福岡大学人文学部
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Novis 2020

Novis 2020 目次

Novis 2020 本文

人文学部新入生のみなさんへ
山縣浩(人文学部長)
 この小冊子NOVISは、人文学部の「知の宝石箱」です。
 人文学部は八学科で構成され、ここには約一三〇名もの先生方が日々教育・研究に当たっていられます。人文学部で覆う学問領域は、福岡大学九学部の中でも一二を争う幅広さです。このような人文学部に所属し、様々な学問分野に携わる先生方が皆さんに伝えたい、取り組んでほしいと考えていられることが本冊子に集約されています。
 それは、専門分野の入門的な図書であったり、専門分野に入るための営みであったり、先生方の経験されたことであったりで、それぞれに個性的な輝きを放っています。その一方、そこには共通して先生方の人生や人柄がにじみ出ています。言わば、ここに納められた先生方の文章は、形こそ違え、皆さんより先に生まれた者が皆さんに贈る「人生の道しるべ」なのです。
 人文学部での学びは、すべて人間に関わります。人への興味が基本です。本冊子に掲載された様々な文章に接し、新たな知の世界に足を踏み出してください。同時にその文章を書かれた先生がどのような人であるか想像してください。多くの場合、文章から受ける印象と異なり、気さくで人なつこい先生ばかりです。つまり、本冊子は、いろいろな先生との出会いの場でもあるのです。
 もしその先生が皆さんの学科の先生であれば、学科での学びを深めるため、また他の学科の先生であれば、視野を広げるため、その先生の講義を聴いてください。ただ、学科の関連教育科目にもなっていない講義は、残念ながら卒業単位になりません。しかし、魅力を感じた先生であれば、その講義も必ずや皆さんの心を惹きます。遠慮することなく、教室を訪ねてください。或いは「学修ガイド」に記されたオフィスアワーに研究室を訪ねるのもよいでしょう。どの先生も意欲ある学生の聴講・訪問は大歓迎です。きっと喜んで受け入れてくださいます。
 この小冊子が皆さんにとって大学における意外な出会いの場となり、これによって新たな道が開けてくることを願っています。

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映画の字幕
間ふさ子(中国近現代文学)
 外国映画を見るときになくてはならないものが字幕です。映画では目からの情報だけでなく、言葉や音楽など耳からの情報も大きな役割を果たしていますが、言葉が外国語だと何を言っているのかわかりませんよね。それを解決する主な方法は吹き替えか字幕ですが、日本ではまだまだ字幕が主流のようです。字幕翻訳監修業という職業の草分けである清水俊二さんの『映画字幕スーパー五十年』『映画字幕スーパーの作り方教えます』を読むと、日本における字幕スーパーの歩みを知ることができます。
 字幕と聞いてすぐに思い浮かぶのが、この清水俊二さんや戸田奈津子さんなど字幕翻訳者の存在です。語学を志す人で字幕翻訳者にあこがれたことのない人は少ないのではないでしょうか。自分の作った字幕がなければ観客たちは作品を十分に鑑賞できないのです。しかも一行わずか一〇文字で台詞のエッセンスを表現しなければなりません。責任は重大ですが、やりがいもあるというものでしょう。
 戸田奈津子『字幕の中に人生』、太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』『字幕屋に「、」はない』など、字幕翻訳のエピソードを綴った本は何冊かあり、いずれも興味深いものです。また、前述の清水俊二さんの著書や高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』を読めば、字幕翻訳者の生涯を通して二○世紀の日本と日本人の姿が、外国映画の受容という側面から浮かび上がってくるでしょう。
 しかし、翻訳者だけでは字幕は出来ません。字幕を作るには昔も今も技術者の熟練の技が不可欠です。かつて字幕がどのように作られていたのかを知るには、神島きみ『字幕仕掛人一代記 神島きみ自伝』がうってつけです。また、太田直子『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』を読めば、現在の字幕制作のプロセスがよくわかります。これらの本は、映画が工業技術に支えられた芸術であることを改めて教えてくれます。
 現在では、デジタル映像であれば、素人でも専用のソフトを使って字幕制作にトライすることができます。東アジア地域言語学科では十年前から、字幕制作ソフトを利用して一九五〇年代、六〇年代の中国映画・韓国映画の秀作に日本語字幕をつけ、市民のみなさんに鑑賞していただくという活動を行っています。これまでにみなさんの先輩たちが、中国映画『白毛女』(ʼ50)、『家』(ʼ56)、花好月圓はなはよしつきはまるし(ʼ58)、『五朶金花』『我們村裡的年軽人(村の若者たち)』『今天我休息(本日非番)』『冰上姐妹(氷上の姉妹)』『万紫千紅総是春(女性たちの紅い春)』(ʼ59)、『李双双』『錦上添花』『女理髪師(奥様は理髪師)』『大李、小李和老李(李さんスポーツ奮闘記)』(ʼ62)、『我們村裡的年軽人・続集(続村の若者たち)』(ʼ63)、韓国映画『青春双曲線』(ʼ50)、『運命の手』(ʼ54)、『三等課長』(ʼ61)、『ソナギ(通り雨)』(ʼ78)など多くの作品に字幕をつけました。一昨年はさらに初めての試みとして日本映画の中国語字幕制作を行い、『恋する河童』(井上博貴監督二〇一四年)という高校生を主人公にした短編映画に中国語字幕を付けて好評を博しました。また、昨年中国語字幕をつけた日本映画『きらわないでよ』(加藤大志監督)は上海で中国人大学生に観てもらい、内容についてディスカッションすることができました。
 また、この字幕制作で力をつけた卒業生たちが、アジアフォーカス・福岡国際映画祭からの依頼を受けて、最新の中国映画『目撃者』(二〇一二年)、『殯棺』(二〇一四年)、『黒処有甚麼(闇に潜む)』(二〇一五年)に字幕を付けました。二〇一七年には香港映画『毒。誡(どくのいましめ)』で広東語の台詞にも挑戦し、評価を受けています。
 字幕について書かれた本を読むだけではなく、みなさんも私たちと一緒に字幕制作にチャレンジして、プロの翻訳者たちが縷々語る字幕翻訳の神髄――限られた言葉で限りないイメージの世界へ観客を誘う醍醐味――の片鱗に触れてみませんか。
 清水俊二『映画字幕スーパー五十年』早川文庫、一九八七年
 清水俊二『映画字幕スーパーの作り方教えます』文春文庫、一九八八年
 神島きみ『字幕仕掛人一代記 神島きみ自伝』パンドラ、一九九五年
 戸田奈津子『字幕の中に人生』白水Uブックス、一九九七年
 太田直子『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』光文社新書、二〇〇七年
 高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』白水社、二〇一一年
 太田直子『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』岩波書店、二〇一三年
 太田直子『字幕屋に「、」はない』イカロス出版、二〇一三年

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僕が大学教授になった理由
青木文夫(スペイン語)
 毎年長文の雑感を書いてお目汚しをしていますが、今回も恥ずかしながら駄文をしたためることになり、自分の過去を振り返った表題の内容で学生諸君に、僕自身の人生においてどうやって進路を決めていったのかについて、参考にはならないかもしれないけど、こんな人間だから本当に運よく大学教授になれたということを書いてお茶を濁してみたい。
 もう45年以上前、大学3年生くらいのある金曜日の夜の情景。大学近くの雀荘でいつものメンバーと安いレートで半荘を6局くらい打ち終えたら、すでに10時過ぎ。当時住んでいたのは、江戸川区春江町のおんぼろアパート。一番近いJR新小岩からの終バスは早くてすでになく、JR亀戸からの終バスが11時ちょっと過ぎのはずで、これに間に合わないと当時で1300円くらいの痛いタクシー代。夕食はビールを飲みながら、雀荘の出前のカツ丼か中華丼で済ませていて、慌ただしく四ツ谷駅から総武線に乗る。他の連中は殆ど逆方向の中野や吉祥寺あたりのおしゃれな街に住んでいたので、ここからは僕一人。バスへ乗り継いで帰宅するとほぼ12時。安いウィスキーをストレートでグラスに注ぎ、さあ寝るかという段になって、今日の昼の授業で気になっていたことを思い出す。当時はネットでググるなどということはできなかったので、ウィスキー片手に辞書や参考書をひっくり返して、ようやくポイントを掴んでノートにメモ。眠気も大絶賛の2時過ぎ、布団にようやく潜り込むが、翌日が土曜と言っても休みではなく、当時はきちんと1時間目から必修科目があり、何と午後の授業は専門科目「言語学」のゼミ、福大でいうところの3時間目と4時間目であったが、これが曲者で、担当者のY、いやもう昔のことなので実名でいいかな、と言うことで吉田有先生が納得するまで終わらない。下手すると、5時や6時、いや休憩を挟んでの7時くらいになることも。へとへとになって、さあ帰って軽く飲んで寝るぞというのに、ストレス全開の他の受講生から「飲みに行こう」とのお誘いがかかるも、当然断る術はなく、またもや終バスぎりぎりの帰宅となるのであった。それに吉田先生本人からもときどきお誘いがかかり、笹塚や下北沢のバーで、チーママにでれでれしている吉田先生を見ながら、その日は中野や高円寺の友人の家に転がり込むということもあった。
 高校2年生の夏、大学受験なんて全く眼中になかった僕は、音楽活動と、安保法制、少年法改正などなど政治活動にのめりこんでいた。高校の部活動「弁論部」での全国行脚にも熱中していて、そこでの原稿も当然「左」の論理爆発。「戦闘機売って病院や幼稚園建てろ」と、今でも通用する当たり前の議論を精密にやっていて、「沖縄売って満州買おう」などとバカなことを言っていたが、後に自民党衆議院議員の秘書から愛知県の地方議員になった同期の奴とか、毛沢東語録を制服の胸ポケットに入れていた奴とかと激論を交わしていたのである。そんなある日、少年法の問題で行き詰まることがあって、父のコネで当時中京大学教授であった憲法学者の上田勝美先生(後に龍谷大学副学長)に教えを乞いに行くと、多くの参考書や雑誌のコピーを目の前に出され、いついつまでに18歳選挙制度と少年法の関係を整理して書いてみなさいとのご指示。これは大変なことになったと猛勉強。数日後に原稿を持っていくと、赤でぎっしり添削が入るも、その後何度か書き直して、ようやく「これでいいだろう」と言うお墨付きを貰い。その原稿と想定質疑であちこちの弁論大会で優勝や入賞したのは、本当に素晴らしい思い出になった。当時は社会党系のセクトに入っていて、宿敵である共産党系の集会(民青集会)に紛れ込んでは、集団討論の議長を買って出たりして、難しい議論を吹っ掛けては主催者側から睨まれながらも、集会が終わると何人かのいたいけな少年・少女をこちらのセクトに引き込むという荒技をやっていた。当然、公安からも目を付けられていて、写真や出自は公安のリストに入っていたらしく、ある日父が「お前何故民青集会なんかに行っていたんだ」とびっくりするお言葉。詳しく聞いてみると、公安筋から「青木先生のご子息、何故か民青集会にいましたよ」と写真を見せられたそうだ!適当に理由を誤魔化したが、集会荒らしにはあまり行かないほうがいいかなと思ったのだった。
 大学4年。朧げにどこか会社に就職するのかなあと思っていて、おまけにスーツを誂えたので、同級の友人たちと会社まわりに奔走した。上級公務員試験も受けたがこれは敢え無く1次で不合格。当時、景気は上向きで、会社説明会に参加した学生には交通費やお弁当が渡されていたので、それもあって15社から20社くらいは訪問したのであった。これは以前にも書いたが、その中で数社からお声がかかり、酒も好きなことから(動機が不純かな!)、洋酒大手に内定したのであった。ただし、本命は日本航空だったのだが、これは不運なことに僕の卒業年度だけ募集を中止してしまったのであった。実は、スチュワーデス物語の教官になりたかった。知っている方に、その教官職をされている方がいて、その方から次のように聞かされていた。「最初は地上勤務の主な所を順番に勤務して、その後、アメリカかイギリスに留学して、MBAなんかの専門の知識に関する資格を取得し、帰国後は教官職などを務め、ある年齢に達したら、外国の支店長などに配属される」というもので、これにはかなり惹かれたのであるが、残念ながらその機会は訪れなかった。実は、その当時1つ下で高卒後OLをしている彼女がいて、僕が洋酒大手に決まったことを非常に喜んでいたのだが、恐らく理由はOLを辞められるということだっただろう。
 中学・高校時代は本当に(適当に)英語だけ勉強していたことは書いたことがあるが、高校2年の終わり頃にAmerican Field Service(通称AFS)というアメリカに1年間留学できるプログラムに参加する試験を受け、あわよくば受かると思っていたが、さすがにハードルは高く、それでも愛知県でベスト4までに入り、何と最後の試験で僕だけ落ちるという憂き目に遭うという不運(というか実力がなかった)!他の3名がここでアメリカに行ってしまっては、その後の実力に大きな差が出るのは当然!おまけにその3名の中には小学校の同級生で、後年南山大学の教授になった松永隆君もいて、一気にやる気がなくなり、その瞬間に英語の勉強は一切止めてしまい、大学受験という大きな問題を抱えることになった。その後、英語の勉強を再開したのは、大学の専門科目で言語学の原書を読むようになってからであったが、それでも何とかなったのはラッキーであった。まあ、その後マークシートの指運良く上智大学に入学したことは以前書いたことがあるので、ここでは省略するが、1年間の受験勉強はそれまでの自由な高校生活に比べると本当に苦行と言える代物で、勉強の際のタバコの本数もどんどん増えていったのであった。なお、学生諸君に正直に言っておくが、僕は高校1年の夏からタバコを吸っていて、39歳の春に止めた。僕の人生で唯一後悔していることが(本当に唯一か??)、タバコを吸っていたことで、当時はその害についての情報も少なかったが、今となっては絶大で、学生諸君にも二十歳になったら禁煙しろと言っておきたい。
 さて、ここからが本論であるが、内定式も迫る10月までに、その洋酒大手に就職したらどうなるのかと、先輩の話しも加味してあれこれ考えてみると、どうしてもメキシコあたりに出向させられて、そこで一生が終わる姿しか浮かばないのである。もちろん円建てでもらえる給料は当時ならメキシコではメイドも雇って暮らせるくらいのものだったのだが、そんなのを目指していたんじゃない、そんな人生は嫌だと、徐々に目を覚ましてしまったのである。要するにモラトリアムであるが、自分の過去を振り返ってみると「人を遣り込める強引な議論が好き」、「酒・ギャンブル、特に競馬と麻雀が大好きで、それ以外の趣味にも、一定期間はそのことだけに熱中して、とことんやりたくなる」などなど、要するに「遊び人」の生活が向いているんじゃないか、ということがはっきり分かったのであった。さあ、ここからが問題であった。就職先の内定を断るかどうかの決断に迫られ、そのあとはどうするかを考えなければならなくなった。就職して、メキシコ(とは限らないが)に行って、飽きたら辞めるという選択もあり、実際、同期でもう1名その会社に入ったK君も同じ目に遭って、後の同窓会で聞いた話しだと、メキシコやサンパウロなどあちこちを転々とさせられ、全然日本に戻れないので、10年程度で辞めて、その後は都内で画廊や趣味の音楽の店を開いて成功していた。高いベンツに乗って、帝国ホテルのラウンジでご馳走してもらったことは今でも覚えている。
 余談であるが、その同窓会で、卒業同期の男子がその後どうなったかを聞いたが、まず意外にも銀行は辞めていなくて、大手商社やメーカーに入った殆どが有力な中小の部長クラスに転職していた。
 さて、決断を迫られた結果、選んだのは大学院への進学であった。さすがに住所不定無職はダメかと思い、今流行りのパラサイトなどは許されるはずもない。もちろん、当時の上智大学の修士課程は簡単に合格できないので、そこから2月の試験に向けて猛勉強が始まった。大学受験以来2度目の遊ばない期間であった!さて、結果は見事合格(ほかの大学の大学院も2か所受けて、1勝1敗だった)!その後は、紆余曲折、非常勤講師と塾や家庭教師などのアルバイトという非正規の期間を経て、32歳で長崎県立大学の専任講師になり、現在に至っている。本当に幸せで、運のよい人生だと思っている。もし、大学の先生になれなかったら?30歳のときに決めていたのは、35歳までに教員になれなかったら、塾で教えていた関係者で知り合いの本当に小さな専門書を扱う出版社に雇ってもらうつもりだった。珍しく、ライフ・セーフティーネットみたいなことをしてしまったのは、歳をとったせいかもしれない。
 さて、大学院に進学したご褒美は!
 先ず、上記の彼女には、11月くらいに就職の内定を蹴って、大学院に進学したいと言ったら、「何しに行くの」の一言で破局。たしか、JR池袋駅のホームだった!
 卒業謝恩会の2次会のディスコ(今はクラブか?)で、同じ大学院に進学予定で、ちょっと仲の良かった女子と調子に乗って若干濃厚なチークダンスを踊っているのをスペイン人の恩師が目撃!後日、「青木君が大学院に進学するのはおかしいと思っていたが、あの子が理由なのね」と言われ、その程度にしか見られていなかったと、逆に納得。
 3月も末になり、その謝恩会からの朝帰り、アパートの部屋で思った。「さあて、アルバイト探さないとなあ!」

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「身近なもの」から考えよう
磯田則彦(人口研究)
 佐光紀子著(二〇一七年)「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす』光文社新書
 「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす?いったい何のことだろう?本のタイトルを見て、そのように考えた方が多いのではないでしょうか。でも、この「家事」が日本社会の特徴や文化的背景をいろいろと物語ってくれます。
 著者は、翻訳家であり家事や掃除術の専門家でもある方で、多数の事例を集め国際比較を行うことで家事や日本社会について広く考察しています。私は人口研究が専門なので、同著の第一部により多くの視線を注ぐことになりましたが、著者と同年代の者としてさまざまなことを考えさせられました。若い皆さんは、この本を読んで、どこに注目し、何を考えますか?
 人文学部で学ぶ領域は多岐にわたります。いろいろな領域の人文・社会科学に触れる過程で、これから皆さんには「身近なもの」から多くのことを学ぶ機会があると思われます。たとえば、家事もその一つなのかもしれません。ぜひ、「身近なもの」にも関心を寄せて、さまざまな視点から考えてください。

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美術・イタリア・歴史
浦上雅司(西洋美術史)
 E・H・ゴンブリッチ 『美術の物語』(ファイドン社)
 辻 惟雄 『日本美術の歴史』(東京大学出版会)
 J・ホール 『西洋美術解読事典』(河出書房新社)

 ファビオ・ランベッリ 『イタリア的 南の魅力』(講談社新書メチエ)
 F・グラッセッリ 『イタリア人と日本人、どっちがバカか』 (文春新書)
 池上俊一 『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)

 E・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』(上下)(中公文庫)

