福岡大学 人文学部 福岡大学 人文学部

東アジア地域言語学科

学科トピックス

2021.06.07

【報告】第5回 福大韓国学シリーズ(5月28日[金]-29日[土])

5月28日(金)-29日(土)に第5回福大韓国学シリーズが開催された。今回は、福岡大学東アジア地域言語学科と九州大学韓国研究センターとの共催で、韓国国際交流財団の後援でオンライン映画上映会(5月28日-29日)と上映作『春の夢(原題:춘몽)』(2017)を中心に監督の張律(チャン・リュル、Zhang Lu)の作品の世界について話し合うオンライン・シンポジウム(5月29日)の形で行われた。
 

5月29日のオンライン・シンポジウムでは、「『春の夢』から語り合う張律監督の作品の世界」というテーマで、波潟剛氏(九州大学)、西谷郁氏(西南学院大学)、長澤雅春氏(佐賀女子短期大学)、柳忠熙氏(福岡大学)ともに、申明直氏(熊本学園大学)も一緒に話し合った。
シンポジウムは、西谷氏の司会で、以下の4つを話題として進められた。
 

①俳優:起用方法と役名
②ロケ地:ソウルの水色
③文学:『北間島』「静夜思」「三人行」
④人の国際的移動、多様な社会
 

①俳優:起用方法と役名
『春の夢』は「故郷酒幕」経営をするイェリと彼女を守る三銃士のようなイクチュン、ジョンビン、ジョンボムをめぐる映画である。4名の主人公たちのなかで、女優のイェリ以外の男性3名(ジョンビン、イクチュン、ジョンボン)は監督兼俳優ということで、それぞれが監督した索引のキャラクター(例:イクチュンの場合、『息もできない(原題:똥파리)』[2008]のチンピラ)を引きつく形となっている。『春の夢』は映画間のトランス・テキストの構造を持っており、張律監督は3名の監督との作品を意識しながらもう一つの作品を作り上げている。③の「三人行」は「春の夢」以前に張律監督が考えたタイトルであり、この3名を想定したものだそうである。
 

②ロケ地:ソウルの水色
『春の夢』の背景となっているところは、ソウルの北西部に位置する水色(スセク)洞である。昔ながらのソウルの風景が残っているところであるが、再開発が進めれている場所でもある。水色洞とは対比的な場所が鉄道の沿路越えに位置する上岩(サンアム)洞である。イェリはたまに自分が住んでいる水色洞から長い地下通路を通って上岩にある韓国映像資料院に映画を観にいく。今回の議論のなかで、イェリの上岩への行き来は、彼女が持つ上岩への憧れまたは〈夢〉としても理解できるという意見が出た。そのイェリの憧れそして夢は、朝鮮族の出身で韓国へ来た彼女の韓国に抱くそれでもある。ただその憧れと夢は、両地域にまたがる境界線でもある線路が象徴するように、簡単に獲得・実現できるものでもない。また最後までそれは実現できないものでもある。ただ上岩の一帯は開発以前はゴミ捨て場であった。そこは人が住めない場所であり、水色こそが当時上岩に住む人々から見たら憧れと夢の場所であった。水色洞と上岩洞の過去と現在の関係性は正反対に変わってしまった。
 

③文学:『北間島』「静夜思」「三人行」
『春の夢』にはいくつか文学作品が登場する。一つが安壽吉『北間島』(1959~1967)であり、この作品は4代にわたる朝鮮人の間島移住と開拓の物語である。イェリの出身地である延辺は、『北間島』の背景となっている場所でもある。また北朝鮮と中国の間に存在する白頭山とその頂上にある天地が話題になる。イェリが好きなLGBTQのジュヨンは、天地にまつわる恋歌を作ってイェリに愛を告白する。また李白の「静夜思」も登場する。明るい月を見ながら故郷を持った李白の思いに、イェリの心も重なって表現される。詩を中国語で詠んだ後に韓国語で繰り返すイェリの様子からも分かるように、イェリにとって延辺が故郷である。ただその故郷はイクチュン、ジョンビン、ジョンボムと水色で生活を営んでいくことで、水色が彼女と彼らの故郷になっていく。それは故郷でもあると同時に他郷でもあるのだ。
 

④人の国際的移動、多様な社会
朝鮮族出身のイェリ、脱北者出身のジョンボムは、自分たちの故郷を離れて〈もともと〉の自分たちの国と思われた韓国で根を下ろして生きていようとする。しかし、それは簡単なことではない。イェリは再開発中の水色で小さい酒場を経営しており、動けない韓国人のお父さんを世話している。ジョンボムは工場から強制的にリストラされ、賃金もまともにもらっていない。実際、韓国社会における朝鮮族や脱北者の境遇が彼らの様子に反映されている。韓国社会は憧れと「夢」の場所であるが、そこには他者に対する配慮はなく、彼らは利用されたり冷たい対応を受けるのみである。孤児でありチンピラであるイクチュン、癲癇(てんかん)患者でどこか抜けているように見えるジョンビンも、韓国社会ではまともな〈社会人〉〈正常人〉としては認められない。イェリに好意を抱いているジュヨンもそうである。韓国社会の移住者とマイノリティの問題についても、『春の夢』は観る人に問いを投げかけている。
 

2時間にわたってさまざまな角度からの登壇者たちより意見や感想が出た。オンライン・シンポジウムに参加された一般の方より「今回のイベントを通じて張律監督の映画作品の奥深さや、そこからひも解く韓国・東アジアの文化的特性など、非常に興味深い時間」だったという感想も寄せられており、長時間にわたるオンライン・シンポジウムが充実で刺激的な時間だったことが改めて感じられた。

【文責:柳忠熙】

オンライン・シンポジウムの様子