となった王虎はそこの政治や裁判までのっとり、名産であるという酒に税金を課して、となりの県へと勢力をのばします。ちなみに彼は母に似てすらっとしたりりしい男性だと描いてあるのですが、このことからすれば阿蘭もそんなに不美人だったとは思えません。

 『大地』を読み切った私はさっそく恩師に感想を話しました。そうして敬愛する人とより多くの会話を交わすこと自体が、私にとっての読書の楽しみだとも言えるでしょう。中国の軍閥の様子として第二部には非常にリアリティがありました、と私が話すと、恩師はちょっと意外そうな様子で、後日送ってくれた手紙には「そういえば第二部は軍閥のことなのだと初めて気づきました」とありました。

 私がバックの男女関係の描写に気づかなかったのと同じように、恩師にとってもそのような見方は今までなかったのかも知れません。こうした発見があることもまた、独りだけでする読書にはない、他者との交流のための読書が持っている意味だと思います。

 大学に入ってからの皆さんが書物に興味を持てなかったとしたら、一度このような、他者と話すことを前提にした読書の仕方を試みてみることをすすめます。別に、『大地』を読まなくても構いません。話を聞いてみたいと思う先生や先輩のすすめる本(または、彼らの書いた本)を読み、その感想を彼らとの話題にしてみてください。あるいは、逆にこう言い換えることもできるでしょう―そうした本でも読まなければ大学で実りある交流はできないし、尊敬できる何者かの存在に気づくこともないのだ、と。皆さんそれぞれにとって、大学時代の思い出深い書物が増えることを願います。

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Novis 2014
― 新入生のための人文学案内 ―

印 刷 平成26年3月25日
発 行 平成26年4月1日
発行者 福岡大学人文学部
印刷所 城島印刷株式会社