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 私の専門は、西洋美術史ですから、学生の皆さんに、できるだけ直接、美術作品に触れてもらいたいと、いつも思っています。美術作品を扱ったテレビ番組(『新日曜美術館』や『美の巨人たち』など)を見たり、スライドで作品を見ながら講義を受けたりするのもよいことですが、美術館や博物館で作品そのものに触れるのがとても大事だと確信しているのです。
 スライドやテレビ画面による美術鑑賞には、居心地の良い室内にいて、寛いだ気分で、細部をジックリ眺めることができるというメリットはありますが、やはり本物の持つ「迫力」(これを哲学者のヴァルター・ベンヤミンは「アウラ」〔日本語では「オーラ」と言われる〕と呼んでいます)は伝わってきません。皆さんにも分かりやすい例をあげれば、車やバイクの本物と、カタログ写真の違いと言えばよいでしょうか。カタログやテレビの自動車番組を見ても面白いでしょうが、本物に触れて、できれば運転してみなくては本当の特徴はわからないでしょう。美術の授業やテレビ番組も興味深いでしょうが、やはり作品の実物と対峙していろいろ考えるのとでは、受け取るインパクトが違います。
 そんなわけで、皆さんにはできるだけ、美術館などで実物、しかも可能であれば多くの人たちが優れた作品と認めている美術作品に触れてもらいたいと思うのですが、共通教育科目の「芸術」を受講する学生諸君に尋ねても、美術館に行ったことがない、と答える人が多いのは、とても残念なことです。
 幸い、福岡には多くの美術館があります。福岡市美術館、福岡市博物館、福岡県立美術館、そして福岡アジア美術館など身近にあって、常設展なら数百円で入場できますし、ちょっと足を伸ばせば、久留米の石橋美術館や、太宰府の九州国立博物館があります(ちなみに、福岡大学は九州国立博物館のキャンパス・メンバーズとなっており、皆さんは、学生証を提示すれば、この博物館の常設展はタダで観覧できます。特別展も割引になりますから、ぜひ、利用して下さい)。
 美術史の教師としては、新入生の皆さんには、大学時代できるだけ多くの美術館・博物館を訪れ、美術について知見を深めてもらいたいと思うわけですが、先ほどの例に戻って、車の性能を知るには、あらかじめカタログを読んでいろいろ比較してから試乗に出かけるに越したことはありません。同様に、美術館や展覧会に行くにしても事前にある程度の知識を持っていれば、よりよく楽しめます。
 ピカソ展とかゴッホ展のように、個別の作家を扱った展覧会であれば、大学図書館にある「小学館世界美術全集」の該当巻などで予習するのが良いでしょう。しかしながら、美術の全体的な流れを大きく把握しておくのも、美術館訪問をより有意義にする役に立ちます。ゴンブリッチ著『美術の物語』は西洋美術の全史として定評のある著作で、読み物としても優れており、「美術とは何か」考えるきっかけを与えてくれます(最近出たバイブルサイズの普及版は二千円ほどで買えますし、ベッドとか電車とかどこでも読めます)。日本美術史であれば辻惟雄さんの『日本美術の歴史』が、最近の定番です。
 日本の美術館に行くと仏像や絵巻物、浮世絵などがたくさんあります。これらは仏教や日本の神話、歴史に取材した作品です。仏像をよりよく味わおうとすれば、釈迦如来と薬師如来はどう違うか、などある程度の知識はどうしても必要です。こうした知識は、もちろん、作品を一生懸命見ても自然に獲得されるものではなく、自分で調べて見なくてはなりません。西洋美術についても同様で、キリスト教やギリシア・ローマ神話、各国の歴史をテーマにした作品をよりよく味わうには、その内容について多少は知っておく必要がありますが、その手助けをしてくれるのがホールの『西洋美術解読事典』です。「天使」とか「聖母マリア」「クレオパトラ」など、誰もが聞いたことのある事項について、基本的な知識を与えてくれるだけでなく、主要な作品も紹介しており、拾い読みしても面白い本です。
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 ところで、わたしはイタリア美術を専門に勉強しているので、イタリアという国の社会や文化一般についてもできるだけ幅広い知識を持ちたいものだと思っています。しばらく前まで日本でイタリアと言えば「美術」や「食事」「音楽(オペラ)」あるいは「犯罪組織(マフィア)」などが想起されるだけの国でした(日本=「フジヤマ、芸者、キモノ、ヤクザ」式の発想では、イタリア=「アモーレ、マンジャーレ、カンターレ」などと言われたりしました)。
 しかし、情報化社会が進み、ヨーロッパも身近になった(今ではローマの観光地に行くと、日本の高校生の修学旅行生を見かけるようになりました。大学の卒業旅行でフランスやイタリア、イギリスに行くのはごく普通の出来事です)こともあり、イタリアについても、より実態に即した社会の状況や文化の様々な様子が知られるようになってきました(NHKにはイタリア語講座もあります)。
 そんなわけで、この冊子でも時々、イタリア関係の書籍や映画も紹介しています。今回ご紹介するランベッリの『イタリア的 南の魅力』は宗教から政治、現代文化の諸相におよぶイタリアの多様性を概説した著作です。これを理論編とすれば、グラッセッリの『イタリア人と日本人、どちらがバカか』はイタリアで具体的にありそうな実例を紹介しながら現代イタリア社会の複雑さを教えてくれるイタリア文化論の実践編と言えるでしょう。どちらも日本のことをよく知るイタリア人の著作です。三冊目、池上俊一『パスタでたどるイタリア史』は中世史、ルネサンス史の専門家がイタリア各地のパスタ(スパゲッティだけではありません!)を紹介しながら、それに関連づけてイタリアの歴史を教えてくれます。この本を読んだ皆さんには、スパゲッティだけでなく、ペンネやトルテッリーニ、さらにはニョッキやポレンタも味わってもらいたいですね。
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 最後にあげたゴンブリッチ『若い読者のための世界史』(上下)は、ウィーンでユダヤ系の家庭に生まれたこの美術史学者が二五歳の時(一九三五年)に書いた本が五〇年後に改訂され、新しい後書きを付け加えて出版されたものです。
 この間、ゴンブリッチの故国オーストリアはナチス・ドイツに併合され、ゴンブリッチ自身は英国に移住、戦時中はドイツ語放送モニターとして対独戦に協力し、戦後はロンドン大学のウォーバーグ研究所で長く美術史の研究に携わりました(二〇〇一年没)。
 この「概説書」は訳文もこなれ通読しても面白いのですが、本当の価値は、訳者の中山典夫さんも言うように、「五〇年後の後書き」にあります。第二次大戦から戦後の冷戦、そしてソヴィエト連邦の崩壊と、半世紀の間に世界の歴史は大きく変わりました。その歴史を肌身に体験し、生きてきた歴史家の証言は貴重です。最初に出た邦訳は非常に高価で残念でしたが、文庫本で簡単に手に入るようになりました。これは大変にありがたいことです。
 皆さんは大学に入ったばかりで五〇年後の自分など想像も出来ないかも知れません。でもあなた方にもやがて訪れる未来ですし、「温故知新」は人文学の基本です。皆さんも大学にいる間に、ゼヒ、過去の人々の証言から多くを学んでください。

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『初恋』 ――お薦めの小説二編
遠藤文彦(フランス文学)
 世に「初恋」という名の作品はあまたある。ついぞ日の目を見ることなく、商品として流通することがなかった作品、誰しも一度は書いてみようかと思いながら、思いつきにとどまったか、けっきょく書き終えられることのなかった、作品とも呼べない作品はここに含めない――そんなものまで含めれば、実体験の初恋の数に劣らない文字通り無数の「初恋」があるはずだから。もとより「作品」といっていまここで取り上げようと思うのは小説作品だが、詩や歌、演劇、映画、漫画、テレビドラマも入れたらどれだけの数に上るだろう。絵画や写真など、言葉を介さず、文字通りには物語的展開を持たない媒体にだって該当するものがたくさんあるだろう。
ツルゲーネフ『初恋』(一八六〇年)光文社古典新訳文庫
 そんな中、多くの人が(少なくとも私もその一人である或る世代の日本人の多くが)「初恋」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、なんといってもロシアの作家ツルゲーネフの小説『初恋』であろう。
 すぐれた小説は、それを読んだ時期や年齢に応じて意味を変える。この小説は、まちがいなくそのようなすぐれた小説のひとつである。十代の少年少女や二十代の青年が読む『初恋』と、還暦を迎える男女が読む『初恋』は同じものではない(男が読むそれと女が読むそれも同一物ではない)。ひとつのすぐれた作品の意味を味わいつくすには、時を経て繰り返し読む必要がある。皆さんがいま読む『初恋』はいましか存在しないのだから、この機を逸したら永遠にそれに出会うことができなくなる。純愛の人とも魔性の女ともつかない小説のヒロイン、流行の言い方で言えばファム・ファタルであるジナイーダにいま出会い、四十年後に再会するという喜びを失わないでほしい。主人公ウラジーミル青年は、物語の最後で、それに似た機会が手の届くところありながら、みすみすそれを永遠に失ってしまったことを死ぬほど後悔するのである。
中原みすず『初恋』(二〇〇二年)リトルモア
 ツルゲーネフのそれとは逆に、私の世代の日本人は大多数がそんな作品があることさえ知らないと言うだろうが、皆さんの世代なら、中には読んだことがある人もいるかもしれないのが、中原みすずの小説『初恋』である。二〇〇六年に宮崎あおい主演で映画化されているので、ビデオレンタル店で借りて観て、原作を読んだことがあるかもしれないからだ。これがツルゲーネフの作品と同じくらいすぐれた小説であるかどうかは読んでみて判断してもらいたい。見たところ荒唐無稽な筋立ての小説だが、読んでみれば、若い世代の皆さんよりも、たぶん私の世代の男女の方がじんとくる作品である。実際、考えてみれば「初恋」とは往々にしてノスタルジックなテーマであって、それをいままさに生きているか求めている最中の若い人には訴えかけるところが案外少ないかもしれない(その点ツルゲーネフの『初恋』がすぐれているのは、それが決してノスタルジックな小説ではないからだと私は見ている)。そういうわけで、中原みすずの『初恋』を薦めたいのは、じつは学生諸君にというより、どちらかというと中年から初老にかけての教職員の皆さんに……なのである。
 ときに、戦後の昭和まっただなか、六〇年代(西暦の)後半の東京、とくに新宿を舞台とするこの小説の「実写版」は、もはや当時の姿をほとんどとどめない現地ではなく、いまだ昭和の匂いが漂うわれらが北九州(小倉京町界隈や旦過市場など)をおもなロケ地としている。昭和の匂いといえば、ただでさえ再開発で小ぎれいになってしまった福岡(とくに中心部)では、小汚い昭和をしのばせるものは風前の灯火、天神ビックバンなる再々開発で数年後にはいよいよなんにもなくなってしまうだろう。ノスタルジーには無縁の学生諸君は、昭和の匂いなど頼まれても嗅ぎたくなんかないだろうが、レトロと言い換えればおしゃれで少しは興味が湧くかもしれない。福岡ならビルの間をかき分けないと見つからないが、そんなちまちましたことをするのが面倒なら、映画のロケハン気分で北九州に行こう。そこには町の真ん中に昭和がまだまだドカンと残っている。いまどき福岡でも食せる北九グルメも、地元でいただく味は格別だ!

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英語教師を志す皆さんへ
大津敦史(英語教育学)
 大津由紀雄 編著『危機に立つ日本の英語教育』(慶應義塾大学出版会 二〇〇九年)
 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!これから四年後、社会人としての人生をほぼ決定すると思われる大切なこの四年間、どうか無駄にせず、完全燃焼させてください。もちろん燃え尽きてしまってはいけませんので、自律と自己管理にもしっかり心がけて下さい。
 さて、皆さんの中には、卒業後、英語教師になりたいと思っていらっしゃる方も少なくないでしょう。毎年、英語学科のみならずドイツ語学科やフランス語学科からも教職希望者がたくさんいますので、今回はそのような方たちのために、右記の本を選んでみました。
 まず、編著者である大津由紀雄氏ですが、慶應義塾大学言語文化研究所の教授で、専門は言語の認知科学です。「認知科学って何?」と思われる方は、ぜひインターネットを利用して調べてみてください。最近では、大津氏は日本の英語教育、特に小学校での英語教育の是非について様々な提言をされています。私と同じ姓ですが、残念ながら親類関係ではございません。
 この本の著者には、大津氏以外に、日本を代表する12名の研究者が名前を連ねています。元々この本は、二〇〇八年九月一五日に慶應義塾大学三田キャンパスで開催された公開シンポジウム「「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を超えて」および同年十二月二一日に同大学日吉キャンパスで開催された言語・英語教育講演会「言語リテラシー教育のポリティクス」がもとになっています。二〇〇八年は、二〇〇二年と二〇〇三年にそれぞれ文部科学省によって策定された「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」と「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」の目標達成年度に当たります。この「構想」や「行動計画」がこれまで学校英語教育に与えてきた影響は測り知れません。しかしながら、「英語が使える人材」を希求する経済界(財界)主導のこのような語学行政は、教育現場に無理難題を押し付けた結果、その教育現場はろうこんぱいし、英語教育の質の低下を引き起こしています。
 このような時期に、今一度日本の英語教育、学校英語教育の現状と課題とその解決策を整理・模索してみることは非常に有効だと思います。そのような反省を通して、これから英語教師を目指す皆さんの時代(次代)には、もっと豊かで心地よい教育環境が整備されることを祈って止みません。

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先人を知ろう
甲斐勝二(中国学)
 勝海舟《海舟語録》江藤淳・松浦玲編 講談社学術文庫
 勝海舟、世界でも希有な江戸という大都市を無血に明け渡した立役者。西郷隆盛を友とし、坂本龍馬を門下に置く。篤姫とも仲が良く、姉と偽って江戸を歩き回った事もある。江戸開城の折には混乱を防ぐため、渡世人の世界にまで自ら赴き頼み回る気配りを語る。良く世界を見ている。明治31年まで生きて、伊藤博文の政策への批判も多くある。
 岩波文庫に《海舟座談》があるが、講談社学術文庫の方が注もちゃんとしていて、勝の発言録としては信用できそうだ。
 この本をおもしろいと思うのは、勝の人情の機微に渡る観察や、人物批評の痛快さ鋭さ、また社会や人への気配りから、かつてあった日本の政治家の姿やその手法を知ることができると共に(善し悪し置くとしてこれはつい最近の政治家まで続いている)、「機」を見るといった個人ではどうにもならない社会の動きへの視点もまた示されているところだ。
 内容は読んでいただくとして、中国学を専攻する紹介者にとって、「ふむふむ」と思う文を二つ紹介する。まずは日清戦争後の李鴻章の態度についての発言。
李鴻章の今度の処置などは、巧みなのか、馬鹿なのか少しもその結果がわからないのには、大いに驚いていますよ。大馬鹿でなければ、大変、上手なのでせう。これまでの長い経験では、大抵、日本人の目に大馬鹿と見えるのがエライようです(十五頁)
次に「支那(ママ)人」についての発言。 
ナニ、支那が外国人に取られるというのカエ。誰が取るエ。支那人は、他に取られる人民ではないよ。香港でも御覧なナ、実権は、みな支那人が持っているジャアないか。鶏卵でも豆腐の豆でも、南京米でも、みな支那人から貰っているジャアないか。それで支那人は野蛮だと言うやつがあるカエ。ナニが、文明ダエ(一五八頁)
 勝は西洋列強の植民地化に対してアジアの諸国が連合し、日本は海軍で海を守る役割も考えたこともあるようだ。征韓論も馬鹿な話だと片付ける。勝の考えた方向で日本が動けば、あるいは今とは違っていたかも知れない。どうしてあんな方向に進んでしまったのだろう。

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江戸時代を見なおそう
梶原良則(日本史)
 新入生の皆さんは、江戸時代についてどのようなイメージを持っておられるでしょうか。近年の歴史学研究は、江戸時代の通説的イメージに修正を迫りつつあります。ここでは、新入生にも読みやすい代表的な本を紹介しましょう。
① 磯田道史『武士の家計簿』(新潮新書、二〇〇三年)は、江戸時代の中下級武士の生活を家計簿から復元し、従来の武士のイメージを一新させました。
② 高木侃『三くだり半 江戸の離婚と女性たち』(平凡社ライブラリー、一九九九年)・
『三くだり半と縁切寺 江戸の離婚を読みなおす』(講談社現代新書、一九九二年)は、夫が妻を一方的に離縁できるという夫優位の夫婦関係の通念をくつがえしました。
③ 宇田川武久『真説 鉄砲伝来』(平凡社新書、二〇〇六年)は、一五四三年種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲が伝えられたという通説に疑問を呈しています。
 このほかにも、知的好奇心を刺激してくれる多くの本が皆さんを待っています。図書館を有効に活用しましょう。

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「よい子」ってどんな子?
勝山吉章(教育史)
 灰谷健次郎著『兎の目』(理論社)
 「よい子」ってどんな子?親や教師の言うことを素直に何でも聞く子どもは、確かによい子に違いない。では、親や教師の言うことを聞かない、親や教師の権威を認めない子どもは「悪い子」なのだろうか。いつも親や教師のご機嫌を伺い、「よい子」であり続けることに疲れた子どもは、もうよい子ではなくなるのだろうか。
 『兎の目』の主人公「鉄三」は、そのような問いを投げかける。
 偏差値教育、管理主義的教育に慣らされてきた者にとって、「鉄三」は落ちこぼれに映るだろう。しかし、人間本性に照らし合わせて考えた時、管理化された現代社会に馴染んでいる私たちこそが、大切な人間性を失っているとは言えないだろうか。
 本書を既に読んだ学生も多いと思うが、大学時代に再度読んでもらいたい書物である。

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視野を広げて考えてみよう
高妻紳二郎(教育行政学)
 最初から引いてしまう質問です。皆さんはなぜ大学に入学するのでしょうか?大学の目的とはいったいどのようなものでしょうか?少し難解ですが、教育基本法、学校教育法という法律にはこう書かれています。
 「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」(教育基本法第七条)
 「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」(学校教育法第八三条)
 つまり、大学に入った皆さんは、高い教養と深い専門的能力を身につけて、知的にも道徳的にも成長が期待されている、ということです。皆さんにはこれからどんな経験もできるという特権があります。そしてそれぞれの経験が皆さんを成長させてくれるでしょうが、グーッと引いて自己を客観視できる人、言い換えれば視野を広く持てる人になって欲しいと思います。ここに紹介するのは著者の二〇代の体験記ですが、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)は今なお色褪せない内容で一気に読むことができる本(エッセイ)です。この本が出版される前、私は藤原氏の講演を聞く機会がありました。私が通っていた中学校での講演会です。内容は覚えていませんが「べらべらよくしゃべる人」という印象を覚えています。後でこの本を読み、「ああ、そういう話だったのか。」と合点がいきました。海外に行った時の興奮や不安感は誰でも感じるものですが、表面上の体験ではない自己変容のプロセスに臨場感があり、自身に置き換えて今読み返しても共感できる記述に多くぶつかるので、海外へ行ってみようと思っている皆さんには手にとって欲しい本のひとつです。エッセイですので読み飛ばすにはもってこいです。
 また、岩波新書のなかでも多く読まれている本のひとつ、池田潔『自由と規律』(岩波新書)をここで改めて推薦しようと思います。一九四九年が初版ですから還暦を迎えた本となりますね。イギリスのパブリック・スクールに学んだ著者の体験をもとに書かれた、これも今なお色褪せない内容です。今の日本の教育は「ゆとり教育」とか「確かな学力」、「生きる力」といったスローガンが先行して内実が伴わないことが目立ち、理念と現実が寄り添っていない状況にあります。「もっとも規律があるところに自由があり、最も自由なところに規律がある」という精神はイギリスの伝統です。いま、大学に入って多くの「自由」を手に入れた皆さんであるからこそ、じっくりと、いや、ちらっとでも「自由」の本質を考えてもらいたいと思います。

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外国語学習は小さな作品から挑戦
マーレン・ゴツィック(日独比較文化)
 母が日本語を習い始めた。週に一回フォルクスホッホシューレ(公立のカルチャースクール)に通い、べテランの日本人の先生にひらがなから教わっている。受講者は中学生、大学生、社会人、高齢者と幅広く、受講の背景も仕事で必要な人から親戚に日本人がいる人まで様々である。残念ながら最初十五人程いた同級生は半年で半分近くに減ってしまったそうだ。
 ちなみに、母は今年八十歳。受講者の中で最年長である。母は四半世紀の間、私に会いに六度日本を訪ねている。「アリガトウ」と「コンニチハ」以外話せない母もどうにか日本各地を旅行し、買い物もできた。それなのに、なぜ今になって勉強を始めたのかと少し驚いた。母曰く脳トレのためだそうだ。勉強開始以来、母は授業を一回も欠席せず、予習復習にもしっかり時間をかけているようだ。母には言わないが、次の来日で勉強の成果が出ることを楽しみにしている。
 昨年のクリスマス、そんな母に私は日本語の絵本をプレゼントした。『なまえのないねこ』(竹下文子(作)・町田尚子(絵)小峰書店、二〇一九年)という本だ。母も私も猫が大好きなのだ。母はとても喜んで、早速絵本を読みはじめた。しかし、期待したほどには進まず、結局、電話で一文一文確認することになった。子ども用絵本なのに、ヒントになる絵もあるのに、なぜ難しいのだろうか。
 母は日本語初心者であるから、当然まだ習っていない単語や言い回しばかりだ。絵本だけにくだけた表現も多い。知らない単語は辞書で調べればいいのだが、「おなか」「ひさしぶり」などが載っていないと母に言われる。当然そのようなことはなく、ひらがなを読み間違えただけであった。「お」と「あ」、「き」と「ち」と「さ」を混同していたのだ。また、助詞や助動詞が組み合わさると辞書で調べることも困難になってしまう。最終的には、よくよく考えると話の筋が通っていないのだが、独自の物語を作り上げてしまった。
 まったく漢字が出てこない絵本なので、ひらがながたくさん並べられていて、単語の区切りが分からないのも大きな問題だ。「ちいさかったんだけどね」という言葉は、日本語が話せる子どもにとってはごく自然に理解できるが、日本語を勉強し始めたばかりのものにとっては「ちいさ」だけで「ちいさい」を類推することすら難しかったようだ。もちろん、私も今でも苦労しているが、特に日本語を学び始めたころの苦労をすっかり忘れてしまったのは恥ずかしいことだ。ドイツ語を教える側である私にとっても、母語と全く違う語族の言葉を学ぶ難しさを再認識した。
 結局私の思惑と違い、絵本を母と一緒に読むことは、楽しくもあったが、大変な作業となってしまった。しかし絵本とはいえ、未知の外国語で一つの作品を最後まで読んだ母には大きな達成感があったそうだ。
 ドイツ語やフランス語を学び始める新入生も同じ難しさに直面する。授業では教科書を使い、段階的にレベルが上がるので、突然未知のテキストを読むような心配は要らない。しかし私は、十八歳でも八十歳でも関係なく、一つの作品にチャレンジして欲しい。絵本、短編小説、歌、興味を持っているものであれば何でもよい。「できた!」という達成感を得るために、最初は短いものを選ぶことを勧める。小さな達成感が新たなモチベーションに繋がり、言語上達の原動力となるだろう。私も日本語を学び始めたころの気持ちを忘れずに、学生のチャレンジを応援していきたい。

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詩を選び、集め、そらんじる、そして詩をしたためる
堺雅志(オーストリア文学)
 半世紀以上生きてきて、後悔しているが、諦めきれないでいることがある。人生のいろいろな局面で出会ったことばを、もっともっとたくさん暗誦できるようになっておけばよかったということである。学生時代の友人のなかに、覚えたての好きな詩を酒を飲むと朗々と暗誦する者が幾人かいた。古今東西の珠玉のことばを酩酊のなかで味わったことを鮮明に覚えている。そのなかにオマル・ハイヤーム『ルバイヤート』(岩波文庫他)の一篇もあった。
 論者の師匠の世代は、幼いころには『和漢朗詠集』(講談社学術文庫他)を当然のように諳んじていたそうである。『小倉百人一首』(中野三敏編『古文書入門 くずし字で「百人一首」を楽しむ』、角川学芸出版がおすすめ)をはじめとする和歌や、江戸期に隆盛をみた俳諧などは、遊びのなかで身についていたそうである。身につけた漢学の素養や和語の豊かさから紡ぎ出される師のことばは、それはそれは心に沁み入るものであったし、文をしたためる折、いまだに手本とするものである。
 十代の頃、濫読に耽った時期があった。ともかくたくさんのものを読み漁ろうと思い立って、詩集ならば余白も多いし、字数も少ないので、長編小説なんかよりもずっとはやく読みおおせるだろうなどとよこしまに目論んで、気になる詩集をいくつも手に入れた。ところがすいすいと読めるどころか、一向に先に進めない。繰り返し繰り返し、行きつ戻りつ、何度も何度も活字を追っても読んだ気にならなかった。詩を読むには、小説とは比べものにならないほどの時間と
根気を要することを、そのとき身をもって知った。詩にはことばが凝縮されているのである。普通に言われていることなどほぼない。研ぎすまされたことばにできうるかぎり寄り添って、考えをめぐらすほかない。やがてほんのわずかだが詩を理解できたとき、ふとこう感じたことがあった。詩は、ことばによる「発明」であると。「曰く言いがたいなにか」としての体験や思想がもし表現できたとしたら、それは「発明」と言えまいか。
 詩には型がある。音の一致である韻であったり、決められたリズムであったり、文字数であったり、言語によってさまざまである。規則があると、それは当然、破られもする。すると自由詩なるものが生まれたりもする。古来、ひとは詩のなかに、いわく言いがたいなにかを表現してきた。そしてそれを集めてきた後世の者たちがいて、ことばの財産を詩集、詩撰としてまとめてきた。なぜこのような営みが続けられてきたのか。けだし詩には、書かれた言語の語彙や文法、統語法などの既存の規則をさらに豊かにする、いわばことばの限界をおし拡げる力がある。その力を継承するために、詩集は編まれ、読書に供されてきた。爾来じらい、詩人の名を冠した詩集が編まれること、枚挙にいとまがない。
 まずは気になる詩人を探してみよう。手はじめに好きな歌手やアイドルグループの歌詞でもよい。とことん読み込んで味わってみよう。論者の気になる同郷の歌手といえば、井上陽水椎名林檎である。歌謡曲の作詞家、西條八十阿久悠松本隆の詩は心に響く。洋楽もよい。かつて外国語を学ぶ入り口でもあったことを思い出す。そこから始めて、彼らが影響を受けた詩人たちもいたことに思いを馳せてみたいものだ。幸い日本には、たくさんの詩の翻訳がある。『ドイツ名詩撰』『フランス名詩撰』『イギリス名詩撰』『アメリカ名詩撰』『中国名詩撰』(岩波文庫)などをひもとくと、目に飛び込んでくる原詩と対訳に、ことばの限りない沃野よくやがひろがりゆくのを感じるだろう。そしてそれらのなかからお気に入りを私歌集アンソロジーとして編んでみる。そうなれば諳んじたくなる詩もきっと見つかる。
 だんだん柔らかさが失われてきた脳に、詩を覚えこませるのは至難の業であり、苦行ではあるが、老いに対する抵抗としてばかりでなく、余生を豊かにするためにも続けてゆこうと考えている。そしてできることならばいつか詩を認めたいという野心を抱いている。

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プロカウンセラーの聞く技術
坂本憲治(臨床心理学)
 東山紘久(著)『プロカウンセラーの聞く技術』(創元社 二〇〇〇年)

 プロカウンセラーとは何でしょうか? 「臨床心理士」「公認心理師」という資格をもっている人。そう答える人もいるかもしれませんね。そのとおりです。でも資格の名称から何ができる人かまではわかりません。
 私の経験ですが、カウンセラーとして初対面の人にあいさつをすると「人のこころが読めるんですよね?」と聞かれることがあります。冗談交じりに「考えを見透かされていそうで怖いなぁ!」なんて言われることも。どうも世間のプロカウンセラーへのイメージは「心が読める人」のようです。

 この定番のやり取りに対して、私はいつも「人のこころなんてわかりません」とお答えします。そうすると、だいたいの人はぽかんとします。なので、「わからないから聞くんです。とにかくよく聞いて、理解したつもりにならない。それが仕事です」と付け加えます。

 皆さんは「赤」という単語を聞いて何をイメージしますか?
 あなたがイメージした赤と私がイメージした赤は、同じでしょうか。同じだとしたら、何を根拠に同じだと言えるでしょうか・・?

 プロカウンセラーとは、「簡単にわかったつもりにならない人」です。色の「濃さ」一つとっても、私とあなたでは違う可能性があります。鮮明な赤をイメージする人もいれば、くすんだ赤をイメージする人もいるでしょう。また、「赤」と聞いて「情熱的」と感じる人もいれば「愛」を想像する人もいるでしょう。「恨み」や「執念」の象徴と捉える人がいても不思議ではありません。「赤」にまつわるいい思い出がある人もいれば、苦々しい思い出がある人だっているわけです。
 私とあなたの「赤」は異なるのです。

 プロのカウンセラーはこのような「相手と認識が異なる」という前提をいつも忘れません。そして他人との違いに対して受容的です。少なくとも批判はせず、「その人らしさ」を理解しようと努めます。自分の価値観や考えをいったん横に置き、あたかも相手になったかのようにその人を理解しようとします。専門的にはこれを「共感的理解」と呼びます。

 東山紘久先生のご著書『プロカウンセラーの聞く技術』には、三十一項目に渡ってそのことが丁寧に書かれています。少し目次を紹介しましょう。「聞き上手」をイメージしやすい項目としては、「相手の話に興味をもつ」「聞き上手は話さない」「相づちを打つ」「自分のことは話さない」などの見出しが目に入ります。しかし、こっそりと上級編・応用編も入っています。例えば、「嘘はつかない・飾らない」「他人のことはできない」「相手の話は相手のこと」「説明しない」・・・・これらは一般向けの「聞く技術」としては、大変に難しい要求といえます。なぜでしょうか。

 あなたはこんな経験ありませんか。
 誰かの話を聞いていて、実はとても気休めを言えるような状況ではないのに相手を励まそうと善意から「大丈夫!」「あなたならできる!」と伝える。話を聞いているうちに「こうすればいいんじゃない」とアドバイスする。自分の助言を正確に伝えたくて、言葉や理屈を並べて説得にかかる。あるいは、話を聞きながら(いけないと思いつつ)イライラして「言い訳が多くない?」「あなたにも問題があるんじゃない?」と言ってしまう。

 日常生活ではどれもありがちなことですよね。しかも関係の近い人ほど。端的に言って、プロカウンセラーは、こういうことをしない人です。(いえ、プライベートではそういうことをしているはずですが)カウンセリング関係の中では、その技術を最大限活用しながらお仕事をします。ただ、その技術はお仕事の中でしか活用しません。カウンセラーも人間ですから、日常生活すべてに「聞く技術」を使っていると、くたびれ果ててしまいます。「聞く技術」は相当体力のいるテクニックなのです。

 『プロカウンセラーの聞く技術』、ぜひ手に取って読んでみてください。日常生活の中で「聞く技術」を有効活用したい人にお勧めしたい一冊です。人文学部を選び入学してきた皆さんであれば、心に響く一文を見つけることができるでしょう。

 ちなみに、誤解のないよう付記しておきますが、この本を読めばカウンセラーになれるわけではありません。また、プロカウンセラーは「受動的に聞くだけの人」ではありません。専門的な助言やアドバイス、問題解決をする技術もしっかり持ち合わせています。しかし、その技術を活用するのは、カウンセリング関係のみ。そして、十二分に相手のことを理解してから。まずは相手を理解することに注力する専門職なのです。

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大学生とは何者か
須藤秀平(ドイツ文学)
 君たちは晴れて大学生になった。高校と違って授業が朝から晩まであるわけでもないし、生活指導のこわい先生もいない。言うなれば君たちは自由だ。でも、「何でも自由にやっていいよ」と言われると、これまた意外と難しい。
 せっかく時間があるから、何か新しいことを始めてみようか。でも「時間がないから」という理由でこれまでしてこなかったことは、時間があっても大抵しない。すでに何か目標があって、そこに向かって一直線な人は立派だけれど、そもそも進路をしっかり定めた人なら人文学部には入らないのではないだろうか(違ったらごめん)。「文学部は遊ぶん学部」なんて言葉もひと昔前にはあったくらいだ。そして僕はかつて心底望んでそこに行った。
 ただし、ここで言う「遊ぶ」というのは、仲間と意味なく「ウェーイ」と叫んだり、瞳孔開きっぱなしでスマホゲームに熱中したりするのとは少し違う気がする。あるいは、大学生のうちに就職に有利な資格を取ったり、バイトで経験を積んだりすることも大事だろう。でも実はそんなものは、いっそ働いてしまえば大体できる。「大学生のうちにすべき〇〇」なんてタイトルの本もたくさん見かけるけれど、絶対やった方がいいようなことはもうやっているし、人から言われて初めてやるようなことはどうせできない、というのが僕の持論だった。
 では、大学生とは何をする生き物なのだろう。
 例えば夏目漱石の『三四郎』には、明治時代、つまり一〇〇年も昔の大学生が出てくる。のっけから夏目漱石なんて真面目な先生みたいだけれど、この本はマジでヤバい。冒頭の場面からして、主人公が走っている電車の窓から弁当の空箱を投げ捨てる場面には度肝を抜かれるし、しかもそのとき食べかすを向かいの知らない女の人の顔面にぶっかけるというクレイジーぶりだ。内容は、東大に通うために熊本から上京する大学一年生の話だ。なんで、私が東大に、って人も多いと思うし、九州を離れるところは君たちとは違うけれど、これからの大学生活に喜びと不安を感じながら、実際に何をしたらいいのかよくわかっていないところは君たちと同じだ。
 主人公の三四郎くんは、親元離れて大学生活を送りながら色んな体験をする。弁当をぶっかけた年上の女の人といい感じになりかけてならなかったり、へらへらした友人と授業をサボってトラブルに巻き込まれたり、年の近い女の子といい感じになりかけてやっぱりならなかったりする。そして三四郎くんは、大学生活のなかで「研究者」という存在にも初めて触れる。野々宮さんという先輩は、穴ぐらにこもってよくわからない装置をひたすら覗き込んで暮らしている。彼は病気がちな妹のお見舞いよりも、美人からの遊びのお誘いよりも、よくわからない装置を覗き込むことを優先する。要は変人だ。
 でも実はこういう人たち、大学にはうじゃうじゃいる。福大も例外ではない。そもそも、高校までの先生は基本的には授業とか指導とかいったことを仕事にしているのに対して、大学の先生たちは本業は研究者で、片手間に授業をしているにすぎない(こんなことを言って僕がクビにならないかが心配だ)。少なくとも、大学の先生っていうのは、君たちの顔も見ずにかったるい講釈を垂れたり、冗談まじりに外国語を教えたりするだけの人たちじゃない。それぞれに専門の領域を持っていて、それに関係する内容を一つでも質問したら、バカみたいに三〇くらいにして返してくれる人たちだ。君たちもバイトや、仲間との「ウェーイ」に疲れたら、先生たちの穴ぐら(研究室)を覗いてみても面白いかもしれない。もっとも、そんな変人とは実際に会う前に『三四郎』を読んで予習しておくのが得策だ。
 ちょっと話はそれたけど、「遊ぶ」余裕をたんまり持ちながら、でも自分がいまやっていることが今後の人生にどう活かされるのかわからないのが『三四郎』で描かれる大学生だ。そんな「遊ぶ」余裕がある青年があれこれ体験しながらあれこれ考える、という筋書きの本は、他にも結構たくさんある。
 例えば、これは大学生というより浪人生の話だけれど、庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』にも、結構優秀なのになかなかうまくやれない薫くんという青年が出てくる。これは昭和の小説だから、『三四郎』よりは身近だと思いきや、「ゲバルトで大変」とか、六〇代くらいの人に聞かないとわからないような言葉も出てくる。それでもこの小説にはもうちょっと普通の人も出てくるし、薫くんには一応彼女もいる。そしてそうした人たちと薫くんはそこそこ上手に接することができる。むしろそのせいで、かえって自分のことを「お行儀がいいだけがとりえの全くつまらない若者」だと思ったりもする。
 これは僕にもちょっとわかる。大学生の僕はせっかく「遊ぶん学部」に入ったくせに、社会に出たらできなくなるような大冒険に出るタイプじゃなかったからだ。でも、薫くんには明確な意志がある。薫くんは大学生のお兄さんと教授のおしゃべりに刺激を受けて、「みんなを幸福にするにはどうしたらいいのか」を自分でも考えようと心に誓うのだ。薫くんは、「知性」とは自分だけじゃなく「他の人たちをも自由にする」ものだと理解する。そしてネタバレになるけれど、物語の最後には、名前も知らない道草好きの小さな女の子のために、本屋で「赤ずきんちゃん」のお話を一緒に選んであげるのだ。ものによって終わり方が違う色んな版の中から、その優しい女の子に一番似合う、一番素敵な赤ずきんちゃんのお話を。
 僕はこの本を、素直に感情移入して読んだ。でも、「知性」とか「みんなの幸福」とかにいまいちピンとこない人、あるいは「なんだ気取りやがって」くらいに思った人には、高田里惠子の『グロテスクな教養』をおすすめする。これは小説じゃなくて、高学歴エリート(の男)がいかに屈折しているかをわかりやすく解剖した本だ。そうは言っても、「エリートは本当はバカだ」とか「いい大学を出ても社会では使えない」とかいう話じゃなくて、むしろそこまでしてたくさんの人たちが偉そうに、そして不器用に求めてきた「教養」って何だろうと冷静に考えた本だ。熱っぽい薫くんとは真逆だけれど、ある意味ではこの本だって「知性」によって「みんなの幸福」を目指すことにつながっている。
 たしかに、自分が一生懸命勉強したら社会が良くなると思うこと自体、バカげているというか、おこがましいのかもしれない。でもよく考えたら、これは大学で学ぶ人たちだけじゃなくて、人間がずっと昔から目指してきたことなんじゃないだろうか。そしてそうした問題をじっくり考える時間があるのが大学生なんじゃないだろうか。それは「大学生のうちにすべきこと」というよりは、嫌でもそうなってしまうことで、本当はそこから目を背けたくて、みんな早くから社会人の真似事をしたり、ぎゃあぎゃあ騒いだりしているんじゃないだろうか。
 誰もが知っているドストエフスキーの『罪と罰』だって、要は社会を良くするために何をすべきかを考えすぎた若者の末路だ。自分が目指す理想のために他の人を殺すのはマズいけど、頭がいいおれは社会のために殺す人を選んでもいいんだって、誰もが一度は考えたことがあるんじゃないだろうか。逆に言えば、現実に何かをする前に頭の中で(あるいは小説の中で)シミュレーションすることはとても大事だ。そんな思考実験キャラの現代版は漫画『デスノート』の夜神月くんだ。そうそう、『デスノート』を読んだことがないならそっちも読んだ方がいい。ちなみに僕は去年、君たちと同じ一年生のみんなと一緒にドイツ語で読んだ。ついでに宣伝すると、ドイツ語は例外事項も必要な語彙数も英語よりずっと少ないから、ちゃんと勉強すれば一年生のうちに結構読めるようになる。
 そう言えば、ドイツの小説を挙げるのを忘れていた。これまで紹介したような、「遊ぶ」余裕がある青年があれこれ考えて成長するお話を「教養小説」って言うんだけれど、実はそんな小説はドイツが発祥と言われている。君たちもきっと名前は知ってる文豪ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を筆頭に、「教養」(ドイツ語ではBildung=作り上げること)という考え方・あり方はドイツでは昔から大事にされてきた。ノーベル文学賞を獲ったトーマス・マンの『魔の山』なんて長い小説も、こうした伝統に属している。これはある青年が病気のせいで山の中の施設に隔離されて生き方を見つめ直す話だ。それまで「現実」と思っていた場所を離れて、わけのわからない世界で自分に向き合うっていうのは、ファンタジーの典型だ。知ってる人もいるかもしれないけど、ドイツはファンタジーの国でもある。古典的なのではノヴァーリスの『青い花』があるし、身近なやつではミヒャエル・エンデの『はてしない物語』が面白い。
 僕としては北九州市出身の演出家、松尾スズキの『クワイエットルームにようこそ』なんてのは小説も映画も好きだったけど、要は「異世界に行って生まれ変わる」っていうのが文学の醍醐味で、「遊び」の境地なんじゃないだろうか。そしてそれを存分に体験できるのが大学生という不思議な時間なんじゃないだろうか。もしハマりすぎて迷宮に迷っても大丈夫。いまだに魔法使いみたいな暮らしを続けている先生たちがきっと助けてくれるから。

*推薦図書一覧(掲載順)
 夏目漱石『三四郎』新潮文庫
 庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』中公文庫
 高田里惠子『グロテスクな教養』ちくま新書
 ドストエフスキー『罪と罰』(上・下)新潮文庫
 大場つぐみ、小畑健『DEATH NOTE』集英社ジャンプ・コミックス
 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(上・中・下)岩波文庫
 トーマス・マン『魔の山』(上・下)新潮文庫
 ノヴァーリス『青い花』岩波文庫
 ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』岩波書店
 松尾スズキ『クワイエットルームにようこそ』文春文庫

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イギリスについてもっと知りたくなったら
園田暁子(英文学)
 最近、マンションのエレベーターに「今日は何の日」かについての情報が流れるようになりました。一月十一日は鏡開きの日、二月三日は節分といった伝統行事や暦に関するものもあれば、一月二十三日は、「一(いい)二三(ふみ)」の語呂合わせで電子メールの日というものもあり、乗るたびにちょっと楽しみなのですが、中にはもっと面白いものもあります。例えば、一月二十二日は何の日だと思いますか?一八八七年、鹿鳴館に日本で最初の電灯が灯った日なのだそうです。
 これを見て、「なるほど」と思ったり、内容を覚えるだけでも知識は一つ増えます。小さな一歩です。でも、ここで、「鹿鳴館ってどんなところだったっけ?」、「日本で最初の電灯ということは、世界で最初の電灯はどこで灯ったんだろう?」という疑問が湧いたらしめたものです。そして、それについて自分で調べてみようと思ったらそれはさらに大きな一歩だといえます。
 それでは、調べてみようと思ったら何を使いますか?おそらくほとんどの人がスマホを取り出して検索することでしょう。そこには、世界中の人が発信する様々な情報があり、すぐに答を見つけることが出来るかもしれません。ウィキペディアは便利ですし、情熱を込めて自分の好きなことについて様々な情報をまとめたウェブサイトを作っている人もいます。
 でも、残念ながら、そこにあふれる情報はすべてが信頼できるものではない場合があるということも頭に置いておいてください。ウィキペディアを情報にたどり着く入り口として活用することは悪いことではありませんが、必ず他の複数の情報源を確認したり、出典が明示されている場合は、その元情報にもあたって確認するなど、鵜呑みにしないことが大切です。(くれぐれもウィキペディアの情報だけでレポートを書くなんてことが無いように!)
 では、信頼出来る情報にたどり着く方法にはどのようなものがあるでしょうか。それは、やはり図書館を活用することです。もちろん本に載っている情報がすべて正しいというわけではありませんし、一つのことに対して見解が分かれている事柄もあります。ただ、本を作るという作業には、多くの材料や費用、労力もかかるので、それらをかけるだけの価値のある情報に出会える確率はかなり高まります。いくつかの本を読むことで、ある物事の全体像も見えてきますし、異なる見解や情報をもとに自分の意見というものを持つことが出来るようになります。
 でも授業の合間に図書館に行くのが難しいこともありますね。実は、図書館に行かなかったとしても図書館は利用できます。福岡大学の図書館では利用できる数多くのデータベースもあり、その中には、リモートアクセスができるものもあるからです。ネットで電灯の歴史について検索していると、白熱灯を実用化したのは、スコットランド人のジェームズ・ボウマン・リンゼイ(James Bowmann Lindsay, 1799–1862)という情報が見つかりますが、もし、彼のようなUnited Kingdom(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドによりなっている国、通称イギリス)の人について詳しく知りたいと思ったら、リモートアクセスを活用してOxford Dictionary of National Biography(DNBと略されます)を使ってみてください。これはイギリスの歴史に足跡を残した人たちの伝記をまとめたデータベースで、最初のものはヴィクトリア朝後期に編集が始まり、一九〇〇年に完成された歴史ある辞典です。
 大学では受け身ではなく、能動的に動かなければ何も得られないとよく言われますが、自分でもっと知りたいと思って調べてみる、こんな小さな能動的な行動の積み重ねは、四年後に大きな違いを生むことは間違いありません。人との出会いはもちろん、本や情報との出会いを通じて大きく成長してください。

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希望のために
辻部大介(フランス文学)
 「大学」および「文学」を棲息域とする者として、両者にまたがるがゆえに愛着をおぼえている文芸作品に、柘植文『野田ともうします。』(①〜⑦、講談社ワイドKC)、および、奥泉光『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』『黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2』(文藝春秋/文春文庫)があります。前者は埼玉県に位置する架空の大学「平成東京大学」のロシア文学科に在籍する文学好きの女子学生を主人公とし、後者は千葉県に位置する架空の大学「たらちね国際大学」の文芸部を主要な舞台としています。両作品に共通するのは、学生同士のやくたいもない会話や彼らの日常を彩る些末な出来事を、冷めた目で見つつも深い愛情をこめて描いている点で、そこに文芸用語で言う「ユーモア」の最上の例を見る思いがします。と同時に、大学を含めた社会全体をうっすらと覆っている絶望をも容赦なく描き出していて、この絶望の中に小さな希望の灯をともす、といったつつましやかな抵抗の姿勢に、若いみなさんも共感してもらえるのではないかと思います。
 ところで、ベーシック・インカムという言葉を聞かれたことはあるでしょうか。すべての人に、一定額のお金、たとえば毎月八万円を、一生のあいだ無償で支給する、という制度のことです。稼ぎのある人はそのぶん自由に使えるお金が増えて生活が潤いますし、職につけずにいる人も、当面の生計をなんとか維持しつつ就業機会を探ることができます。みなさんも、お金に困っているいないにかかわらず、そんなうまい話があるのだったら、今すぐ乗りたいと思われるのではないでしょうか。高等教育の無償化や給付型奨学金の充実が議論されており、それに反対する理由は何一つありませんが、国や地方自治体の財政難が実現を阻む壁となっているのは事実です。そしてこの財政難は、為政者の無能や無定見以上に、現在のお金の発行と流通のしくみが内蔵する構造的な欠陥に起因するので、その欠陥を正すことが早道と思われます。
 ベーシック・インカム(以下、BIと略記)について書かれた本はいろいろありますが、私が読んだ中で、たいへんわかりやすくBIの本質を説き明かしてくれていると感じた、古山明男『ベーシック・インカムのある暮らし 生活本位制マネーがもたらす新しい社会』(ライフサポート社)を紹介します。三章からなっており、第一章では、BIによってわれわれの暮らしがどう変わるかという展望、第二章では、BIを導入すべき根拠となる、日本の経済状況の解説、第三章では、BIをどのように導入し運用していくかという具体的な青写真が、それぞれ述べられています。今の社会は、働けば働くほど皆が貧しくなるようになっていますが、著者によれば、それは現行の通貨が〝生産本位制マネー〟であるためなのです。日本円と並行して「E円」と名づけた電子マネーを発行し、BIとして国民にゆきわたらせることで、企業の業績は上がり、政府の財政は改善され、こうして国の経済全体がうまくまわるようになります。BI論でかならず問題になる財源をどうするかという点についても、試算の数字をあげながら周到に論じられていて、これならさっそく実現可能と思わせられます。
 BIによって社会全体も、われわれ一人一人の生活も、今よりずっとよい方向に向かうだろうと確信できるだけに、この構想を画に描いた餅で終わらせてはならないと強く思います。そのために、まずはBIについて一人でも多くの人に知ってもらいたく、私にできることとして、この場で紹介しております(それゆえ、この一文が、新入生のみなさんのみならず、みなさんの家族、友人、知人、等々の目にも留まることを願っています)。なお、著者の古山氏は、経済の専門家ではなく、私塾の経営者として教育問題に関わる中で、BIという制度が個々人の人間性を開花させるための支えとなりうることに注目し、研究を始めたのだということです。教育の分野での著書に、こちらも好著の『変えよう!日本の学校システム 教育に競争はいらない』(平凡社新書)があります。

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イギリスの大学入試問題はいかが?
鶴田学(英文学)
 大学入試を終えて入学したばかりの皆さんに他大学(しかもイギリス!)の入試問題を勧めるのは、いかがなものだろうか? と思いながらも、勧めざるをえない。なぜならば、あまりにも入試が面白いからです。もちろん、こう言うわたし自身、全問正解などできる自信はない。(いや、それどころか、まったく歯が立たない問題すら沢山ある。)それでも、半分恥をさらしながらも、このようなエッセイをしたためてしまうのは、自分が知ってしまった極上の楽しみを人にも教えずにはいられないからです。
 ジョン・ファーンドン著、『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題 「あなたは自分を利口だと思いますか?」』(小田島恒志・小田島則子訳)(河出文庫)という無茶苦茶むちゃくちゃ長いタイトルの本がそれです。本書にはオックスブリッジ〔オックスフォード大学とケンブリッジ大学を併せた呼び名。蛇足ながら、「オックスブリッジ」という名前の大学があるわけではありません〕で実際に入試の面接官が出題した六十の難問奇問が、少しアヤシイ模範解答と一緒に掲載されています。時間のない方は、すぐに解答を読んで、「ああ、こんなもんか」と思えばよろしいでしょう。けれども、学ぶことが使命である大学生の皆さんには、まず自分なりの答をじっくりと考えて頂きたい、是非ぜひ
 法学、物理学、医学、哲学、数学、地理学云々といった多岐の分野にわたる問題は、どれも刺激的で、どこから読んでもハズレはない。けれども、ここはひとつ、自分の一番得意なところから攻めてみよう。第五十四問、「『ハムレット』はちょっと長いと思いませんか? まあ、私はそう思いますが。」〔オックスフォード大学・英語英文学〕。先に書いたように、各問には著者であるファーンドン氏の模範解答が付いていますが、わたしは、ファーンドン氏の解答に納得していません。
   ※
 この紙面を借りてマジレスしよう。まず、「私はそう思いますが」っていうのが、あからさまな《釣り》ですね。これに釣られて「『ハムレット』は長すぎる。終わり。」などと答えようものならば不合格間違いなし。相手はオックスフォードである、たぶん、『ハムレット』が長いかどうかを真に疑うところから始めねばなるまい。実は、『ハムレット』には「短い『ハムレット』」と「長い『ハムレット』」がある。本当はもう一種類あるが、ここでは話を単純化して《短ハム》と《長ハム》があるとしておこう。前者のことを書誌学の用語でQ1と呼ぶ。後者はF1と呼ばれる。
 このうち先に世に出たのがQ1だ。しかしながら、このQ1というのは、どうも海賊版のテクストのようで、劇団員のなかの誰かが仲間を裏切って、一座の大切な《資産》である脚本を出版者に売ったものらしい。だから、テクストは不正確で、間違いだらけで、長さも極端に短い。では、Q1というのはダメなテクストかと言えば、必ずしもそうではない。上演するには適切な長さで、間合いテンポが良い。また、何よりも、気取った、芝居がかった台詞回しではなくて、本当に人間がしゃべっているような躍動感がある。もしかすると『ハムレット』もQ1で読んだり観たりすれば、決して長くはないかもしれない。
 では、F1は長いだろうか? うん、確かに長そうだ。ケネス・ブラナーというアイルランド出身のシェイクスピア俳優が主演・監督を兼任して、F1のテクストに忠実な、カット無しの映画を製作したが、なんと四時間の長さである。しかし、待て! この問題の出題者はオックスフォードの教授である。『ハムレット』のF1は長い、という凡庸ぼんような答に満足するであろうか?もっと根源的なことを問う、哲学的な解答を模索すべきではないだろうか?
 長いか、短いか、それは主観の問題である。(「まあ、私はそう思いますが。」とは、釣りではなく、ヒントだったのである。恐るべし、オックスフォードのふところの深さ!)たとえば、あなたが『ハムレット』が大好きで、作品を繰り返し愛読したがために台詞を全部覚えてしまったとしよう。さらに、シェイクスピアがつむぎだした巧みな言葉のあやを堪能するがために、近代初期英語(Early Modern English)というちょっと古めかしい英語を学び、英語の古語までも理解できるようになったとしよう。そんなあなたがブラナー版の『ハムレット』を観たとき、「たったの四時間」が永劫のように長く思えるだろうか? 答は「ノー」であるに違いない。
  【まとめ】
 『ハムレット』には書誌学上、優劣の付けがたい複数の初期版本があり、一概に『ハムレット』が長いかどうかは断言できない。さらに、作品の長さとは、およそ主観の問題である。故に、『ハムレット』F1はシェイクスピアの劇作品としては確かに長いが、英語英文学を専攻する学生にとっては、決して長すぎるとは言えない。
  【読書案内】
 驚くべきことに、翻訳天国と言われる日本では『ハムレット』Q1とF1のどちらも文庫本で手軽に読むことができます。
 Q1 『ハムレット』Q1 安西徹雄訳  光文社古典新訳文庫
 F1 新訳『ハムレット』 河合祥一郎訳 角川文庫

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学ぶことを支える仕事
徳永豊(支援教育学)
 教師は学校で子どもたちと授業をして、国語や数学の内容を教えることが仕事である。別の言い方をすれば、学校で子どもたちがよりよく学ぶことを支える役割が教師にある。
 子どもたちは、学校で同じように学ぶのであろうか。学びについて、みんなが同じであることはけしてない。それぞれの理解の程度、これまでの経験、学び方など実に多様である。
 よくわかる子ども、理解が早い子どもがいる。また、よくわからない子ども、理解がゆっくりの子どもがいる。教師として「学びを支えること」を考えた場合に、どちらがおもしろいのであろうか。
 「よくわからない子どもに教えることがおもしろい」という障害のある子どものための学校の教師がいる。わかる子どもとの授業では、教師の苦労は少ない。よくわからない子どもとの授業は、教師が工夫し苦労しながら授業に取り組む。数多くの失敗を繰り返し、授業に工夫を加えることで、徐々に子どもの「学びを支えられる」ようになる。そしてはじめて、子どもと「わかった喜び」を共有できるように教師が成長する。
 「よくわからない」世界で、「わかる」を拾い上げた瞬間である。この瞬間があるからこそ、やめられない仕事が学校にはある。
村田 茂 著
 『障害児と教育その心 ── 肢体不自由教育を考える』慶應義塾大学出版会(一九九四)
 肢体不自由教育の道を三〇年、歩んできた著者が、子ども一人一人を大切にする温かい視点で特別支援教育全体と肢体不自由教育のあり方を見渡し、わかりやすくまとめたものである。
徳永 豊 著
 『重度・重複障害児の対人相互交渉における共同注意 ── コミュニケーション行動の基盤について』慶應義塾大学出版会(二〇〇九)
 意図・感情の共有や人間関係の形成に必要な「共同注意」、乳幼児が獲得する「共同注意」の形成までを「三項関係形成モデル」として示し、障害のある子どもの事例研究によって、「自分の理解」や「他者への働きかけ」「対象物の操作」の発達の筋道を示す。

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Abendland 夕方の国
冨重純子(ドイツ文学)
 夕方。空には壮麗な光と影のドラマが繰り広げられる。建物や街灯に光が点じられる。空と地上の境が定かではなくなり、空の明るさと地上の明かりが交じり合って感じられる、不思議な時間だ。仕事を終えて、人が路上に出ている。部活帰りの制服姿がふざけあっている。今日はどこでビールを飲もうかと歩く人たち、子どもを迎えに保育園に急ぐ人たちがいる。もちろん、この時間に帰れる人ばかりではない。
 学校に昼間部と夜間部があるのはそれほど古い制度ではないようだが、昔ながらの昼と夜の区別があってこその制度ではあるだろう。今日の世界は、それを望んだかどうかはともかく、二十四時間体制になってしまった。オーストリア出身のニコラウス・ゲイルハルター監督による『眠れぬ夜の仕事図鑑』(二〇一一年)という映画がある。議会、病院、工場からオクトーバーフェストまで、「眠らぬヨーロッパ」を映し出すこの映画は、夜を失った社会を示して衝撃的だ。原題は いみじくもAbendland、すなわち「夕方の国」であり、西方(西洋)を指すドイツ語のことばだが、現代の社会が昼もなく夜もなく活動しているのは、私たちにも親しい現実である。
 「光」ということばの意味も、こうなると変わらざるをえないように思われて、そんなことを思っているところに、小林エリカの『光の子』(第一巻二〇一三年)というコミックが現れた。「光」は「闇の中の光」、「世を照らす光」のように、伝統的に善や真理を表し、「光の子」はキリスト教の文脈では信仰者を指すようだ。しかし小林エリカの「光」は、端的に「放射能」なのである。
 なんとも奇妙なマンガ、コミックである。「ぼくの名前は光」。二〇一一年の日本に生まれた「光」少年と猫の「エルヴィン」が、時間を飛び越え、一八九五年のレントゲンによる「X線」、翌年のベクレルによる「放射線」の発見から始まる「放射性物質」の歴史に立ち会っていく。コマ割りがあったりなかったりするマンガのページに、年表や数式や歴史的写真が挟み込まれる。第一巻の主人公のひとりはマリ・キュリー。「キュリー夫人」の名で知られるノーベル物理学および化学賞受賞者、「放射能」の名づけ親である。祖国ポーランドとのつながり、ボヘミア・ガラスの蛍光着色に用いられていたウランのこと、当時の女性科学者の地位、娘たちのことなど、内容はめまいがするほど複層的だが、語りは詩的と言ってよい。史実とフィクションが織り交ぜられて、幻想的でもあり、うつくしくもある。「光」の妹の名は「真理」である。
 「雨が光ってる」。「街も光る」。放射線と言い、放射能と言うが、ドイツ語ではこの事象にstrahlenという語を用い、それは輝くこと、発光すること、放射線を出すことを表す語だ。手紙などに残ったマリ・キュリーの指紋からは、今なお、放射線が検知されるという。「光はぼくらに過去の時間を伝えてくれる。」第二、第三巻では、アルベルト・アインシュタインやリーゼ・マイトナーらの登場となる。わずかな描写から、それぞれの生きた姿が浮かび上がってきておもしろいが、「光」の歴史をたどり直すことで『光の子』は、私たちが手にした、光を放つ力について考えようとしている。

 クリスタ・ヴォルフは旧東ドイツを代表する作家で、『引き裂かれた空』、『残るものは何か?』など、ドイツの現代史と深く交わる作品を書いた。『チェルノブイリ原発事故』(原題は「事故」、「故障」)という作品もあるが、ここでは『カッサンドラ』(中込啓子訳)(池澤夏樹編集『世界文学全集 二−二』所収、河出書房新社)をすすめたい。
 カッサンドラはギリシア神話に登場するトロイアの王女で、悲劇の予言者として知られる。一説によれば、アポロンに愛されて予言の力を授かったが、アポロンの愛を拒んだために、その予言を誰も信じないという罰を受けたという。この伝承自体、どういうことなのかと考えさせられるが、カッサンドラがトロイアの危機を警告しても、誰も信じず、トロイアは滅亡し、自身も殺される運命をたどる。「光が消えた。」ヴォルフの『カッサンドラ』は全編カッサンドラのモノローグで、トロイア戦争とその前後のことが、記憶のおもむくままに語られていく。英雄譚が、女の視点から戦争と暴力の記憶として語り直されるということでもあるのだが、何といっても、「自分の声で」語ることを貫こうとし、「この物語を語りながら、わたしは死へと赴いてゆく」強靭さに打たれる。自分もアガメムノンも殺されるとわかっている。この物語はやはり夕刻に語られるよりほかない。

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少し変わった本
永井太郎(日本文学)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『幻獣辞典』(晶文社)
 アルゼンチンの幻想文学作家ボルヘスが書いた、神話や小説に登場する、実在しない怪物のアンソロジーです。バジリスクやケルベロス、体の前半分が獅子で後ろ半分が蟻というミルメコレオ、ドイツの小説家カフカの描いた、なんだかわからないオドラデクなど、奇妙な幻獣たちが登場します。また、澁澤龍彦の『幻想博物誌』も、同じように空想の生物を紹介した本です。ではなく、羊や人間の娘がなる木の話など、面白いエピソードが多く集められています。『幻獣辞典』と重なるものもありますが、こちらもおすすめです。ただ、絶版なので、図書館で借りて読んでください。
ハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』(平凡社)
 第二次世界大戦中、日本軍の収容所から脱走した捕虜が漂着した島で発見した、鼻で歩行する「鼻行類」。その生態を記した本と言えばもっともらしいですが、全て虚構です。全くの虚構の生物を、本格的な生物学研究書の体裁で描いた本です。時に「鼻行類」の体の構造の説明が専門的すぎて「?」なところもありますが、鼻で歩く「鼻行類」の様子を読むだけでも楽しい本です。日本では、劇作家の別役実に、様々な生物やその他のものについて、もっともらしい文章でナンセンスな解説をした本があります。僕が初めて読んだのは「虫づくし」(ハヤカワ文庫。絶版)でしたが、他にいくつもあります。ハヤカワ文庫では、「道具づくし」「もののけづくし」があり、福大図書館にも「けものづくし」「魚づくし」「鳥づくし」が入っています。ちなみに、「腹の虫」などと比喩的に言いますが、昔は本当にお腹の中に虫がいて病気を起こすと思われていました。そうした虫の絵をおさめた、長野仁・東昇『戦国時代のハラノムシ』(国書刊行会)という本もおすすめです。
ゲリー・ケネディ、ロブ・チャーチル共著『ヴォイニッチ写本の謎』(青土社)
 二十世紀はじめイギリスの古書商ヴォイニッチが見つけた、中世のものらしい古写本。そこには、「全く解読できない文字群と、地球上には存在しない植物が描かれていた」(帯の言葉)。一体、これは何なのか、そしてこの本は何のために書かれたのか。謎のヴォイニッチ写本について、その内容とこれまでの解読のドラマを、わかりやすく紹介した一冊です。筆者たちの結論は、あまりにも簡単なものですが、ヴォイニッチ写本の奇妙な文字や絵を見るだけでも十分楽しい本です。
ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑』(工作舎)
 ヴォイニッチ写本解読の歴史の中で、アタナシウス・キルヒャーという名が出てきます。実際には解読に手を付けなかったようなのですが、彼はルネサンス期の有名な知識人です。地球の構造から中国やエジプトの博物誌、そして普遍音楽の構想まで、幅広い分野にわたって本をしるし、その意味ではレオナルド・ダ・ヴィンチのようなルネサンスの万能人といっていいでしょう。しかし、ダ・ヴィンチと違うのは、彼の拠って立っていた知識が、現在の科学では完全に否定されているため、その業績がほとんど顧みられないという点です。例えば、彼は当時解読できていなかったエジプトの象形文字を解いたとして大著を著しました。そこで、彼はエジプトの象形文字を表意文字として解釈しました。しかし、その後、エジプトの象形文字は表音文字であることがフランスのシャンポリオンによって明らかにされました。したがって、彼の本の意味はほとんどなくなったのです。にもかかわらず、彼の本が魅力的な理由の一つは、奔放な想像力が生み出した絵です。火と水に満ちた空洞の地球の内部、不思議な中国の風俗、奇妙な音響装置など、キルヒャーの著作の図版を中心に紹介したのがこの本です。中でも、断片的な知識をもとに、勝手な想像で作り上げた「ブッダ」の絵はなかなか衝撃的でした。

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ICTの基礎
永田善久(ドイツ文学)
 松坂和夫著『数学読本』全6巻(岩波書店)

 期待に胸を膨らませて福岡大学人文学部に入学してこられた皆さんの中には、『新入生のための人文学(、、、)案内』という小冊子の中に、どうしてまた数学の本などが挙げられているのか、怪訝な思いをされた方も少なくないと思います。「数学なんて受験勉強とともにおさらばだ」、「そもそも数学が嫌いだから人文学部を選んだんだわ」 ── もし皆さんの目に数学というものが、形式的な規約に拘束された、想像力を働かせる余地の全くない(あるいは遊びの余地の全くない)極めて息苦しい学問としてのみ映っているなら、またこうした一種の先入観に捉われたままでこれからの人生を送っていこうとされているなら、それはたいそう残念なことです。なぜなら、数学に対するこうした否定的なイメージが作られるのには、初等教育のあり方をはじめ、いくつかの無理からぬ要因もあるのでしょうが、「数学の本質はその自由性にある」と述べた集合論の創始者カントルの言葉を待つまでもなく、実は数学の本質というのは決してそのような味気ないものでも窮屈なものでもないからです。そして数学の持つ真の魅力をじっくりと丁寧に教えてくれる本が皆さんにお勧めしたい『数学読本』なのです。
 著者の松坂和夫先生(故人)は、長年文科系(、、、)大学で教鞭を執ってこられたにも拘らず、その教え子達からは一人ならぬ数学者が輩出した、というような希有の魅力と能力をお持ちの数学者・数学教育者です。日本の数学教科書の記述は、たとえそれがどんなに初等的なものであっても、たいていのものが抽象的かつ網羅的で、また、「分厚な本は売れにくい」という商業上の理由もあって、本の記述は更に切りつめられ、結果として不親切で難解、文科系学生にとっては非常にとっつきにくいものとなってしまっていました。これに対し『数学読本』は非常に丁寧で具体的です。細かな式の計算等も一切省略されず、図表を惜しみなく用いた詳細な説明、多くの例題・問と詳しい解答があり、論理展開に少しの飛躍も見られません。本書にはこうした繊細で緻密な論の進め方が貫かれている一方で、しかしながらその調子は無味乾燥というには程遠く、全体にわたって何か馥郁たる抒情性のようなものが醸し出されているのは、ひとえに、若い頃数学研究者を目指すか、あるいは文学の道に進むか、大いに迷われたという先生のお人柄によるものなのでしょう。「トルストイの『戦争と平和』には及ばないものの、ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』よりはたぶん長くなって」 ── あとがきより ── しまった本書の規模は、何事にも重厚長大を回避しようとする世の潮流とは正反対にあるものですが、本書のような真の意味での良書にとって、この長さは一つの必然であったように私には思われます。
 現代社会においては、数学はとにかく一つの巨大な存在です。数学は極めて多くのことと関わりを持っており、どんな学問にせよ、恐らく数学と完全に没交渉であることはできないでしょう。もちろん、学問分野によっては、数学が多用されすぎているのではないか、といった批判も当然ありますが、こうした批判は批判として、数学の効用と重要性そのものまでを否定する人は恐らくいないでしょう。また、目にみえるような効用に限らずとも、数学を学ぶことによって得られる分析力や洞察力、対象への細かい心配り、物事を透明・簡潔に表現する能力等は、皆さんの知的精神の形成に、必ずや大きな寄与をなすことでしょう。
 さあ、皆さんも、文字どおり数(実数の分類)から始まって ── 読本の最初のほうで皆さんは「素数は無限に存在する」という定理に古代ギリシア人が与えた鮮やかな証明法を知り、きっと感動することでしょう ── 、最終的にはガウスが数学の女王と呼んだ整数論、また、無限というものに対して厳密な数学的アプローチを試みる集合論 ── どんなに短い線分でも、例えば一センチの線分でも、果てしない三次元空間のすべての点と一対一対応してしまうという真理に(そして「無限」の持つ神秘性に)皆さんはきっと驚愕を覚えることでしょう ── といった現代数学の初歩まで、著者に導かれてじっくりと学んでみませんか。本書を読む際に必要なものは「紙と鉛筆と愛(好奇心あるいは根気とも)」だけです。最後に『数学読本』の「まえがき」から抜粋しておきます。
 「私は、この講義を、初等あるいは中等数学を堅実な形で学びたいと望むすべての人に向けて、書いています。題材は中学や高校の数学、とくに高校の数学ですが、年少の読者にも読めるようにていねいに書いてあります。
 この講義は、いくつかのおもしろそうな話を取り上げて一つにまとめたという種類のものではありません。6巻を通じてこれはある種の一貫性と流れとを持っています。結局のところ、私は一つの新しい教科書を書いたことになるのかもしれません。しかし、これはふつうの教科書とは違っています。なぜなら私はいろいろな制約なしにこれを書いているからです。この講義はふつうの教科書よりずっと自由です。また、たぶん ── そうであってほしいと思いますが ── 、ずっと深く、ずっと豊かな内容を持っています。読者はこの講義を読んで、しばしば、今まで気がつかなかったことに気がついたり、新しい発見をしたり、フレッシュで興味深い数学の問題に導かれたりするでしょう。…
 この講義は、いわゆる受験数学とは関係ありません。…私がこの講義で語りたいと思うのは、流れのある数学の一つのストーリーであって、技術や要領ではないからです。
 この講義ではときどき、常識的なカリキュラムの意味で初等・中等数学の範囲と考えられるところから ── どこまでが初等・中等数学でどこから先が高等数学なのかははっきりしませんが ── 少し上のほうまで延びて行きます。…この講義には人工的で不自然な柵はありません。したがって、これはたぶん、最終的には読者をかなり高いレベルにまで導きます。…」

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フィールドワークという教科書
中村亮(文化人類学)
 私が専門とする文化人類学は、簡単に言うと「異文化を理解する」学問である。異文化といえば海外を連想するが、今では身の周りに異文化があふれているので、日本でも文化人類学的な調査をすることができる。しかしそれでも、文化人類学者は「異文化」を求めて海外に行くことが多い。
 私は学生時代から、東アフリカのタンザニアの漁民社会で調査をしている。学生の頃の私は、「海外に行けば異文化に出会え、それを理解することができる」と安易に考えていた。しかし、やみくもに海外に行けばよいというものではなかった。当然のことながら、きちんと教科書で勉強することが必要である。
 文化人類学を学ぶことができる教科書的な本はたくさんある。例えば古くは、石田英一郎『文化人類学入門』(一九七六年、講談社)、祖父江孝男『文化人類学のすすめ』(一九七六年、講談社)、石川栄吉編『現代文化人類学』(一九七八年、弘文堂)、綾部恒雄編『文化人類学15の理論』(一九八四年、中央公論社)などがある。最近では、奥野克巳等編『文化人類学のレッスン』(二〇〇五年、学陽書房)、鈴木裕之『恋する文化人類学者』(二〇一五年、世界思想社)、松本尚之等編『アフリカで学ぶ文化人類学』(二〇一九年、昭和堂)、松村圭一郎等編『文化人類学の思考法』(二〇一九年、世界思想社)など、他にもまだまだある。これらの本を読むと、時代とともに文化人類学に新しいテーマや分析視覚が誕生してきたことが分かる。
 しかし時代をつうじて、どの本でも強調されるのは「フィールドワークが文化人類学にとって一番大切である」という点だ。フィールドワークとは、「実際に現地(フィールド)におもむいて、現地で生活しながら、現地の生活文化について理解してゆくこと」であり、文化人類学の核心である。つまり、教科書をいくら読んだとしても、フィールドワークを抜きにして異文化を理解することはできないのだ。したがって、たくさんの教科書を紹介したが、文化人類学の一番の教科書は『フィールドワーク』なのである。。
 フィールドワークは、調査者一人一人が自分なりにつくってゆくものである。実際に現地に滞在し、現地の人びととの人間関係の中で、経験的に学んでいくしかないフィールドワークは、基本的には肉体的・精神的につらいものである。しかし、私が20年間もフィールドワークを続けてこれたのは、現地の人びとの知恵や技術、その生き様に魅了されてきたからである。これまでに多くの人びとに出会ってきた。そのなかでときおり、自分の価値観がくつがえされるような、もしくは、謎が一気にとけてゆくような、「ハッ」とする瞬間や言葉に出会うことがある。これがフィールドワーク最大の魅力である。
 忘れられない言葉の一つに、「海も畑とおなじように耕さないと駄目になる」がある。これは福井県のある年老いた海女さんの言葉である。何気ない会話中にでてきた言葉であるが、この言葉を聞いた瞬間、私は「海女の世界観」を深く理解できた気がした。
 一般的に、海女などの漁民は、水産資源を、一方的に利用(収奪的資源利用)しているといわれる。しかし、先の海女さんの「海を耕す」という言葉から、海女はウニやサザエなどをとるだけではなく、漁場である沿岸環境を整備する(=耕す)ことも意識していることが分かる。このような、守りながら利用するという海女の資源利用は、日本の「里海」につうじるものである。
 里海とは、「人が手を加えることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」(里海研究の第一人者の柳哲雄先生の言葉)と言われる。なかなか難しい概念で、その具体例をみつけることは困難だ。しかし、海を耕しながら海産物をとるという海女の資源利用は、まさに「里海」といい得るものである。フィールドワークで出会った一言によって、私は「里海とは何か」を知ることができた。
 このような金言に出会うことができるのがフィールドワークである。文化学科では、文化人類学的なフィールドワークを学生に経験してもらえるように、授業外ではあるが、フィールドワーク実習をおこなっている。この機会を利用して、学生の皆さんにも、ぜひフィールドワークの魅力に触れて欲しい。

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日本の綺麗なトイレと世界
則松彰文(東洋史)
 近年、日本の公衆トイレがますます綺麗になっている。洗浄機能付きの便座や音姫などは、もはや標準装備で、近年の傾向は、単なる排泄のための場所から多機能空間への変身とも形容出来そうである。
 最近オープンした「KITTE博多」を例に見てみよう。博多駅に隣接するこのビルには、マルイやユニクロ、そして我が福大のクリニックも入居しているが、ここのトイレは、従来の福岡には無かったタイプのそれである。フロアーによって若干の差があることも珍しいが、男子小用がそれぞれ完全に、まるで個室の如く仕切られている点は驚きでさえある。天神三越にも仕切りはあるが、グレードの高さの点で、「KITTE博多」には遠く及ばない。また、女性用トイレは、もはやトイレという次元では全くなく、まさに化粧室や着替えのためのドレッシング・ルームでさえある(らしい)。
 日本のトイレがこの先、さらにどのように「進化」するのか大変興味深いが、しかし、世界的には、これがかなり特殊・特異な事例である事は、他のどこの国に行ったとしても、すぐに実感する事柄である。そう、海外のトイレは概して、とても汚いのである。
 汚いトイレは、まだ良い方で、インドにはトイレそのものが無いそうである。近年のインドと言えば、世界第二位の十三億超の巨大人口を抱える「BRICS」の有力メンバーであり、依然堅調な経済成長を続ける一方で、われわれの想像をはるかに超える深刻な大気汚染に苦悩し、格差や貧困の拡大にも喘ぐ大国といったイメージであろう。
 そのインドでは、トイレの普及率が実に五割。人口の半分、つまり六億人を超える人々が、今でも「野外排泄」の日常であると言う。昨年末の日本経済新聞に掲載されたコラムにこの事が紹介されている。野外排泄の問題は、インド女性の人権にも深く、かつ大きく関わっており、二〇一四年の国連の調査によれば、野外で排泄する女性で「からかわれた」「乱暴されそうになった」「実際に乱暴された」という人は、二六%にのぼったという。インドにおける根深い女性差別の実態は、日本では、なかなか把握出来ないが、この野外排泄の問題は、単なるトイレ問題という次元では語れない、まさにインドの深層に関わる問題の一つなのである。
 ますます「進化」を遂げる日本のトイレ。心地よく用を足すのみならず、お洒落を実践する空間へと変わって行く日本の綺麗なトイレは、まさに世界的にも稀有である。しかし、同時に、その事がいかに世界の「非」常識であるかを、我々日本人が自覚しておくことくらいは、最低限必要なのではないかと思うのである。

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Tips for Learning English
Stephen Howe(英語学)
Compared to someone who knows no English, you already know a lot. You can read this page, for example. Remember, you have a good head start: Japanese has more English words than any other language (apart from English, of course). That means you already know hundreds and hundreds of English words in katakana. Build on what you know and try to improve a little each day.
Practice makes perfect
Learning a language is like learning to play a musical instrument – to improve, you must practise. And music is for playing and enjoying – so, have fun speaking and communicating in English! Imagine you are studying music: to play well and graduate, you need to practice for an hour or more each day, at least. If you do the same for English, you will be able to speak beautifully by the time you graduate.
・Think of learning English like learning to play the piano: practise every day and you will get better
・If you never practise the piano, it’s impossible to play. The same for language
Use it or lose it
To speak a language well, you must use it – as often as possible:
・Speak to yourself in English
〇Try to think to yourself in English, for example on the bus or train
〇Describe the people you see, or what you’re going to do today
・Speak English with your friends
〇Meet your friends for tea or coffee and practise speaking English for fun
Train your brain
Set yourself a target to improve your English each year you are at university. Improve a little each day, and you will improve a lot by the time you graduate:
・Set aside some time to study English each day
・If you commute to university by bus, train or subway, use your time to learn English
Donʼt worry about making mistakes
As in life, making mistakes is an important part of learning a language – so donʼt worry, just keep talking!
Be cool at school
Impress your friends with your fluency in English, whatever your major:
・Learn in class
〇Use your time with your teacher to improve your English
・Learn outside class
〇Donʼt think of your class as the only time you learn – try to improve your English outside class, too
Make friends with the international students on campus
Practise your English on the international students at Fukuoka University – they want to talk to you!
・Ask them about their country and tell them all about Japan
Watch TV and movies in English
Movies are a great way to listen to spoken English – and they are available everywhere – watch as many as you can:
・Switch to English sound when you watch English programmes or movies on TV. You will understand more and more
・Watch a movie several times – you will understand better each time
・Try to repeat what the actors say
・As well as movies, watch the news in English at cnn.com
・NHK shows English news early each morning. Watch the news each day, and you will make great progress in your understanding for TOEIC
Read a book, magazine or newspaper in English
Whether Harry Potter or William Shakespeare, read a book in English – there are thousands to choose from!
・Read an English magazine
〇If you love fashion, read an English fashion magazine; if you love sport, read a sports magazine in English. You will learn a lot of vocabulary about your interest
・Read a newspaper
〇The Japan Times is available everywhere and is easy to read
〇Fukuoka University Library has many English newspapers
・Read the news in English online
〇Try bbc.co.uk for English news
Write a diary in English
Like Samuel Pepys and Bridget Jones, write a diary in English – about what you do each day, your thoughts and feelings. This will help you improve your writing greatly.
Listen to English music and radio
Listen to your favourite British or American bands – they can help you learn English!
・You can listen to English music on the web at www.bbc.co.uk/radio1/
・Download a podcast for mobile English
Study abroad or take a trip
English is the international language that makes it possible for you to communicate with people in other countries. Get your English ready for a trip or study abroad:
・Practise for your trip
・It will be easy to meet people if you can speak a little English
・Fukuoka University has several study abroad programmes. If you can, study in another country – you will learn many things and have the time of your life
Finally, what about after university? What can English give you?
English is a key to the world and knowing English can help you get the job you want. English gives you:
・Communication skills
・An international dimension
・Awareness of other cultures
・Opportunities to work and travel abroad
・And the ability to communicate with the world

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問いと穴の存在論
平井靖史(哲学)
 私が問わないことに、世界は答えない。
 だから私の世界は、私の開いている問いの数でできている。

 「開いている」問い、と言った。
 「あらかじめ決められた答え」が用意されているとき、問いという「アンテナ」は蓋をされ、閉じてしまっているから。
 答えを「求めている」あいだだけ、問いは、世界を励起させる力を持つから。
 たとえば本能的な反射行動は、あらかじめインストールされた問いと答えのセットが盲目性をもたらすいい例だ。
 同じように、「習慣を一つ身につける」とは、世界に対して「ひとつ、不感になる」ことだ、とベルクソンは言う。これを、僕は「問いと答えの対称性」と呼びたい。そして、この対称性が「破れ」るとき、世界が問いに輝き彩られるのだ、と。

 ******

 哲学者とは「穴を掘る人」のことだ、と言われることがある(入不二基義)。
 日常が苦もなく闊歩する平滑な大地に、謎という穴を見つけてしまう人、あるいはわざわざ掘ってしまう人だ、と。
 この「穴」は「答えで蓋をされていない問い」、「問いと答えの対称性の破れ」のことだから、ベルクソンの描くぼくたちの「生彩ある」知覚世界は、テツガクでできていると言ってもいいのかもしれない。
 そしてこの場合、穴=問いが「開いている」ための条件は、
 a.問いが新しく、まだ答えが見いだされていない、か
 b.すでにはめ込まれている答え=蓋を引き剥がして問いの感受性を復旧させる、か
 c.問いが途方もなさ過ぎてその穴を埋める答えの目処が立たない、か(「immenseな身体」、ランボー)
 のいずれかだろう。

 ******

 穴は存在するか?という形而上学的な問いがある(加地大介『穴と境界』)。たとえば、ドーナツの穴は、ドーナツが「ない」部分のことをさすわけだが、その「ない」ものが「存在する」のか、という問題だ。
 でも、穴がもし「存在しない」なら、それ、ドーナツになってないよね。
 テツガク(としての世界)にとって「穴=問い」が「あいている」ことこそが、その真にリアルな「身体」でなくて、いったいなんだろう!
 逆にその穴が、「答えという存在」で埋まってるなんて、どれほど絶望的に空虚だろう。

 そう思いませんか。

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犬がどのように考えているか、を どのように考えるか
平田暢(社会学)
 スタンレー・コレン著(二〇〇七年)『犬も平気でうそをつく?』文春文庫

 この本をお薦めするのは、私自身が犬好きで、犬好きの人にとって面白く役に立つ、ということもあるのですが、それ以上に、大学で勉強するときに重要な「考え方」について自然に馴染むことができる、という理由からです。
 日本語のタイトルはややひねりすぎです。原タイトルは“How Dogs Think”なので、こちらのタイトルで内容をイメージして下さい。
 著者のスタンレー・コレンの専門は心理学で、カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学で教授を務めています。犬好きが嵩じて訓練士の資格をとり、犬の訓練クラブのインストラクターもしているそうです。
 私たち人間は、他の人たちを観察したり、対人関係の中でさまざまなことを学びます。これを「社会的学習」といい、私たちは言葉や規範、あるいは歯の磨き方などもそうやって身につけていきます。
 では、そのような学習能力を犬も持っているのでしょうか。
 おそらく持っていると想像はできますが、本当に知りたいのであれば確かめねばなりません。そのための手続きは、「犬には社会的学習能力がある」という考え ─ この考えのことを仮説といいます ─ が正しいとすると、特定の状況でどのようなことが発生するか推測をし、実際にそのような状況で観察を行って推測が正しいか否か確かめる ─ 確かめることを検証といいます ─ ということになります。「犬には自意識がある」や「犬には超能力がある」という仮説を立てた場合も同様です。
 コレンの専門である心理学や私の専門である社会学では、仮説を検証するというアプローチをよくとります。実験はその典型ですが、社会調査なども同じような手続きに沿って行われます。大学の勉強では、知識だけではなく、このような手続き、あるいは考え方を身につけることが強く求められます。『犬も平気でうそをつく?』という本は、犬の能力や感情、意識についてさまざまなことを教えてくれますが、数多くの事例や実験、調査がうまくはさまれていて、仮説を検証するプロセスの面白さ、その有効性がごく自然にわかってきます。
 犬には社会的学習能力があるか否か、それをどうやって確かめたかは、本書を読んでのお楽しみ。
 以下に、スタンレー・コレンの犬に関する他の著作も挙げておきます。いずれも文春文庫です。飼い主の性格に合う犬種は何か、どうすれば犬に意思をうまく伝えられるか、どのようにして犬は狼からつくられてきたのか、などなど、盛りだくさんで楽しめます(最後は結局犬が好きな人のための紹介になってしまった…)。

 『デキのいい犬、わるい犬』The Intelligence of Dogs
 『相性のいい犬、わるい犬』Why We Love the Dogs We Do
 『犬語の話し方』How To Speak Dog
 『理想の犬(スーパードッグ)の育て方』Why Does My Dog Act That Way?)
 『犬があなたをこう変える』The Modern Dog

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ドイツ語映画観賞会 ―上映50回を振り返る―
平松智久(ドイツ文学)
 新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。いま皆さんは、新たな環境に身を置いて、なかば不安、なかば期待に心を躍らせているのではないでしょうか。
 大学では大いに勉学に励んでください。多くの本を読み、あるいは大事な書籍を精読し、知的な喜びを享受してください。多くの友と知り合い、大事な仲間と親交を深め、かけがえのない今この瞬間を生きてください。いつかは大きな問題に面して個人的に頭を抱えることもあるかもしれません。そのようなときに書物に手を伸ばし、また、仲間たちと語り合い、議論を深められたならば、いかに自分が無知であったか、いかに自分が無力であるか、だからこそ、いかに先人たちの残した足跡に助けられるか、いかに異なる視点による切り口が新たな視界を開くことになるのかを、身をもって学ぶことになるでしょう。生き続けることは、学び考え続けることです。学ぶ対象に限りはありません。限られた大学生活の時間の中で、次の一歩への手がかりを見つけ出してください。
 そのためには、多くの芸術作品に目を向けるとよいでしょう。書物でも、絵画でも、映画でも、心を開けば雄弁に物語ってくれるに違いありません。人文学部での研究活動が生きる上で役に立つのは、個人的な問題をより普遍的な観点ないし客観的な立場から捉える力が培われるからだと言えるかもしれません。
 福岡大学人文学部ドイツ語学科では、二〇一三年度前期から七年間、授業期間中の第一木曜日夕方に中央図書館多目的ホールで、「ドイツ語映画観賞会」を実施してきました。(同年度後期からは福岡大学エクステンションセンターとの共催で無料の市民開放型文化講座「映像に見るヨーロッパ文化―ドイツ語圏―」として開講。)諸般の事情のため二〇一九年度でいったん幕を閉じることになりましたが、これまで50回の上映会で紹介したドイツ語(ドイツ関連)の映画・映像作品は、基本的に図書館所蔵品ですので、図書館二階AVコーナー(Audio-Visual Room)で視聴することができます(学内者のみ)。一通り目を通すだけでも、映像と音楽が醸し出すヨーロッパ文化を体感できるようになるはずです。以下には過去上映作品を列記しますので、見逃している作品は是非、図書館に足を運ばれてご鑑賞ください。なお、個々の映画の詳細をお知りになりたい方は、福岡大学人文学部ドイツ語学科のホームページ内にある「ドイツ語映画鑑賞会」の項目(http://www.hum.fukuoka-u.ac.jp/ger/film/)をご覧ください。
第一回 『グッバイ、レーニン』(解説担当:平松智久)
第二回 『みえない雲』(解説担当:冨重順子)
第三回 『ビヨンド・サイレンス』(解説担当:山中博心)
第四回 『善き人のためのソナタ』(解説担当:マーレン・ゴツィック)
第五回 特別編 モーツァルト『魔笛』(解説担当:永田善久)
第六回 『パイレーツ・オブ・バルト エピソード1』(解説担当:金山正道)
第七回 『パイレーツ・オブ・バルト エピソード2』(解説担当:金山正道)
第八回 ディズニー映画『アラジン』(ドイツ語吹替え、日本語・ドイツ語字幕)(ドイツ語クラブ)
第九回 『飛ぶ教室』(ドイツ語クラブ)
第一〇回 『コッホ先生と僕らの革命』(解説担当:有馬良之)
第一一回 『愛より強く』(解説担当:マーレン・ゴツィック)
第一二回 『カスケーダー』(解説担当:平松智久)
第十三回 『マルタのやさしい刺繍』(解説担当:平松智久、大学院生高松美菜子)
第十四回 特別篇 ベートーヴェン『第九 第四楽章』(解説担当:永田善久)
第十五回 『テディ・ベア誕生物語~全ての困難を乗り越えて』(解説担当:堺雅志、堺ゼミ生)
第十六回 『ベルンの奇跡』(解説担当:交換留学生ビョルン・カスパー)
第十七回 『マーサの幸せレシピ』(解説担当:森澤万里子)
第十八回 『幸せのレシピ』(解説担当:秋好礼子)
第十九回 『ミケランジェロの暗号』(解説担当:冨重純子)
第二十回 『9000マイルの約束』(解説担当:平松智久)
第二一回 『おじいちゃんの里帰り』(解説担当:伊藤亜希子)
第二二回 『ウェイヴ』(解説担当:スサナ・デル・カスティヨ)
第二三回 特別篇 メンデルスゾーン『夏の夜の夢』(解説担当:永田善久)
第二四回 スタジオ・ジブリ映画『千と千尋の神隠し』(ドイツ語吹替え、ドイツ語字幕)(解説担当:冨重純子、大学院生三名)
第二五回 『M』(解説担当:マーレン・ゴツィック)
第二六回 『ハンナ・アーレント』(解説担当:星乃治彦)
第二七回 『白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最期の日々』(解説担当:伊藤亜希子)
第二八回 『会議は踊る』(解説担当:堺雅志)
第二九回 『ラン・ローラ・ラン』(解説担当:アンドレ・ライヒャルト)
第三十回 特別篇 J. S. バッハ『マタイ受難曲』(解説担当:永田善久)
第三一回 『門前』(解説担当:平松智久)
第三二回 『ゲーテ!~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」』(解説担当:平松智久)
第三三回 ロッテ・ライニガーのメルヒェン映画特集(解説担当:マーレン・ゴツィック)
第三四回 『さよなら、アドルフ』(解説担当:冨重純子)
第三五回 『舞姫』(解説担当:中野和典)
第三六回 吸血鬼映画特集(解説担当:アンドレ・ライヒャルト)
第三七回 『アイガー北壁』(解説担当:平松智久)
第三八回 『菩提樹』(解説担当:堺雅志)
第三九回 『アマデウス』(解説担当:永田善久)
第四十回 『嘘つきヤコブ』(解説担当:冨重純子)
第四一回 『聖なる嘘つき』(解説担当:平松智久)
第四二回 『メトロポリス』(解説担当:マーレン・ゴツィック)
第四三回 『ゴー・トラビー・ゴー』(解説担当:有馬良之)
第四四回 『ベルリン、僕らの革命』(解説担当:田口武史)
第四五回 『トンネル』(解説担当:平松智久)
第四六回 『くるみ割り人形』(解説担当:永田善久)
第四七回 『ホレおばさん』(解説担当:永田善久、大学院生 藤井真璃奈)
第四八回 『ブルーム・オブ・イエスタディ』(解説担当:冨重純子)
第四九回 『否定と肯定』(解説担当:冨重純子)
第五十回 『三文オペラ』(解説担当:マーレン・ゴツィック)

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老いを生きる
広瀬貞三(朝鮮史)
 ⑴ 小澤勲『認知症とは何か』(岩波新書、二〇〇五年)
 八九歳で逝った母は重度の認知症のため、福祉施設に入所していた。子供の顔はわかるようだが、微妙な表情の変化で確認するだけだ。精神科医の小澤は、認知症とはどのような病、障害なのかを解き明かす。これは記憶障害、見当識障害、思考障害などの複数の症状であり、実際は病状群である。脳の障害から直接的に生み出される。その経過は、軽度では抑うつ、人柄の変化が、中度では陽性、陰性の病状が生じ、重度では生活全般のケアが必要である。

 ⑵ 沢村貞子『寄り添って老後』(新潮文庫、一九九一年)
 女優の沢村(一九〇八~一九九六)は映画やテレビの名脇役だった。役者一家で、兄は四代目沢村国太郎、弟は加藤大介である。沢村は文筆にも勝れ、多くのエッセイを残した。八一歳で女優を辞めた後、夫と共に葉山で海を見つめて暮らす。残り短い、二人だけの生活を大切にする。「今日も私は台所で、老人夫婦のおままごとのような料理をこしらえている。お米もほんのすこしだけといで…残らないように、棄てないように。棄てるのはいや」。

 ⑶ 柳田邦男『新・ガン50人の勇気』(文春文庫、二〇一二年)
 これは『ガン50人の勇気』(文春文庫、一九八九年)の続編。日本人の半分はガンで死ぬ。予定された、確実な死を目前にして、人間は何を思い、どのように行動するのか。作家の柳田は取材を通して、多様な「生と死」の過程を描いていく。漫画家手塚治虫の最後の言葉は、「隣へ行って仕事をする。仕事をさせてくれ」だった。薬師寺管長の高田好胤は説教で、よく「厳粛な死が最大の遺産」と語った。最後の一ヶ月は何も語らず、静かに逝った。

 ⑷ 西垣千春『老後の生活破綻―身近に潜むリスクと解決策』(中公新書、二〇一一年)
 幸福度は「健康」、「家族」、「収入」で決まるという。高齢者になると、このうちでまず「収入」、「健康」の二つを、時には「家族」(配偶者)も失う。医師の西垣によると、生活破綻の主な原因は、判断力の低下、健康状態の変化、近親者による経済的搾取、予期せぬ事故・災害、詐欺による被害である。西垣は、「尊厳が侵されず、希望を語れるとき、人は生きようと思える。希望は、個人にとっても社会にとっても、未来への原動力である」と強調する。

 ⑸ 新潮45編『生きるための死に方』(新潮文庫、一九八九年)
 各界の識者四二名が、いつかは訪れる「死」への準備を語る。「正解」はなく、この中から自分がどれを選び取るかしかない。映画監督新藤兼人は、田中絹代、溝口健二、小津安二郎、宇野重吉の死を実例にあげる。新藤の毅然とした言葉が、いまの私には一番落ちつく。「庶民は体だけで生きて死ぬのである。カネを残しもしないし、教訓をたれたりもしない。あるときぽつんと死ぬだけなのである。もったいぶって遺言状を書いたりはしない」。

 ⑹ 岡田信子『たった一人の老い支度・実践編』(新潮文庫、一九九八年) 
 老後の課題は多い。作家の岡田は、お金、住まい、食生活、体、おしゃれを取りあげ、具体的な対応策を示す。「老い」は忍び寄り、最後の日は次第に近づいてくる。「最後の砦」の必需品が必要になる。その中でも、岡田は「心の持ち方である。一言に言って、人生の明るい方を見ること。アハハと笑うこと。そのような心の持ち方を保つには、生きがいが必要だ。そして、生きがいの潤滑油こそ、人と人のふれあいではなかろうか」と、可能性を示唆する。

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進化するミュージカル
光冨省吾(アメリカ文化・文学)
 小山内伸著『進化するミュージカル』(論創社)

 ミュージカルの起源はイタリアのオペラにありますが、二〇世紀初頭のニューヨークの劇場街で誕生したブロードウエイ・ミュージカルは元のオペラから大きく変貌し、今やニューヨークだけでなく世界中で受け入れられるようになりました。ミュージカルの発展には(英語がわからない)移民の多いニューヨークの社会的事情もあり、セリフだけでなく音楽やダンスなども取り入れたショーが発展してきました。ミュージカルは基本的に翻訳家井上一馬が述べているように「人間賛歌」であり、アメリカ人の楽天的な国民性も反映されてハッピーエンドで終わる作品がほとんどですが、人種差別などの社会問題も次第にテーマとして取り上げられるようになり、一九五七年の『ウエストサイド物語』では悲劇のミュージカルも制作されるようになりました。
 ここで紹介している本は主として一九七〇年代から二一世紀にいたるまでの最新のミュージカルの代表作を中心に紹介しています。著者は執筆当時朝日新聞の記者で、新聞に劇評を書いていました。この本ではタイトルにあるように「進化する」ミュージカル作品を紹介しています。たとえばオペラのようにほとんど歌と音楽で構成されているアンドルー・ロイド・ウエバーの作品(『キャッツ』『オペラ座の怪人』)は『レ・ミゼラブル』『レント』に引き継がれています。また同じメロディーを異なる歌手が異なる歌詞を歌うことでそのコントラストが生じるロイド・ウエバーの手法はスティーブン・ソンドハイムのようなアメリカの代表的なミュージカル作家にも大きな影響を与えています。その他にもミュージカルの伝統を踏まえた上で、新しい工夫がなされた作品が続々と制作され、多くのファンを魅了しています。この本を読んで劇場に足を運ばれるようになれば幸いです。

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『薔薇の名前』の迷宮と『風の谷のナウシカ』の旅
桃﨑祐輔(考古学)
 私は高校から大学の10代には、とにかく何を読んでも面白かった。だから1冊でも多く読みたかったが、お金は全然なかったので、自炊で節約した食費から捻出した小銭で、古本屋の店先の箱に入っている1冊100円とかの新書や選書を漁って読んだ。鉄道で旅をするときは、キオスクの少ない選択肢の中から、興味を持てそうなものを探して買って読んだがたまにアタリがあった。20代には調査旅行で長旅も増え、そんな時は本棚の未読本から、普段手が出ないが、いつかきちんと読みたいと思っていた厚目のものを選んで出掛け、駅や宿屋でじっくり読んだ。本とは不思議なもので、何を読んでも何か学ぶところがある。少しお金がある身になると、本屋に行って面白そうな本を袋一杯買い、博物館に言ったら図録を根こそぎ買い、普段は平積みにしているが、研究が始まると全部の本が必要になる。学習と創造は違う。オリジナルの知は、学史の勉強だけでは生み出せない。自分の知の世界を膨らませ、既存の知の体系を破り、まだ使われていない新たな素材を消化吸収して再構築する必要がある。他人が作り上げた居心地の悪い知の片隅に間借りし、場当たりな検索に頼るより、自分の知の城となる世界を作るべきだ。そう覚悟を決めたら燃料や素材は無限に必要だ。金がなければ安い古書から掘り出し物を探せばいいし、時間がないなら飛ばし読みでもいい。
 人間は自分にお金か時間を投資しない限り成長しない。冷酷無比な今日の世界は、成長しない人間、成果の出ない人間を容赦なく切り捨て、貧困に追いやっていく。大学の教員になって良かったことは、自分の人生では完結できない知の探究を、教え子たちに託すチャンスが得られたこと、その知を力に変えて、世界を生き抜く術を伝えることができることだ。
 整然と人工植林されたスギ山が有害な花粉をまき散らした揚げ句豪雨で無残に崩落するように、現代の薄っぺらく有害な知性(例えば文系不要論とか、リーマンショックを引き起こした経済理論とか、地球温暖化否定説とか、日本すごい論とか)に辟易させられたとき、屋久杉の森みたいな複雑で奥深い知の森に分け入る心地で読める本がいい。
 一押しはサレルノ大学の記号論学者ウンベルト・エーコ先生の名作『薔薇の名前』上・下(1980刊、河島英昭訳、東京創元社、1990)。やはりこれが一番好きな小説だ。歴史上の人物や書物に言及するオマージュに満ち、濃密で難解なプロットは迷宮のようだ。ペスト大流行直前の1327年、灰色のだぼだぼした修道衣を纏ったフランチェスカン(フランシスコ会修道士)・バスカヴィルのウィリアム(≒バスカヴィルの犬、シャーロック・ホームズ)は弟子のベネディクト会の見習修道士のメルクのアドソ(≒ワトソン)と共に、神学論争と異端審問の会場となった北イタリアの山間にある古い修道院を訪れる。その修道院の巨大文書庫(内部に本物とだまし絵の階段が錯綜するまさに迷宮!)と写字室で起こる連続殺人事件と、その背後にある禁断の書をめぐる謎解きに挑むという内容だ。シャーロック・ホームズオタクのエーコ先生らしい換骨奪胎が効いた設定だ。修道院のガラス職人僧が眼鏡を作るくだりなど、金属工芸の研究をしている自分が読んでも会話のリアルさに引き込まれる。
 『薔薇の名前』は後にジャンジャック・アノー監督(『人類創生』の監督)、ショーン・コネリー、クリスチャン・スレーター主演で映画化され、こちらも原作に劣らずいい。映画の時代考証はアナール学派の総帥であったジャック・ル・ゴフ先生が担当され、修道院の薬草園やシャンデリア、チーズにシナモンをかけて焼いた焼き菓子の細部に至るまで、極限の考証がちりばめられている。文献から物質資料まで、すべての資料を総動員して「全体史」を叙述するアナールの歴史哲学が体現される一方、良質のエンターテイメントでもある。つまりヨーロッパ中世史オタクも普通の読者や観客もともに楽しめ、今時の安いファンタジー映画にはない奥行がある。しかし事情通の松岡正剛先生の解題で驚かされたのは、この世界を魅了した小説自体がエーコ先生の卒業論文『聖トマスの美的問題』で取り組んだ研究がもとになっているのだという。卒論を書く大切さをこれほど痛感させられたエピソードはない。この小説の根底となる殺人事件の設定は、小中学校の本棚にもあるバートン版『千夜一夜物語』『アラビアンナイト』)からの借用だそうだ。
 私はサイコパスみたいなシャーロックホームズの才気は好きになれないが、アッシジの聖フランチェスコが鳥に説教した故事が物語るように、フランシス・ベーコンの弟子でオッカムの友人でもあるというウィリアムの語る言葉は寛容にして思慮深く、東洋思想とも親和的で、こちらの名探偵の方がずっと魅力的だ。しかし時は教皇のアヴィニヨン捕囚時代で、「清貧」を掲げるフランチェスカン自体が異端にされかねない時代であった。そのような困難な状況の中で、ウィリアムは、不寛容な狂信の権化である黒衣のドメニコ会異端審問官ベルナール・ギ―と理性をもって対決する。
 しかしなんといっても、山場は伝説的なヴェノスアイレス図書館長、ホルヘ・ルイス・ボルヘスをモデルにした盲目の修道院文書庫長、ブルゴスのホルヘ(英語名だとジョージと表記されなんともしまらない)との最後の頭脳戦だ。キリスト教信仰を崩壊させかねないアリストテレス詩学『第2部』―「笑い」の書を隠蔽するため、「悪魔」となって文書庫を守る髑髏検校ホルヘと、人智を駆使した推理と、そして痛烈な風刺的毒舌をもって戦うのである。
 異端審問を盛り込んだものなら、オルダス・ハクスリーの『ルーダンの悪魔』(1952刊、中山容・丸山美知代翻訳、人文書院1989)もいい。1632年にフランス・ルーダンで、ウルスラ会修道女たちが魔女状態に陥り、彼女たちの性的妄想もないまぜになって、教養ある色男だったウルバン・グランディエ神父が悪魔崇拝者に仕立て上げられ、火刑にされた事件に取材したものだ。しかし見どころは猟奇的なものではなく、人間の集団ヒステリーの冷徹な分析にある。その末尾近くの、「一輪の花、一粒の砂にも、時を刻む永遠を見ることが出来る」という一節は、考古学を志していた私の心に深く沁み、今でも出土品の観察の時に思い起こす言葉だ。映画化されたというがぜひ見てみたい。最近、彼の名前にひかれて『すばらしい新世界』(1932、黒原敏行訳、光文社古典新訳文庫、2013)も買って読んだが、完全管理社会を描いた近未来SFのこっちは全然面白くなかった。ただ刊行された時代を考えれば、預言的な内容を多く含んでいる。やはり彼は歴史的事件に取材して語る方が、自身の架空の世界を語るより魅力的である。
 では、日本の物語で、樹海に分け入るような作品は何かといえば、宮崎駿氏の『風の谷のナウシカ』漫画版(全7巻、アニメージュコミックス1983~1994)が思い浮かぶ(小説なら荒俣宏先生の『帝都物語』かな)。しかし映画では、ナウシカ物語の核心をなす土鬼とトルメキアの戦争は描かれなかったから、当時城南高校漫画研究部で変形合体ロボットアニメ製作に明け暮れていた私は大いに不満だった。ところが先日、NHK特集で、新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」の特番をやっていて驚いた。新宿で2019年12月6日から25日まで上演されたというが、上演は6時間にも及ぶそうで、土鬼皇弟ミラルパが藤原時平の隈取で出てくると聞いただけで「おおッ」と思え、どうも映画よりよくできている可能性が高そうだ。再演されるならぜひ観たい。ネットの記事によれば、主演ナウシカの尾上菊之助が3日目にケガして当初の立ち回りが難しくなり、クシャナ役の中村七之助がそのぶんがんばったそうだ。ナウシカの世界には、「皇女クシャナ」(クシャーナ朝)、「トルメキア」(トルクメニスタン?)、「タリア川の石」(アムダリア、ホータンの玉?)「ペジテ市」(ダルヴェジン・テペ?)「エフタル」(白匈奴)のように、中国の涼州から中央アジアの世界を想起させる人名や地名のキーワードがちりばめられているが、なかでもチベットを彷彿とさせる文化をもつ「土鬼(ドルク)」が何をモデルにしているのか長年の疑問だった。2018年の中国在外研究の折、長澤和俊先生の『楼蘭王国』(角川新書、1963)を読んでいてやっとわかった。慕容鮮卑の吐谷渾が故郷の内蒙古を捨てて西走し、子孫が現在の青海省に入って土着の羌人たちを征服して吐谷渾王国を建てた。西域進出を狙う北魏は、445年に鄯善(クロライナ、楼蘭の北部)に万度帰将軍、吐谷渾に高涼王那の大軍を派遣した。敗れた吐谷渾王・慕利延は部衆を率いて流砂を渡り、西方の于闐国(ホータン、現在の和田)に侵入して王を殺し、多くの死傷者を出してこの国を占領した。この経緯はチベットに伝わった『于闐国史』(リー・ユル・ルン・タンパ)に記された吐谷渾(ドウルツグ)のアノソン王の于闐(リー・ユル)侵入に相当するという。この後、慕利延は遠く罽賓(カシミール)まで遠征し、やがて南朝の宋と連絡して、二年後には再び青海に帰還したという。近年、青海省トゥラン盆地の吐谷渾王や貴族の墓からは、西域の金製品や南海の貝製品、南朝の陶磁器など珍奇な文物が多数出土したが、これこそ慕利延の築いた通商路の産物だ。ところが于闐国を征服した吐谷渾は、当初は佛教伽藍を焼き払ったが、次第に仏教化し、ついに青海、更に西蔵に仏教を扶植し、吐蕃時代以降、チベットのラサは仏教信仰の中心となった。つまり「土鬼(ドルク)」のモデルは吐谷渾(ドウルツグ)のようである。
 西域を旅した時役立ったのが、玄奘作、桑山正道先生訳『西域記―玄奘三蔵の旅―』(小学館地球人ライブラリー 1995)だ。7世紀に玄奘が至ったウズベキスタンのタシケントやサマルカンド、カシミールの記事もある。スウェーデン歴史博物館には、初期バイキング遺跡のヘルゲ島住居跡から出土した7世紀のカシミール仏が展示されているが、この仏像を見にストックホルムまで行ったのは、江上波夫先生の論文「スウェーデン出土の小仏像」(『江上波夫著作集4 東西交渉史話』平凡社1985)の影響だ。また中国から帰国して読み、中国の旅に持って行かなかったことを後悔したのが森安孝夫先生の『シルクロードと唐帝国』(興亡の世界史05 講談社学術文庫、2007)である。ソグド人の活動や西安のササン朝ペルシアの亡命者の話など知らないことばかりだった。陝西・甘粛の旅には必読の書だ。

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、テレヴィジョン
森丈夫(西洋史)
 大学が素晴らしい場所であるのは、必ずしも社会人として一人前になるための技能や能力を磨くことができるからではありません。もちろんそれを否定しませんが、大学は人がそうしたものを身に着ける長い過程の一段階にすぎません。むしろ、大学の個性とは、学生たちが高校時代の学習では決して出会わないような知的刺激にあふれ、そこからそれぞれが、自分の歩みを大きく左右していくような固有の知性や感性を育んでいくことができる場であることだと思います。もちろん大学の授業はそうした機会の一つです。しかし、大学が提供するのは授業だけではありません。先生や先輩との会話、立ち寄った休憩所で耳にした話し声、ふと目にしたポスター、学園祭の企画等々。たとえば、学生のみなさんはこうした機会において、およそ高校時代には推奨されないような書物の存在を知るでしょう。なぜか?高校まで学校が教えてきた学習や規範には「立派な社会人」になるという目的があり、その目的から外れるものはタブーとして、秘匿されているからです。例えばミシェル・フーコーの『監獄の誕生―監視と処罰』(新潮社、一九七七年:原著は一九七五年)。私が大学時代に学生たちがどこからともなく推奨されて読んで、瞠目したこの本について、高校時代の先生はおそらく口にしないはずです。無残な処刑、複雑な刑罰制度、手の込んだ受刑者の管理といった刺激ある描写だけでなく、本書は学校という制度そのものを批判しているからです。
 しかし、学生のみなさんが大学で出会う新たな刺激は書物だけではありません。それは音楽であったり、映画であったり、写真であったりするはずです。私の場合、サークルで先輩から教わった音楽が大きく自分の感性に影響を与え、その後の私の世界の見方を左右していきました。おそらくそれがなければ学問を職業とすることもなかったはずです。そのうちの最初に出会ったものは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの同名のデビューアルバム(一九六七年)と二枚目の『ホワイトライトホワイトヒート』(一九六八年)、テレヴィジョンの『マーキームーン』(一九七七年)です。いずれもニューヨークのややマイナーなロックで当時商業的な成功はありませんでした(ただ現在でも世界中で根強く愛されています――アンディー・ウォーホールが制作したバナナのジャケットは誰でも見たことあるでしょう)。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲には、「ヘロイン」「黒い天使の死の歌」など倫理的に問題があるタイトルも多く、またしばしばノイズの入る曲調も決して「美しい」と言えないので、学校や親が学生に積極的に推奨することはまずありません。しかし、だからこそ、私にとって彼らの曲は、大学に入るまで家族や友人と過ごしてきた幸福で凡庸な日常とは違う世界があることを知るきっかけとなったのです。実際、彼らの楽曲は、一九六〇年代末から、従来の政治や文化に対して疑念が高まる中、耳あたりの良い商業的な音楽に対するアンチテーゼとして生み出されたものでした。当時のニューヨークは、多くの若者が集まり、苦しみつつも音楽や美術、文学などで新しい表現を見つけようとする活気あるシーンでした。そこで生み出された作品の代表がテレヴィジョンの上記のアルバムです(その場所にいた若者の一人パティ・スミスの「グローリア」と「ヘイ・ジョー」のエモーショナルな歌も、写真家ロバート・メープルソープの素晴らしいジャケットとともにお勧めです)。
 現在、大学は硬直化してきており、また学生のみなさんには経済的なゆとりがなく、私たちがいた時代の大学のような呑気な雰囲気はなくなってきているかもしれません(それには私も加担しています。すいません)。しかし、大学は依然として耳をすませばどこかで知的刺激を与えるものの情報が入ってくる空間であり続けています(この冊子!)。みなさんが大学生活でそれらに出会い、新しい刺激に身を委ねつつ、違う自分に出会うことを期待しています。

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汽車旅の勧め・その四 ―途中下車の楽しみ・新見駅―
山縣浩(日本語史)
 二〇一七年一一月、A方式推薦入試の面接でのことである。日本語日本文学科を志願した、ある受験生が近代文学を勉強したいと言う。ただ、どのような作家・作品、どの時代であるかなどが曖昧であった。そこで、問うと、人間が苦悩し、それに対して自分なりに答えを出すような作品が好きであると答える。作品は…と訊ねると、田山花袋「蒲団」とのこと。
  田山花袋「蒲団」一九〇七年九月『新小説』
 本作品の内容は…と畳みかけると、師匠と女弟子の間の嫉妬や恋心などが描かれていると説明する。感心しながら、読んだことがあるのかと訊ねると、電子辞書で知ったとの回答。
 しかし、本学の学生でも怪しい者が少なくないところ、高校生で田山花袋=「蒲団」を知っていること、更に電子辞書であっても調べたことに感じ入った。
 「蒲団」は、花袋を自然主義派の代表作家にした作品で、次の如き展開である。
 中年の文学者・竹中時雄が弟子入りをした女学生・横山芳子に恋心を抱く。しかし、芳子が恋愛事件を起こしたため、帰郷させる。最後の場面、時雄が芳子の残した蒲団に顔を埋めて泣く一節、即ち「夜着のえり天鵞絨ビロード際立きわだって汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。性慾と悲哀と絶望とがたちまち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。」(104頁)は強烈で、よく引用される。
 別れに際して、川端康成「伊豆の踊子」の私の流した涙は孤児根性に依る息苦しい憂鬱が浄化されたものであった。しかし、時雄の流した涙は苦悩の果てに時雄なりに出しえた答えになっていたかどうか、甚だ疑問である。
  北上次郎(二〇〇一)『ちくま文庫 情痴小説の研究』筑摩書房
 北上氏は《情痴小説》を「妻子ある中年男が色情に迷って理性を失う物語」「ダメ男小説」(5頁)と規定し、その二つ目に「泣き虫男の独善」という表題で本作品を取り上げる。そして、時雄について右の最後の場面を引用して「ダメ男は、泣き虫男でもあるのである。一人よがりの恋をして、勝手に傷つき、勝手に泣くのである。二十歳代ならまだ許せるが、中年になってもこういうダメ男であり続けるのは大変に困る。せめて口説いて、そして振られてから泣いてほしいではないか」(25頁)と断ずる。
  正宗白鳥(二〇一三)『中公文庫 文壇五十年』中央公論新社
 花袋と同じ自然主義派とされる白鳥は、本作品を「文学史上画期的」としながらも「清新な作品として敬意を持って読まれるよりも、嘲笑冷罵されるにふさわしい」(43頁)と評する。更に花袋は「現代の小説道の先駆者である。先駆者としてのおごりを感ずるよりも、きまりの悪い思いをしたり、気恥ずかしい思いをしたり、嫌われたり憎まれたりしたのである。… どの国でも、先駆者の作品は時を隔てても光彩を放つはずのものであるが、「蒲団」などは、先駆者の作品でありながら、時がたつと色があせた」(47頁)とする。
 内容的に頗る評判が悪い。しかし、良くも悪くも後世に与えた影響は大きく、日本近代文学に関心を持つ方には、その歴史的意義を知るためにも一度読んでいただきたい。また男性には、将来このような大人になってはならない戒めとして読むことを勧める。
 例えば、最後の場面以外では、時雄が芳子の恋愛沙汰を知ったときの懊悩、「わが愛するものを奪われたということは甚だしくその心を暗くした」(23~24頁)結果、酒に溺れ、子どもに当たり散らす。果ては「どうと厠の中に寝てしまった」(26頁)り、「電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅い溝に落ちて膝頭ひざがしらをついたり」(35頁)して「旺然おうぜんとして涙は時雄の髭面ひげづらつたわった」(36頁)挙げ句に「白地の浴衣ゆかたに、肩、膝、腰の嫌いなく、夥しい泥痕どろ」(39頁)を付けたまま、芳子の下宿先である妻の姉宅に押しかけるなど、醜態をさらす。
 一方、女性には、どのような人物であっても、男性は誰もが時雄のような芽を宿している、即ち、色恋沙汰に関して心に闇を抱えていることを心得るため、読むことを勧める。
 なお、本作品は、情けない中年男性だけでなく、当時流行の「女学生」を描いた、時宜を得たものであったことも忘れてはならない。
 その伏線が「その頃こそ『魔風まかぜ恋風こいかぜ』や『金色こんじき夜叉やしや』などを読んではならんとの規定も出ていた」ものの、芳子の通っていた「基督クリスト教の女学校は他の女学校に比して文学に対して総じて自由」で、「教場でさえなくば何を読んでも差支さしつかえなかった」(以上、14頁)というくだりである。
  中村桃子(二〇一二)『岩波新書 女ことばと日本語』岩波書店
            特に第2部・四章「女学生ことば」誕生
 中村氏は、右の如く一部の学校で読むことを禁じられたという小杉天外「魔風恋風」(一九〇三年)について、掲載された「読売新聞」の挿絵を示して「女子学生を性の対象物として見る傾向がかなり普及してきた」(119頁)好例とする。このような小説に接して、「黄金きん指輪ゆびわをはめて、流行をった美しい帯をしめて、すっきりした立姿」(19~20頁)の芳子に当時の読者が固定化した「女学生」のイメージを重ね合わせるのは当然として、「人が見ていぬ旅籠屋の二階」(31頁)で芳子と同志社の学生に何にもなかったと考えることはあるまい。また花袋もそこは計算済みであったはずである。
 前置きが長くなった。
 「蒲団」は、今の東京都新宿区・文京区・中央区を主な舞台とする。時雄が東京を離れるのは、嘱託で携わっていた地理書の編輯の「用事で、上武の境なる利根河畔に出張していた」(69頁)ときだけである。
 どうしてにい駅で途中下車なのか。
 新見駅は岡山県北西端の新見市の玄関口で、本作品で新見は横山芳子の生まれ故郷とされる。ただ、その町での出来事が描かれることはない。例えば、父親に連れ戻された後、届いた「いつもの人懐かしい言文一致でなく、礼儀正しい候文」(102頁)の手紙を読んで時雄が「雪深い十五里の山道と雪に埋れた山中の田舎町」(103頁)を思いやるだけである。
 従って、二〇一一年一一月、芸備線に広島駅から乗り、事実上の終点である新見駅に降り立って、姫新きしん線に乗り換え、津山駅に向かう待ち時間、ホームの観光案内板で「城山公園 田山花袋の蒲団碑」を目にしたとき、どうして当地にこのような碑があるのか分からなかった。芳子の故郷が新見とされることが思い出せなかったためでもあるが、そのときは花袋が「蒲団」発表の前年・一九〇六年に芳子のモデルとなった岡田美知代の故郷・広島県甲奴こうぬ上下じようげ町(現府中市上下町)を訪ねる旅の際、当地に立ち寄ったためかと考えた。
 二〇一六年八月、今度は津山駅から姫新線で新見駅に到着し、芸備線に乗り換える一時間少々の時間を得た。
 乗ってきた姫新線の踏切を渡って、城山公園の麓に辿り着いた。しかし、盆明けの炎天下、コインロッカー代を惜しんだこともあっても、それまでの道のりで一泊二日の荷が肩に食い込んでいた。そして、公園への坂道。還暦の身には応え、息を切らし、足をもつれさせながら登った。坂道を登りながら、既視感に襲われた。同じく途中下車をして、荷を抱えて登った姫新線・上月駅近くの上月城址、予土線完乗後の宇和島城址でのことが思い出された。
 公園の広場には立派な「蒲団碑」が設けられていた。そこには事の顛末を芳子の父親に知らせる手紙が「備中の山中に運ばれて行くさま」(74頁)の一節が長々と刻まれている。背面には「蒲団碑によせて」として、地元の実業家が本作品の「脇舞台」になっていることに新見人として感動し、私財を投じ、一九七七年七月に建立したことが記されていた。
 作品中「新見」は四例程度、他は「備中の山中」「山中の田舎町」として、先の例のように時雄が思いやったり、芳子らの居所の説明で示されたりするだけである。時雄が足を運ぶこともなく、また芳子たちが当地でどのように暮らしたかなどが描かれることもない。
 私財を投じた実業家は、熱烈な花袋ファンであるのか、時雄に深い共感を抱いたのか、新見を舞台とする文学作品がないことを残念に思ったのか、知りようがない。
 「蒲団」に比べれば、次の作品は新見市でほぼすべての話が展開するものとして、文学碑の一つや二つ建立されておかしくない。
  横溝正史「八つ墓村」一九四九年三月~五一年一月『新青年』『宝石』
 八つ墓村は実在しない。しかし、「Nという駅」から「一時間バスにのり、更にまた半時間歩かねばならない」(69頁)「鳥取県と岡山県の県境にある一寒村」で、その「重要な村の財源」が「牛を飼うこと」で、それは「千屋ちやうしとよばれて、役牛えきぎゆうとしてよく肉牛としてよく、近所の新見にいみで牛市が立つときには、全国から博労が集まる」(以上、3~4頁)の記述から、横溝は八つ墓村として新見市千屋を想定していることは間違いない。国道一八〇号を市街地から明地峠に向かって北上し、長いトンネルや高梁川に刻まれた渓谷を抜けると、突然盆地が広がり、桃源郷のような集落が南北に続く。
 本作品は、度々映画化・テレビドラマ化された。最近では、二〇一九年一〇月に金田一耕助=吉岡秀隆によって原作に忠実な形で放映された。
 あらすじは、次の如くである。
 戦国時代出雲冨田城の尼子氏が毛利氏に滅ぼされた後、八人の武者が落ち延び、舞台の村に至る。友好的であった村人は、毛利方の探索が厳しくなったことに加え、武者たちの財宝に目が眩んで、八人を皆殺しにする。半年後落ち武者襲撃の発起人である庄屋・田治見庄左衛門が正気を失い、村人七人を斬殺し、自刃。八人の犠牲者に村人は武者たちの祟りを考え、八つの墓を建てて明神として崇め奉った(これが村名の由来となる)。
 時代は下って大正時代。田治見家当主の要蔵は、妻がありながら村娘・鶴子に横恋慕し、子までなす。その後、鶴子が幼子を連れて逃げ出したため、逆上。そして、村人三二人を惨殺する。八の倍数の犠牲者に村人は八つ墓明神の祟りを考える。
 要蔵事件がまだ村人の記憶にある二〇数年後の、敗戦間もない頃を本作品は舞台とする。主人公は要蔵と鶴子の間に生まれたと言われる寺田辰弥。本妻の子供たちが病弱であるため、後継として迎えられ、舞台が神戸から八つ墓村へ移る頃、連続殺人が起こる。
 金田一は、後手後手に回って被害者は増えるだけである。ただ、要蔵の行方、鍾乳洞探検、落ち武者の財宝、親戚の娘との恋、辰弥の出生の秘密等々、様々な話題が交錯する。また殺気立った村人に追われ、辰弥が鍾乳洞を奥へ奥へと逃げる最後は圧巻である。単なるミステリーでなく、戦国時代まで遡る因縁の深さを含め、壮大なエンターテイメントとして、横溝作品の中で群を抜く。映画化・テレビドラマ化された回数は、「蒲団」のそれより多く、その放映はいつも話題になった。例えば、一九七七年の金田一耕助=渥美清の映画で有名な濃茶こいちやの尼のセリフ「祟りじゃー」はその後種々語り継がれる。若い方でも記憶にあろう。
 この点で地元の有力者を横溝ファン・横溝研究者が後押しして新見市内の然るべきところに「八つ墓村碑」が建立され、その所在が新見駅の観光案内板に記されてもおかしくない。
 ちなみに、本作品は、横溝が戦時中岡山県に疎開していた際に見聞きしたことに基づく。特に要蔵事件は一九三八年五月二一日同県北東端・苫田郡西加茂村の一集落である青年が起こした、俗に言う「津山三十人殺し」に材を得ている。
 新見駅は、私にとって姫新線・芸備線の乗換駅である。しかし、一般的には、岡山市・倉敷市と米子市・松江市・出雲市を結ぶ伯備線の途中駅である。城山公園で一息入れた際には新見駅を出て岡山駅に向かう特急「やくも」が見られた。クリーム色に赤いラインの車体は、見慣れたものであるが、姫新線の単行の気動車に乗ってきた者には優雅に感じられた。
 その新見駅から倉敷・岡山方面で途中下車をしたい二つの駅、即ち、幕末の山田方谷(一八〇五~七七)ゆかりの方谷駅、備中松山城のある備中高梁駅、これらを過ぎた清音駅が横溝正史の疎開していた吉備郡岡田村(現倉敷市真備町)の最寄り駅である。
 駅から約四〇~五〇分のところに横溝正史疎開宅(倉敷市真備町岡田一五四六)・倉敷市真備ふるさと歴史館(倉敷市真備町岡田六一〇)がある。
 二〇一一年一一月に訪れた際、疎開宅は、地元の方が管理され、今でもそのまま住めそうであった。また歴史館には横溝のコーナーが設けられ、新資料に接して横溝世界が広がった。
 倉敷市真備町は、二〇一八年七月、豪雨のため、ほぼ全域が浸水した。両施設は、その位置から甚大な被害を免れたと思われる。しかし、毎年一一月に行われるコスプレイベント「1000人の金田一耕助」の寸劇で使われる衣装や看板などは泥水に浸かった。このことが伝えられると、補修のための寄付が「金田一耕助」「犬神佐清すけきよ」「田治見要蔵」「濃茶の尼」などに加え、「祟りじゃー」などの名義で寄せられた(朝日新聞二〇一八年八月二五日朝刊・真備 支えるのは「佐清」)。そして、一一月二四日の一〇回目の当イベントでは、過去最多の一二一名が金田一や作品の登場人物に扮して当地を回ったという。
 なお、新見駅と県境を挟んでほぼ反対側の広島県に位置するのが福塩線の上下駅である。
 当線は、広島県福山市の福山駅と三次市の塩町駅を結ぶマイナーローカル線で、府中駅・塩町駅間の列車は上り下り各七本に激減する。このため、当駅で途中下車をすることは難しいものの、花袋の弟子・岡田美知代の故郷の最寄り駅として降り立つと新たな出会いが生まれる。
 上下駅前の通りを右折すると、「白壁の道」という旧街道沿いの商店街に入る。一部に白壁やなまこ壁の商家、蔵を改築した教会があり、ほぼ中央に旧岡田邸がある。現在は府中市上下歴史文化資料館(府中市上下町上下一〇〇六)として一階は郷土史関係の資料、二階は美知代や花袋関係の資料が展示され、「美知代の部屋」が再現されている。二〇〇九年九月以降訪れる機会がないが、途中下車が可能なうちにまた訪れたい。
 九州から遠く、訪ねることは容易でないが、東京に行き、一日空いていれば、東武伊勢崎線の館林駅で下車していただきたい。駅から徒歩一五~二〇分のところに田山花袋記念文学館(館林市城町一―三)がある。ほぼ一七・八年を隔て、最近は二〇一五年一二月に訪れた。前のときより花袋への理解が進んだため、学ぶことが多く、美知代関係の資料にも接した。
         * * *
 未乗の芸備線の備後落合駅・新見駅間を乗り通すことを目的としながら、新見駅のホームで目にした観光案内板。それが別のところで関心を持つ花袋と繋がり、「蒲団」を別の観点から見直し、また地元の方の思いを知るきっかけとなった。新見駅が岡山から米子・松江方面に特急列車で通り抜けるときの停車駅の一つに過ぎなかったなら、あり得ない出会いである。
 芸備線の備後落合駅・東城駅間は上り下り各三本の、中国地方屈指の超ローカル区間で、それ故の絶景が続く。特に新緑や紅葉の季節に乗車することをお勧めする。このようなローカル線に身をゆだね、日常を忘れて車窓に見入ることは何物にも代えがたい喜びである。更に途中下車をして注意を払うと、意外な出会いが生まれる。そして、これによって新たな世界が広がる。細い関心の糸が次々に繋がり、網となって自分なりの人文科学の体系が形作られる。
*「蒲団」「八つ墓村」の本文は、次の文庫に依った。
   『岩波文庫 蒲団・一兵卒』(二〇〇七年・第7刷)岩波書店
   『角川文庫 八つ墓村』(一九七一年・再版)角川書店
*本稿の一部は、次の小文に依るところがある。これらも併せて参照されたい。
   山縣 浩(二〇〇六)「横溝正史『八つ墓村』の舞台」『山麓通信』19
   山縣 浩(二〇〇九)「広島県旧甲奴郡上下町」『山麓通信』22

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逃げ出すわけにはいきまっせん
山田英二(英語学)
 『天に星 地に花』(帚木蓬生、二〇一四年、集英社)
 (『ギャンブル依存とたたかう』(帚木蓬生、二〇〇四年、新潮選書))
 念願叶い青雲の志を抱いて大学の門をくぐった諸嬢諸君、御入学おめでとう。

 電子書籍を入学祝いとして貰った人もいるでしょう。私は学生時代から山が好きで、時には何日も山中で過ごしていました。今の若い人が同じ状況で数冊読める手軽さを正直、羨ましいと思わないこともありません。山に持って行くのをどれにしようかとかつて悩んだからです。乱読、熟読、味読、そして「とりあえず積んどく(読)」も、良書に巡りあうまでに必要で、大事な体験ですし、特別な場所で読む本は、意外に永く記憶に留まるものです。
 ところがこのような便利な道具が増えた一方で、紙の書籍の売り上げは近年芳しくなく、町の本屋さんは苦戦しています。出版業会の年商はおよそ三兆円ほど、パチンコ産業はその十倍、約三〇兆円も稼いでいます。パチンコ産業と国民医療費がほぼ同規模というのも、あなたにとっては衝撃ではありませんか?
 このことを私に教えてくれたのは、福岡は小郡の出身、作家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏です。精神科の医師でもある彼のライフワークの一つは、『ギャンブル依存とたたかう』ことで、有名な本の題名になっていますが、願わくばこちらの本、そしてギャンブル依存そのものとは無縁の学生生活であって欲しいです。私もパチンコはやりました。しかし、ある日虚しさを感じて止めたのです。パチンコ屋へ足が向かう時はたいてい気持ちが「逃げ」、つまり現実逃避の方向へ向いている時に他ならないと気づいたことがきっかけでした。やっている時は愉しいのに、金が底をついてふと気がつくと必ず「時間を無駄にした」、そんな苦い思いが胸に込み上げてくるからでした。
 山に登ることは、逆に、登る時は苦しくてキツクてならないのに、その後の感動と爽快感はなかなか消えることはありません。同じ山でも登るたびに異なる経験が待っています。これは、学問にも稽古事にも言えることではないでしょうか。大切なものは、簡単には手に入らないものなのです。深山には人工の灯りが届かないので星空は冴えて美しく、吾亦紅(われもこう、『我も恋ふ』という字を勝手に思い浮かべていましたが)の野草は見飽きぬ可憐さを秘めて風に揺れていました。
 『天に星 地に花』は題名に惹かれてふと手を伸ばした本です。江戸時代に題材をとっていますが、現代という同時代の物語でもあります。この言葉は、或るオランダの名医からとある若者へと継がれていく命のかがり火です。そのいきさつについては、久留米藩井上村の霊鷲寺にまつわるこの物語を、じっくりとひもといて下さい。若い皆さんにはまだそれほどのことはないと思いますが、これからの人生においては、精一杯果たした己の義務や仕事について、心ない人からいわれのない非難を受けることも出てくるでしょう、はらわたが煮えくり返るほどの思いに直面することもあるでしょう。あなた個人に無理を強いるどうしようもない組織の中で、生き方を探らなくてはならないこともあるでしょう。この本は、そうした時に、きっと煌々とした道しるべとなってくれることと思います。

 久住の山々へ登った帰り道、大分からの高速道路を車で鳥栖方面に戻る途中に、山田SA(サービスエリア)というのがあります。そこを通過すると次はやがて井上SAという標識に変わります。この小説の舞台になった井上村はそのあたり一帯でした。「井上」は大学時代以来の悪友の名です。なので、やぁまだぁ〜、いぃのうえぇ〜、と心で呟きながら、バカをやった青春の日々、山に明け山に暮れ、山に救われた若い頃を思い出したりして、ここを走る時はいつもちょっといい気分になります。

 人生、多少、いやうんと嫌なことがあろうとも、「逃げ出すわけには、いきまっせん。前ば向いて生きていかんこつには。」(本書『天に星 地に花』より)

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岡村敬二『江戸の蔵書家たち』(講談社選書メチエ71)
山田洋嗣(日本文学)
 昨年、江戸後期の和学者、小山田与清のことを調べていて大変面白かった。本当はここで与清の「擁書楼日記」をすすめたいのだが、いささか特殊にすぎるかと思いなおしてこの本にする。
 江戸時代になると書物の流通が広くさかんになり、出版も多くなって、自然大勢の読書家や蔵書家、また著作や出版に志す者、分類や目録を作る者、あるいは索引を編もうとする者が出てくる。岡村敬二のこの本はその人々の群像とそのなさんとしたところをいきいきと描き出してみごとである。また、それがこの時代の文化のうねりを描くことにもなっている。
 ことに面白いのは、冒頭の小山田与清とその蔵書に群がる人々の様子である。与清は蔵書のために蔵三つを建て、五万巻を収めたというが、彼らを動かすのは、すべての書物を集めたい、すべての書物を読みたい、すべてを分類したい、という静かな狂気である。そのために彼らは集いまた離れつつ、本を求め、購い、貸借を、輪読を、抜書を倦まずにくり返すのである。
 私は、実は小山田与清という人間をあまり好きになれないし、その著作が面白いとも思わない。「行為」が面白くて、「結果」が面白くないのは彼の特徴である。しかし、この様子を書くのに岡村が主な資料として使った「擁書楼日記」は、その様子が日々記録されていて、実に面白いのである。
 なお、こちらを読みたいと思う人がいるかもしれないから書いておくと、「擁書楼日記」は明治四十五年に出された『近世文芸叢書』の第十二巻に入っている。ただし、活字化するにあたっての間違いが所々にあるから注意しなければならない。気になる人は、早稲田大学図書館のウェブ・ページに与清自身の自筆本の写真版が公開されているから、それを見るといいと思う。

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人から本をすすめられること ―パール・バック―『大地』―
山根直生(中国史)
 パール・バック『大地』
  (初出一九三一~一九三五年。新居格氏訳の新潮文庫版は、一九五三年)

 「無人島に一冊だけ本を持ち込めるとしたら、何にする?」という問いかけがあります。孤独な生活を紛らせてくれそうな、くりかえし読んでも飽きない書物をあげていく話題であり、多くの作家や学者といった人々が自分のお気に入りを紹介しています。
 さて私ならどうするかと問われたら、たぶん何を持っていってもけっきょく読まないのではないか、と思います。本を読む理由というのはただその本自体が面白いとか為になるからとかばかりではなくて、読んだ感想を誰かと語りあいたい、ある人が読んだと言っていたから自分も読んで話をしたい、などの理由もあるはずです。私にとっては特にそうで、どんな難しげな本であれ尊敬する人から教えられれば、その人と討論したいがために努力して熟読するでしょう。誰とも話す機会のない離れ小島に流されたら、どれほど面白そうな本であっても目を通しはしないと思います。
 つまり私が一番熱心に読書するのは、自分の敬愛する誰かから本を教えてもらった時であり、今回紹介する『大地』も大学時代の恩師からすすめられた本の一冊です。読み進めて、自分が研究上学んできた中国に対するイメージにあまりにもぴったり合致していることに驚き、一九三〇年代に発表されたこの本のイメージに、むしろその後の中国史研究全体が規定されたのではないか、とさえ思いました。

 『大地』の舞台は、中国安徽省、十九世紀末から二十世紀の時期と思われます。思われる、というのは、ジャンルとしては歴史物に当たるこの物語ですが、歴史上の著名人や地名・事件名が登場せず、厳密にはいつ・どこの話かあえて分からぬよう書かれているからです。それどころか、主要人物の王一家以外には、ほとんど固有の名前さえ出てきません。物語は第一部の主人公、貧しいけれども勤勉な農民の王龍が、富豪の奴隷であった阿蘭を買い取り、妻にするところから始まります。
 平凡な農民の物語を興味深いものにしているのは、厳しく過酷な中国の環境と、それを乗りこえていく彼ら、特に阿蘭のバイタリティーです。旱魃の到来を予想して稲穂の軸を食料として保存したり、飢饉につけこんで彼らの土地を買いたたこうとする高利貸しとわたりあったり、いよいよ暮らしていけなくなって流民として都会に逃げ込んでからも、物乞いの仕方を子供達にたたきこんだりと、とにかく凄まじい女性です。旱魃が過ぎ去り、故郷にもどった王龍は前にもまして畑仕事に励み、一家はしだいに裕福になっていくのですが、阿蘭の働き有ってこその幸運であったのは間違いありません。
 私は今までにもこの本を知人や学生の何人かにすすめました。女性読者がそろって面白いと感じるのは、王龍をはじめとする男性主人公と、いずれも気丈な女性たちの間の、ベタベタしていない愛情をさらにドライに描ききった、筆者パール・バックの洞察力だそうです。死の床についた阿蘭と、王龍のやりとりの場面を以下に引用してみます。
 
…彼は、毎日、幾時間も阿蘭の病床に座っていた。阿蘭は弱っていたし、達者なときでも、あまり話をしない仲だったから、今はなお黙々としていた。その静寂の中で、阿蘭は自分がどこにいるのか忘れることがあったらしい。時々、子供のときのことなどをつぶやいた。王龍は、初めて、阿蘭の心の底を見たような気がした。それも、こんな短い言葉を通してのことだったが。
「はい、料理を持って行くのは、戸口までにします。わたしは、みにくいから、大旦那様の前へは出てはいけないのは、ぞんじています」
 (中略)
「わたしは、みにくいから、かわいがられないことは、よく知っています ── 」
 王龍は聞くにしのびなかった。彼は阿蘭のもう死んでいるような、大きい、骨ばった手をとって、静かになでた。彼女が言っていることは事実なのだ。自分の優しい気持ちを阿蘭に知ってもらいたいと思い、彼女の手を取りながらも、蓮華(注 王龍の美しい妾)がすねて、ふくれっつらをしたときほど心暖まる情が湧いてこない。それが不思議で悲しかった。この死にかかっている骨ばった手を取っても、彼にはどうしても愛する気が起こらない。かわいそうだと思いながら、それに反撥する気持ちがまざりあってしまうのだ。
 それだけに、王龍は、いっそう阿蘭に親切を尽くし、特別な食べ物や、白魚とキャベツの芯を煮た汁を買ってきたりした。おまけに、手のつくしようのない難病人を看護する心の苦しみをまぎらすために、蓮華のところに行っても、少しも愉快ではなかった ── 阿蘭のことが頭を離れないからだ。蓮華を抱いている手も、阿蘭を思うと、自然に離れるのだった。…

 筆者バックはアメリカ人宣教師の娘で、中国現地で前半生を過ごしたという女性です。それだけに、というべきか、作中の男女の恋愛感情に関してバックは一切の幻想を許しません。もちろん、登場する男女の間に愛情が見られない訳ではなく、先の王龍も、王龍の三男で第二部主人公である王虎や、王虎の長男で第三部主人公の王淵も、それぞれ女性に対して時に優しい気遣いを見せるのですが、そこに働く男性のエゴもバックはバッサリと描ききっているのです
── これは、けっきょくのところ男である私には感知できなかった部分であり、人にすすめて初めて気づかされた本書の特徴だと言えるかも知れません。

 田畑を愛した王龍に反して、彼の子供たちはあっさりと土地を切り売りし始めます。それを資金に軍人としての立身出世をねらう王虎が第二部の主人公、そして王虎から軍人教育を施されながらも、むしろ祖父に似て農業の近代化を志す王淵が第三部の主人公です。
 私にこの本をすすめた恩師はいつも第一部を引いて中国農村の姿を話してくれたのですが、中国の軍事史や軍閥を専門としている私には、軍記物のような第二部も非常に興味深く読めました。ある県の警備隊長となった王虎はそこの政治や裁判までのっとり、名産であるという酒に税金を課して、となりの県へと勢力をのばします。ちなみに彼は母に似てすらっとしたりりしい男性だと描いてあるのですが、このことからすれば阿蘭もそんなに不美人だったとは思えません。
 『大地』を読み切った私はさっそく恩師に感想を話しました。そうして敬愛する人とより多くの会話を交わすこと自体が、私にとっての読書の楽しみだとも言えるでしょう。中国の軍閥の様子として第二部には非常にリアリティがありました、と私が話すと、恩師はちょっと意外そうな様子で、後日送ってくれた手紙には「そういえば第二部は軍閥のことなのだと初めて気づきました」とありました。
 私がバックの男女関係の描写に気づかなかったのと同じように、恩師にとってもそのような見方は今までなかったのかも知れません。こうした発見があることもまた、独りだけでする読書にはない、他者との交流のための読書が持っている意味だと思います。

 大学に入ってからの皆さんが書物に興味を持てなかったとしたら、一度このような、他者と話すことを前提にした読書の仕方を試みてみることをすすめます。別に、『大地』を読まなくても構いません。話を聞いてみたいと思う先生や先輩のすすめる本(または、彼らの書いた本)を読み、その感想を彼らとの話題にしてみてください。あるいは、逆にこう言い換えることもできるでしょう ── そうした本でも読まなければ大学で実りある交流はできないし、尊敬できる何者かの存在に気づくこともないのだ、と。皆さんそれぞれにとって、大学時代の思い出深い書物が増えることを願います。

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Novis 2020
― 新入生のための人文学案内 ―

印 刷 令和2年3月28日
発 行 令和2年4月1日
発行者 福岡大学人文学部
印刷所 城島印刷株式会社